お待ちかねの戦闘、でも現実は漫画ほど甘くない



 恋人二人と後輩を交えた昼休憩も終わり、午後のプログラムが始まった。

 冒険者ギルドに戻ってきた参加者達の点呼を行い、全員がいることを確認してからバーディスさんが口を開く。 


「よし、全員揃ってるな。異世界の料理や街は楽しめたか? それじゃ食後の運動といこうじゃねぇか」

「食後の運動?」

「おうよ。冒険者における花形、モンスターの討伐依頼だ」


 ──おおっ!


 本題とも言える討伐依頼の開始に、参加者達から大きな響めきが湧き上がる。

 冒険者といえば真っ先に思い浮かべるのが、モンスターの討伐なので当然の反応だろう。


 ここで活躍してみせると意気込む人が居れば、実戦を前に怯えを隠せない人も居る。

 薬草採取を通して依頼をこなす実感を得たことから、理想だけでない視点が加わったのかもしれない。


 そんな様々な反応を見せる参加者達を連れて、街道沿いの平原へと辿り着いた。

 青空の下で爽やかな風が吹く中、無骨な鉄柵で覆われた広場が異様な存在感を表している。


 一体これはなんなのかと疑問符を浮かべる参加者達へ、バーディスさんが答えを口にしていく。


「これは実際にモンスターとの戦闘を体験して貰うための、言っちまえばステージみたいなもんだ」

「ステージ?」

「おぅ。大人数でモンスターが出没する場所に行ってもパニックになるだけだからな。希望者が一対一で戦ったり、現役冒険者の戦い振りを見て貰うつもりだ」


 バーディスさんの言うとおり複数のベテラン冒険者がいるとはいえ、五十人以上もいる参加者達を無傷で守り切るのはかなり手間が掛かる。

 混乱した参加者達がこちらの指示を聞くとも限らないので、安全性を確保するために必要だと判断したのだ。


 何せ参加者達は学生……保護者から身の安全を預かっているので避けられる危険は避けるべきだろう。

 実際の討伐依頼とは程遠いが、一応は希望者のみモンスターと戦えるようにさせてもらっている。

 そのため鉄柵はどちらかというと、モンスターが不意に他の人を襲わないように作られたモノだ。


 そういった解説を交えながら、バーディスさんがステージの中に一匹のモンスターを出すように指示する。

 移動中に後ろから付いてきていた馬車から、ベテラン冒険者が引っ張り出して来たのは……。 


「グギギッ!」

「ひぃ!」

「あれが……」


 緑の肌をした子供くらいの小柄な人型のモンスター……ゴブリンだ。

 体験学習会用に捕らえた個体で、今は口や両手足は縛られてるので無力化されている。

 しかしそれで大人しくするはずもなく、運んでいる冒険者の拘束を解こうと身を捩っていた。


 実際に目にしたモンスターの登場に、参加者達は戦いたり緊張した面持ちを見せる。


「ゴブリンっていうモンスターは子供並みの力と知能を持っている。ギルドが規定した危険度は最低ランクだが、真に厄介なのは群れを為して来る点だ。一体一体は大したことはなくても、数が多いっていうだけで小さな村一つは容易に滅ぼせる脅威を秘めている」

「む、村を……!?」

「あんなのがたくさんって……気持ち悪い」

「さて、この中でモンスターと戦ってみようっていう気概のあるヤツはいるか? ケガをさせないように対策しているし、万が一負傷したとしても治療はしてやれる。どうだ?」


 バーディスさんが参加者達にそう問い掛けるが、誰もが息を呑んで名乗り出ようとしない。


 まぁそれも仕方がないことだ。

 いくら討伐依頼が冒険者の花形といっても、いきなりやってみろと言われて出来る人は中々いない。

 何より戦いとは無縁の生活をしている日本の学生にはかなり厳しいだろう。

 安全策が取られていると聞いても、明らかに凶暴なモンスターと戦うのは怖いに決まっている。


 このまま誰も希望しないのならそれでもいいが……。



「オレはやるぜ。ゴブリンくらい余裕だっての!」



 意気揚々と声を挙げたのは、タトリが指導する班にいる葛城かつらぎだった。


 昼休憩中に後輩から聞いた話では、薬草採取の際に不正を働こうとしたらしい。

 タトリが眼の力を使ってまで入念に釘を刺したことで止めたようだが、今の軽快な様子を見る限り堪えた素振りは少しも見当たらなかった。

 モンスターの中でも弱い部類であるゴブリンなら、簡単に倒せると思っているみたいだ。


 確かにそういう意味もあって選んだ節はある。

 まぁ本人がやるというのなら体験して貰うのが手っ取り早い。


「葛城だったな。よし、それじゃ午前の時に渡した武器と防具を装備してくれ。何か質問はあるか?」

「ねぇよ、そんなの! へへ。オレの活躍、しっかり見とけよ」


 バーディスさんに促されるがまま葛城は胸当てと刃を潰したショートソードを身に着ける。

 当人は自分が負ける可能性を微塵も考えてないどころか、既に勝った気でさえいるような口振りだ。


 そうして鉄柵に覆われたステージの中に入った葛城は三十メートルほどの間隔を開けて、拘束から解かれたゴブリンと対峙する。


「よし、始め!」

「瞬殺してやるぜ!」


 開始の合図と同時に葛城が駆け出す。


「おりゃああああっ!」


 雄叫びを上げながら一気に距離を詰めていく。

 間合いに入るや、右手に掲げていた剣を鈍器のように振り下ろす。

 その勢いだけなら素人にしては評価に値するのだが……。


「ギギッ」

「は?」


 葛城の放った渾身の一振りを、ゴブリンはあっさりと躱す。

 避けられると思っていなかったのか、葛城は一瞬だけ呆気にとられる。

 状況を理解した途端、避けたゴブリンに怒りの眼差しで睨み付けた。


「クソがっ。なら次は──っえ」


 舌打ちをしながら今度は剣を振り上げようとするが、そこでアクシデントが起きてしまった。

 さっき全力で振り下ろされた剣の切っ先が地面にめり込んでいたのだ。

 十分な腕力があれば些事だろうが、運動部に入ってるワケでもない地球人の学生には、そんな状態から剣を動かすにはどうしたって隙が生まれてしまう。


 そして本能的に姑息なゴブリンは、その隙を決して見逃さない。

 次はこっちの番だという風に葛城へと飛びかかる。


「グゲゲッ!!」

「う、うわああああっ!?」


 迫る怪物を前に余裕より恐怖が勝った葛城は、剣を手放して腕で身を守りながら悲鳴を上げる。

 このままではモンスターに襲われて彼が負傷してしまう。


 なので……。


「タトリ」

「任せて下さいっす! プラント・クルセフィクション!」

「グゲギャ!?」


 合図を聞き取ったタトリが杖を向けて魔法を発動させた。

 突如として地面から生えた植物の蔦で、ゴブリンは雁字搦めに拘束されて再び無力化する。

 なんとか逃れようともがいているが、A級冒険者の魔法はそう簡単に解けない。

 最下級のゴブリンでは尚更だ。


 それにしても……。


「さすがだな、タトリ。前に見た時より発動が早くなってた」

「えへん。先輩に追い付くために頑張った成果っす」


 素直な称賛に、タトリは誇らしげに胸を張る。

 後輩がS級になるのも時間の問題かも知れない。

 まぁそっちは後回しにして、今は体験学習会だ。


 襲われる寸前だった葛城は目の前の光景にポカンと呆けている。

 助かった安堵すら追い付かないあたり、相当ビビっていたようだ。

 まぁアイツがゴブリンを舐めていた時点でこうなることは予測できていたが。


 何はともあれ戦闘の中断を目にした他の参加者達は、程度の差はあれど胸を撫で下ろす。

 人がケガをするところなんて見ないに越したことはないからな。

 しかし勇み足の結果となってしまった葛城に対し、クスクスと小さな嘲笑が木霊する。


「~~~~っ! ざっけんなよ、話が違うじゃねぇか!!」


 そんな笑いの的にされた彼が大人しく項垂れるはずもなく、憤りを露わにバーディスさんへ不満をぶつける。


「ゴブリンはザコだって言ってたのに、なんでオレの攻撃を避けるんだよ!?」

「あぁ? 何言ってんだお前。ゴブリンは子供並みの力と知能を持ってるって言っただろ」


 苦情を受けたバーディスさんは柳に風という様子で軽く返す。

 その態度が気に障ったのか、葛城はいっそう目付きを鋭くする。


「嘘付け! さっきの動きが子供と同じなワケねぇだろ!? オレに恥を掻かせるつもりで指示したんだ!」

「嘘なんざついてねぇっつの。能力が子供並みなら子供と同じことが出来るってのと同義だ。来ると分かってる攻撃は避けるし、隙を見つけたら反撃くらいする。ちょっと考えれば分かることをテメェの都合よく解釈して、舐めて掛かった挙げ句に油断しただけだろ」

「な……っ」

「大体、開始前に聞いたよな? 何か質問は無いかって。それを突っぱねておきながら話が違うってのは、ちょっと虫がよすぎやしねぇか?」

「っ……」


 理路整然と過失を咎められた葛城が声を詰まらせる。

 そう、彼が負けた一番の理由はゴブリンをザコだからと舐めたこと。

 確かにゲームや漫画においてゴブリンはそういう扱いだ。


 でも現実はそんなに甘くない。

 ゲームみたいに大人しく攻撃されないし、確実な方法で以てこちらを殺しに来るのだ。

 実際の戦闘において、その緩んだ認識や一瞬の油断は命取りになる。


 それは先程の葛城自身がイヤというほどに実感させられたことだ。

 尤も素直に認められないからこそ、今みたいに責任転嫁をしているんだろうが。


「っ、つ、次は絶対に油断しねぇ!」

「次? それこそ冗談だろ。タトリちゃんが止めてなかったら自分がどうなってたか分かってんのか? 良くて半殺し、最悪だと死んでたぞ。死んだらそこで終わり。お前の言う次なんてのは来ない。あの世で油断しなかったら~なんて文句を言う方が情けねぇよな?」

「う、ぐ……」


 反論出来ない葛城は呻き声を漏らして黙り込むしかなかった。


「ぶっちゃけ俺はさっきみたいに止めるのは反対だったんだ。こうやって説明するより、痛い目見た方が手っ取り早いからな。ったく、タイバツとかめんどくせぇったらありゃしねぇ」


 体験学習会では参加者に可能な限りケガを負わせないように注意を払っているが、バーディスさんはその警戒を甘いと断じる。


 異世界人の彼にとって地球のコンプライアンスなんて知ったことではない。

 もし企画が絡んでなければ、葛城は既に一発くらい殴られていただろう。

 それでも自身の価値観を呑み込み、俺や本條さんの意見を尊重して説教に留めてくれているのだ。


 粗暴に見えて状況を見て行動できるのが、バーディスさんがギルマスとして選ばれた理由なのである。


「さてと、素人がいきなりモンスターと戦おうとしたらどれだけ危険かよく分かったと思う。だが安心しろ。討伐依頼の際にはギルドから該当モンスターの対策は伝授される。知識も立派な武器の一つだ。備えて損はねぇぞ」


 熊を狩る猟者だって熊の生態を熟知した上で事に当たる。

 不特定多数のモンスターと相対する冒険者にとって、無知は致命的な隙を生む要因にしかならない。


 さっき葛城みたいになりたくないなら、面倒でもモンスターの生態を知ることは必要だ。

 

 少し重くなった空気を払拭しようと、バーディスさんが声を発する。


「うしっ。次はベテラン冒険者による実戦披露だ。伊鞘、やってくれ」

「はい」


 バーディスさんに指名された俺は、さっきの葛城のように鉄柵のステージの中へと入る。

 装備に関しては敢えて参加者達と同じモノにさせて貰った。


 武器が強いから当然だろうといった難癖を回避するためだ。

 特に葛城なんて、俺が名指しされた途端に物凄く不満そうな顔してたし。


 刃を潰された剣では斬れないが、別の使い方をすれば良いだけの話だ。

 まぁそもそも俺にとって武器の品質なんて、キチンと使えるのならどれであろうと関係ない。


 あとは身体強化の魔法は使わないくらいか。

 全力で使ったら参加者達の誰も俺の姿が見えなくなるし、使った時点で不公平だといちゃもんが出て来るからだ。

 なので純粋な身体能力と戦闘技術のみで戦うことになる。


 対峙するのはさっきと同一のゴブリンだ。

 今もタトリの魔法で拘束されたままで、身動きが取れない苛立ちから俺に対して剥き出しの殺気を向けている。


「伊鞘君、頑張って下さい」

「いっくん~、ファイトぉ~!」

「ひよっこに現実を教える時っすよ、先輩!」

「「「ギリィ……ッ!!」」」


 ついでに恋人二人と後輩から送られた声援に嫉妬した男子達から、凄まじいまでの殺意を帯びた眼差しが向けられた。

 葛城みたいに情けなくやられてしまえという、負の期待が寄せられている。


 色んな意味でのし掛かるプレッシャーは決して小さくない。

 けれど目の前のゴブリンに意識を向ければ、それがどれだけ大きかろうが気にならなくなる。



 ──今まで経験した数多の戦闘を思えば、これくらいの緊張は日常茶飯事なのだから。


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