一方、後輩の班はというと……
(終わったら先輩に甘える終わったら先輩に甘える終わったら先輩に甘える終わったら先輩に甘える終わったら先輩に甘える終わったら先輩に甘える終わったら先輩に甘える終わったら先輩に甘える終わったら先輩に甘える終わったら先輩に甘える終わったら先輩に甘える……)
タトリは今、この後のご褒美を支えになんとか平静を保っていた。
指導する班員達に薬草の採り方などを解説し、目の届く位置で見守りを始めたのだ。
あとは問題行動がないか監視ながら質問に答えるだけ。
そう思っていたのに……。
「タトリちゃんって冒険者としてはどれくらいのランク?」
「……A級」
「すっげぇベテランじゃん! 次に依頼受けに来た時もパーティー組まない?」
「覚えてたら考えておくっす」
怠い。
ひたすらに怠かった。
というのも班員となったこのカツラキとかいう男のせいだ。
他の班員は真面目に薬草を集める中、この男は依頼そっちのけで雑談を投げ掛けてくるばかり。
小賢しくも冒険者に関係する質問を絡めてくるだけに質が悪い。
何よりムカつくのは当たり前のようにタトリの名前を呼んで来ることだ。
班行動が始まってから止めるように言っても、反省もせずに呼ばれ続けては態度を繕う気にもならない。
「さっきも言ったはずっすよ。人間がタトリのこと名前で呼ばないで貰って良いっすか? 虫唾が走って気味が悪いっす」
「それは言い過ぎじゃね? あの辻園ってヤツはいいのにオレはダメなのかよ?」
「その通り。先輩以外の地球人はダメっす」
「ッチ。なんで冴えない奴隷のアイツが贔屓されてんだよ……」
そうふて腐れるように顔を背けるカツラキの胸の内に、黒い負の感情が渦巻く。
羨望、嫉妬、不満、苛立ち……どれも見るに堪えない。
特にあの人を貶す口を引き裂いてやりたいくらいだ。
そもそもタトリにとって特別な先輩とコイツをわざわざ同列に扱う理由が無い。
自惚れを指摘する労力を割くのさえ面倒なのでもう何も言わないが。
「アンタ、お喋りするために学習会に参加したんっすか? そんな暇があるならさっさと薬草を集めて欲しいんっすけど」
「それがさぁ、他の三人が気を利かせてオレの分も集めてくれるんだってさ。良い班に恵まれてよかったぜ」
「……ふぅ~ん」
何故だか誇らしげなカツラキから視線を外し、チラリと班員の三人に一瞥する。
三人とも表情は繕ってはいるけど、胸の奥には淀んだ青が滲んでいた。
細かな感情は異なっていても、それぞれこちらに関わらないように努めているのは同じだ。
ニヤニヤとあからさまにほくそ笑むカツラキに煤に塗れた灰が混じってることから、コイツが移動中に三人へタトリと二人きりにするよう圧を掛けたんだろう。
やっぱ人間ってロクなヤツがいない。
特に地球人は酷い有り様だと呆れるばかりだ。
だからこそ先輩の透き通るような眩しさが際立つ。
最近はピンクやら黄色が混じることがあるものの、元の透明さは少しもくすんでいない。
こんなヤツがあの人を侮ろうなんて百年でも足りないくらいだ。
まぁせめて最後の通告くらいはしてやろう。
「……見たところ、向こうはノルマ分は集め終えてるみたいっすね。本当にアンタは自分で採らなくていいんすか?」
「アイツらが集めてくれてるんだからいいっての」
カツラキは悪びれた素振りを見せずに返す。
察しの悪さにホトホト呆れるしかない。
「あっそ。んじゃ、ギルドにはアンタの報酬は無しでお願いしとくっす」
「はぁっ!?」
「その分、他の三人にボーナスってことで──」
「ま、待てよ! なんでオレの取り分がゼロなんだよ!?」
「……ハァ」
タトリの言葉を遮ってカツラキがギャーギャーと騒ぎ立てる。
ここまで言われても理由が分からないとは、本物のバカとしか言い様がない。
呆れるあまりついため息が出てしまう。
面倒だけどこの様子だと反省すらしなさそうなので、仕方なく説明することにした。
「だってアンタ、自分の手で薬草採ってないじゃないっすか。成果ゼロ枚の不労働者に渡す金はゼロに決まってるっす。なんせ依頼未達成なんすから」
「それは他の三人が集めてくれるって言っただろ!?」
「その分は彼らの集めた分として追加報酬が出るのは当然っすね」
「聞いてないぞ!」
「だから自分で採らなくていいのかって聞いたじゃないすか。確か地球じゃ『働かざる者食うべからず』って言葉があるんすよね? 先輩から聞きかじったタトリでも知ってることを、現地人のアンタが知らないはずないっすよね??」
それに、と前置きしてから続ける。
「これは手を抜くだけならまだしも、班員に自分のノルマもこなすように恫喝したヤツの不正に対する当然の罰っすよ」
「不正!?」
「はいっす。アンタの嘘はタトリの眼にはお見通しっすから」
「う、嘘ってなんだよ!? そんな言い掛かりやめろ!」
そう弁明を試みようとするカツラキの胸は灰でくすんでいる。
嘘をついてないって嘘をつくと本当に分かりやすい。
この虚勢がいつまで続くかなんてタトリには微塵も興味無いので、さっさと種明かししてやろう。
「タトリは生まれつき他人の思考を読める眼を持ってるんで、相手の言動が嘘か本当か見抜けるっす」
「……は?」
明かしたタトリの能力にカツラキはポカンと呆気に取られた。
その表情は信じられないといった様子で、一瞬だけ真っ白になったのも合わさって噴き出しそうになる。
まぁ聞いたらビックリするっすよね~。
タトリが視るだけで、今まさに自分の考えてることが丸わかりになるのだから。
ただし思考を読むには相手を注視する必要がある。
疲れるから普段は意識的にセーブしているけど、言葉の真偽くらいは一瞥するだけでも簡単に分かるのだ。
でもって本番はこれから。
「今、何言ってるんだって思ったっすよね?」
「っ! か、顔に出てただけだろ」
「『チクったのは誰だ』って探っても無駄っすよ。一番最初に視たのはアンタなんで」
「なっ!?」
「『まさか最初から』? その通りっす」
「っ……」
「今度は何も考えないようにって考えてる」
「!?」
「だから言ったじゃないっすか。タトリの眼にはお見通しだって」
「……」
次々と内心を言い当てられたカツラキは口を噤むしか無くなった。
けれども思考はどうやって言い訳しようか必死に模索している。
それさえ丸分かりなのだと、無言で首を振ってみれば大きく肩を揺らす。
思考が読めることが嘘じゃないと実感したみたいなので、軽く息を吐いてから続ける。
「もう一度だけ言っとくっす。本当に自分の手で薬草を集めなくて良いんすね?」
「……やればいいんだろ」
「そうそう。あ、他の三人が余分に集めた薬草を貰うのは当然ナシっすよ? 採り方くらいは説明してあげますんで、ちゃんと自力で三枚集めてくださいっす」
「っ…………ッチ」
遠回しに見張ってると告げれば、カツラキはバツが悪そうな面持ちで舌打ちをする。
さっき鼻の下伸ばしてた時とは真逆の感情が渦巻いてるけど、タトリからすればこちらの方がずっとマシだ。
それからカツラキは面倒くさそうな態度ながらも、自分の薬草を集め始める。
その様子を見てやっと肩の力を抜くことが出来た。
不正なんてせず最初から真面目にやれば良かったのに。
本当は指摘しないままギルドで不正を突き付け、本当に報酬ゼロにしても良かった。
たかが一人の人間が自分の首を絞めようが知ったことじゃない。
けれどそうしなかったのは、先輩ならキチンと注意すると思ったから。
普通ならとっくの昔に見限ってもおかしくない両親を、つい最近まで見捨てられなかったくらいお人好しな人なのだ。
きっとイヤなヤツが相手でも道を正そうと苦心するに違いない。
そんな先輩に嫌われるようなことはしたくなかった。
ただそれだけの理由でこんな面倒に対処するなんて、我ながら成長したというか盲目的だと笑ってしまいそうだ。
「──これはたっぷりご褒美を貰わないといけないっすね」
これだけ頑張ったのだから貰って然るべきだ。
そんな楽しみに胸を弾ませながら、タトリの率いる九班は大きな問題が起きることなく依頼を終わらせるのだった。
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次回は3月15日に更新です。
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