冒険者体験学習会、開始

 あれよあれよという間に、気付けば冒険者体験学習会の当日となった。

 今日から二泊三日で異世界側で過ごすため、その間は屋敷を空けることになる。


 俺達はお嬢に見送られる形で出発の時を迎えた。


「サクラ、気を付けてね」

「はい。細心の注意を払います」

「ふふっ、硬すぎよ。イサヤ達が守ってくれるんだから安心しなさい」


 いつもの通り礼儀正しいサクラに、お嬢が微笑みながら肩の力を抜くように言う。

 半吸血鬼ヴァンピールであるサクラは異世界では未だに根強い禍根が残る迫害対象だ。

 学習会の三日間で向こうの人目に触れないのは難しいため、夏休みの時のように変装用魔法具を身に付けて銀髪から黒髪にしている。

 参加者達からすれば髪色の変化に驚くだろうが、何か言われたら恋人の趣味だとでも言えば良い。

 サクラからは俺に責任を押し付けたくないと言われたものの、それくらい背負えなきゃ彼氏失格だと説得させて貰った。


「お土産楽しみにしてて下さいねぇ~」

「えぇ、期待してるわ」


 相変わらず脳天気なリリスの言葉に、お嬢はクスッと笑いながら答える。

 学習会では一応、自由行動時間が設けられているので買おうと思えば買えるだろう。


 でも吸血鬼のお嬢からしたら、地元のお土産を渡されるような形にならない?

 なんて野暮なツッコミが喉まで出掛かったが、なんとか抑え込んだ。


 そんな恋人二人の装いは私服でも制服でもなく、メイド服でもない……学校指定の体操服である。


 これは学習会の参加者は体操服を着るように指示されているからだ。

 冒険者の活動内容を踏まえて、動きやすくて汚れても構わない格好が望ましく、そういった点から体操服はまさに打って付けだった。

 俺も冒険者業をこなす時はもちろん、普段着としてくらい愛用したものだ。

 奴隷になってからは体育の授業以外じゃ着なくなったけど。


 閑話休題。


「行ってくるよ、お嬢」


 二人に続いて俺も挨拶を投げ掛ける。

 それを受けたお嬢は一度頷いてから、俺の胸に手を当ててゆっくりと口を開く。


「いい? レイラ姉様や例の後輩と浮気なんてしたら許さないわよ? それにうっかりでも他の女を誑かしたらお仕置きだからそのつもりで」

「俺だけ念に念を入れすぎじゃない?!」


 そこまで言われるほど信用ないの?

 どうやら先日の知らない女タトリの匂いを付けて帰って来た事件の残り火は、お嬢の中でまだまだ燻っているらしい。


 サクラは『いつかこんな日が来ると思った』みたいな顔してたし。

 リリスに関しては何故だか納得したような面持ちを浮かべていたっけ。


 あの後、後輩と結び付けられたことでなんとか収まったと思ったのに。


 心外だと頬を引き攣らせる俺を余所に、サクラとリリスが妙に気合いの入った面持ちを浮かべる。


「お任せ下さい。伊鞘君の行動は私とリリスで逐一監視致します!」

「そのためのサポートですからねぇ~」


 恋人に手綱を握られてらぁ。

 そんなに心配しなくても、言い寄られた程度でホイホイ受け入れるような節操なしじゃないのに……。


 何度言っても彼女達の不安が失くならない辺り、俺がしっかりしなければ延々と睨まれ続けるだけかもしれない。

 本当に気を付けよう、今後のためにも。

 そう決意しながら俺達は出発した。


 ======


 冒険者ギルドが用意した宿屋に荷物を置き、集合場所へと足を運んだ。


 集合場所は異世界で最も人口の多い城下町にある広場の一角で、到着した段階で既に多くの参加者達が集まって雑談に興じていた。

 その人数は五十人以上にも上り、九割が男子という結果だ。

 どんだけモテたいのかと苦笑する他なかった。


 残り一割の女子は純粋に冒険者に対する憧れだろうか。

 まぁ動機はどうあれ参加した以上は、新人冒険者として等しく扱うだけだ。


 そんな集団の先頭で、先生と共に点呼をとっている本條さんの姿を見つける。


 教師が一緒なのはいわゆる大人の都合だ。

 冒険者が監督するとはいえ、学校側の大人が不参加なのはどうかという事情があるらしい。

 というワケで抜擢されたのが生徒会顧問の日々野ひびの先生である。

 少し引っ込み思案で大人しいが、生徒達から親しまれやすい人だ。

 夢見る男子達に現実を教えるこの企画に巻き込んでしまって申し訳なく思う。


 そんな感想も程々に、サクラ達に目配せをして三人で彼女の元へ近付いた。


「おはようございます、本條さん」

「あ、おはよう辻園くん。今日からよろしくね」


 挨拶をすると朗らかに返してくれた。

 そのまま本條さんは俺の後ろにいるサクラとリリスにも目を向ける。


「サクラちゃんとリリスちゃんも来てくれてありがと!」

「おはようございます」

「おはよぉ~」


 サクラは恭しく腰を折ってお辞儀を、リリスはのほほんと手を挙げて挨拶を返す。


 二大美少女の到着に男子達が色めき立つ。

 恋人が出来たとしても二人の容姿は目の保養になるのだろう。

 見るくらいなら構わないが、仮に不埒な真似をしようモノなら容赦はしないつもりだ。


 一方で黒髪に染めたように見えるサクラを見て、動揺を隠せないでいるようだ。

 尤もざわめいたのは地球人だけで、異世界人に関しては仕方ないとばかりに苦笑している。


 誰も髪色の変化について尋ねてこないのは、生徒会長であり王女である本條さんが何も言わないからだろう。

 王族が聞かなかったことを不躾に聞く無礼を避けたいのだ。

 それでもこちらとしては十分助かっている。


 そんな安堵を覚えていると、今度は進行役であるバーディスさんが声を掛けて来た。


「おっす伊鞘」

「バーディスさん、おはようございます」


 俺が挨拶を返すと、彼は次にリリスへ顔を向けた。

 サクラを見た途端に目を丸くしたが、初対面である彼女の容姿にビックリしたようだ。


 目が合ったサクラはゆっくりと腰を曲げる。 


「初めまして。スカーレット公爵家の使用人をさせて頂いております、緋月あかつきサクラと申します。本日から三日間、伊鞘君のサポートとして同行を許可して下さったこと、誠に感謝しております」

「お、おぉ。ギルマスとして頼もしいわ、です……」


 礼儀正しく腰を折って挨拶を口にしたサクラに、バーディスさんは戦慄わななきながら返す。

 ギルドマスターという立場上、貴族と接することが多いはずの彼でも、彼女の品のある所作を前に緊張が走ったようだ。

 まぁサクラって公的には従者だけど、本来は公爵家の養女なのでその緊張は何も間違ってない。


「さて、参加者の点呼は問題なく済みました。ギルドマスター、予定通り挨拶をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「分かりました」


 本條さんの報告を受けたバーディスさんは、佇まいを直してから集団の前で出て咳払いをする。

 雑談の中でも一際大きく木霊した声によって自身に注目を集めさせた。


 参加者の視線が向けられたのを確認したバーディスさんが口を開く。


「よく来たな、ひよっこ共。俺はギルドマスターのバーディス・ブロンゼフだ。今日から三日間、お前達には冒険者としての活動を実体験してもらう。荒事に慣れてない地球人もいるワケだが、そういった種族や生まれに関係なく新人だと見做す。特別扱いはしねぇからそのつもりでな」


 地球人だから多少は出来なくても仕方ない。

 そんな言い訳をしても意味が無いと先に釘を刺していく。


 これは冒険者ギルド側──主にバーディスさんが引く最低限のラインだ。

 予めこう言っておくことで、後でクレームが来ても事前に通告していると言い返せる。

 そもそも異世界側でそんな苦情を聞き入れる人はほとんどいない。


 モンスターや犯罪者を相手にする以上、危険なのは分かり切っているからだ。


 ギルマスの忠告を前にした参加者達は様々な反応を見せる。

 緊張で身を引き締める人、恐怖で怯えた眼差しを浮かべる人、自分は問題ないと無根拠な自信を見せる人。

 しっかりと話を聞いていると様子を見て、バーディスさんは一度頷いてから話を続ける。 


「最初の講義は冒険者の活動内容についてだ。一回しか説明しねぇから、しっかり聞いておけよ?」


 ニヤリと笑いながらそう告げる。

 こうして冒険者体験学習会が幕を開けた。



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 次回は2月16日に更新します。


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