番外編② 咲葉夫妻挨拶します!?
残暑がようやく落ち着きを見せ始めた十月頭。
俺は現在、電車で約一時間の道程を経て咲葉家へとお邪魔していた。
そう、リリスの両親が住む実家である。
毎月に一度こうして帰省している彼女に、俺を紹介して欲しいと親から頼まれたらしい。
しかも当人になんの相談も無しな上に、一泊することになってるという。
当日になって親に会って欲しいって言われた時は魂が抜けてったね。
いざ到着した咲葉家は、どこにでもある普通の一軒家だった。
公爵様と対面した時よりは幾分かマシだが、それでも彼女の両親とあって非常に緊張してしまう。
何せ案内されたリビングのテーブルにて、俺は今まさにリリスのご両親と向かい合っているからだ。
「いや~リリちゃんに恋人が出来るなんて感動だなぁ」
そう朗らかに話すのは眼鏡を掛けた細身の男性だ。
程よく切り揃えられた清潔感のある黒髪に、娘の彼氏と会うとあってかスーツ姿が際立っている。
見た目に違わず温厚な人で娘を溺愛する親馬鹿ではあるものの、ラノベに出て来るような苛烈さは無い。
娘はやらんとか言ってぶん殴られるのを覚悟していただけに、こうして相対した武雄さんが穏やか人で本当に良かったと思う。
だが目下の問題は母親の方だ。
「リリスが選んだ男の子ならぁ、ママも安心だわぁ」
「はは、恐縮です……」
頬に手を添えておっとりとした調子で安堵するリリスの母親──咲葉ミランダさんに、俺は目を逸らしながら返す。
ウェーブ状になっている紫色のロングヘア、娘を産んだ親とは思えないレベルの若々しい容姿をしている。
普通に姉って言われたら信じてしまいそう。
ノースリーブの縦セタにジーンズというシンプルな装いでありながら、そこはかとない色気が感じ取れるのがいい証拠だ。
一体この人の何が問題なのかって?
それは至極単純……ミランダさんがエロいからだ。
よく考えなくても、リリスの母親なんだから彼女もサキュバスに決まっている。
重ねた歳の差があるのか、目にするだけで無性にドキドキしてしまうのでまともに顔が見れない。
なんかもうホントに色気凄いんだもん。
普通の服装なのにムンムンって擬音が透けて見えるんだけど。
サキュバスという種族由来のフェロモンに、人妻という付加価値が加わったことでとんでもない相乗効果が起きている。
仮に白馬が居合わせたとしたら秒で意識を失ってもおかしくない。
同じ立ち位置のシルディニア様には無いオーラ……改めてサキュバスの恐ろしさを実感した。
とどのつまり何が言いたいのかというと、恋人の母親を意識してしまっているのが堪らなく気まずいのだ。
いや浮気とかするつもりはないし人妻に手を出すような趣味はない。
単にミランダさんに慣れてないだけだ。
今日、こうして話すことで少しでも慣れればいい。
そう思ってなんとか表面上は冷静を装う。
「その、改めまして辻園伊鞘です。縁あってリリスの恋人になりました。淫紋がある以上、将来的な結婚を前提とした付き合いをさせて頂くつもりです」
「ふふっ。我が家はただの一般家庭なんだからぁ、そんなに畏まらなくたっていいわよぉ。ましてや未来の義息子なら尚更でしょ~」
「ぜ、善処します……」
確かに堅苦しかったなと内心で反省する。
それでもちゃんと二人の大事な一人娘を幸せにしたい決意を伝えたかった。
その言葉を受けて、ミランダさんは心の底から安堵した笑みを浮かべる。
「だってぇ、リリスの初めての相手だものねぇ~♡」
「ブッ!!?」
不意打ちで放たれた図星の弾丸に堪らず噴き出してしまう。
そうじゃん!
この人もサキュバスなんだから、相手の貞操を見破るくらいワケもないわ!!
目の前にいる娘とその彼氏が経験済みなら、そう思っても何もおかしくないね!!
「えへへぇ~すぅっごく濃いの貰ってるよぉ~♡」
「あらぁ~♪」
「リリスさん!?」
ガタガタと震える俺を余所にリリスは照れくさそうに、けれども嬉しさを露わにだらしのない笑顔を見せる。
流石サキュバス……普通なら慌てるところなのに指摘されてむしろ嬉しそうだ。
「ちゃんといっくん君を満足させられてるのぉ?」
「それがねぇ~始めはリリがリードするんだけどぉ~、いっくんの方が体力あるからいっつも逆転されちゃうんだぁ~。でもそういう時のいっくんは凄く積極的で好きぃ~♡」
「あらあらうふふ~♪ それなら今度ぉ、ママがとっておきを教えてあげるわぁ」
「わぁ~い」
やめて!
自分の母親に彼氏との情事を解説しないで!!
そして鬼に金棒を持たせるみたいにテクを伝授しようとすんな!!
羞恥心から両手で顔を覆いながら心の中でツッコんでいると肩に手を置かれた。
感覚的に前の方から……武雄さんだと悟る。
いきなりどうしたのか視線で問い掛けると、彼はニコリと共感の眼差しのまま口を開く。
「伊鞘君。サキュバス相手のアドバイスが欲しいなら、いつでも僕に相談していいよ」
「お気持ちだけ受け取っておきます……」
何が悲しくて彼女の父親に、彼女との情事で相談しなきゃならないんだ。
普通に気まずいし、それで奥さんとの逢瀬を聞かされたら堪ったもんじゃない。
リリスの両親って事実に対して認識が甘かったみたいだ。
息を吐いて肩の力を抜いていると、ミランダさんが何やら微笑ましい眼差しを浮かべていることに気付く。
「な、なんですか?」
「あぁごめんなさいねぇ。いっくん君を見てるとぉ、出会った頃の主人を思い出しちゃってねぇ。あの時の武雄さんったらぁ、それはもうガチガチに緊張してて可愛かったんだからぁ~♡」
「仕方ないよ。ミランダさんに一目惚れした直後だったんだから」
うっとりとした面持ちで懐かしむミランダさんに、武雄さんは恥ずかしそうに頭を掻きながら照れ出す。
何やら二人の間に甘い空気が漂い始めたなぁ。
公爵夫妻と同じく、ミランダさん達も仲睦まじいみたいだ。
あ~なんかこのまま惚気話が始まるヤツだわ。
出来れば彼女の両親の馴れ初めとか避けたいけど多分無理そう。
心内で呆れる俺と対照的に、リリスはやけにニコニコとしていた。
「あは~。久しぶりに聞くママとパパの出会いの話だぁ~」
「リリスは何度も聞かされてたのか?」
「むしろリリの方から聞きに行ってたよぉ~。シンデレラよりも大好きなお話なんだぁ~」
「へぇ」
ある意味でリリスの原点とも言えるワケか。
そう聞くと少し興味が出てきた。
そんな俺の関心に気付いたのか、武雄さんがスマホを向ける。
「これが僕とミラが出会った頃の写真だよ」
「この仲よさそうな二人が──え?」
画面に映る写真を目にした瞬間、数秒だけ思考が停止した。
写真の中では若い頃のミランダさんと武雄さんが顔を寄せてピースを決めている。
それだけなら絶句するほど驚いたりしない。
じゃあ何に驚愕したのかというと……。
──当時の武雄さんがどう見ても体重百キロありそうな体型だからだ。
何度も写真と当人を見比べて、なんとか微かな面影が辛うじて見て取れた。
結果にコミットしたのか別人と言ってもいいレベルなので、比較しなかったらとても信じられなかっただろう。
困惑を隠せない俺の表情を見て、ミランダさんがクスクスと笑みを零す。
「今と全然違うでしょ~? 懐かしいわねぇ」
「ミラと会ってからどんどん痩せていったからね。リリスが生まれた時には八十キロを切っていたなぁ」
「パパ、よく言ってるもんねぇ。幸せ太りならぬ幸せ痩せってぇ~」
「あっはは! これこそ新時代のダイエット法さ!」
「いっくん君が太ったとしても安心よぉ」
いや微笑ましいところ申し訳ないけど、痩せた要因は絶対に幸せだけじゃないだろ。
見方を変えたらサキュバスに搾られてる被害者じゃん。
そんな他の男が羨ま死か腹上死しそうな特殊なダイエットを気軽に薦めないで欲しい。
ツッコミきれない空気の中で俺は苦笑いで流すのが精一杯だった。
あまりにも濃い咲葉家に頭が痛くなりそうだ。
早く誰かこの気まずさしかない空間から助けてくれ。
心の中でそう必死に願うのだった……。
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Twitter見てない人に向けての生存報告。
第二部開始まで、こんな感じで不定期に更新していくつもりです。
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