冒険者にとって大事なこと
薬草採取という依頼そのものは簡単とはいえ、地球人に慣れない土地で見慣れない植物を探すのは無理がある。
うっかり森の奥に入り込んでしまったり、薬草とは真逆の毒草を採ってしまう可能性があるからだ。
そうならないよう各班には、採取対象である薬草が描かれた紙が渡されている。
薬草は基本的に木の根元に自生しているので、意識的に探せば見つけるのは難しくない。
加えて森の中で立ち入り禁止区域を規制線を張ることで、迷い込む危険は可能な限り抑え込んである。
そうして色んな班がベテラン冒険者のアドバイスに従って薬草を集める中、俺達一班も同じように薬草の採取に取り掛かっていた。
「いっくん~。薬草を抜く時の注意点って何かあるのぉ~?」
「一番気を付けて欲しいのは、根っこを全部抜かないことかな」
「どぉしてぇ~?」
リリスの問いに対し簡潔に答える。
てっきり根っこも抜くと思っていたのか、疑問を隠さずに聞き返された。
彼女の質問に耳を傾けていた班員達も同様に首を傾げている。
漢方薬みたいに根っこの方が成分は集まってそうだから、そう思ってしまうのは無理も無い。
俺も新人の頃は同じように考えてたから尚更だ。
懐かしみつつもリリスの問いに答えを返す。
「山菜の栄養と同じで薬草の効果が出るのは葉っぱなんだ。根っこまで抜くと次の薬草が生えなくなって、将来的な自生量が減っちゃうんだよ」
「ほぇ~。それじゃどうやって採るの~?」
「ちょっと見ててくれよ……」
根っこを残す採り方を見せるべく、適当な薬草へ移動する。
膝を曲げて屈んで、リリスや班員達に見えるように薬草の葉を軽く掴んだ。
「こうやって葉を掴んで、根元をナイフかハサミで切るんだ。そうしたら根っこを残して採取出来る」
「なるほど~。ミニバッグの中にあったハサミはここで使うんだね」
実践した採取方法を見て、本條さんが納得した調子で頷く。
森に入る前に各参加者へ渡されたミニバックにある小道具の一つに、大きめのハサミが入っていたのだ。
それを使う場面が今まさに行っている薬草採取である。
「というわけで、薬草の採り方はこんな感じだな。また分からないことがあったら聞いて欲しい」
実際に披露して見せたのが効いたのか、班員達は反抗する素振りを見せずに採取に取り掛かっていった。
実を言うとリリスの質問や本條さんの得心は、事前に打ち合わせた内容だったりする。
俺一人が解説したところで、素直に聞き入れてくれる人がいない可能性を見越しての仕込みだったが、この様子をみるに杞憂に済んだみたいだ。
特に男子二人は本條さんに良いところを見せようと、意気揚々と薬草を採取していっている。
「生徒会長! ボクらであなたの分も集めます!」
「どうかゆっくりしてください!」
「え? そこまでしなくていいよ?」
「遠慮なんてしなくていいですから!」
「なんなら
意気込みが凄まじすぎて明後日の方向に行っちゃってら。
理由はともかくやる気があるのはこちらとしても助かるんだが……。
「悪いけどそれはやめておいた方が良いぞ」
「ど、どうして!?」
「もしかして自分の活躍が奪われるのがイヤなのか!?」
「違うわ。仮に二人が本條さん達の分まで集めたとしても、それは彼女達が採取したことにはならないからだよ。下手をすると三人が不正を働いたと見做される場合がある」
「「え?」」
あらぬ誤解を訂正しつつ理由を告げると、男子達は揃ってポカンと呆けた面持ちを浮かべる。
特に不正と口にした瞬間、リリスや本條さん達も同じように驚きで目を丸くしていた。
唯一サクラだけは理解が及んだようで『そういうことですか』と頷く。
「班行動こそしていますが、あくまで依頼は個人で三枚の薬草を集めること。自らの手で採取したモノでなければ、あとで手渡されたとしても無効になるということですね」
「正解。厳密にはパーティー内で了解があれば問題ないけど、今回は体験学習会だからな。せっかく体験して貰うのに、そんな手抜きをされたら意味が無いだろ?」
「逆に言えばパーティーに無断で新人の分を集めて渡すと、不正になってしまうワケですか……」
「でもでもぉ~、こっそり渡されたら分からないんじゃないのぉ~?」
「その点なら大丈夫だよ」
リリスの疑問は懐いて当然だろう。
監視カメラが無い異世界で、裏で交換されたとしても証拠は残らない。
だというのに不正を暴ける前提なのは何故なのか。
それは……。
「後ろの目壁に耳、藪に目っていうことわざがある通り、パーティーの動向に注意を向けない冒険者はほとんど居ないからな」
確信を以て告げた俺に対し、サクラとリリスを含めた班員達が頭に疑問符を浮かべる。
この辺りの感覚に関しては同業者じゃないと分かりにくい。
咄嗟に理解が追い付かなくても無理は無いと苦笑しながら続ける。
「パーティーを組む上で連携をこなすのは必須だろ? 仲間の立ち位置や状態に気を配れないようじゃ連携は疎か、敵に放たれた攻撃に自分から当たりに行くなんて事故も起こりかねない。そうでなくとも依頼中はモンスターや盗賊の襲撃に警戒する必要もある」
「そんな人が複数人いる状況で、こっそり薬草を手渡すような行為に出れば目に留まってしまう……」
「その通り。今回は俺を含めたベテラン冒険者が常に目を光らせてるから、不正に手を出したとしてもすぐに分かるぞ」
さっきも言ったが体験学習会なのに、人任せにするような真似をされたらなんの意味も無い。
せっかく参加してくれたのだから、可能な限り平等に冒険者活動を経験して貰いたいのだ。
「ちなみに不正を働いた場合、冒険者として大成するのは無理だと思った方が良い」
「そ、それは大袈裟じゃないか?」
「そう思うか? 自分が依頼人の立場になった場合を考えて見てくれ。片方は真面目に薬草を集めて渡してくれる冒険者。もう片方は何もせず同僚に集めて貰った薬草を渡して来る冒険者。次も同じ依頼をしたいならどっちが良い?」
ちょっとした問題を前に、班員達は二通りの反応を見せる。
きちんと順当な手筈を踏んでくれる前者が良い。
結果的に薬草が手に入るなら後者でも構わないとも返された。
サクラとリリス、本條さんは答えが分かっているのか口を閉ざしている。
冒険者がどういう職業なのか理解している差なので、ある意味で当然の帰結と言えるだろう。
二つ目の解答通り過程を気にしない依頼人は少なからず居る。
しかし冒険者ギルドにとっては後者は論外だ。
「次に同じ依頼を出したとしても、後者の冒険者には絶対に回ってこない」
「えっ!?」
「次も同じように同僚に集めて貰えるとは限らないからだ」
「あ……」
その言葉でようやく班員達は同じ答えに行き着く。
そう……前回は同僚が手助けしてくれたけど、今回は居なかったらどうするのか?
仮に居たとしても助力を断られたら?
自生している分布や採取方法といったノウハウも無い一人きりの状態で、前回と同等の成果をだしてくれるのか?
そんな不安要素が付き纏う以上、冒険者ギルドとしてはより確実に達成出来る前者を重宝するというワケだ。
どうしてそんなことが起こりえるのか。
理由はとてもシンプルだ。
「──冒険者にとって一番大事なのは実績、つまり『この人なら依頼を達成出来る』っていう信用だ。それを損なうような真似をしたら、選定依頼も指名依頼も受けられなくなる」
「つ、強さじゃなくて?」
「もちろん強さはあくまで手段の一つだよ。でもこれって異世界に限った話じゃないんだ。誰だって不正をするような人に報酬を渡したくないし、失敗できない重要な仕事を任せたくない。だって実は出来ませんなんて言われたらふざけんなって思うだろ?」
「「「あ~……」」」
地球でも共通する価値観を交えて伝えると、班員達は納得の声を漏らす。
冒険者って意外と地球の社会人と変わらない部分もあるのだ。
SNSでの晒し上げだとか誹謗中傷はない分、まだ
井戸端会議などで悪評が広まることはままあるので、一概にどちらが良いとは言い切れないが。
「長くなったけど、例え善意であっても人の分を集めるのは止めて欲しい。冒険者として頼りがいのある姿を見せたいなら、依頼をこなして色んな人の信用を得てる方がずっと良いからな」
「……はい」
「……頑張ります」
改めて結論を告げると、心なしか男子達の身が引き締まったように見えた。
彼らは本條さんにさっきのは無しとだけ伝えると、いそいそと真剣な面持ちで薬草を採っていく。
なお敢えて言わなかったが、パーティー単位で不正を行うヤツらもいるには居る。
実際に俺も新人の頃に何度か絡まれたことがあり、子供だからと本来より低い分配を受けたことも少なくない。
そういった相手に対してはギルド側も注意するし、度が過ぎるようであれば相応の処罰が下される。
降格やパーティーの強制解散はまだ軽い方で、重い場合は冒険者証の失効なんてのもあった。
けれど死刑になる訳じゃないから、元冒険者が盗賊に成り下がるケースも起こりうる。
そんな相手と何回か対峙したこともあったけど……軒並み無力化して衛兵や騎士団に突き出させて貰った。
なんて回想に耽っていると、何やらサクラとリリスが微笑ましそうな表情を浮かべているのに気付く。
頬が緩まないように意識して強張らせてるような感じだ。
「どうかしたのか?」
「いえ、その、S級にまで至った伊鞘君がどれだけの人に信頼されているのかと思うと、無性に嬉しくなってしまって……」
「むしろ誇らしいっていうかぁ~、リリ達の恋人はこんなに凄いんだなぁ~て改めて実感しちゃったぁ~」
「……どーも」
屈託のない彼女達の称賛に気恥ずかしさとむず痒さを感じ、顔を逸らしながら礼を返すのが精一杯だった。
冒険者になった切っ掛けやS級に上り詰めた経緯はどうあれ、自分の軌跡を褒められると嬉しさを隠しきれない。
どこか浮き足立つような面映ゆさに身を竦ませていたら、クスクスと小さな笑い声が耳に入って来た。
「もしお邪魔ならもう少し遠くの薬草を採りに行った方が良いかな?」
「……見守りが利かなくなるので、出来れば近場で採って下さい」
「はぁい」
またしても本條さんにからかわれてしまい、俺は赤くなってそうな顔を手で覆いながら返した。
いかんいかん、今は仕事中だ。
そう自省しながら班員達の見守りを再開する。
何はともあれ俺達の班は問題を起こすことなく、無事に個々人が規定数の薬草を集め終えられた。
後はギルド本部に戻ったら薬草を受付に納品して、報酬と引き換えて貰うことで依頼は終了となる。
日本円で五百円になるとはいえ、参加者達は初めての依頼で得た給金に対して色んな感情が見て取れた。
森の中を動き回ってたったこれだけかと落胆したり、僅かな金銭であっても確かな第一歩を実感し、次はもっと稼ぎたいと向上心を働かせる……どれも懐いて然るべき気持ちだ。
簡単な薬草採取とはいえ、慣れない土地での慣れない作業にはそれなりに疲れが溜まる。
なので次のプログラムは昼休憩だ。
ある意味……俺にとっての本番とも言える時間がすぐそこまで迫っていた。
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