番外編④ 『彼女』の墓参り
咲葉家で泊まってから二日後の今日。
サクラとのデートの最中、ふと彼女からある場所へ行きたいとお願いされた。
そうして向かったのが……。
──数多くのお墓が建てられている公営霊園だった。
お盆のシーズンは過ぎているから俺達を除いた他の人は見当たらず、霊園に相応しい静寂に包まれている。
今になってここへ訪れた意図が掴めないまま、水を入れた手桶と柄杓を持ってサクラに続いて歩く。
淀みのない足取りで進む彼女は、やがて一つの墓の前で足を止めた。
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その墓を見つめるサクラの表情は懐かしむような、それでいてどこか寂寥感が綯い交ぜになっていた。
複雑な面持ちを見てようやく彼女がここに来た理由を悟る。
この墓の下には、サクラの実の両親が居るのだと。
異世界に旅行へ来た彼女とその両親は、モンスターの襲撃に遭って殺されてしまった。
サクラ自身も瀕死の重傷を負ったが、通り掛かったシルディニア様によって
生存したサクラがこうして墓参りに赴くのは何も不思議なことじゃない。
彼女は無言のまま墓に供えられた献花の水を入れ替え、線香を焚いて黙祷する。
俺も同じく黙祷して、天国に居るであろう二人に届くように娘さんを幸せにしますと祈った。
そうして墓参りが済み、息抜き気分にサクラへ話し掛ける。
「何か伝えたりしたのか?」
「はい。来年もまた来ることと伊鞘君のことを」
「墓参りに来た娘が恋人を連れて来たー、って驚かせてそうだな」
「もしそうならお父さんは私を溺愛していたので、伊鞘君は凄く怒られるかもしれませんね」
「……いきなり雷が落ちてきたら怖いなぁ」
偉そうに幸せにしますと祈った後で、聞いたことを後悔しそうな情報に思わず体が震えてしまう。
ヤることやってしまってるのもあって、仮に対面したなら出会い頭にぶん殴られててもおかしくなさそうだ
青ざめているであろう俺の顔を眺めるサクラは、クスクスと笑みを零す。
苦笑しつつ気を取り直し、気になっていたことを尋ねることにした。
「そういえばサクラの前の苗字って晴野だったんだな。人間の頃の話とか聞かないから知らなかったよ」
「あまり覚えてることがありませんから、単純に話題として不十分なんです」
「それでも俺は知りたいって思うぞ? 他でもないサクラのことだし」
「っ……」
その言葉を聞くや、サクラは赤くなった顔を逸らした。
彼女の反応で無意識に小っ恥ずかしい台詞を吐いていたと自覚したが、恋人のことを知りたい気持ちは事実だからはぐらかしたくない。
目を彷徨わせて逡巡していた彼女がゆっくりと息を吐いた。
「聞いて気分の良い話ではありませんよ?」
そう前置きしてからサクラは切り出した。
「実を言うと人間としての私は、書類上では両親と同じお墓の中にいることになっているんです」
「え?」
いざ語られたその内容が上手く呑み込めず聞き返してしまう。
そんな俺にサクラは、自らの髪を摘まみながら苦笑して続ける。
「この通り半吸血鬼になった影響で別人のようになってしまいましたから」
「……」
理解したくなくても納得してしまって、返す言葉を失くす。
半吸血鬼は吸血衝動が起きれば、血を求めるあまりに理性を失って他人を見境無く襲ってしまう。
暴走のリスクを抱えたまま地球に返すより、目の届く場所に居させる方が良いに決まってる。
片や人間でなくなった少女、もう片方は自分を人として見れない親族……状態で同じ家で過ごすなんてストレスしか堪らなさそうだ。
ましてや身内から怪物呼ばわりされたら、出会った頃以上の人間不信を抱えてもおかしくない。
公爵様はそういった背景を察して人間だった頃のサクラを鬼籍に入れて、スカーレット公爵家の養子として引き取ったのだろう。
「気を悪くさせてしまってすみません」
「聞きたいって言ったのは俺なんだから、サクラが謝ることなんてないだろ」
黙り込んだ俺の様子からサクラが謝罪する。
笑みを繕って気にするなと返し、少しでも空気を払拭しようと些細な疑問を口にした。
「その……もし親戚の人と会ったらどうするんだ?」
「何もしませんよ。私はもう向こうの顔も名前も思い出せませんし、どこで何をしているのか興味もありません。だって緋月サクラの家族はスカーレット家の皆ですから」
「──そっか」
当人が気にしていないなら俺から何も言うことはない。
仮に顔を合わせる機会があったとしても、人間不信のサクラからすれば血の繋がりは信頼する要因にならないのだろう。
無いと思いたいけど、俺の両親みたいに公爵家と関係を求めないとは限らないし。
内心でそう納得していると……。
「もちろん伊鞘君も同じ枠組みですよ?」
「…………」
不意打ちで投げ掛けられた言葉に、本当に何も言えなくなった。
少し気が早すぎじゃない?
そりゃいずれそうなりたいとは思ってるけど、俺としてはもうちょっとスローペースでも良いと思います。
いや告白したその日に流れとはいえ、手を出したヤツが言っても説得力ないだろうけれども。
「は、話変わるけどさ! 覚えてないだけで人間の頃のサクラと会ってたりするかもな!」
「ふふっ。だとしたら素敵な可能性ですね」
誰に言うでもなく言い訳を浮かべつつ、強引に話を切り替えた。
あからさまな照れ隠しは見透かされているようで、サクラから微笑ましげな眼差しと共に肯定される。
我ながら情けないにも程があるなぁ。
しかし自分で言ったことだけど、もし昔のサクラと会ったことがあったら良いなとは思う。
「そうだとしたら俺達って幼馴染みになるのか」
「小さい頃に交流があったものの私が公爵家に引き取られて疎遠になり、高校生になって再会……なんだかエリナが好みそうなお話になりませんか?」
「確かに。お嬢が聞いたら目を輝かせて『続きは?』って聞いて来そうだな」
その様子が容易に想像出来たから、サクラと揃って笑い合う。
一頻り笑って一息ついた彼女が、紅の瞳に憧憬を宿しながら口を開く。
「朝に伊鞘君を起こして、一緒に学校へ行って、一緒にご飯を食べたり……考え出すと色々出てきますね」
「そうだな……ん?」
「どうしましたか?」
「いやそれ、普段からやってない?」
「……あ」
俺の指摘にサクラが目を丸くして呆けた。
言われるまで気付かなかったらしく、徐々に頬が赤く染まっていくのが分かる。
口端が釣り上がりそうになるのをなんとか堪えたが、当の彼女にはジト目を向けられていた。
どうやらバレているようだ。
苦笑して流しつつ、ふと脳裏に過った疑問を口にする。
「なぁサクラ。サクラになる前ってどんな名前だったんだ?」
「以前の名前ですか?」
「イヤなら無理に言わなくてもいいぞ? さっきの言葉を否定するつもりはないし、単純に気になっただけだから」
「そうですね……」
悪気はないと付け加えた俺の問いに、サクラは顎に手を当てて思案する。
然程気にした素振りは見えないから問題ないようだが、やはり過去のことを掘り返すのはあまり良い気分ではないだろう。
変に口を挟めないまま数秒が経つとサクラから紅の瞳を向けられる。
彼女は口元に人差し指を添えて、柔らかな笑みを浮かべながら答えた。
「──忘れちゃいました」
「……そっか」
その言葉を聞いて、深く訊くのは止めた。
いくら公爵家に引き取られてから呼ばれなくなったとはいえ、そう簡単に記憶から失くないはずだ。
にも関わらずはぐらかしたのは、人間だった頃の『彼女』は今の自分と違うという自認があるからだろう。
サクラ自身が割り切ったことなら俺があれこれ言うのは筋違いだ。
ならせめて緋月サクラの恋人として、彼女の意志に応えるのが一番かもしれない。
そんな決意を胸に秘めながら、サクラの手を取って霊園を後にするのだった。
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