何事も雑用から


 冒険者というのは、ざっくり言えば何でも屋だ。

 ギルドに寄せられた依頼を受け、時には街や自然を走り回り、時には命を張って戦ったり、依頼を達成して報酬を受け取る。

 多くの娯楽作品で描写されるような流れといえば分かりやすいだろうか。


 各冒険者には実績と実力を示す階級が定められており、C<B<A<Sの四段階に分けられている。

 上に行くほど強く信用されている証拠であるものの、当然ながら上に行くほど人数も絞られていき、最上級のS級なんて十五人しかいない。


 実際の冒険者活動を体験して貰う学習会において、参加者達は種族性別問わずC級冒険者として扱われることになる。


 それらを簡潔に説明した後、実際に依頼を受ける具体的な流れを見て貰うため、一行は冒険者ギルド本部へと移動した。

 何も知らない異世界人達がぞろぞろと進む集団を訝しげに見つめる一方、あまり異世界に来たことのない地球人がキョロキョロと見渡す姿も見える。

 うっかりはぐれる人がいないように見守りながら、目的地であるギルド本部の建物に着く。


 中に入ると何十人もの冒険者で賑わっていた。

 何人かがこちらの団体を見るが、バーディスさんの姿を見た途端に視線を前に戻していく。


 ギルマスが動くようなことに関わりたくないからだろう。

 決してバーディスさんに人望が無いというワケでは無い。


 普段なら複数の列で受付が埋まっているのだが、今回の学習会のために一部の受付を空けて貰っている。

 その受付まで進み、バーディスさんは足を止めて集団に声を掛けた。


「うしっ、全員いるな? これから依頼を受ける流れを見て貰う。伊鞘、頼むぞ」

「分かりました」


 バーディスさんの名指しを受けて俺が前に出る。

 何人かの男子から忌まわしげな眼差しが向けられた。

 中には見下すような視線すら感じるが……大方、俺でS級になれたのだから自分なら余裕だと思っているんだろう。

 いずれにせよ今は指導を優先するべくスルーして、依頼書が貼られている掲示板へと向かった。


 適当に何枚か見繕って依頼書を手に取り、受付へと持って行く。


「こんにちは。こちらの依頼を受諾する前に冒険者証の提示をお願い致します」

「どうぞ」


 依頼書と共に冒険者証を受付に手渡す。


「……拝見致しました。それでは受諾とさせて頂きます。頑張って下さい」

「ありがとうございます」


 受付とのやり取りを済ませ、集団の前へと戻る。

 これだけで終わりだ。


 あっさりしたやり取りだったが、参加者達はというと呆気に取られたり、漫画で見た流れに興奮していたり、余裕そうな笑みを浮かべていたりと様々だ。

 一連の流れを眺めていたバーディスさんが手を鳴らし、再び参加者の注目を集める。


「見ての通り依頼を受ける方法自体は簡単だ。今からお前達にも体験して貰うが、まずは冒険者証が必要になる。本来なら色々な手続きが必要なんだが、今回はこっちで用意した仮免証を使って依頼を受注して貰う。正式なヤツが欲しけりゃ学習会後に自分で手続きするか、保護者に頼んで作って貰うんだな」


 そう説明してから、参加者達の名前が載った仮免証をサクラとリリスが配っていく。

 正式な冒険者証を貰えないと知って不満げな顔をする人が何人か居たが、あくまで学習会なのだから本物など渡せるはずがない。


 さらには氏名と一緒に記載されているC級というランクに、ザコ認定とか最悪だの愚痴る声が聞こえた。

 新人として扱うって言ったんだからそりゃそうだろうに。

 まぁサクラとリリスから手渡されて鼻の下を伸ばすヤツ、顔に近付けて匂いを嗅ぐヤツよりまだマシだけど。


 にわかにざわめき立つが、バーディスさんは気にせず続ける。


「全員、仮免証を受け取ったな? それを持って掲示板にある依頼書を持って行って貰う。まぁ依頼もギルドで手配したヤツなんだがな」


 その合図を皮切りに参加者達が依頼書を受付に持って行く。

 ちなみに言語に関しては問題ない。

 地球人にも分かるようにそれぞれの国の言語が対応されている。

 これも異世界交流における成果の一つだ。


 そうして依頼を人数分の依頼受諾が終えたところで、バーディスさんが話を再開する。


「依頼を受ける上での注意点だが、まず自分の階級以上の依頼は受けられない。同じランクの依頼を何度もこなして階級を上げるのが基本だ」


 昔は現在の階級に関係なく受けたい依頼を受けられる仕組みだったそうだが、見合ってない依頼受諾による死亡率がハンパないということで、人的資源を保つためにも階級に添った受諾制度が設けられたのだ。


 ただ何事にも例外はある。


「ただし上の階級を持つ冒険者とパーティーを組むことでのみ、この制限は取り払われる。さらにその中で目立った活躍をすれば、早期の階級上昇が見込める。手っ取り早く成り上がるには定石だな。っま、大抵は荷物持ちで終わることが多いがな」


 一抹の夢を見せた後に容赦無い現実で折る。

 よっぽどの天才でない限り、上位のパーティーで活躍なんて不可能だからだ。


 さらに言えばどの冒険者もお人好しという訳では無いので、上級の依頼を受けたいからパーティーを組みたいと申し出ても、新人のお守りなんてゴメンだと断られるケースが多いのもある。


 俺みたいにバーディスさんの面倒見が良かったり、タトリみたくギルドから俺と組むように指示されるのはかなりのレアケースなので、結局は地道に実績と経験を積むのが堅実という訳だ。


「依頼書の内容はしっかり確認しておけよ? 他にも難度、日時の期限、報酬、見る項目は多いがどれも大事なことだからな。何か質問はあるか?」

「あの、良いですか?」


 バーディスさんの問いに対し、一人の女子がおずおずと挙手した。


「おう。言ってみろ」

「えと、依頼は薬草を三枚採取ってありますけど、報酬のところにある銅貨五枚って日本円にしたらどのくらいになるんですか?」

「良い質問じゃねぇか。報酬は気になるよなぁ。せっかくだ、答えを言う前にいくらぐらいか全員で好きに予想してみな」


 逆に尋ねられた参加者達は少々戸惑いながらも、思い思いの金額を口にしていく。

 多くて五千円、少なくて二千円とバラバラな返答が浮いては消えていった。


 それらを一頻り聞き終えたバーディスさんはうんうんと大仰に頷いて見せる。

 そして彼は右手を挙げてパーの形を作り……。


「銅貨五枚を日本円にすると…………になる」

「「「え」」」


 予想より低い金額に参加者達がポカンと呆気にとられる。


 あぁ、すっごい気持ちが分かるわ~……。

 俺が初めて達成した依頼はゴミ捨て場の掃除だったんだけど、その報酬は銅貨四枚。

 つまり四百円だったのだ。


 一軒家が建てられる広さの敷地があったゴミ捨て場を綺麗にしてだぞ?

 初任給というにはあまりにもお小遣い過ぎる。

 スナック菓子パン二個に消えた時は思わず涙が出ちゃったなぁ。


 なんて悲しい回想をしている時だった。


「はぁ~~っ!? 薬草三枚でそんな端金とか割に合わねぇだろ! 大体それくらいなら自分で採りに行けば良いだろ!」


 一人の男子が声を荒げて不満を露わにした。

 染めた金髪にピアスをした、如何にもチャラチャラした雰囲気の男だ。


 確か参加者名簿にあった名前は……葛城かつらぎだったか。


 言い方こそ乱暴だが、葛城の不満自体は無理も無い。

 薬草採取なんてまさに雑用の中の雑用、地球で例えるならゴミ拾いレベルだし。

 現に何人かの参加者が賛同するように頷いている。

 そんな憤慨に対しバーディスさんは……。


「──何言ってんだ? 薬草を三枚で銅貨五枚も貰えるなんて、かなりマシな依頼だぞ?」

「は?」


 おかしなことは何も無いと、あっけらかんと返した。

 まさかの返答に葛城がポカンと目を丸くする。


「依頼っていうのは千差万別だ。ペット探しや子守り、買い物の代行やら荷物運びまである。それに比べたら薬草採取ってとてもシンプルだろ?」 


 バーディスさんの言うとおりだ。

 ペット探しは捕まえるまで町中を走り回らなきゃいけないので、それまでどれだけ時間が掛かるか分からない。

 子守りや買い物代行だって、自分だけでなく依頼主にも損害が発生してしまうのでかなり慎重にこなす必要がある。


 反面、薬草採取って目的も場所も必要な行程も分かりやすいので楽なのだ。

 あくまで初心者が受ける依頼にしては、という意味だが。


「あと自分で採りに行けって言うけどな、薬草が生えてるような場所にはモンスターが現れることが多い。一般人にはそれだけで危険なんだよ」

「地球だったら熊が出没する山に、キノコやタケノコを穫りに行くようなモノだよ。それを踏まえても同じ事が言えるかな?」

「うぐ……」


 バーディスさんの説明に本條さんが補足する。

 地球準拠での視点も加えられたことで、葛城は言い返せずに黙り込んだ。


「そもそも掲示板に貼ってあるような依頼っつーのは、誰でも受けられる依頼なんだよ。だから緊急性も難度も報酬も低いモノが貼られる。複数受けるか、別の依頼のついでにこなすのが定石だな」


 そう、一つの依頼の報酬が低いなら複数を掛け持ちすればいいだけの話だ。

 報酬が低いからと無視していては昇級に必要な実績が積めない。


 これは余談だが、俺は掲示板の依頼を全部片付けたことがある。

 冒険者になって半年くらいだったか……そうしないと借金返済どころか食費すら危うかったから。

 あの時見た受付さんの不正しか見当たらないような眼差しは今でも覚えてる。

 ギルド上層部でもかなり問題視されたみたいなんだけど、最終的に俺の実績として全て認められたんだっけ。


 ただ次からは掲示板の依頼を、全て受けるのは止めてくれと懇願されてしまった。


 懐かしいなぁと思い返していると、別の参加者が挙手する。


「掲示板以外でも依頼って受けられるんですか?」

「お、気付いたか。掲示板以外に依頼を受ける方法としては二つある。一つはギルドが冒険者個人に出す『選定依頼』だな」


 良い問いだとバーディスさんが笑みを浮かべながら語る。


 選定依頼とはギルドが各冒険者の能力と実績を査定して、個人に見合った依頼を選出し推薦するモノだ。

 掲示版より難度は上がるものの、その分だけ報酬は増えるしギルド内での実績向上にも繋がる。


 多くの冒険者が収入源としている依頼はこちらの方を指す。

 先に説明された階級制度による制限に関しても、そもそもギルドが階級に合わせた依頼を挙げるので、ギルド側のミスでなければ早々に起こりえない。


 そういった諸々の解説の後、バーディスさんはもう一つの方法を口にする。


「もう一つはA級以上の冒険者が受けられる『指名依頼』だ。名称の通り、ギルドや貴族が適任だと判断した冒険者個人にのみ出される依頼だな。指名されるってことは、そうされるだけに足る実績を積んだ証で、冒険者として大成した証拠でもある」


 俺がお嬢と知り合う切っ掛けになった指名依頼には、冒険者達にとって重大な意味を持っている。

 大半の冒険者が志すのはA級までで、S級は実力と実績以外にも必要な要素がなければ昇れない。

 まぁこの点に関しては今は置いておこう。


「長く話したが端的に纏めるとだ。──雑用くらいこなせなきゃ上にはいけねぇってことだな」

「ざっくりし過ぎてる……」


 本当に端的に纏められてしまったが、バーディスさんが言うことは至極当然のこと。


 掲示板の依頼だって最初は面倒くさく、実入りがなさ過ぎてつまらなく思えてくるかもしれない。

 でもペット探しや薬草採取をこなしていけば土地勘が着くし、依頼主から信頼されることで将来的な指名依頼の足がかりになる可能性がある。

 何事も雑用から積み重ねることが、成功への一番確実な道なのだ。


 この話だけで果たして、どれだけの参加者の心情に変化が齎せたかは分からない。

 ただ願うなら……モテたいよりも別の感情が優先されて欲しいと思う。


 ========


 次回は2月23日に更新です。


 

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