回想① 生意気な後輩がもっと生意気だった頃


 それは俺が冒険者になって一年──十三歳の頃のことだった。

 今日も今日とて金を稼ぐために冒険者ギルドへ依頼を受けに来たところ、先輩兼師匠でもあるバーディスさん──当時は現役S級冒険者──に呼び止められたのだ。

 その要件はというと……。


「新人とパーティーを組む? 俺がですか?」

「あぁそうだ」


 咄嗟に理解が追い付かずに聞き返す俺に、バーディスさんは大仰に頷いて肯定する。


「そりゃ確かに俺はソロで活動することが多いですけど、まだ二年目ですよ? なのに新人の面倒なんて……」

「その一年の間にC級からB級どころか、A級目前な有望株が謙遜すんじゃねぇよ。むしろ二年目だからこそ、パーティーでの冒険に慣れるべきなんだっての」

「うぐ……それはそうかもしれないですけど」


 真っ当な言い分に反論に力が入らない。

 承諾しかねる俺の態度を訝しんでか、ただでさえ目付きの悪いバーディスさんがジッと睨み付けてくる。


「どうせ伊鞘のことだ、パーティー組んだら自分の取り分が減る心配とかしてんだろ?」

「そそそそそそ、そんなことないですってば!」

「分かりやすいヤツ……」


 図星を衝かれて咄嗟に否定したが、お見通しだという風に呆れのため息をつかれてしまう。

 でも仕方ないじゃん。

 実際にパーティーを組んだら、依頼の報酬はギルドが階級に合わせて配分することになってるんだし。

 俺の方が新人より一級上だと加味しても、おおよそで三割くらいは取り分が減ってしまうのだからイヤに決まってる。


 いくら恩ある先輩からの頼みといえどもそう簡単に頷くワケには──。


「安心しろ。既に上と掛け合ってギルドの方から、監督料として追加報酬を出して貰えるようにしてある」

「了解しました! その新人ってどんな人なんですか?」

「ちょっろ。お前、マジで楽して稼げる仕事とか安請け合いするなよ?」

「実際に引っ掛かった父さんを間近で見たんで、その点は大丈夫です」

「ホンットに救いようがねぇダメ親父だな!!」


 身内の恥を曝したら、バーディスさんが盛大に呆れと怒りを露わにした。

 うん、俺も心の底からそう思います。


 まぁ父さんのことはさておき、今は件の新人の方が最優先だ。

 早速紹介して欲しいと急かせば、バーディスさんは何故だか悩ましげな面持ちを浮かべる。

 けどそれはほんの数瞬で、肩を竦めながら彼にギルドの応接室まで案内された。

 そうして入った部屋のソファにはいた。


 カチューシャ編みに束ねられた黄緑のセミロングヘア、俺と同年代に見える幼い容姿ながら目を奪われるほど整っている顔立ち、白を基調としたローブと赤い宝玉が目立つ杖を持っている。

 特に目を引かれるのは人間よりも大きく尖った長い耳で、それは少女がエルフだという証左だ。

 しかしながら入室した俺達を見つめる橙の瞳は、冷ややかでは片付けられないくらいに嘲るような眼差しだった。


 まるで自分以外の存在を煩わしく思ってるような、そんな冷たい感情が窺える。

 エルフの少女はソファに腰掛けたまま口を開いた。


「──やっと来たんすか? で、ソイツがタトリと組むっていう優秀な冒険者?」

「あぁ」

「ふぅ~ん……」


 開口一番は、新人にも関わらず俺を見下す物言いだった。

 バーディスさんが至って冷静な態度で彼女の言葉に首肯すると、エルフの女の子が見定めるように凝視して来る。

 訝む眼差しながら、美少女に見つめられて思わずたじろいでしまう。


 そんな俺の反応を見た彼女は、眉を顰めたかと思うと……。


「──キッモ。こんなのと組まされるとか、可愛いタトリは自分が可哀想で仕方ないっす」

「……あ?」


 これでもかと不快感を露わにした嘆きを吐き出した。

 思わぬ罵倒に俺は呆気に取られてしまう。


 いくらなんでも初対面の相手にヒドくない?

 怒りが湧くどころではないダメージに打ち拉がれそうになるが、ここは先輩として深い懐をみせるべきだと平静を装う。

 大丈夫、クレバーだぞ俺……。

 軽く暗示を掛けるように言い聞かせてから、少女へゆっくりと手を差し伸べる。


「えと、俺は辻園伊鞘。今日からキミとパーティーを組むことになったB級冒険者だ。よろしくな」

「あ~自己紹介とかいいっす。どーせ人間の名前なんて覚えるつもりないんで」

「……」


 差し出された握手を拒むどころか、視線すら合わせることなく一蹴されてしまう。

 ただでさえ痛いとこに刺さっていた言葉のナイフが、更に奥深くへと刺し込まれたような錯覚がした。


 取り付く島もなくない?

 この子、本当に新人なの?

 パーティー組む気ゼロなんだけど?


 今にも泣きそうな心を宥めながら、バーディスさんに目線を送る。

 俺の視線を受けた彼は、悩ましげな面持ちで頬を掻きながら口を開く。


「コイツはタトリ・フェアリン、種族はハーフエルフで、回復と支援がメインの魔法使いなんだが……少しばかり人間を好ましく思っていないんだ」

「そんな柔な表現で収まるレベルの素っ気なさじゃないですよ?」


 好ましく思ってないどころか、むしろ蛇蝎の如き嫌悪感が剥き出しなんだわ。

 初対面なのにこんな有り様じゃ先が思いやられる。


 途方に暮れそうな俺を余所にバーディスさんは話を続ける。


「新人冒険者は通常、同じ新人同士か先輩冒険者と組むのが通例だ。これはお前も経験したから分かるよな」

「まぁ、はい」

「だがタトリは──」

「は? 何勝手にタトリの名前を呼んでるんすか? そーゆーのセクハラっていうんすよ」

「……」


 明らかに不機嫌な声音に、バーディスさんが押し黙らされてしまう。

 思い切り話の腰を折られた先輩は、額に青筋を立てながらも続ける。


「……彼女は終始こういった態度故に、他の新人や冒険者との諍いが絶えず苦情が続出している。手遅れになる前にギルドが指定した冒険者と組ませることにした」

「それが俺……ちなみに理由は?」

「少なくとも新人より階級は上で、同年代だから交流を持ちやすそうっていう観点だ」

「だったら既に失敗しちゃってるじゃないですか。どう見てもファーストインプレッション最悪ですよ」

「うっせぇ! S級相手にすらこうなんだから織り込み済みに決まってんだろ!」

「白羽の矢じゃなくて矢面に立たせたこと隠す気ゼロじゃん……」


 他の冒険者と問題を起こさせないために、一人の集中させようとか生贄かなんかかよ。

 それが自分のことだと思うとやるせない。


「とにかくだ! 新人の生意気な態度を正せるまで、二人にはパーティーを組んでもらうっていうのは決定事項! 時間は掛かっても良いが、絶対に問題を起こすなっていうのがギルドの指示だ!」

「んなめちゃくちゃな……」


 呆れを隠せない俺に構わず、バーディスさんはそそくさと応接室を出て行ってしまった。

 そうして残された俺とフェアリンさんの間に沈黙が漂う。

 きっまず。


 どうしたものかと頭を悩ませながら、俺は思いきって声を掛けることにした。


「その、フェアリンさんって呼んでも大丈夫か?」

「虫唾が走るけど、まぁそれくらいなら許してあげるっすよ」

「俺のことは好きに呼んでくれて構わないから」

「覚えてないから別にいいっす」

「……」


 ……落ち着け、まだ耐えられるぞ俺。


 折れそうな心をなんとか奮い立たせて、精一杯の笑顔を繕う。


「パーティーを組む以上、一応は俺の指示に従ってもらうことになるからそのつもりで」

「いくらタトリが超絶可愛いからって、変なこと言ったら即切り落とすっすよ?」

「なにを!? っていうか言わないからな!?」

「どうだか。そもそも自分の方が歳も階級も上だからって、人間風情が偉そうに指図しないで貰いたいんすけど? タトリは指示なんかされなくても問題ないっすから」

「…………」


 グサグサと刺してくる罵倒の刃に何も言えなくなってしまう。


 前途多難なんて問題じゃねぇわコレ。

 こんな言動を改善させろとか無理難題にも程がある。

 しかもそれまで、ずっとこの調子で依頼をこなさきゃいけないの?


 ……アカンってそんなん。


 先行きの見えない不安に堪らずエセ関西弁でツッコミながら茫然としてしまう。

 

 ──タトリが俺を先輩と呼んで懐くまで、三ヶ月くらい前の出来事だった。

 

 ========


 次回は1月26日に更新です。


 新作公開!


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