班決めから不安が見え隠れしてる


 依頼を受諾した参加者達を連れて街を出て、薬草が生えている森の入り口前まで移動した。

 これから早速依頼へ赴くことになる。

 学習会のためにある程度モンスターは間引いてあるとはいえ、絶対に安全とは限らない。

 なので参加者達には体操服の上に胸当てを着けて貰い、小道具の入ったミニバッグや護身用に刃を潰したショートソードが渡される。


 身に着ける方法を教えた後、武器の扱い方を軽く説明していく。

 切れ味はほぼないが全力で振るえば普通にケガをするし、当たり所が悪ければ殺せるくらいの強度だ。

 決して人に向けないようにだけ厳重に忠告しておいた。 

 尤も実際の刃物を持った緊張から、振り回すようなヤツは今のところ見当たらない。


 全員の着用を確認したバーディスさんが声を張る。


「うしっ。全員いるな? これから森の中に入って薬草を採取してもらう!」

「えっ?!」

「あ、あの、戦い方とかの説明は……?」


 バーディスさんの言葉に参加者達が困惑の声を漏らす。

 慣れない武具を渡されて間もなく依頼を始めると言われたのが原因らしい。


 戦いとは無縁の生活をしていた地球人としては正しい反応だが、バーディスさんが戦い方を話さないのにはもちろん理由がある。


「悪いが一から戦い方を教えてる時間は無い」

「そ、それじゃどうやって強くなれって言うんですか?」

「あぁ? んなの我流に決まってるだろ。一応、最低限の武器の扱い方は教える。だがそこからどう強くなるかは自分次第だ。それともなんだ? キチンと型や技を身に付けるまで待ってくれとでも言うつもりか? そんなお行儀の良い訓練がお望みなら、騎士団の方にでも頼むんだな」


 戸惑う参加者達に対し、バーディスさんは顔色を変えることなく言う。

 職務放棄とも取れる返答に誰もが開いた口が塞がらない様子だ。


 これは面倒でも勿体ぶってるワケでも無く、冒険者にとって我流の戦闘技術というのは一種の商売道具になる。

 師弟関係による伝授が無いわけじゃないけど、大抵の冒険者は自分の技を教えてくれない。

 何故なら安易に他人に教えることは手の内を明かすことになり、最悪の場合は闇討ちに遭って殺されるかもしれないのだ。

 そうでなくとも個人が独学で身に付けた能力が、必ずしも他者にも身に付く保証が無い。


 例外があるとすれば異種族のみが持つ固有魔法とか、俺を含めたS級冒険者だろう。

 前者はその種族しか扱えないし、後者に至っては能力が知れたところで無意味な実力差という壁がある。


 そういった事情を聞かされた参加者達の表情には、これからモンスターがうろつく森に入りたくないという怯えが浮かぶ。

 だが流石にド新人の未成年を危険な場所に放り込むような真似はしない。


「安心しろ。森に入る時は先輩冒険者と班を組んで行動して貰うからな」

「班行動?」

「おぅ。だが好き勝手に組むんじゃなくて、予めくじで選ばせて貰ってる。さっき渡した仮免証に番号が振ってあるだろ? その番号毎に分かれて班を組んでくれ」


 そう言いながらバーディスさんが集団の背後を指差す。

 その後ろには今回のために指導役として名乗り出てくれた何人もの先輩冒険者が、番号の書かれた旗を立てて待ち構えていた。

 俺はもちろん見知った顔の人も何人かいて、その中にはタトリの姿もある。


 班の人数は指導役も含めて五人ずつになるようにしてあり、森の中に入って薬草を集めていく。

 万が一モンスターに遭遇したとしても、城下町からそこまで離れていない森に生息している種類であれば、ベテラン冒険者達の相手じゃない。


 そんな彼ら彼女らが同行すると知って安堵したのか、各々が自分の仮免証を確認し始めた。

 一緒の班になれて喜ぶ者がいれば、逆に別の班になって残念がる者も居る。


 ちなみにだがサクラとリリスが俺の後ろにいるのを見て、勝手にガッカリする男子もチラホラいた。

 それぞれと班が組める期待でもしていたんだろうか。

 二人は俺のサポートとして来てるから、別行動する理由がないので無理な相談だな。


「仲の良いヤツと離れるのは許してくれ。冒険者の間じゃ、突発的なパーティーを組むことは日常茶飯事だからな。そこは慣れて貰うしかない」


 俺とタトリが組むことになったのもそうだが、依頼によっては臨時パーティーで活動することが多い。

 もちろん揉めないために報酬の分配とか色んな条件があるが、今回は関係ないので除外する。


 やがて俺の前にも何人かの参加者達が集まってきた。

 男子二人は比較的俺に対する敵意が少なく、女子二人は生徒会から出張ってくれた人だ。


 これだけなら大したことはないのだが……。


「さて、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします、リーダーさん!」

「……はい」


 軍隊の敬礼を真似しながら朗らかに笑う女子の内の一人──本條ほんじょう麗良れいらさんに、俺は頬の引き攣りを堪えながら返事をする。

 どうして王女様が同じ班なのかというと、彼女だけはくじではなく班長となる冒険者が護衛として同班することになっているのだ。


 今回、指導役として名乗り出てくれた冒険者の中で、王女様を確実に守れそうなヤツということで俺に白羽の矢が立ったのである。

 評価してくれるのはありがたいが、あまりにも荷が勝ちすぎじゃないだろうか……。


「伊鞘くん。くれぐれもレイラ王女に粗相の無いように……」

「リリ達もちゃぁんと見てるからねぇ~」


 そして後ろに控えている彼女達からも凄まじい圧が向けられる始末だ。


 誰か助けてくれないだろうか、班員になった男子二人は……ダメだ。

 なんで本條さんとも仲が良さげなんだって恨みの眼差し浮かべてる。

 どうやら王女様のファンさえも敵に回してしまったみたいだ。


 味方よりも敵の方が増えてしまっている。


 そういえばタトリの班はどんな感じなんだろうか。

 ふと気になって視線だけ向けてみれば……。


「やりぃ! めっちゃ可愛い子と当たったぜ!」

「はぁ、どうも」

「なぁなぁ、この後どっか食べに行かない?」

「忙しいんで無理っす」

「スマホ持ってる? せっかくだし連絡先交換しない?」

「学習会に関係ない質問は受け付けてないっす」


 意気揚々と声を掛けて来る葛城かつらぎに対し、まるで興味が無いという風に退屈そうな顔をしていた。

 他の班員である男子一人と女子二人は、彼と同類と思われたくないのか遠巻きで固まっている。


 初対面の女子に声を掛ける葛城の節操の無さに呆れるべきか、微塵も無関心さを隠そうともしない後輩に呆れるべきか……まぁあの様子だと葛城が原因みたいだが。

 何せタトリはただでさえ人間嫌いな上、下心を持って声を掛けてくる相手を特に嫌っている。

 二重の意味で地雷とも言える言動をしている葛城を相手にすることはないだろう。


 せめてトラブルだけは避けて貰いたいんだけど。

 なんて思っていたら、不意にタトリと目が合った。


 瞬間、無愛想な表情から一転してニパッと人懐っこそうな笑みに切り替わる。


「せんぱぁ~~い! あとで一緒にご飯食べにいかないっすか~? 最近、美味しいお店を見つけたんで!」

「アイツ……まずはちゃんと指導しろよ~」

「はいっす! 先輩とのご飯のために頑張るっす!」

「いや参加者達のために頑張ってくれよ」


 そりゃキミからしたら赤の他人に違いないだろうけども仕事中だからね?

 そもそも食事には行くとすら言ってない。


 別人かと思うほどに異なる表情を見せるタトリに、葛城はもちろん班員となった他の三人も呆気に取られて茫然とする。

 扱いの差があからさま過ぎるよなぁ。


 そして案の定、自分には見せなかった笑みを見せたことで、葛城から嫉妬の眼差しが向けられる。 


 睨まれたところで彼の自業自得なのでどうもしない。


 タトリは、俺以外の人に対して差し障りの無い態度で返すようになった。

 でもそれはあくまで相手が普通に接してくる場合だ。

 さっきの葛城みたいに下心から近付く相手には、本来の人間嫌いが顕著になる。


 あの班は要注意だな。

 そう内心で警戒を強めていると……。 


「あの女の子が例の後輩ですか……」

「あはぁ~前に会った時より積極的だねぇ~」


 後ろにいるサクラ達からチクチクと痛い視線が刺さってくる。

 いや後輩と食事に行くって答えてないですって。


 可能性すらチラつかせるのもダメ?

 はい、すみませんでした。


 なんとか拗ねた恋人達を宥めながら、いよいよ薬草採取の依頼が始まるのだった。


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 次回は3月1日に更新です

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