#4.5 第1部番外編
番外編① 伊鞘と白馬の友情
そろそろ十月になろうとしていた時期に、俺は食堂でサクラとリリスに白馬の三人と昼休みを過ごしていた。
俺の両隣にサクラ達が座り、対面に白馬が座るといういつぞやの勉強会の時と同じ席順だ。
当然というか、そんな俺達は周囲の視線をこれでもかと集めている。
サクラとリリスの二人と交際したことは学校中に知れ渡り、かなりの騒動となったが幸いにもユートを負かした件で顔と名前を覚えられていたため、不満や喧嘩を売ってくる人はいなかった。
未だに恐がれてるのかと切なくなる一方で、彼女達との交際にあれこれ言われなくて良かったと安堵したモノだ。
強いて問題を挙げるとするなら、白馬との友情に若干の亀裂が生まれたくらいだろう。
だがそれもこうして昼食を共にしていることから、ある程度は改善傾向にある。
「色々あったけど、白馬と普通に話せるくらいに戻れて良かったよ」
「念のため言っておくがまだ触れるなよ? 僕が吐血する」
「無理させたくないし食事中だから触らないって」
ほとんど食べ終わりかけてるとはいえ、飯が不味くなるようなことを言わないで欲しい。
親友なりのジョークなんだろうが、両隣の彼女達が少しだけ眉を顰めてるので盛大に滑ってしまっている。
「すみません壱角さん。お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「構わん」
ふとサクラが小さく挙手をしながら前置きする。
白馬は特に顔色を変えずに先を促す。
許可を得たサクラは『ありがとうございます』と礼を言ってから、肝心の問いを口にする。
それは……。
「伊鞘君と壱角さんは中学の頃からの仲とは伺っていますが、そもそもどういった経緯で交流の持ち始めたのですか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「少なくともリリは聞いてないよぉ~。子馬さんのことは全然興味ないけどぉ~、いっくんがどうやって仲良くなったのかは知りたいなぁ~」
「淫魔に教えるのは癪だが、まぁ伊鞘の恋人という立場に免じて特別に聞かせてやろう」
白馬はリリスと相変わらず不仲だが、交際を認めてはくれているのでマシな方だ。
実を言うと親友はサクラにもちょっとだけ距離を取るようになった。
まぁ理由は俺のせいだろうが……気にしても仕方ない。
心の中で難題を丸投げしてしまったことを詫びていると、白馬は懐かしむような眼差しを浮かべて口を開く。
「僕が伊鞘と初めて話したのは、中学一年で同じクラスになった時だな」
「オリエンテーリングで一緒の班になってたんだよ」
白馬の説明に俺が軽く補足すると、二人はへ~と相槌を返す。
当時は物凄いイケメンだなぁとか思ってたっけ。
自己紹介でユニコーンだと明かされた時はめちゃくちゃ驚いた記憶がある。
絵本に描かれるような王子様……その印象が変わったのは程なくしてからだった。
「男女六人組で班を作ったんだけど、この顔だろ? 同じ班の女子三人が揃って関わろうとしたんだよ」
「同年代であそこまで色気づき始めるとは、嘆かわしい限りだった」
「一部の人にしか分からない感覚で話すなよー? で、そうやって声を掛けて来た女子達にこう言ったんだ」
──貴様らは男遊びのために学校に来ているのか? だったらオリエンテーリングの邪魔だ、帰れ。
その言葉を発した時の白馬の眼差しは実に冷ややかだった。
「「うわぁ……」」
鮮明に思い出せる当時の容赦ない切り捨てに、サクラ達はドン引きしていた。
目の前でそのやり取りを見ていた俺も同じ反応をしたなぁ。
イケメンと仲良くなりたいっていう中学生に対してあんまりだろ。
「もう顔も名前も思い出せんが、少なくとも不快な気分だったのは覚えている」
「一応一年を過ごしたクラスメイトに失礼だな。まぁ俺もあまり覚えてないけど」
「二人して薄情すぎない~?」
リリスのツッコミに閉口するしかなかった。
仕方ないだろ。
だって俺は冒険者になって二年目で、生意気だったタトリの相手でしんどかったんだよ。
あの時に比べたら丸くなったものの後輩は今でも生意気なままだが。
「ともかくその頃からコイツやべーなぁとは思ったな」
「伊鞘こそ冒険者業の話を聞きたがった男子に、バイトがあるからと断り続けて結果的に孤立していたじゃないか」
「話してる暇あるなら稼ぎたかったんだよ。っま、こんな感じでグループに弾かれた同士でなんとなく話すようになったワケだ」
「想像よりも切実な理由ですね……」
もっと深い話でも期待していたのか、予想を裏切られたサクラは苦笑しながら感想を口にする。
「そんなワケないだろう。伊鞘を信じると決めた出来事はあったさ。ユニコーンに友だと認めさせた素晴らしい話がな」
「ハードル上げるなって!? 何度も言うけど絶交を言い渡されてもおかしくなかったんだからな?」
「だが現に僕達は友のままだ。その言葉にはなんの説得力も無いぞ」
「ぐっ……」
反論を潰されて口を噤んでしまう。
確かにその通りだけどさぁ……我ながら恥ずかしいんだって。
「一体何があったのですか?」
「聞きたい聞きたい~♪」
躊躇う俺を余所に恋人達は期待を露わに先を促す。
白馬からしか聞けない俺の過去がそんなに聞きたいのか。
複雑な心境を抱える親友に構わず、白馬はよほど感動させられる自信があるのか胸を張りながら続ける。
「中学生になってから一ヶ月が経った頃だ。登校してきた伊鞘が僕に向かっていきなり頭を下げたんだ」
「えぇ~どぉしてぇ~? 喧嘩でもしたのぉ~?」
「いいや。前日は普通に会話をしていたぞ」
リリスの疑問を白馬は否定する。
彼の言うように、その日の前に口論はなかった。
それでも俺が謝ったのは……。
「同級生にユニコーンがいるって知った俺の親が、友達なら髪の毛とかたくさん取れるだろって指示して来たんだよ」
「「は?」」
両親の関与を明かした途端、サクラとリリスが真顔になった。
やっぱそういう反応になるよなぁ。
だからあまり言いたくなかったのだ。
表情を繕ったサクラが咳払いをしてから、納得がいったように頷いて見せる。
「なるほど。ユニコーンの髪や角は高額で売れるので、そこに目を付けたというワケですか。全く、まだ底を破れるなんて呆れてモノも言えません」
「というかいっくんも無視すれば良かったのにぃ~」
「そうしたかったけど、あの頃の俺は両親から離れられなかったから」
奴隷にして売られるまでは、まだ普通の家族になれるって諦めきれなかった時期だし。
まぁそれにしたってやっぱ無視すれば良いのにと自分でも反省している。
「だが伊鞘は丸々従ったワケではない。抜け落ちたのを拾うなり触れた拍子にこっそり抜くなり出来たものを、バカ正直にも僕に謝罪を入れて事の仔細を話したのだ」
「全部話したんですか?」
「あぁ。その上でこうも言っていた。『自分が失敗したことにするから、なんとか壱角を巻き込まないようにする』と。あの言葉で僕は確信した。伊鞘は親友として迎えるに値する非凡な人格者だとな」
「わぁ~いっくんらしい~」
「……せ、せめてもの償いというか友人への誠意だよ。黙ってそんなことするのは忍びなかったし」
咄嗟にそんな言い訳をするが、二人には無意味だった。
サクラとリリスから微笑ましい眼差しで見られて、羞恥心がこれでもかと込み上げて来る。
なんで一言一句覚えてんだよチクショウ。
誇らしげな親友を睨むが、柳に風といった調子で流されてしまう。
そしてそのままサクラ達に視線を向ける。
なにやら真摯な面持ちを浮かべていて、二人は自ずと姿勢を正す。
「改めて言うが伊鞘は僕にとって唯一無二の親友だ。公爵令嬢様、緋月、…………非常に業腹だが貴様もだ、淫魔。──どうか伊鞘を幸せにして欲しい」
「「「っ!」」」
白馬が頭を下げた。
プライドの高いユニコーンの白馬が。
その行動に俺達は揃って驚愕する。
アイツがそこまで言うだなんて……よっぽど俺の境遇で心配させていたみたいだ。
思わず謝りそうになって、けれど頭を振って言葉を飲み込む。
白馬が求めているのは俺の謝罪じゃない。
「──当然です。伊鞘君は私の大事な人ですから」
「元々そのつもりだけどぉ~、仕方ないから子馬さんの分の一割くらいはぁ~、特別に任されてあげるよぉ~」
「……感謝する」
当たり前のように了解したリリスとサクラに、白馬は一瞬だけ瞳を潤わせてから礼を口にする。
親友から託された思いを、恋人達はしっかりと受け取ってくれた。
その光景を目の当たりにした俺は、願われた以上に幸せにならないといけない。
「なぁ白馬」
「どうした伊鞘」
けどそれはそれとしてどうしても言ってやりたいことはある。
呼び掛けに対して何の気なしに反応した親友に、俺は腕を組みながら言ってやった。
「お前に言われるまでもなく幸せになってやるから安心しろ」
「! フッ……」
遠慮のない言葉だが白馬は目を丸くする。
しかしそれはほんの一瞬だけで、彼は鼻で小さく笑いながら拳を突き出した。
「なら精々色欲に溺れることなく、彼女達を愛してみせるんだな。それが僕にとって何よりの安心だ」
「おうよ」
返事と共に白馬の拳とぶつける。
そうして互いに笑い合い……。
「──ゴフッ」
「あ」
程なくして白馬は吐血して机に突っ伏す。
そういえば俺が触れたら吐くって言ってたっけ。
直後に食堂が大騒ぎになってしまい、せっかくの雰囲気を台無しにしてしまった罪悪感を懐きながら後片付けに追われるのだった……。
========
後れ馳せながら、この度第8回カクヨムweb小説コンテストにおきまして、本作がComicWalker漫画賞を受賞しました!
これも応援して下さった皆様のおかげです!
吸血鬼のヒロインが書きたい。
でもメイドのヒロインも書きたい。
じゃあ合体すりゃ一石二鳥やん!
そんな発想からここまで形に出来て本当に良かったです。
吸血だけじゃ物足りずサキュバスを加え、当初はヒロインじゃなかったお嬢もヒロインにしたり。
紆余曲折があって、書き溜めの段階で本当に面白い作品が書けてるのか分からなくなって、3000文字も書いた話を衝動的に消したこともあります。
それでも読者さんに読んで欲しい。
ウチの子の可愛さもかっこ良さも知って欲しい。
そんな思いでどうにか書き上げて来ました。
第二部開始の時は、また伊鞘達の行く末を応援して頂けたらなと思います。
少し湿っぽくなりましたが、何はともあれ受賞やりましたぜイェィ!
これからも頑張ります!
ではでは~。
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