詰問がこんなに怖いなんて


 冒険者ギルドでの打ち合わせが終わり、俺と本條さんは地球に帰って来た。

 後輩タトリの乱入で途中から賑やかになったものの、なんとか当初の予定通りに煮詰めて終わらせることが出来て良かったと思う。


 ……地球に帰る際、タトリに物凄く泣き付かれたが。


『せっかく異世界に来たなら、一泊くらいしていけば良いじゃないっすか! それすら許してくれない頭の硬い主人のとこなんて帰っちゃダメっす!』


 からかう余裕もないくらい必死だったが、お嬢を怒らせるワケにいかないからと外泊は拒否させて貰った。

 聞いたこっちが怖くなるような暴言にはホントに肝を冷やされたモノだ。


 アイツ一応、俺の飼い主が公爵令嬢って知ってたはずだよな?

 その上であんな不敬なセリフ吐けるなんて太々しいにも程がある。

 本條さんっていう王女様にも最後まで敬語使わなかったし、人間嫌いだから敬う気ないんだろうか。


「フェアリンさん、面白い子だったね~」


 怒っても良い側であるはずの本條さんも、楽しかったと言わんばかりにニコニコしている。


「途轍もなく失礼だったのによく笑ってられますね……」

「親が凄いからって私も凄いことにはならないからね。公の場以外で畏まられても困っちゃうし、あれくらいで目くじら立てたりしないよ」

「……だったら良いんですけど」


 まぁ当人が気にしてないなら俺がとやかく言うこともないか。

 とりあえずそう結論付けて、この話題はこれ以上掘り下げないことにした。


「それにしても本当に送っていかなくて良かったの?」

「はい」


 本條さんが再確認して来たのは、今居るゲート前の検問所から公爵家別邸まで車で送ろうかという提案についてだ。

 必要だったとはいえ、今回の打ち合わせに連れて貰えただけでも俺は十分だった。

 だから気持ちだけ受け取っておきますと丁重に断らせて貰ったのである。


 それに送るために用意された車がリムジンなんだよなぁ。

 お嬢に買われた初日に乗ったことあるけど、あの髪の毛一本でも落として汚すのが躊躇われる空間には絶対に行きたくない。


 無礼に当たろうがそれだけは断固させて頂く。


「そこまでお手を煩わせるワケにいきませんので。ちゃんと自分の足で帰ります」

「そっか。残念。もう少しだけお話したかったんだけどなぁ」

「これからも学習会の件で顔を合わせますし、それでどうか勘弁して下さい」


 紛らわしいセリフを受け流して話を終わらせた。

 思った反応を返してくれなかったのが不満なのか、本條さんがぷくーっと頬を膨らませてジト目を向けてくる。


 あざといがその手には絶対に乗らない。

 その意思表示が伝わり、本條さんは肩を竦めてからリムジンに乗って窓から顔を覗かせる。


「それじゃ辻園くん、また学校でね~!」


 王女らしく小さく手を振りながら去って行く彼女を見送る。


 さて、俺も帰ろう。

 そう思った矢先、王家御用達のリムジンとは別のリムジンが俺の前に停まる。


 ゆっくりと開かれた窓から、笑顔のお嬢が出て来た。

 Oh……。


「はぁい、イサヤ。迎えに来てあげたわよ」

「……お嬢、俺まだ連絡してないんだけど」

「タイミングが良すぎるって? そんなのイサヤが地球に戻って来たら連絡するように、検問所の警備員に伝えてあったから当然よ」

「またそういう権力の横暴を……」


 なんてことないように告げられた種明かしに、呆れを隠せず頭を抱えてしまう。

 そこまでして浮気しないかチェックするくらい信用無いの?

 それとも愛が重いのか……出来れば後者が良いなと思う。


 とりあえずこれだけは聞いておこうと、お嬢に対してある質問を投げ掛けた。


「ねぇお嬢。俺、リムジンに乗らなきゃダメ?」

「安心しなさい。中で何したって外からはもちろん、運転手にすら見えないから」

「そんな心配は微塵もしてない……」


 乗りづらいから普通に帰っちゃダメなのかって聞いたのに、わざと的外れなことを口走るお嬢に困惑する。


 結局、お嬢の命令に逆らえない俺はリムジンに乗せられてしまった。

 初めて乗った時と違い、ふわっふわな座席で肩身を狭くしている俺の膝の上にお嬢が腰掛ける格好だ。

 いやなんでだよ。


「お、お嬢。なんでリムジンの中でも俺の膝に座ってるんだよ。勿体ないだろ」

「何回も乗ってると飽きて来るのよね~」

「金持ちしか吐けない台詞!」

「その点、イサヤの膝は全然飽きないわ。こうやってくっつけるんだから」

「ちょっ……!?」


 ガチガチに身体を強張らせる俺の胸元に、お嬢が顔を擦り寄せる。

 それはまるでマーキングのようで、足から伝わるお尻の柔らかさとか甘い匂いだとかで頭がクラクラしそうになっていく。


 なんとか理性を保とうと意識を逸らそうとした時、ふとお嬢が顔の動きを止めた。

 どうしたのだろうかと尋ねるよりも早く、何やらスンスンと鼻を鳴らしており……。



「──知らない女の匂いがする」

「ヒィッ?!」


 腹の底が凍り付きそうなほどの冷たい声が発せられた。


 こっわ、なんで匂いだけで分かったの!?


 全身に走った悪寒によって全身がガクガクと震えてしまう。

 そんな状態の俺を逃がすまいと、お嬢が胸倉を掴んでこちらに目を向けてくる。


「ねぇ、どういうことかしら?」

「し、してないです! 誓って浮気なんてしてません!! レイラ様には指一本触れてませんから!」

「この匂いはレイラ姉様じゃないわ。明らかに別の女と浮気でもしなきゃこんな匂いしないもの」

「仕事に行ったのにそんなことする余裕あるわけないだろ!?」


 俺を見つめる深紅の瞳には、血の沼を彷彿とさせられる闇が宿っていた。

 少しでも気を抜けば腹を貫きそうな殺気を前に、せめてもの弁明を口にしながら首を振る。

 だがお嬢は胸倉を掴む手に更なる力を込めた。


「知らないようだから教えてあげる。匂いって普通は簡単に移ったりしないのよ? 




 限りは」

「……」


 その根拠を口にされた瞬間、俺は絶句して黙り込むしか無かった。


 いましたねぇ……乱入してから終わるまでずっと抱き着いてた後輩が。

 脳裏でタトリがしてやったりな顔してやがる。 

 今度会ったらひっぱたく。


 そう決意しながら、俺は道路を走るリムジンの車内で全力の五体投地を披露して謝り倒していった。


 恋人がいるのだから距離感を弁えろというご尤もな説教を頂戴し、その日の吸血は貧血ギリギリまで痛みを齎しながら行われるのだった。


  

 ========


 次回は2月9日に更新です。

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