先輩なら絶対にそうする
探索演習も後半に入り、大きなトラブルは無いままタトリ達の班まで順番が回って来た。
九班目となると日は沈み始め、チェックポイントに到着した頃には辺りはすっかり夕陽に染まっていた。
しばらく休憩しようと伝えてから、タトリは草原にゆっくりと腰を下ろす。
「はぁ~……」
座ってすぐにため息が出てしまったけれど、別に疲れたワケじゃない。
後衛職とはいえタトリだってA級冒険者なのだ。
先輩に付いて行くのにこのくらいでヘトヘトになっていたら、あっという間に置き去りにされる。
まぁ先輩は絶対にそんなことしなかったけど。
問題は身体じゃなくて心の方。
先輩への恋をどう消化すればいいのか、分からなくなってしまったからだ。
諦めようと思って割り切れるなら、四年も片想いしていない。
けれどこのまま恋人がいる彼にアプローチを掛けるのは良くないことだ。
でも諦められない……そんな迷いが心に刺さって抜けなくて、一晩明けてもズキズキと掻き乱している。
そうやって優柔不断だから、今朝みたいな素っ気ない態度を取ってしまった。
こんな有り様じゃ振り向いて貰うなんて夢のまた夢だ。
先輩が本気で心配してることくらい、思考を読まなくても分かる。
最悪なのはそうやってあの人から気に掛けてくれる間は、彼女達よりもタトリを見てくれるっていう、どうしようもなく浅ましい優越感を覚えてしまったこと。
これでは大嫌いな人間と何も変わらない。
それに気付いてからますます自己嫌悪に陥ってしまっている。
昨日の夜、サクラちゃんの手を取っていたらこんな風にならなかったのだろうか?
ふと自分の右手を眺めて思案しても、可能性の域を出そうにない。
「……は」
逡巡してもまるで見えない正解に、思わず失笑が零れる。
考えて答えが出せるならどれだけ良かったか。
こんなことに思考を割いてる暇があるなら、さっさと探索演習を終わらせる方が有意義だ。
それに早く戻らないと陽が沈んでしまう。
そうなると夜の中の森を進むことになり、もっと言えばモンスターの活動が活発になって襲われる危険性が高まる。
加えて暗い森を無理に進もうとすれば、コースを外れて遭難してしまうかもしれない。
慣れているタトリならともかく、班員の人達には要らない負担を強いる。
不満を避けるためにもそろそろ移動を再開した方が良い。
っと、戻る前にガイアドラゴンを見てもらうんだった。
危うく忘れそうになっていたことを思い出してから、タトリは立ち上がって拍手をする。
「はい注目っす~。そろそろ出発する前に、ちょっと見て貰いたいモノがあるんで付いて来て下さいっす」
「はぁ~? まだ休んでても良くねぇか?」
「すぐに終わるんで問題ないっす。文句を言う暇があるなら尚更っすよ」
「ッチ」
タトリの指示にカツラキが反抗心を見せるけれど、今は聴く気は無いと伝えると舌打ちしながら付いて来る。
昨日の薬草採取で注意してからは変に声を掛けて来なくなったものの、こんな風に指示を聞こうとしなくなった。
具体的には一人で勝手に突き進んだり、他の班員が休んでるのに早く行こうと急かす割りには、自分が休みたい時は周囲に文句を撒き散らす。
それらを咎めようとしても、空返事でまともに聞き入れる様子がなかった。
嫌われてるのか舐められてるのか……どっちにしろ面倒なことに変わりはない。
今付いてきてるのは、見て貰いたいモノが何か気になるからだろう。
まぁ彼がどう思うがタトリにはどうだって良いが。
そんな内心を浮かべつつ、ガイアドラゴンの近くまで着いた。
眠ってはいないものの、タトリ達を一瞥しても特に反応は無い。
「これはガイアドラゴンっていう、モンスターの中でも最上級と言われるドラゴンの一種っす。見ての通り気性は大人しいんで、いきなり襲ってくることは無いっすよ」
茫然としている班員達を見やりながら解説をする。
襲ってこないと聞かされても、班員達は緊張で顔を強張らせたままだ。
……一名を除いて。
「うぉぉぉ! 実物のドラゴンとかマジかよ!」
カツラキが目を輝かせるほどに興奮する。
こんな大物を前にしてその余裕……バカなのかガキなのか判別に困りそうだ。
呆れを隠せずにいたら、カツラキがポケットから薄い板を取り出した。
なんだっけあれ……あぁ、確か『すまほ』って言うんだったっけ。
姉様に見せて貰ったのを思い出した。
でも確か『すまほ』は異世界だと使えないって聞いたことがある。
体験学習会では明確に禁止してたワケじゃないけど、持ってきても大した意味が無いくらい常識なはずだ。
カツラキにとってはそれでも持って来るほど、大事なのだろうか。
そう思いながら眺めていたら、カツラキは『すまほ』を片手で掲げて何やらポーズを決めだす。
「ドラゴンとツーショしよ! うぇ~い♪」
──ピピッ、カシャ。
瞬間、カツラキの持つスマホからチカッと閃光が走る。
距離のあるタトリでさえそう感じた光だった。
そしてその眩い光を間近で目に浴びたガイアドラゴンは……。
「──グォアアアアアアアアアッッ!!!!」
「っ!!」
山のような巨体を四本の手足で起こしながら、憤慨を表すような雄叫びをあげる。
その咆哮は凄まじく、周囲の空気がビリビリと振動し、森の木々も暴風に煽られたかのように激しく揺れる。
耳を塞いでも内臓が揺さぶられるほどの轟音に、タトリ達はその場で立ち尽くすしかなかった。
まずい、ガイアドラゴンがキレた!!
原因は間違いなく『すまほ』から出た光だ。
何の力もない地球人にはガイアドラゴンを刺激するなんて、絶対に無理だと油断していた。
光ることさえ知っていれば……いいや、後悔は後回しだ。
今はこの場を切り抜けるのが先決!
カツラキ以外の三人は幸いにもタトリの後ろにいる。
あとはアイツだけ来させればいい。
早急に状況を分析してから、腰を抜かして座り込んでいるカツラキに呼び掛ける。
「人間! ゆっくりで良いからタトリの後ろに来るっす!」
「は……」
「こっち!」
茫然とするカツラキに手招きでこちらへ来るように告げる。
けれど彼はキョロキョロと青ざめた顔で周囲を見渡した後、這う這うの体でタトリ達の方へ向かいだした。
「バカ! 急に動いたら──」
「ぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! 死にたくねぇよぉぉぉぉっっ!!」
「きゃっ!?」
カツラキは制止を無視するどころか、我先にと言わんばかりに横を通り抜けて行った。
しかもその拍子に班員の女子が突き飛ばされてバランスを崩してしまう。
そんな彼女を助け起こすこともせずにカツラキは森の中へと逃げていく。
クソ、これだから人間は……!
「グォォ……!」
そう悪態をつくより先に、ガイアドラゴンが顔を上げて大きく息を吸い始める。
──ブレスが来る!!
恐らくは逃げたカツラキを森の一部ごと消し飛ばすつもりなのだろう。
ドラゴンのブレスは災害と称せるほどの破壊力を持つ。
このままではタトリ達も巻き添えを食らってしまう。
班員達は完全に怯えてしまっているし、そもそも今すぐ移動したところで射線から逃れるにはあまりにも遅すぎる。
故にタトリが取れる選択肢は一つだけ。
ブレスが来るまでの猶予で込めれるだけの魔力を杖に注ぐ。
時間にして五秒弱……ガイアドラゴンが顔を下ろしたタイミングで杖を突き出し、魔法を発動させた。
「ライト・クリアウォール!!」
タトリの前方に光の障壁が形成された瞬間、視界が真っ白な閃光に包まれた。
障壁を通して伝わる凄まじい轟音と衝撃に身体が吹き飛びそうになるけど、なんとか踏ん張って堪える。
展開したばかりの障壁に細かなヒビが浮かんで、今にも壊れそうになっていく。
そうなるのも当然だ。
ガイアドラゴンのブレスは街一つすら消し炭に出来るのだから、それを個人の魔法で防ごうなんて無茶にも程がある。
ぶっちゃけこうして耐えられてる方が奇跡と言えるだろう。
けど……このまま終わりたくなんてない。
「ぐっ……ぁぁああああっ!!」
喉が痛むくらいの声をあげながら、障壁に魔力を注いで補強する。
壊れるならその前に直していけば良いだけの話だ。
余計なことは考えるな。
ここで気張らなきゃ、タトリも後ろの三人も死んで終わりなのだから。
やがて迸っていた閃光が収まり、口を大きく開けているガイアドラゴンの姿が視界に映る。
辺りを見ればタトリが障壁を展開した地点から後ろ以外、草原や森が抉れて荒野に様変わりしていた。
焼け焦げた匂いが充満していて、息を整えるどころか逆に咽せそうだ。
班員達が無事かどうか目線で後ろを見やると、三人とも茫然としてタトリの背や周囲を眺めていた。
どう考えても死ぬような攻撃を前に、まさか生き残れると思っていなかったのかもしれない。
「ハァッ、ハァッ……!」
ブレスを防ぎきったと認識した途端、膝から崩れ落ちてその場に倒れそうになる。
済んでのところで杖を支えに踏ん張ったけれど、一気に魔力を消費したせいで意識を保つのがやっとだ。
防いでみせたタトリでさえ現実味が無いので、彼らからすれば無理も無いだろう。
けれど二度目は無い。
一回目でこんなにも消耗させられた以上、次は間違いなく耐えられないだろう。
あれだけの威力の攻撃を何度も放てるというのだから、ドラゴンがモンスターの中で最上級とされるのは自明の理だ。
そんな中で班員達の無事を確保する方法は──たった一つしかない。
全く……出来るだけ参加者を傷付けないようにって、面倒な条件つけてくれるっすね。
脳裏でギルマスに愚痴を零しつつ、タトリは息を整えて班員達へ顔を向ける。
そのまま杖である方角を指しながら口を開く。
「……みんな、いいっすか? 杖の指した方角にまっすぐ行けば最短でスタート地点まで戻れるっす。タトリが囮になるんで、今から一目散に走って下さい」
「え?」
「で、でも……」
「他のモンスターが襲ってこないかって心配なら要らないっすよ。さっきのガイアドラゴンの咆哮にビビって、巣とかに引き籠もってるはずっすから」
「そ、それもそうだけど……」
すぐに頷かない三人の班員に少なくない苛立ちが募る。
怖くて動けないのは分かるが、迷ってる暇があるなら一歩でも走って欲しい。
けれど三人の思考を読んだ途端、その小さな不満は瞬く間に消えていった。
『俺達が逃げられたとしても、フェアリンさんはどうなるんだ……』『凄くしんどそうなのに、ドラゴンから逃げ切れるの?』『さっき守ってくれなかったら絶対に死んでた。なのに逃げるしか出来ないなんて最低だろ……』
「……」
三人とも恐怖を感じながらも、囮を買って出たタトリの身を案じてくれているのだ。
死ぬかも知れないっていう状況なのに、タトリへの心配から指示に従うべきか迷っていた。
先輩みたいにしっかり指導したワケじゃないのに。
……あぁ、もう。
失望させられたと思ったら見直させられて、こっちの情緒を忙しなくしてどうしたいんっすか。
だからこそキミ達だけでも無事に帰すべきだ。
「早く行くっす! タトリみたいに可愛くても、冒険者は簡単に死んだりしないっすよ!」
「っ……!」
無理やり檄を飛ばして従うように促す。
説得は出来ないと悟ったのか、三人は後ろ髪を引かれた面持ちのまま指示した方向へ走り出していく。
「グァ……」
「ストーン・ランス!!」
「グゥオッ」
ガイアドラゴンが三人に顔を向けようとするけれど、そうはさせないと石の槍を放つ。
やっぱりというかタトリの魔法は硬い表皮に弾かれてしまい、ロクなダメージにもならない。
でもこちらに注意を向けさせることには成功した。
「アンタの相手はタトリっすよ!」
「グァァッ!」
三人が走った方向とは正反対に駆け出して挑発すれば、ガイアドラゴンは怒号を響かせて鈍重な身体を動かして追って来る。
あとはこのまま気を引くだけで良い。
勝利なんて端から度外視だ。
ただでさえタトリは攻撃系の魔法が得意じゃないのに、特に魔法耐性の高いガイアドラゴン相手には不利も不利なのである。
そもそも囮になるとかタトリのキャラじゃないんっすよ。
自分から名乗り出ておいてらしくないなぁって思ってるくらいだ。
なのにそうしてしまったのは……もし先輩だったら、こんな時は身を挺して囮になると言うはず。
タトリは先輩に倣った振る舞いをしなくちゃいけない。
そうじゃないとあの人の後輩は名乗れない、傍にいる資格も無いっす。
だってタトリが先輩を好きになったのは、あんな風になりたいと憧れたことが始まりなのだから。
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