二日目、探索体験の時間です


 あ゛~……どうしよっかなぁホント。


 冒険者体験学習会二日目。


 俺は怠さと重さを感じる頭で答えの見当たらない問題に思案していた。

 悩んでいるのはズバリ、昨日の吸精と吸血の場面を後輩に見られたことに関してだ。


 かつてない痴態と醜態を晒してしまったワケで、どんな顔して話せば良いのかまるで分からない。

 それでも何かしらの弁明もとい釈明をしようと朝食の際、タトリに声を掛けようとしたのだが、いくら探しても後輩は食堂に居なかったのだ。

 体調不良かとサクラ達と一緒にタトリの部屋に行ってみたところ……。


「タトリ、俺だ」

『……何の用っすか』


 ドア越しに聞こえるタトリの声は心なしか覇気が無い。

 少し引っ掛かりを覚えながらも要件を口にする。


「いや、朝食の時に見掛けなかったから様子を見に来たんだよ。どこか具合でも悪いのか?」

『単に寝過ごしてるだけっすよ。心配しなくても部屋に食事を持ってきて貰ってますし、学習会もちゃんと最後までやりきりますから』

「寝過ごしたって……」


 ならそれでいいか、なんて楽観的にはなれない。

 何せ日を跨ぐ依頼の時、タトリはいつも俺より先に起きていたからだ。

 早起きが習慣なのと俺の寝顔を見るためで、後者はともかく寝起きの良さに関してはとても助かった記憶がある。


 そんな後輩が寝過ごすなんて珍しいを通り越して、何かあったのか気になってしまう。

 もしかして俺、避けられてる?

 原因は昨日のアレのせいって言われたらなんの言い訳も出来ないんだけど。

 そうだった場合、悪いのは巻き込んだ俺らなのでどの面下げて謝りに来たんだと責められてもおかしくない。


 だからって何も言わないよりはマシだと、ドアの前に立ったまま話を続ける。


「タトリ、本当に大丈夫なのか?」

『平気じゃなかったら言わないっすよ。とにかくタトリのことは気にせず、先輩は学習会のことに集中して下さいっす』

「……分かった」


 タトリの声音から懐かれる前の頃と似たような壁を感じる。

 この状態では無理に追及したところで、今みたいに躱されるのは明らかだ。


 ここは大人しく引き下がるしかないか。

 そう判断して一旦はタトリの部屋から離れることにした。


 どうしたものかと項垂れながら気付けばため息を出してしまう。


「はぁ~やっぱ昨晩のことで失望されたか……?」

「してたらいっくんのこと先輩って呼ばないから大丈夫だよぉ~」

「伊鞘君。フェアリンさんのことが気掛かりなのは分かりますが、向こうから接触があるまで距離を置いた方が良いかと思います」

「そうするべきなのかな……」


 そっとしておこうという彼女達の言葉に頷きはするものの、心配するなってのは難しい。

 太々しいとこがある反面、精神が不安定になると驚くくらい落ち込む性分をしている。

 その原因が俺にあるのは確実な以上、放っておくのはどうにも忍びなかった。

 けれど無理に踏み込んで余計に傷付けるのは避けたい。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、不意に腕を引かれた。

 振り返ってみるとサクラが神妙な面持ちで俺の顔を見つめている。


「さ、サクラ? どうしたんだ?」

「その、つかぬ事を伺いますがよろしいでしょうか?」

「……恋人なんだから遠慮しなくてもいいんだぞ?」

「で、ではお言葉に甘えて……」


 サクラは小さく咳払いをしてから告げる。


「伊鞘君はフェアリンさんのことをどう思われているのですか?」

「あ、それリリも気になってたぁ~。いっくん、実際のとこどうなのぉ~?」

「どうって、生意気だけど可愛い後輩」


 どうしていきなりそんなことを聞くんだろう。

 疑問を覚えながらも素直に返すが、サクラは眉間にシワを寄せるだけで納得した素振りを見せなかった。


「そうではなく、異性としてという意味です」

「異性としてって……」


 投げ掛けられた問いに声を詰まらせてしまう。

 図星を衝かれたとかではなく、単にどう返せば良いのか分からなかったからだ。


 何故サクラはそんなことを聞くのか……その真意が見えない。

 仮に浮気を疑われてるんだとしても、彼女ならこんな聴き方をしないはず。

 誤魔化すのもはぐらかすも許さないような威圧感に戸惑いながらも口を開く。


「……後輩以上の感情は無いよ」

「……」


 意味を捉えた上で言えるのはやはりこれくらいだ。

 そもそも俺には三人の彼女がいる。

 だから決して浮気なんてしないという返答を伝えたはずだが、どうしてかサクラは一瞬だけ悲しそうな面持ちを浮かべた。


 それを指摘するより先に彼女は愛想笑いを作る。


「不躾に変なことを聞いてすみません。忘れて下さい」

「え、あ、あぁ……」


 話は以上だと切り上げられてしまい、有無を言わさない壁を感じたのもあって何も言えなくなった。

 気まずさからリリスに目配せして答えを尋ねるが、彼女には肩を竦めて顔を横に振られる。

 どうやら教えてくれる気は無いらしい。


 なんだってあんな質問をしたんだ?

 もう一度サクラの問いを反芻していくが、何度繰り返しても行き着く答えは一つだけ。


 ──タトリが俺に好意を懐いているのではないか。


 確かに人間嫌いの後輩にしては異様に懐かれてる自覚はあるが、いくらなんでもそれはあり得ないだろう。


 ……なんて、サクラ達と付き合う前の俺ならそう思っていたかもしれない。

 お嬢の奴隷になったことで生活に余裕が出来て、三人もの恋人と付き合っている今ではまるで受け止め方が異なる。

 だからこそタトリが俺を好きだと言外に知らされても、冗談だなんて到底思えなかった。


 でも……後輩の気持ちが分かったところで俺には受け入れることは出来ない。

 ただでさえ彼女が三人もいる現状で、さらに付き合う人数を増やして良いはずがないだろう。


 第一タトリの好意だってあくまで可能性の話で、実際に当人から告げられたワケじゃなく、俺の勘違いだってこともあり得る。

 こうやって一人で考えたところで明確な答えが出たら誰だって苦労しない。


 あぁもう、一旦考えるのはやめだ。

 今は体験学習会に集中しないと。


 そんなワケで朝食と準備を済ませた参加者達と共に冒険者ギルドへ集まる。

 俺達より少し遅れてタトリも合流したものの、やはりというか彼女の顔色はあまり良いようには見えなかった。

 こっちの視線には気付いているはずだが、目も合わせない辺り依然として心配は拭えない。


 もやもやする気持ちを抱えている間に、進行役のバーディスさんが前に出る。


「おっし、全員揃ってるな。昨日はよく寝れたか? キチンと休むことも冒険者にとって必要なことだ。今日もビシビシ教えていくから居眠りする暇なんてねぇぞ」


 相変わらず厳しめだが、間違ったことは言ってない。

 道中で眠気から油断してモンスターに襲われるなんて、人に知られたら洩れなく笑いものにされるだろう。


 その想像をした参加者達が気を引き締める中、バーディスさんは懐から取り出したカンペを見ながら口を開く。


「二日目は探索演習だ。昨日と同じ班で森の中に入って、あるモノを回収して貰うのが目的だ。つってもこっちで用意したコースを通過して戻ってくるっていう、地球でいうとこの肝試しみたいなもんだな」

「それってオリエンテーリングじゃないの?」

「肝試しって。まだ朝なのに……」

「ちなみに森には低級のモンスターが出てくる。ある程度間引きしてはいるが、普通に襲われる可能性があるから注意してくれ」

「「「ええっ!?」」」


 事もなさげに聞かされた注意事項に、参加者達が驚愕と困惑の声をあげる。

 昨日と同じ班、つまりベテラン冒険者が同行するといっても絶対に安全とは限らないと悟ったからだ。

 一日目でモンスターとの戦いにおける様々な講義を経て、その想定が出来るようになったのは感心する他ない。


 まぁバーディスさんが口にしたことは参加者達に緊張感を持って貰うための方便なんだけど。

 実際は道中のコースにモンスターが近付かないように対策してあり、万が一襲ってきたとしても同行している冒険者が対処する手筈だ。


 そんな背景を知る由もない参加者達が表情を強張らせるのと対照的に、してやったりとほくそ笑むバーディスさんが続ける。


「いい感じに緊張してるみたいだな? んじゃ目的地まで馬車に乗って移動するぞ~」


 早速それぞれの班で固まり、用意された馬車に乗り込んでいく。

 タトリのことは気になるけど、それで警戒を怠ってはS級冒険者の名折れだ。


 無理やり意識を切り替えて学習会に集中していく。


 そうして辿り着いた探索演習の舞台となる森は薬草採取のために訪れた場所とは別で、見上げると首が痛くなる程の高い木々で覆い茂っており、そのは某夢の国の六つ以上にもなるらしい。

 無論それだけの広大な森林を完全に整備するのは難しく、およそ八割が未開のまま。

 商人などが領土を行き交うための通路が幾つか舗装されているものの、大半はモンスターの生息区域となっているのが現状だ。


 そんな森の中に入って探すのはミスリルの原石である。

 とはいっても道中で採掘する必要はなく、コース中に設置されたチェックポイントにある宝箱の中に入っているので然程手間は掛からない。

 つまりオリエンテーリングのスタンプラリーみたいなモノだ。


 ミスリルの原石を回収し、さらにコースを進んでゴールすれば目的達成。

 仕組みとしては簡素だが全十班で回る都合上、全員が終える頃には夕方になるだろうと想定されている。


「探索演習の概要についてはこんなもんだ。何か聞きたいことはあるか?」


 それらの説明を終えたバーディスさんが参加者達に問い掛けるが、誰も声を挙げることはない。

 であれば話は以上だと大仰に頷いてから、バーディスさんは告げる。


「んじゃ、探索演習開始だ!!」

 


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