伊鞘班の探索は順調……です?
早速俺達の班から森に入っていくことになった。
先導する俺に続いてサクラとリリスが、その後ろに本條さんを含む班員の四人が追従して来る。
覆い茂る木々で薄暗い森の中で不安定な足場をゆっくりと進み、周囲の警戒も兼ねて班員達の様子を見やっていく。
俺の傍にいるからか不安のないサクラ達と違い、班員の三人は一様に緊張や恐怖の面持ちを浮かべていた。
「ほ、本当にモンスターが襲ってきたらどうしよう……」
「昨日のゴブリンと戦うやつ、参加しとけば良かったかなぁ」
「うぅ……」
男子二人と女子一人が怯えを露わにする中、本條さんはのほほんとした調子で辺りの景色を眺めている。
「本條さんは緊張してないみたいですけど、大丈夫ですか?」
「ん? モンスターくらいなら平気だよ。っていうか私は異世界を救った英雄の娘だからね。お父様達からしっかり訓練して貰ってるから!」
「そ、そうでしたね……」
むんっと力こぶをつくるポーズをする本條さんの言葉に説得力しか無い。
王族だから仕方が無いとはいえ娘に戦いの術を身に付けさせるなんて、護身にしては過剰な気がする。
まぁそれを言ったらお嬢も同じツッコミが入るんだが。
苦笑しながら納得で返していると、本條さんは『でもね』と前置きして続ける。
「実戦経験が豊富なワケじゃないから、もしもの時は助けてね?」
首をコテンとあざとく傾けながらそんな言葉を投げ掛けてくる。
ま~たそういうことを言う。
隙あらばからかってくる王女様に不敬だが呆れる他ない。
男子二人は本條さんから頼られる俺を恨めしく、それ以上に羨ましそうに歯噛みしている。
女子の方はというと『はわわ』と顔を赤らめて俺と本條さんを交互に見やっていた。
何か期待されてるみたいだけど、応えられそうにないのは若干申し訳ない。
そしてサクラとリリスは揃ってジト目を俺に向けており、返事を間違えるなという圧がひしひしと伝わってくる。
なんというか……人の心配をしてる場合じゃないな。
むしろ下手したらこっちの方が深刻なまであるぞ。
頭から訴えられる微かな痛みを無視しつつ、まずは本條さんへ返答することにした。
「わざわざお願いされなくとも、元から王女様の護衛も兼ねてますから安心して下さい」
「も~つれないなぁ」
思った反応が見られなかったからか、本條さんは頬を膨らませてふて腐れる。
その会話に聞き耳を立てていたサクラ達と他の班員も険を解いて肩の力を抜いていく。
なんとか無難な解答で済んで良かったと胸を撫で下ろす。
まぁそもそも本條さんは冗談で言ったのは明らかだったから、サクラ達もそこまで深刻に捉えてなかったのが大きいだろうが。
というか本気だった場合は怖くて考えたくない。
イヤな意味でドキドキと鼓動を早める心臓を宥めつつ、何度か小休憩を挟みながら森の中を進む。
慣れている俺はともかく、ただの学生である班員達は長時間の移動に体力が持たないからだ。
戦闘訓練を受けている本條さんや異種族であるサクラとリリスは比較的余裕が見えるが、それでも少なくない疲労を顔に滲ませている。
モンスターを見掛けていないことはせめてもの幸いと言えるだろう。
そろそろ休ませようかと思案している間に、暗い森を抜けて開けた場所へと出る。
そこは鬱屈とした森の中から一変し、大きな山を背景に野球場ほどの草原が広がっており、中央には成人男性が一人入れそうな大きな宝箱が設置されていた。
目的の品であるミスリル原石が入った宝箱だと分かり、サクラ達は憑き物が落ちたように晴れやかな面持ちを浮かべる。
俺はみんなに対して拍手を送りながら口を開く。
「チェックポイント到着おめでとう。ここで休憩して目的のモノを回収したら帰ろう」
「わぁ~い。もうヘトヘトぉ~」
「足場が悪いですし襲撃を警戒して気を張っていたのもありますから、疲労が溜まるのも無理もないかと」
宝箱の近くで腰を下ろすリリスに続き、サクラと本條さんも地面に座り込む。
班員達も倣い、座ったり寝そべったりと各々で身体を休めていく。
俺もバッグから水筒を取り出し、冷たい水で渇いた喉を潤していたら本條さんから『ねぇねぇ』と声を掛けられる。
「森の中を歩くのって結構疲れるんだね~。体力には自信があった方なんだけど、現役の辻園くんには敵わないなぁ。実はこっそり身体強化魔法使ってたりしない?」
「そんな狡い真似しませんって。このくらいでへばっていたら冒険者はやっていけませんから」
冗談めかして不正したのかと口にする本條さんに苦笑しながら返事をした。
確かに普段の依頼なら使っているが、学習会では控えるように心掛けている。
最低出力だとしても班員達を置いて行ってしまうだろう。
指導する側が自分勝手に先行しては参加して貰った意味が無い。
見守りをする意味でも魔法は使わない方が現状に適しているのだ。
もちろん素の体力が培われてる前提の話ではあるが。
「そぉそぉ~。いっくんって最初はリリがリードしててもぉ~、途中から主導権取っちゃうんだよぉ~。しかもサクちゃんと二人でシてもリリ達の方が──んむぎゅ」
「リリリリ、リリス! 昼間からそんな話をしないで下さい!!」
……なんかリリスがとんでもない話をしようとしてサクラに遮られてる。
俺の体力の話でわざわざそっちを挙げなくてもいいだろうに。
頬の熱から飛び火で顔が赤くなってるのが分かるくらい恥ずかしい。
「「「「……」」」」
うわっ他の四人から凄く視線を感じる。
おいやめろそんな目で見るな。
男子二人からは射殺さんばかりに、本條さんともう一人の女子からは微笑ましそうな眼差しが向けられている。
「と、とりあえずもう少し休憩したら目的の品を回収して戻るからな!」
敢えて無視して強引に空気を切り替えた。
案の定、班員達は『また森の中を通るのか』とげんなりとした表情を浮かべるが、帰るまでが遠足という点で観念して欲しい。
まぁあと二十分くらいはここに留まるつもりなので安心して貰いたいところだ。
そう伝えようとした時だった。
──グォォォ……。
草原に似つかわしくない低い唸り声が響き渡った。
「ひぃっ、なんだ?!」
「何か聞こえたぞ!?」
「もも、もしかしてモンスター……?」
その声に驚いた班員達が顔を青くして身を震わせ始め、サクラとリリス、本條さんも険しい面持ちを浮かべていた。
一気に剣呑な空気に包まれる中、俺は少しでも安心させるように笑みを向ける。
「大丈夫だよ。ちょっと来て」
心配は要らないと呼び掛けつつ、手招きをして皆と草原から見える大きな山へと歩く。
最初は意図を理解しきれていなかった面々だが、山に近付くにつれて表情を強張らせ、三メートル程にまで接近した頃には固唾を呑んで目を見張っていった。
そうなるのも当然だ。
何せ、山だと思っていたのは巨大な亀の姿をしたモンスターだったのだから。
モンスターは俺達の存在に気付いたらしく、瞑っていた目を開けてギョロリとこちらに向けられる。
「ひっ!?」
運動会で使う大玉くらいの大きな目に見つめられ、誰かがか細い悲鳴を零す。
だがモンスターは特に気に留めた素振りを見せずにゆっくりと瞼を閉じた。
「た、助かった?」
「でかすぎんだろ……」
「ビックリしたぁ~」
「まさか山がモンスターだったなんて驚きです」
「辻園くん、知ってたのに黙ってたでしょ……」
「すみません」
何も起きなかったことに一同が安堵する中、俺は本條さんに軽く睨まれてしまう。
せっかくの探索演習なのに、モンスターと一度も遭遇しないというのは緊張感に欠ける。
かといってわざと縄張りに足を踏み入れるのは危険でしかない。
そんな時に事前調査で発見したこのモンスターに白羽の矢が立ったワケだ。
「このモンスターはガイアドラゴン。モンスターでも最上級に位置するドラゴンの一種だよ」
「ど、ドラゴン!? どう見ても亀なのに?」
「その気になればブレス一発で人間どころか、街一つを跡形も無く消し飛ばせるくらいには歴としたドラゴンだぞ」
「ひぇ……」
「ま、街を消せる力持ってるモンスターとか倒せるワケないだろ」
「冒険者ってこんなのも相手にしなきゃいけないのか……」
ドラゴンだと明かされた班員の三人が顔色を恐怖で青ざめさせていく。
そして今しがた零されたように、ドラゴンを討伐対象とする依頼も出される。
肝心の強さに関しては、生まれたてのドラゴンでさえB級冒険者では束になっても敵わない程だ。
通常は複数のA級冒険者で対処するのだが、中には彼らでも為す術なく敗れるほどの力を持った個体もいる。
なのでドラゴン討伐は専らS級冒険者が担うことが多い。
「ちなみにガイアドラゴンは、ドラゴンの中でも上から数えた方が早いくらい強いよ。俺でも無傷で倒すのは厳しいかも」
「「「……」」」
それらの情報を付け加えたところ、班員達は誰もが言葉を失くして黙り込んでしまった。
まぁ学習会の指導役になった冒険者の大半が倒せない上、S級の俺も苦戦が必至と聞かされては無理もない。
内心で同情していると、サクラがゆっくりと挙手をする。
「ですが本当に危険であれば、わざわざここを探索演習の舞台にしないのではありませんか?」
「どういうことぉ~?」
「もしガイアドラゴンが凶暴だとしたら、さきほど見つめられた時に私達は襲われていてもおかしくありません。けれど今はそうなってない。これが伊鞘君が大丈夫だと言った根拠に繋がるワケです」
「正解」
さすがはサクラ、話が早くて助かる。
しかし班員達は納得がいっていないのか険しい面持ちを浮かべた。
本当に襲ってこないのか疑念が拭えないのだろう。
当然、その反応は予測済みだ。
なので保障を確かなモノにするため、俺は寝息を立てているガイアドラゴンへと近付く。
見上げると首が痛くなりそうな巨体に、まるで挨拶をするようにノックを繰り返す。
コンコンと生物の皮膚に触れてるとは思えない、硬い岩を叩いたような音が鳴る。
驚愕と緊張で顔を強張らせる班員達に対し、問題はないと笑みを向けながら口を開く。
「こんな風に、ガイアドラゴンの気性はとても穏やかなんだ。下手に刺激しなければ攻撃して来ることはないよ」
「どれくらいなら大丈夫なの?」
本條さんが口にした細やかな疑問に、少しだけ思案してから答える。
「石を投げたって無視されますね。そもそも皮膚が岩みたいに硬いから、並大抵の攻撃は物ともしない。むしろ怒らせた方がよっぽどのバカだって誹られるくらいです」
「怒らせる必要のないモンスターを怒らせたのですから、そう言われても仕方ないのかもしれませんね」
「そういうこと」
サクラの結論に頷いて同意する。
人にしろモンスターにしろ、逆鱗に触れたり虎の尾を踏んだりするような真似は避けるべきだ。
「っま、今は大丈夫ってことは分かって貰えたと思う。それでなんだけど……せっかくだから触ってみるか?」
「「「無理無理っ!!」」」
ひとまず安全だと悟った班員達に素朴な提案をしてみたが、あえなく断られてしまった。
噛まれないと分かっててもワニに触れるかっていうような話だもんな。
意地悪なことをして申し訳ないと謝りながら、最後の締め括りに移る。
「さて、そろそろ休憩も終わりだ。宝箱からミスリルの原石を取って、ゴールまで進もう」
そう切り出したが、反対意見は一つもなかった。
十分に休めたからか、はたまたモンスターから離れたい一心なのか。
いずれにせよ俺の班における探索演習は滞りなく済んだと言える。
緊張やら疲労やらで浮かない顔をしている班員達を引率しながら、俺達はゴールへと進むのだった。
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