冒険者ギルドでの打ち合わせ


 学校で男子達に睨まれたり、屋敷ではお嬢を甘やかしたりサクラ達に召し上がられたりしていく内に土曜日となった。


 本来なら屋敷での業務があるのだが、今日は所用で俺は外出することになっている。

 それも異世界にある冒険者ギルドへ。


 というのも冒険者体験学習会における指導役として手伝うことになったため、その打ち合わせとして訪れているのだ。

 前に来た時はリリスと一緒だったが今回は……。


「──ふふっ。男の子と二人きりでお出掛けなんて初めてだから、ちょっとドキドキしちゃうかも」


 そう笑い掛けて来たのは黒縁の伊達メガネに赤いキャスケット帽を被り、白のブラウスにベージュのワンピースを重ね着した黒髪の美少女──本條麗良れいら生徒会長である。

 異世界の王女様である彼女は非常に有名なため、公務以外ではこうしてメガネと帽子で変装するのが常なんだとか。

 尤も魔封じの腕輪が外された瞬間、認識阻害の魔法を行使しているからまるで意味はないのだが。

 サラッと高度な魔法を使う辺り、流石は英雄の娘というか王女様というべきか……。


 そもそもどうして本條さんと二人きりなのかというと、今回の企画は生徒会から持ち掛けたモノなので、依頼主兼責任者である本條さんも打ち合わせに出る必要があるのだ。

 遅れて参加することになった俺の紹介と、自身の護衛も兼ねた同行ということになる。


 お嬢達からはくれぐれも浮気しないようにと口酸っぱく注意されてきた。

 そこは粗相の無いようにとかじゃないのか、なんてツッコミは心の中に留めている。

 浮気も誑し込みもするつもりなんてないのだから、少しくらい信頼してくれたっていいだろうに。


 そうして本條さんと地球から異世界へ移動するゲート前で待ち合わせ、今まさに馬車に乗って冒険者ギルドへ向かっているワケだが……。


「のっけから心臓に悪いこと言わないで下さい……」

「辻園くんは真面目だね~。よく考えてみて? 変装して魔法まで使ってるとさ、お姫様と従者のお忍びデートって感じがしてドキドキしてこない? 私はとってもする!」

「人が抑制を誓ってる隣で、わざとちょっかい掛けてくる人に対する恐怖でドキドキしてます」

「ぶ~。思ったよりつれない……」


 望んでいた反応が返ってこないからか、本條さんは唇を尖らせてあからさまにふて腐れる。


 そりゃ少しでも意識しようものなら、帰りを待ってる三人の恋人に何されるか分かりませんから。

 というか王女様がそんな顔して良いんだろうか。

 まぁ認識阻害の魔法使ってるから他の人には見られないんだろうけど。


 能力の無駄遣いを感じつつ、道中の暇潰しとして何度も弄られながら冒険者ギルドに到着した。

 本来なら要件があれば受付の列に並ぶのだが、既にアポは取ってあるとのことでギルマスの部屋へすぐに案内して貰えた。


「本日は冒険者ギルドへご足労頂き、大変恐縮でございます王女殿下」

「謝罪は不要です、ギルドマスター。忙しい中、時間を作って貰えただけでも幸いですから」


 部屋に入るなり、ギルマスであるバーディスさんが恭しい態度で出迎えてくれた。

 あの人敬語とか使えたんだ……なんて変な方向で驚いてしまう。

 普段から粗暴な言動が多い先輩だけに、猛烈な違和感を懐きながら本條さんに続いて席に着く。


 テーブルを挟んでギルマスと対面する形だ。

 ただ、めっちゃ自然に王女様が隣に座ってるんだけど。

 バーディスさんから『テメェ、しれっと王族と仲良しになってんじゃねぇよ』という圧を感じる。


 まだ友達にすらなってないですし、俺も彼女の距離の詰め方に困惑しっぱなしです。


 ちなみに彼が本條さんに気付いた理由は、単に部屋に入った瞬間に魔法が解除されたからだ。

 涼しい顔して違和感なくやってのけるのだから凄まじい。


 そんなことを脳裏に浮かべている間に、本條さんとバーディスさんの打ち合わせが始まった。


 日程とプログラムの再確認、学習会で向かう場所の範囲と安全性の確認、指導役となる冒険者の選任、参加人数分の装備の準備などなど。

 正直、俺は必要なのかって感じだけど、情報共有が目的なので特に問題は無い。

 むしろ地球人側の感覚として何度か意見を差し込んでいる。


 常識の違いにバーディスさんが何度か苦い面持ちを浮かべたが、その摺り合わせも必要なことなのでなんとか呑み込んで貰った。 

 一通りの内容を精査し終えた俺達は一息つくことに。


「ふぅ……あ、申し訳ありません。もう楽にしてもらって構いませんよ」

「おぉそいつは助かった。正直、あのまま堅苦しい空気はしんどかったぜ」


 王女様の許可を得た途端、バーディスさんは普段の調子に戻った。

 ソファの背にもたれる不敬な態度ではあるが、本條さんから特に指摘されないので本当に楽にして良いらしい。


 俺も続いてゆっくりと長い息を吐く。


「地球人のガキはどいつもこいつも夢見がちで困ったもんだ。少しは伊鞘を見習えっての」

「俺の場合、金目的なんで参考にしない方が良いんじゃないですか?」

「むしろ金目当ての方が自然だっつの。それにしたって大半は一攫千金狙いであって、質より量で稼ぐお前のが珍しいぐらいだ」

「ギルドマスターからそんな評価が出るなんて流石だね、辻園くん」

「ははは……」


 未だに褒められ慣れてないせいで背中がムズムズしてしまう。


「面倒ではあるが、こうして伊鞘が参加してくれて助かったぜ」

「本條さんからの依頼なのはもちろん、ある意味で俺が発端みたいなところありますし」

「まぁぶっちゃけお前に嫉妬するガキ共の気持ちはよぉく分かるがな。婚活中のオレよりモテやがって何度イラついたことか」

「私怨にも程がある」


 変に説得力あるのが虚しいやら厄介やら。

 婚活がうまくいかないストレスをぶつけられても困るだけだわ。


「苛立ちはともかく、お前が参加してくれるおかげで交渉に手間取ってた一人があっさり快諾してくれたからな」

「え? なんで俺が手伝うだけで頷いたんですかその人」


 どんな人なんだろうかと尋ねるが、バーディスさんはここにいない誰かを憐れむような眼差しを浮かべる。

 え、なにその表情。


「お前……っと、噂をすればだな」


 何か言い掛けたものの、部屋の外からドタドタと慌てたような音が聞こえて来た。

 一体誰が……そう思った瞬間に勢いよく扉が開かれる。


 王族との打ち合わせ中にも関わらず乱入して来たのは、カチューシャ編みされた黄緑の髪に円らな橙の瞳、正面から見てツンと伸びた長い耳が特徴の少女だった。

 というかとてもよく見知った人物で……。


「あ! 先輩!!」

「ぐえっ!?」 


 目が合った途端、俺にめがけて飛び付いて来た。

 肺の空気が押し出されたような衝撃をなんとか受け止め、息を整えてから改めて彼女に顔を向ける。


「……いきなり何するんだ、タトリ」

「先輩の方こそなんなんすかその顔。久しぶりに可愛いタトリに会えて嬉しくないんすか?」


 襲撃をかまして来たのは、冒険者としての後輩であるハーフエルフの女の子──タトリ・フェアリンだった。

 要件を尋ねる俺に対し、生意気にもウザ絡みを続行して来る。


 えぇい、抱き着くな!


「嬉しいどうこうじゃなくて、今は仕事の話をしてるんだよ。しかも隣の王女様を無視して俺を優先っておかしいだろ」

「タトリにとっては先輩が一番だから問題ないっす!」

「大ありだわ! 不敬罪で捕まっても知らないからな!?」


 そうは言ったものの、本條さんはクスクスと笑っているから通報はされないだろうが。

 人の心配を余所にタトリは何故だかキョトンと目を丸くする。 


「というか先輩、知らないんすか?」

「何を?」

「地球人に冒険者のいろはを教える大型依頼っすよ。タトリはその指導役の一人なんすよ」

「は?」


 ケロッと返された答えに思わず呆気にとられてしまう。

 タトリが……指導役?


 咄嗟に意味が呑み込めず、バーディスさんに真実なのか目で訴える。

 すると彼は実に良い笑顔を浮かべてサムズアップを決めた。

 ふざけることはあっても嘘を言う人ではないので、否応なしに後輩の言葉が真実なのだと突き付けられてしまう。


 数秒掛けてようやく頭で理解したものの……。


「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!?」


 俺は堪えきれないほどの驚愕から大声で叫んでしまう。


 どうしてそんな反応をするのか……それは単に知り合いが参加するからなんて理由じゃない。

 俺が知っているタトリならまず、こういったイベントに参加しないと思っていたからだ。

 特に大勢の人が絡むような催しに対しては、一際強い拒絶を見せていたはず。


 何故ならタトリは──なのだから。


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 次回は1月19日に更新します。

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