番外編⑥ いさやくんななさい 中編
「やっぱ無理だって! 俺は部屋で待ってるからお嬢が説明してくれ!」
「あたし一人だったら冗談に思われるじゃない。それに今の時間だと昼食の準備中でしょ? そんなジャジムを呼びつけるワケにもいかないし、いつまでもうだうだ言ってないで早く行くわよ」
着替えを済ませてジャジムさんのいる厨房まで進み出したものの、ある事情から俺はその場に留まろうと踏ん張っていた。
そんな抵抗を見せる奴隷に対し、お嬢は容赦なく手を引いて連行していく。
くっそ、子供の姿になったせいで虚しく引き摺られてる!!
だがそれでも俺は今の姿をお嬢以外に見られたくなかった。
もっと言えばお嬢にだって見てほしく無いのだが、既に手遅れなのでそこは諦めるしかない。
一体何があったのかというと……。
「絶対にイヤだ! ただでさえ幼児化したのに、何が悲しくて女装した格好まで見られなきゃいけないんだよ!!」
そう、幼児化したことで元の体で着ていた服を着られなくなった俺は、お嬢が着ていた白色のワンピースを着せられたのだ。
なんでそれなのかというとスカーレット公爵家に男児はいないので、そんな都合良く子供姿の俺が着れる男子向けの服なんてないからである。
せめてズボンがあれば良かったのに、そっちは今のお嬢の体型に合わせたモノしかないため、必然的に着れるのはお嬢のお下がりだけというワケだ。
そんな経緯で、幼児化から幼女化にランクアップしてしまったのである。
あーもうさっきまで上一枚だった時もそうだけど、足がスースーして落ち着かねぇ。
ミニスカじゃないのが数少ない救いだわ。
「大丈夫よ! 普段ならともかく今なら普通の女の子にしか見えないわよ! だから、安心して……く、すす、みなさい……!」
「めっちゃ笑い堪えてるじゃん! やっぱバカにしてんだろ!!」
「だって思った以上に似合ってるんだから仕方ないでしょ! スマホで撮らないだけ感謝しなさい!」
「逆ギレ!?」
確かに撮られるよりマシだけど、そもそもこんな格好しなきゃ抵抗なんてしなかったよ?
あまりに悲惨な現実に嘆く俺に、お嬢は強引に手を引きながら進んでいく。
そうして厨房に着いたお嬢は、我が家だからというのもあって無遠慮にドアを開けた。
「失礼するわよ、ジャジム」
「おはようございます、ジャジムさん」
「おぉ。姫様と……む」
昼ご飯の支度中だったジャジムさんは鍋の火を止めて、こちらへと顔を向ける。
しかし女児姿の俺を見た途端、ビクッと身体を小さく震わせた。
そのままジッとこちらを見つめ続け……。
「…………小僧か」
「判別付くまでに思いの外掛かりましたね」
「仕方ないであろう。元と異なるあまり、姫様が新しい客人でも連れて来たと思ったのだ」
「身体が縮んだのは不本意ですし、この格好は九割がお嬢のせいなので俺は何も悪くないです」
「案ずるな。今の小僧を一目見て男児だと気付く者はおらんと思える出来映えだ」
「流石ジャジム、分かってるじゃない」
「こんなに嬉しくない褒め言葉、聴きたくなかった!」
まさかの称賛に両耳を塞いで蹲る。
そんなに違和感ないの?
いくら幼児化してるからって、女装しただけで違和感なく受け入れられるのは軽く傷付くんだけど?
「ふむ。それで我輩にどういった要件で?」
「見ての通りだけれど、一応説明するわ」
打ちひしがれる俺を余所にお嬢がジャジムに事情を説明する。
一通りの話を聴き終えた彼は顎に手を当てて何やら思案する素振りを見せた。
もしかして心当たりがあるんだろうか。
胸の内に過った期待に対して顔を上げてから……。
「おかしな話だな。我が輩は小僧の要望に応えただけなのだが……」
「え?」
「ちょっと待ちなさい。その言い草だとイサヤが子供になったのは、アンタが原因だって言ってるように聞こえるんだけど……」
「おぉ流石姫様、まさにその通りである。昨晩の小僧の賄いに、食した対象の肉体が若返る特殊なキノコを盛り込んだのは我が輩だ」
「はぁっ!?」
「マジで身内の犯行だった!?」
何故か誇らしげに語るジャジムさんに、俺達は揃って愕然とする。
料理長に一服盛られてたとか怖すぎるわ!!
というかなにそのピンポイントな効能のキノコ!?
全人類が速攻で刈り尽くして絶滅しそうだな!?
いやいやそれよりジャジムさんの発言にどうしても引っ掛かることがある。
「俺の要望に応えたって、こんなこと頼んだ覚えないんですけど……」
彼の言葉をそのまま受け取るなら、こうなったのは俺がお願いしたような口振りなのだ。
しかしいくら記憶を掘り返しても子供の姿にして欲しいなんて言ってない。
仮に言ってたら自分の正気と性癖を疑う。
ほら、お嬢が『マジかコイツ』みたいな目で見てるから誤解だったって言って。
そんな戦慄を感じる俺を余所に、ジャジムさんはケラケラと一笑する。
「ハッハッハ。確かに子供の姿になりたいとは言っていないな。だが我が輩がキノコを入れたのは紛れもなく小僧の言葉が切っ掛けだぞ」
「どんなこと言ったのよ」
呆れを隠さないお嬢に促され、ジャジムさんは『うむ』と首肯して続けた。
「この頃、恋人との逢瀬であまり睡眠が取れず、気を抜けばうたた寝しそうだと相談されたのだ。その解決として子供になれば互いに遠慮するだろうと踏んだまでよ」
「ふぅ~ん。そういうこと……」
「…………」
きっっっっまず。
色んな感情を含んだジト目で睨むお嬢から顔を逸らして黙るしかなかった。
そういえば昨日の朝に相談したことあったわ。
ただ話を聞いて欲しかっただけなのに、まさかこんな方法が取られるとか思わねぇだろ。
遠慮とか言ってるけどリリスは俺が子供になったところで全く自重しなかったし、サクラも庇護欲を
これでもかと刺激されてたけどね?
なんて言い訳染みた思考を巡らせていると、唐突に耳を引っ張られ──いたたたたたたた!!
「痛い痛い! 痛いってお嬢!」
「あのねぇ、いくら恋人だからってもう少し節度を持ちなさいよ。人には早いとか言っておいて、自分は猿みたいにせっせと堪能してて楽しいかしら? それともあたしから手を出すように誘ってるワケ?」
「言い掛かりだ! 吸血と吸精の後に流れでしちゃってるだけなんだって!」
未だに自分だけ除け者なのが不満なお嬢から、厳しい言葉と共に折檻されてしまう。
対して俺は決してそんな下心で付き合ってるワケじゃない弁明する。
吸精は言わずもがな……サキュバスの本懐と言わんばかりにリリスが積極的なのだ。
以前の方法とは効率が段違いなようで、むしろ極上の蜜を知ったことでより充足した様子だった。
夢の中での行為とはいえ、精気を吸われているので精神的な疲労は免れない。
一方でサクラはというと、吸血の上達によって血を吸われた後の衝動が凄まじいことになる。
サクラもサクラで吸血後は目に見えて甘えてくるため、互いに昂ぶった結果として行為に及んでしまうのだ。
吸血鬼との交際においては普通のことらしいが、一回で治まった試しがない。
そして週末なんかは吸血と吸精を同時に受けるため、三人でそのままという日も珍しくないワケで。
エサとしての役目がある以上、これらのことはどうしても避けられない状況になっている。
「だったらなんであたしが吸血してもそんなことにならないの? そこまで流されるんならいっそのこと襲って来なさいよ。普通に女としての自信失くしそうなんだけど」
「約束通り一年待とうと耐えてるんだよ。それとお嬢がいい女じゃないっていうのは別の話だろ」
「あぁもうしくじったわ。こんなことになるんなら一年とか期限を設けるんじゃなかった……」
そういった背景を一頻り聴き終えたお嬢は怒りを露にしつつも、心底悔しそうに頭を抱えた。
サクラ達との情事を赤裸々に語らされた俺も抱えたいです。
「まぁ落ち着かれよ、姫様。小僧の身体がいつ戻るのかという話であれば案ずるでない。明日の朝には効能が切れて戻るはずだ。たかがキノコにそんな永続的な力はないのでな」
「よ、良かった……」
「……そう」
ジャジムさんからの返答を受けて、俺は心の底から安堵の息を吐く。
けれどお嬢が少し思案げな面持ちなのが気になる。
何か気掛かりでもあるんだろうかと思った矢先、彼女はスマホを取り出して何やら打ち始めた。
少しするとお嬢のスマホからピコピコと、着信音が鳴り続ける。
しかしお嬢は顔色を変えることなくまた打ち込み、小さく息を吐いてからスマホを仕舞う。
何をしているのか分からない俺と顔を合わせ、キリッとした眼差しで見つめる。
「今、サクラとリリスにイサヤの身体が明日には元に戻ることを伝えたわ」
「あ、そうなんだ」
「それで原因の二人に対する罰とイサヤの休息も兼ねて、今日一日はあたしがアンタを独占するって厳命したからそのつもりで」
「ん?」
さも当然のように告げられた命令を咄嗟に呑み込めず聞き返してしまう。
硬直する俺にお嬢はクスっとイタズラ染みた笑みを浮かべながら続ける。
「つまり、今夜はあたしと一緒に寝るってことよ」
「──はい!?」
普通なら魅力的な誘いのはずが、何故か厄介事の予感しかしないのはどうしてだろうか?
驚愕する俺を余所に、お嬢はどこか楽しそうに微笑むのだった。
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