彼女二人と後輩一人とのランチタイム
「よぉし全員、報酬は受け取ったな? 薬草採取とはいえ慣れない場所での作業は大いに疲れたろう? つーわけでこれから一時間半の休憩時間だ!」
──おぉ。
バーディスさんの宣言に参加者達から微かな感歎があがる。
休憩と聞いただけで疲れが飛んでそうな顔をしてる人もいた。
「一時間半後にまたここに集合だ。さっき貰った銅貨五枚で好きな食べ物を買っていいし、隣の酒場で参加者用の定食が用意されてる。そっちは無料だから遠慮無く食っていけ。んじゃ解散!」
さながら昼休み前の授業を終わらせた教師のような合図を皮切りに、参加者達の間でどこに行こうか等の話し声が沸き立つ。
指導役の冒険者も同じ休憩時間が設けられているので、これから食事処を探しに行こうかと考えていたのだが……。
「先輩、このサクモチシチューパイどうっすか?」
「あ、あぁ。美味いよ……」
「そうっすよねー! なんせ、スーパー出来る後輩なタトリちゃんチョイスなんで!」
「ははは……」
誇らしげに胸を張る後輩に、俺は渇いた笑みを浮かべるので精一杯だった。
うん、確かにシチューパイは美味しい。
サクッとしたパイ生地の中にもっちりな食感の肉が入っており、溢れるビーフシチューのコクと合わさっている。
この美味さで銅貨七枚は破格の値段と言えるだろう。
俺達は今、タトリが見つけたという異世界産の食材を使った洋食店に来ていた。
てっきり俺一人を誘うかと思いきや、サクラとリリスも一緒で良いというので四人で来ることに。
店内に置かれた円形のテーブルを囲って食す、異世界ではよく見る飲食店の内装だ。
それ故にすれ違う他の客からとても注目を浴びている。
何せサクラとリリス、タトリの三人はかなりの美少女だ。
そんな彼女達の中に男の俺が混じっている光景はさぞ異様に映るだろう。
にも関わらず誰もちょっかいを掛けて来ないのには、両脇に座っている恋人達から感じる圧が重いからだ。
有り体に言えばがっつり避けられていた。
「伊鞘君。でしたらこちらのとろとろ野菜スープを一口どうぞ?」
「あ、だったら焼きたてフワフワタマゴサンドもあげるねぇ~」
「あっっっっづ!? 頬が火傷するわ! ちゃんと食べるから一旦落ち着いてくれ!」
今食べてる最中なのに、焼きごてみたいに押し付けられても食べられねぇよ。
それに後輩の前であからさまに『はいあ~ん』をするのは、若干というかそれなりに恥ずかしい。
しかし不機嫌にさせてしまった負い目があるため、逡巡した後にパクリとそれぞれ一口ずつ頂いた。
「ふふっ」
「あはぁ~」
俺が応えたのが嬉しかったのか、サクラとリリスはにこやかな笑みを浮かべる。
「むぅ……」
そして今度はタトリの方が不機嫌になってしまう。
いやどないせぇっちゅうねん。
あちらが立てばこちらが立たずってか。
こんな板挟み知りたくなかったわ。
気まずい空気ではあったものの、なんとか食事を終えたところでようやく一息つくことが出来た。
「改めて自己紹介させてもらうっす。タトリ・フェアリン……先輩とはこの中で一番付き合いが長い後輩っす」
「ご丁寧にどうも。緋月サクラと申します。伊鞘君とは男女仲として交際させて頂いております。どうかお見知りおきを」
面識があるリリスを除き、初対面となるサクラとタトリが挨拶を交わす。
でもなんというかお互いに威圧をし合ってるような感じがする。
二人の背後で虎と龍が睨み合ってるような……そんな錯覚をしてしまう。
「あはぁ~。なんだか元カノと今カノが鉢合わせたみたいになってるぅ~」
「俺に元カノは居ないし、そんな軽く言える状況じゃないと思う」
相も変わらずのほほんとしたリリスの感想にツッコミを返す。
というかさりげなく後輩を元カノ呼ばわりしないで欲しい。
普通に酷いし、悪いことしてないはずなのに罪悪感が煽られるから。
胃が痛みそうな空気の中、サクラとタトリはムムムと睨み合う。
真剣な表情を見ていると制止するのも憚られる。
なんて思っていると、何故だかタトリの頬が徐々に紅潮していった。
ワナワナと全身を震わせており、そんな後輩の変化にサクラとリリスがキョトンと首を傾げる。
あ、そういえばタトリって確か……。
「フェアリンさん?」
「どこか具合でも悪いのぉ~?」
「え、ぇっと……」
「あ~タトリは視た相手の思考が読める眼を持ってるんだ。それでサクラの思考を読んだんだと思う」
「え!?」
「ほぇ~なにそれチートだぁ~」
「本人的には不便な経験の方が多いみたいだけどな。人間嫌いの一端でもあるし」
読心の眼を持っていなければ、タトリの人間嫌いは無かったと言っても過言じゃない。
今はコントール出来ているので、意識的に注視しなければ言葉の真偽を見抜くくらいに留まっている。
細かいことは思い出したくないからと聞いてないが、そう言い切るだけの不快な出来事が連続したのだと容易に察せられた。
有効に使えるようになったのも俺に懐いて以降らしい。
それにしてもサクラの思考を読んで顔を赤くしたのは何故なんだろうか。
そこだけがどうにも解せないでいると、顔を赤らめたままのタトリが俺に視線を移す。
「先輩、彼女さん欲求不満みたいっすよ? 次は一日中独占しようかとか企んでて──」
「ああああああああっ!?! 何を言ってるんですか?!」
「もがむぐ!?」
とんでもないことを暴露しようとするタトリの口を、リンゴみたいに赤面したサクラが大慌てで塞いだ。
「ち、違いますからね伊鞘君!? わ、私は決してそんな破廉恥なこと考えていませんから!!」
サクラが真っ赤な顔で必死に弁明するが、生憎とバッチリ聞いてしまってるので手遅れだ。
そっかぁ~欲求不満かぁ~。
幼児化した事件の後、お嬢から行為は月一に留めるように厳命されてるんだよなぁ。
リリスは夢の中で吸精してるから問題になってないけど、吸血後のサクラは特に物足りなさげな顔を浮かべることが多い。
事が事なので女の子の方から切り出しにくいだろうし、何かと抱え込みがちな彼女だったら尚更だ。
ここは彼氏としてフォローしなければ。
「その……帰ったらお嬢に相談してみようか?」
「どこに恋人との情事問題を妹に相談する姉がいますか!?」
「はい、すみませんでした」
思い切り失敗した。
どうやらまだまだ彼氏レベルは足りてないらしい。
これは次の吸血は覚悟しておいた方が良いかもしれないな。
怒られて肩身を狭くしている間に、タトリが拘束から逃れて息を整えていた。
「ふぅー……酷い目に遭ったっす」
「俺が言うのもなんだけど、わざわざ口に出して言うことじゃなかっただろ」
「いやいやタトリの立場にもなって下さいよ? 先輩を騙して良からぬこと考えてないか視てやろうと思ったら、段々と思考がピンクに逸れてくのを見せつけられたんすよ? 出ること出たらセクハラじゃないっすか」
「それ以前に人の頭の中を覗く時点でプライバシーの侵害なんだよ」
「お二人とも? まだその話題を引っ張り続けるなら外に出てお相手しても構いませんよ?」
「「ごめんなさい」」
そろそろ堪忍袋の緒が切れそうなサクラに、後輩共々頭を下げて許しを乞う。
全く、と呆れた声が聞こえてから何も言われなかったので、ひとまず責めるのは止めてくれたみたいだ。
彼女から発せられた威圧感が解かれると、タトリは頬杖をついて仏頂面を浮かべる。
「はぁ~あ。それにしても二人とも、先輩にガチのマジのベタ惚れじゃないっすか。もし何か企んでるようだったら、全力で別れさせるつもりだったのに」
「おい」
「先輩の方もすっかり色づいちゃって……あ~やだやだ」
「言い方」
この後輩、しれっと恐ろしいこと計画してやがった。
仮に実行した場合、間違いなく公爵家を敵に回すことになるって分かってるんだろうか。
打ち合わせの時といい、この図太さには呆れるしかない。
悩ましげな言動に頭が痛くなりそうになっていると、さっきまでの不機嫌はどこへやらサクラが微笑んでいることに気付く。
それはタトリも同様で、サクラに訝しげな眼差しを向ける。
「そこまで伊鞘君のことが心配だったんですね」
「うんうん~。可愛いよねぇ~」
「っ……当たり前じゃないっすか。タトリの世界を変えてくれた恩人なんすから」
微笑ましげな言葉を呟くサクラに続いてリリスも賛同する。
思うところがある相手から褒められたのが照れくさいのか、タトリはプイッと顔を逸らして素っ気なく返す。
しかし恩人かぁ。
懐いてくれてからのタトリは、事ある毎に俺をそう評することが多い。
嬉しい一方で身に余る称賛を聞く度に、むず痒い感覚が走って落ち着かなくなる。
「だから誇張するなって言ってるだろ。そこまで大したことはしてない」
「そう思ってるのは先輩だけっすよ」
「あ、分かります。伊鞘君にどれだけ感謝しているのか伝えても、いつも大袈裟だって言うんですよね」
「そぉそぉ~。自分に出来ることをやっただけだって言うよねぇ~。でもそこがいっくんらしくて好きぃ~♡」
「「分かる!!」」
「えぇ……」
どうして三人が共感しているのか分からない。
なんでキミ達、同士見つけたりって顔してんの?
ほんのさっきまでのいがみ合いはどこに行ったんだ。
「先輩、先輩! めちゃくちゃ話の分かる良い彼女さん達じゃないっすか!」
「親近感懐くの早っ」
俺の長所らしき部分に共感したからか、タトリは眼を輝かせてサクラとリリスを褒めだした。
そんな早く誰かと仲良くなるところ初めて見たぞ。
他人の思考を視れるからこそ慎重に見極めるんだとか、決め顔で語ってた頃の後輩が見る影も無い。
まぁさっきみたいにギスギスしてるよりはずっと良いけどさ。
願わくば俺の時もそうやって仲良くなって欲しかった。
どこか釈然としない気持ちを拭えないでいたら、リリスが『ずっと気になってたんだけどぉ~』と話を切り出した。
「タトちゃんは人間嫌いなのにぃ~、いっくんとはどうやって仲良くなったのぉ~?」
「よくぞ聞いてくれたっす!」
その質問を待っていたと言わんばかりに、タトリはミュージカル俳優のような仕草を披露ながら胸を張る。
「タトリと先輩はそれはそれはもう劇的かつ熱烈、聞くも涙語るも涙な運命を感じずにはいられないロゥマンティィックなエピソートの数々が──」
「人間嫌いを拗らせてた当時のタトリと組むようにギルドから指示されたんだよ」
「なんですぐにバラしちゃうんすか?! しかも拗らせてたって酷い言い草っすね!!」
「いやあの寄るモノ全て噛み付くような態度は、拗らせてた以外の何物でもなかっただろ。初めて会った時の第一声が『キッモ』だったの、今でもハッキリ思い出せるぞ」
「うぐっ。あ、あの頃は世界を理解した気でいたバカだって言いたいんすか?」
「誰もそこまで言ってねぇよ」
でも確かに自分は人間のこと知り尽くしてますから感はあったな。
尤もそれはたった一方面しか見てなかった視野狭窄状態でもあったワケだが。
「やはり付き合いの長さというのは油断できませんね……」
「むぅ~。いっくん、リリ達と居る時より肩の力が抜けてなぁい?」
それでどうして俺はサクラ達から睨まれてるんでしょうか。
もしかして今の会話で何かしらアウトライン踏んだ?
どこなのか全く心当たりが無いんですけど……。
両側から感じる刺すような視線に肩をビクつかせている間に、タトリが軽く咳払いをして注意を引いた。
「まぁ切っ掛けは先輩の言った通りです。我ながらあまりにも酷い態度だったとは反省してるっす」
「ぶっちゃけ今の懐き具合とは別人レベルに冷たかったよな」
「ん~……いっくんを好きになる前のサクちゃんみたいな感じぃ~?」
「いいや。サクラから優しさと配慮を引き抜いた状態だった」
「そ、そこまでだったのですか……?」
当時の自身以上に酷い有り様だったと知ったサクラが頬を引き攣らせる。
人間不信と人間嫌いという違いはあれど当時のタトリの態度と比較すれば、出会った頃のサクラがマシに思えるのは確かだ。
周りと距離を取ることに努めていたサクラとは異なり、タトリは差し伸べられた手をへし折った上で断ってた。
今にして思えばタトリとの関係に苦心したからこそ、サクラと根気強く向き合えたと言える。
あの時の苦悩が後々に活きるとは、お嬢の奴隷になったように人生の未知数さに苦笑するしかない。
そんな感慨深さを覚える俺を余所にタトリは話を続ける。
「まさにツンドラだったタトリですけど、先輩は他の人間と違うと感じた切っ掛けはちゃんとあるっすよ」
そう前置きした彼女が語ったのは、当時の俺が知る由もなかった後輩の変化の一端だった。
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