聞いてないっすよ!?



「先輩? ボーッとしてどうしたんっすか?」


 ──ッハ!?


 タトリの参加表明があまりにも衝撃的すぎて、彼女と出会った頃の回想まで意識を手放していた。

 どれくらい放心していたのか分からない。

 でも状況がまるで変わった様子はないから一秒くらいだろうか。


「もしかして超可愛いタトリの参加に嬉しくて感動してたんっすか~?」

「違う。ちょっと考え事に耽ってただけだ」


 茫然としていた俺の顔を覗き込む姿勢のタトリが、何やらニヤリと妖しい笑みを浮かべていた。

 苛立ちを抑えながら否定すると、後輩は『なぁんだ』とつまらなさそうに嘆息する。


 冒険者体験学習会には一クラス分の人数が参加すると見込まれている。

 人間嫌いであるタトリがそんな人達の前で機嫌を損ねないか心配してしまう。


 ……ちょっと聞いてみるか。


「タトリ。幾つか質問させてくれ」

「いいっすよ」

「冒険者になろうとしてる地球人の学生達はどう感じてる?」

「バカとしか思ってないっす」


 事実としてそう認識していると真顔で返された。

 俺も同感なので何も言わず続ける。


「バーディスさんのことは?」

「モテないくせに結婚したいとか必死こいてみっともないと思ってるっす」

「オイ」


 歯に衣を着せない辛辣な感想にバーディスさんがツッコむ。

 俺からは敢えて何言わない。

 擁護したところで彼女持ちがーとか癇癪起こすに決まってるからだ。


「じゃあ最後に俺は?」

「えぇ~? そんな分かり切ってることをタトリの口からわざわざ言わせたいなんて、先輩ったらいつの間にイジワルになったんすか~? まぁ? ど~~してもって言うなら答えてあげなくともないんすけどぉ~?」

「あぁうん、もう良いわ」


 先の二問と一転して饒舌な後輩に戸惑いながら質問を切り上げる。

 唐突に話を終わらされたのが不満なのか、タトリはあからさまに頬を膨らませた。 


 タトリの人間嫌いに関しては微塵も直ってないようだ。

 やたらと俺に懐いてくれたものの、他の人物に対しては表面上でのみ愛想良くなったが、根っこの部分は早々変わっていなくてむしろ安心した。


「それでどうしてタトリも参加するんだよ? 報酬目当て?」

「先輩じゃないんすから金はどうでもいいっす」

「ちょっと毒づくのやめろ。だって人間嫌いはそのままなら、学習会に参加する学生達なんで地雷そのものじゃん」


 右も左も分からない新人を相手するより骨が折れるのは容易に想像出来る。

 そんな相手に対してタトリの人間嫌いが加速しないか、不安にならないはずがない。


 だが俺の心配を余所に後輩は何故かニマァ~っと目を細める。


「あっれ~? 先輩、タトリのこと心配してるんっすか? 最カワなタトリちゃんに他の男が馴れ馴れしくしないか嫉妬しちゃったり? んもう、タトリはずっと先輩一筋なんで、安心して下さいっす」

「相変わらずの拡大解釈だな……」


 冗談めかして煽ってくる後輩に呆れる他ない。

 心配したのは間違ってないけど損した気分になりそう。


 俺に懐いてからのタトリは出会った当初の態度が見る影もなくなった。

 やたらとくっついて来るわ人の発言をポジティブに捉えるわ、俺の周りをひたすらついて回るようになったのだ。

 どんな依頼でも一緒に行きたいと駄々をこねるし、なんなら俺以外の人とパーティーを組むのもイヤな顔するしで、依然として冒険者ギルドでは問題児扱いのままである。


 慕ってくれるのは嬉しいけど、もう少し節度を持って欲しいと思う。

 そういえば後輩とコントめいた会話をしている間、本條さんがやけに静かだなと思い至る。

 チラリと王女様へ目を向けると、彼女はお腹を抱えて身体を丸めていた。

 よく見ると全身が小さく震えており、呼吸も絶え絶えといった調子で乱れている。


「ほ、本條さん? どこか具合でも悪いんですか?!」

「まっ……ちが、う、から……!」


 慌てて容態を尋ねるも、本條さんは片手を挙げて平気だと返す。

 どう見ても平気そうじゃないんですが。


 何度か深呼吸をして多少は落ち着いた彼女が顔を上げる。

 目元にうっすら浮かんだ涙を指で拭いながら本條さんが口を開く。


「はぁ、はぁ……ふふっ。その、キミ達の会話がツボに入っちゃっただけだよ」

「は?」


 予想外の理由に大変失礼ながら素っ頓狂な声が出てしまった。

 唖然とする俺に本條さんは少しだけ頬を赤くしながら苦笑する。


「も~辻園くんも悪い人だね。そんなに仲の良い後輩がいるって知ったら、が怒っちゃうよ?」

「「えっ」」


 本條さんの発言にタトリとバーディスさんが声を揃えて茫然とする。

 一方で俺はどうしてそんな反応をするのかと首を傾げた。

 王女様は何もおかしなこと言ってないはずなのに……。


 やがて思考を取り戻した二人は、俺と顔を合わせた途端にグワッと勢いよく詰め寄って来た。

 ちょ、近い近い!!


「先輩、今のどういうことっすか!? か、かかかか、彼女さんって、もしかしなくとも恋人ってことっす?!」

「誰だぁぁぁぁ!? 誰と付き合ってるんだぁぁぁぁっ!? まさか前に会ったサキュバスの子か!?」

「そ、そうです。リリス以外にももう一人のメイドと飼い主のお嬢の三人と付き合ってますけど……」

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」


 おずおずと首肯して答えると、二人は更に感情を爆発させる。


 そういえば言ってなかったなぁ。

 体験学習会に関係ないことだったから、わざわざ言うまでもないだろうって思い込んでいた。

 決してバーディスさんに恨まれるのを避けたかったワケじゃない。

 ないったらない。


「美少女二人に公爵令嬢ってどんな高確率だよ! 伴侶目当てで奴隷を買うヤツは珍しくないとはいえ、そんな豪運あってたまるか!」

「ヒドいっす先輩! タトリが先輩のためにあれこれ頑張ってる間、三人も侍らせるとかあんまりじゃないっすか!」

「あーもう! だから言いたくなかったんだ!」


 案の定、激しい剣幕での質問攻めに遭ってしまう。

 火種を着けた本條さんはそんな俺達をクスクスと眺めている。


 やっぱいい性格してるわこの人。


 なんとも脱線しまくりではあったが、冒険者ギルドでの打ち合わせをなんとか終えるのであった……。


 ======


 遅くなってすみません。

 次回は2月2日です。



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