回想② 普通の人間とは違う人
今日も依頼をこなすため、タトリは冒険者ギルドの中でパーティーメンバーの人間を待っていた。
不服だがC級のタトリがB級の依頼を受けるためには、あの人間が居なければならない。
全く面倒な制度だなとため息をつきたくなる。
ギルドの指示で組むことになった冒険者は、簡潔に言えば金のことしか考えてないヤツだった。
名前は……名乗られた記憶はあるけどそれ以上は覚えてない。
どうせ近い内に音を上げるだろうから記憶する気力も湧かなかった。
そのことに対して別にどうとも思わないしどうでもいい。
タトリにとって家族以外の人間は醜い欲望の塊でしかないからだ。
姿形が違うだけで考えてることは大体同じ。
だったら名前なんて覚えるだけ無駄。
冒険者として過ごすことを勧めてくれたパパには申し訳ないけど、やっぱり人間はどこまでいっても変わらない。
あの人間だって、人助けよりも報酬の方が強い関心を向けていた。
ギルドから追加報酬が出されてなかったら、本当はタトリと組む気がなかったのも知っている。
自分が稼げるなら苦手な相手とパーティーを組んでも構わない。
金が大事な人間らしい優先順位だ。
ただそれにしたって度が過ぎると思う時もある。
何故なら彼は選定依頼を貰う前に、掲示板に貼られてる依頼書を十枚ほど取っていたからだ。
他のB級冒険者は見向きもしない中で、この人間だけはいつも掲示板の依頼を取り続けている。
ギルド側への点数稼ぎのつもりだろうか?
そういえば前に依頼から戻った際に、彼は知り合いらしき人から頼りにされている光景を見たことがある。
もし何かあったら依頼を出してくれればすぐに力を貸すなんて言ってたけど、タトリからすれば馬鹿馬鹿しいという感想しか出ない。
普通の人からすれば善人に見えるかもしれないが、どうせあの人は金を生む鴨に愛想良く振る舞っているだけだろう。
騙されているとも知らず、よくも暢気に笑っていられるモノだ。
わざわざ教える義理もないので勝手に搾取されていれば良い。
しかもあの人間はタトリと解散した後も、時間が許すまで一人で他の依頼も受けているらしい。
地球人はガッコーとやらに行かなければならないのに、一体彼はいつ休んでいるのか気になって来る。
自分とほとんど年齢は違わないそうだが、こんな生活をしていては遠くない内に身体を壊しそうだ。
そこまで考えたところで、タトリはハッと慌てて首を横に振るう。
(なんでタトリが人間なんかの心配をしなくちゃならないんすか!)
不愉快でしかない。
どうして嫌いな人間の体調を気に掛ける必要があるのか、タトリにとっては非常に業腹なノイズだ。
(そう、そうっす! あの人間が倒れたら、タトリがB級の依頼を受けられなくなるっす!
迷惑を掛けられるのがイヤなだけっすよ!)
誰に言うでもなくタトリはそんな言い訳を浮かべる。
もう余計なことを考えるのは止めよう。
そう思って居住まいを正した時だった。
「──暇をしているならさっさと帰ったらどうだ、混血」
「げ」
不機嫌さを隠そうともしない声音が耳に入って来て、思わず不快感を口に出してしまう。
出来れば無視したいが、そうしたらしたで余計に面倒なことになると経験則で理解している。
仕方が無く振り返ってみれば、そこには予想通りの会いたくない人物が立っていた。
長い金髪と先端が尖った長い耳、神経質が眉間に寄せられたシワとして表れているエルフの男だ。
ソイツはタトリと目が合うなり煩わしさを露わに舌打ちをする。
「なんだその態度は。純血たる私に対して無礼だぞ、混血風情が」
「……イヤなら話し掛けなきゃ良いじゃないっすか」
「このウェンリムに口答えする気か! 礼儀のなってない混血め!」
そうやって嫌味たっぷりに絡んでくるから、なんて口に出せば余計に拗れるので黙っておく。
この男……ウェンリムは人間とエルフの間に生まれたハーフエルフを不純な存在として蛇蝎の如く嫌っている。
コイツに限らずエルフは多くが潔癖で、純血主義が蔓延ってる神経質な種族として有名だ。
その混血に対する嫌悪振りは、異世界における
ヴェルゼルド王が提唱する地球との世界交流への反抗心を懐く者も少なくなく、森に引き籠もって古くさい生活を続ける老獪がほとんどだ。
一部の若い世代のエルフは交流を受け入れてるみたいだが詳しくは知らない。
そんな典型的なエルフであるウェンリムに、タトリは運悪く目を付けられてしまったワケだ。
それもコイツが冒険者になったばかりのタトリを勧誘して来たことが切っ掛けで。
最初は偉そうでも愛想よく振る舞っていたのに、混血だと判るや騙しただの不潔だの散々に罵倒してくれやがったのだ。
以来タトリを見掛ける度に絡んでくるとかいう面倒なことになっている。
「聞けば最近、パーティーを組んだようだな。しかも相手はあの穢らわしい地球人だとか」
「……うわ、なんで知ってるんすか」
どうやって逃れようか思案している間にも、ウェンリムは耳聡い話題を挙げる。
ホントなんなんすかコイツ。
嫌ってるタトリの近況を把握してるとか普通にキモいんすけど。
暇なのはそっちの方じゃないだろうか。
呆れを通り越して気味悪さを感じてしまう。
しかも口振りから察するに、あの人間のことを知ってるらしい。
「業腹なことにあの地球人は目立つからな。最年少でB級に昇格しただけでなく、この私を差し置いてA級に上がるなどという噂さえある。ギルドの見る目の無さには嘆かわしいばかりだ」
どうやら彼が目立つ故に、パーティーを組んだタトリも目に留まるようになっただけみたいだ。
一人で納得していると、ウェンリムが何やらニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
マズいと思った時には既に眼の力でヤツの思考を読み取ってしまう。
タトリがあの人間と絡み合うイメージを。
「ぉえ……!」
「そんな地球人と組むためにどれだけ媚びたんだ? ククッ、卑しい混血には相応しい滑稽な姿を思うと笑えてくるな」
「……っ」
見せられた悍ましい光景に、吐き気が込み上げてくる。
何が面白いのかさっぱり分からない。
卑しいのはそういう想像をするアンタじゃないんすか。
そう言いたい。
けれど一言でも喋ろうとした途端に吐いてしまいそうで、両手で口を押さえるのが精一杯だ。
胃の中がひっくり返そうな気持ち悪さに呼吸すら覚束ない。
「おい、何とか言ったらどうなんだ混血」
うるさい黙れ何も喋るな。
声に出せない悪態を心に浮かべて平静を保つことに意識を傾ける。
お願いだから早くどこかへ行って。
ひたすらにそう願い続けていたら……。
「──お前、なに女の子を泣かせてんだよ」
最近になってよく聞くようになった声が割って入って来る。
片目だけ開けて前を見てみると、タトリを庇うように人間が立っていたのだ。
一瞬だけ見えた横顔は怒りを露わにしていて、読み取った思考もウェンリムに対する強い怒気で染まっていた。
「フンッ。地球人の小僧に話すことなど何も無い」
「お前に無くても俺にはあるんだよ。パーティー組んだ相手が明らかに苦しそうにしてるんだぞ? 何があったか問い質すのは当たり前だろうが」
「混血の苦しみなど私の知ったことではない」
「おい待て!」
会話の様子から、人間の怒号を無視してウェンリムが去っていたらしい。
アイツが離れていったことで、タトリはようやく平静を取り戻すことが出来た。
ただ人間に助けられたのは物凄く不愉快だ。
だからもう良いと、彼の身体を突き放す。
「っと、大丈夫か?」
「……別に、どうってことないっす」
「いやまだ顔青いじゃん。無理するなって」
「ッハ、そうやって親身になってればタトリが気を許すとでも思ってるんすか? 勘違いも甚だしいっすね」
心配そうに尋ねてくる人間に、その手には乗らないとキッパリ返す。
こっちは何十回とそういう相手に会ったことがある。
そいつら全員、表面上ではタトリを心配しておきながら、本音ではチャンスだとか一番になろうとか企んでいた。
どうせこの人間だってそうに決まってる。
「勘違いって……」
「タトリみたいな美少女と仲良くなってあわよくばとか、舐めすぎにも程があるんすよ。そーゆー人間が一番大っ嫌い……!」
「……」
ほら、悔しかったら何か言ってみれば良いっす。
何を言ったところでタトリの眼は絶対に誤魔化せない。
偽善や義憤の下に隠した本音を覗いて暴いてやる。
「フェアリンさん……」
そう思考しながら人間の顔を見据えた。
彼は怒るワケでも同情するワケでもなく、ただ悲しそうな笑みを浮かべていて……。
「──何も知らないくせに、出過ぎたこと言ってゴメン」
「……は?」
頭を下げながら放たれた言葉に思わず茫然としてしまう。
思考はタトリに対する心配一色で、ここまで人間嫌いになった原因に胸を痛めている。
けれどもそれらを呑み込んで、この人間はタトリに謝って来た。
その謝罪の言葉は思考と一切齟齬がなく、心から自分に非があるのだと本気で考えているのだ。
謝った彼は苦笑しながら受付へ依頼を受理しに向かって行った。
残されたタトリはひたすらに困惑するばかりだった。
なんでアンタが謝るんすか。
タトリの言ったことなんて、さっきぶつけられたイメージに対する八つ当たりだ。
何も知らないのだって、人間嫌いになった理由を一言も話さなかったのだから仕方ないのに。
思えばこの人は変だ。
どれだけタトリが冷たくしても、少しへこたれるだけですぐに立ち直る。
組むようになってから不埒な思考が過ったことはないし、どんな悪人だろうが絶対に殺さずに生かして捕らえたり。
ウェンリムに詰られてる時にだって、タトリのために本気で怒っていた。
タトリが人間嫌いになった理由について、聞く機会はいくらでもあったのに一言も尋ねて来ていない。
この一ヶ月で否応なしに見知った彼の言動は、自分の知っている人間とあまりに異なっている。
そう自覚すると、今度は様々な疑問が浮かび上がって来た。
どうしてこの人は地球人なのに冒険者をやっているのか、持て余しそうな程のお金を稼ごうとしているのか、人を殺そうとしない理由だとか。
そこまで考えてタトリは気付いた。
一方的な決め付けで知った気になって、実際の彼のことを何一つ知らないことに。
だってそれらの疑問に対する答えを、あの人間は一度だって思考に浮かべていないのだ。
いくら思考を読めるからって、考えてないことは読めない。
そんな簡単なことを今になってようやく知ったのだ。
「……何も知らないのは、タトリだって同じじゃないっすか」
自分で自分を殴りたくなったのは初めてだった。
胸を焼きそうな後悔に苛まれる。
もしかしてパパはこのことを気付かせるために、冒険者になるように勧めたのだろうか。
今日の依頼を済ませて家に帰ったら聞いてみよう。
あぁでもその前に……彼の名前をもう一度聞いておかないといけない。
普通に聞くのはなんだか癪だから、なんとか聞き出せる方法を考えないと。
不思議とこの時は、面倒だなんてノイズは一切起きなかった。
これがタトリが彼を──先輩が普通の人間と違うと感じた切っ掛けっす。
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