とりあえずお嬢に報告だよね
生徒会主導で企画された『冒険者体験学習会』の協力をすることになり、放課後になってから帰宅した。
サクラとリリスはメイドとして業務に入り、お嬢への報告は俺がすることになった。
ソファに座ってラノベを読んでいた彼女が一通り説明を聞き終えてからの第一声は……。
「良いわよ、行ってきなさい」
「え。そんなあっさり?」
思いの外、簡単に許可を貰えた。
てっきりイヤな顔をされると思っていただけに、肩透かしを食らってつい目を丸くしてしまう。
聞き返した俺の問いに、お嬢は手に持っていたラノベに栞を挟んで閉じてから顔を合わせる。
深紅の瞳はどこか寂しさが宿っているようにも見えた。
「本当はイヤに決まってるじゃない。本当はあたしも付いて行きたいけど、学習会のある日は用事があって行けないし、そうでなくとも三日もアンタと離れるなんて辛いもの」
「サクラ達もそうだけど、揃って俺のこと好き過ぎじゃない?」
「ふ~ん……それじゃイサヤはアタシ達と三日間会わなくても平気なの?」
「ん~……」
言われて少し逡巡してみる。
例えば俺が依頼のために屋敷を空けることになり、一人寂しく野営している状況……。
……。
…………あ~これは無理だわ。
想像するだけで胸に穴が空きそうで、何もする気が起きなくなりそうだ。
過った寂寥感が顔に出ていたのか、黙って見つめていたお嬢はニマリとどこかからかうような面持ちを浮かべる。
「人のこととやかく言えた気分はどうかしら?」
「ゴメン、痛いくらい解った」
「よろしい」
俺の謝罪に対してお嬢は大仰に頷いて許してくれた。
しかしそうなると尚のこと快諾したことが解せなくなってくる。
どうして許可してくれたのか尋ねたところ……。
「だってレイラ姉様のお願いなら断るわけにはいかないもの」
「……何か弱味とか握られてる?」
「あたしがそんなヘマするわけないでしょ。単に奴隷になったアンタの復学に協力して貰った借りを返すだけよ」
「あ」
呆れたようにジト目を向けながら返された答えに、俺はどうして気付かなかったんだと呆気に取られる。
本條さんは自分の名前を出せばお嬢から察してくれるっていうのは、その際に決めた貸し借りがあったからなのか。
それと同時にピクピクと頬の緩みを抑える羽目にもなってしまう。
何せあまり人に借りを作ろうとしないお嬢が、俺のためにそこまで尽力してくれたことを意味するからだ。
いつもそうだけど、やっぱりお嬢っていい女だよ。
手で口元を覆って隠していたものの、聡明なお嬢の目を誤魔化せるはずもなく彼女の頬に僅かな朱が差し込む。
「い、言っとくけどあの時は好きな人のためっていうより、アンタの飼い主として生活を保障するための比重が大きかったんだから」
「あまり大差ないように聞こえる……ともかくありがとう、お嬢」
「フンッ……」
感謝の言葉に対し、照れくさくなったのかお嬢はプイッと顔を逸らしてしまう。
でも真っ赤になってる耳が見えるせいで、照れ隠しにもなっていないが。
何はともあれお嬢の許可が出たのなら、これで憂い無く生徒会に協力出来る。
そうして問題を一つ乗り越えると、今度は別の疑問が浮かび上がって来た。
「お嬢って本條さんのこと、姉様って呼んでるんだな」
「えぇ、あたしが尊敬している人物の一人よ。他人を自分の掌の上に置くのが好きっていう性格以外はね」
「身に染みてるよ。あれは本当に良い性格してる」
「うっかり好きになっちゃダメよ? もちろん好きにさせるなんて以ての外だから」
「お嬢までそれ言う? あの人の前で散々サクラ達に攻撃されてたからお腹いっぱいなんだけど……」
思い出すだけで脇腹がチクリと疼いて来る。
それだけ本條さんという女性を警戒しているのか、はたまた俺が誑かさないと信頼されていないのか。
出来れば前者であって欲しいけど、お嬢のニュアンス的には後者にしか聞き取れない。
彼女持ちって大変だなぁ。
そんな他人事のような感想を浮かべていると、お嬢が俺の手招きしていることに気付く。
あぁいつものやつか。
それだけで意図を察した俺は、仰せのままに彼女の前まで足を進め隣に腰を下ろす。
「よいしょ」
俺が隣に来たのを見届けたお嬢は当たり前のように、俺の足の間に横座りした。
胸元にしな垂れかかる彼女からは甘く上品な香りがする。
足から伝わる柔らかい感触も合わさり、ドキドキと心臓が囃し立てていく。
その音を間近で聞いたお嬢が上目遣いで見つめてくる。
「ふふっ。もう付き合って一ヶ月以上経つのにまだ慣れないのね?」
「……恋人に触れられて意識しないワケないだろ」
「それもそうね。ちなみにあたしの鼓動も早くなってたりするんだけど……イサヤも確かめてみる?」
「っ、約束があるから遠慮する」
「もう、相変わらず律儀なんだから」
断れたにも関わらずお嬢は嬉しそうにはにかむ。
彼女の次の誕生日までキス以上のことはしない。
交際初日に交わした約束を、あの手この手で破らせようとするのには本当に参る。
それだけ俺との繋がりを求めている証拠だろうが、いくら恋人だろうと十四歳の女の子相手はマズい。
毎度、理性をフル動員して湧き上がる情動を抑え込むのもしんどいんだぞ。
だったらはね除けるなりすれば良いんだろうが、それこそ恋人を傷付けるようなことはしたくない。
想像だけでも三日離れたら寂しくなったりするのも加え、奴隷になる前は平気だったことが耐えられなくなるとは、すっかり弱くなってしまったなと思う。
人は大切なモノが増えると弱くなるなんて言葉を聞いた事があるが、まさにその通りだと頷きたくなる。
けれど悲観はしていない。
むしろ大切なモノが増えたからこそ、守りたいという気持ちで強くありたいと思っている。
「イサヤ」
「ん?」
内心でそんなことを考えていると、お嬢から不意に呼び掛けられる。
どうしたのかと目を向ければ、ルビーのように煌めく深紅の瞳にジッと見つめられていた。
「学習会で居なくなる三日分、今日から毎日甘えさせなさい」
「──承知致しました」
「ふふっ」
俺の承諾にお嬢は幸せが溢れ出そうな笑みを浮かべた。
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次回の更新は1月11日です。
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