両手でも足りない愛に囲まれて
「ん~おいし。ほら、伊鞘も口を開けて」
「あ、あ~ん……」
お嬢から差し出されたアイスを一口頬張る。
間接キスになっているのだが、彼女は特に気にした素振りを見せずに俺が口を付けたスプーンで残りのアイスを掬う。
夜の業務を終えた俺はお嬢に書斎へと呼び出され、いつものように膝の上に座る彼女にこうしてアイスを食べさせられている。
美味しいけど、一向に話が始まりそうにないので思い切って尋ねることにした。
「お嬢。そろそろなんの要件か聞いてもいいか?」
「要件?」
「あれ?」
しかし当のお嬢は何のことだという風に首を傾げる。
肩透かしを喰らった俺の脳裏に疑問符が過るが、その表情で察したらしい彼女が『あぁなるほど』と一人納得してから口を開く。
「別に要件なんてないわよ。ただこうして伊鞘と一緒に居たかっただけ」
「そ、それだけ?」
「『それだけ』が恋人にとって重要なのよ。サクラとリリスとは学校でも一緒なのに、あたしとは離れ離れなんだから不公平じゃない。少しはマシになったけど、まだまだね」
「すいません……」
要は学校に行ってる間、寂しかったから構えってことらしい。
言われるまで思い至らなかった己の鈍さに肩を落とす。
考えてみれば当然か。
お嬢達と恋人になったが、物語と違って現実では付き合ってからも関係が続いていく。
そのために学ぶこと、考えることは山のようにあるんだろう。
であるなら彼女の言うとおり俺は恋人としてまだまだだ。
これが初めてだとしても、気を付けないと愛想を尽かされてしまう。
そんなことにならないよう、彼氏として成長しないといけないな。
「まぁ伊鞘なら大丈夫でしょ。それに簡単に愛想を尽かす程度の気持ちなら、首筋から吸血したり淫紋が現れたりしないわ」
「説得力が凄いな」
「囲われてる当人が他人事みたいに言わないの」
うん、確かにガッチガチに囲われてるよなぁ。
する気はなんて無いけど、浮気しようものならぶっ殺された上で地獄まで付いてきそうだもん。
まぁ万に一つも無い可能性だからあり得ないけど。
「思ったんだけど、異世界の種族って揃いも揃って独自の恋愛方法があるよなぁ」
「それを言ったら地球だって国によって恋愛の文化は違うじゃない。でも異種族の方が熱烈かつ一途なのが多いは確かね」
「なるほど」
「でも相手の気持ちに
「ハハッ。期待を裏切らないように頑張るよ」
サクラ達に好かれてるからって調子に乗るようでは、好意を懐いてくれた彼女達に失礼だろう。
そんなつもりは毛頭無いと笑って返すと、お嬢もクスクスと笑みを零す。
和やかな空気の中、部屋のドアがノックされた。
『エリナお嬢様。失礼します』
『リリ達もお仕事が終わったので来ましたぁ~』
ノックの主はサクラとリリスだ。
二人の声を聞いたお嬢は許可を出すために口を開こうとしたが、何故だか閉口して黙り込む。
……おい。
「家の中で居留守を使うなよ……」
「うぐ……入りなさい」
もう少し俺と二人きりが良かったと思ってくれるのは嬉しいが、サクラ達を前にして誤魔化すのは申し訳ない。
俺の咎めに苦い顔をしながら、渋々と二人の入室を許可した。
そうしてドアを開けた時とサクラとリリスの表情は少しだけ不満げだ。
どうやらお嬢の狡い嘘は容易に看破されていたらしい。
「やっぱり伊鞘君と一緒でしたね。三人で付き合うと決めたのですから、独占する時は事前に申告して下さい」
「そぉそぉ。屋敷に居る時は極力エリナ様に譲るけどぉ~、リリ達もいっくんと一緒に居たいんですからぁ~」
「わ、悪かったわよ。ちょっとだけ魔が差しただけだから……」
二人の苦言にお嬢はバツが悪そうな面持ちを浮かべる。
とりあえず四人で過ごそうということになり、サクラ達もソファに座り始めた。
サクラは俺の右側に、リリスは左側に腰を下ろしている。
ちなみにお嬢の位置は変わらず膝の上だ。
こうも密着されるとまともに動けそうにない。
彼女達の温もりや香りにドキドキして落ち着かない半面、不快感は一切無かった。
緊張する俺の様子に気付いたお嬢が、ニヤけ面をこちらに向けて来る。
「頭に鼓動が伝わって来るんだけど、緊張してるの?」
「む、むしろしない方がどうかしてるだろ」
三人の美少女にくっつかれてるのに、ドキドキするなっていうのは拷問に等しい。
それが自分の彼女なのだから尚のことだ。
すると今度はサクラが右肩に頭を乗せて来た。
上目遣いで見つめてくる紅の瞳に、形容出来ない高揚を感じる。
「私も、ドキドキしてますよ。伊鞘君」
「……その不意打ちは卑怯だって」
賛同してくれた優しさはありがたいが、事この状況に至っては逆効果でしかない。
だってサクラも意識してくれてるって意味だし。
湧き上がってくる愛おしさに身悶えてしまう。
「そぉれぇ~♪」
「っ!」
その隙にと言わんばかりに、リリスが左腕を抱き寄せる。
むにゅりと柔らかな感触と共に腕が沈み、堪らず体をビクッと揺らしてしまう。
そんな俺の反応を面白がった彼女は、ニマニマと微笑みながら口を開く。
「あはぁ~♡ すぅっごくドキドキしてるねぇ~。もしエッチな気分になったらリリに言ってねぇ? 明日と言わずに今からチュゥ~って吸ってあげるからぁ~♡」
「っさ、サクラ達も居るから、流石に遠慮するよ……」
他の女子がいる手前でも、ゴーイングマイウェイなサキュバスの誘いを跳ね除ける。
断られると分かっていたのか、リリスは『気が変わったら教えてねぇ~』と緩やかに返した。
あっぶなぁ。
行為を知ったせいで具体的なイメージが浮かびそうになった。
やっぱ人間って一度知った蜜の味を忘れられないんだ。
内心で安堵したのも束の間、負けじとサクラが俺の右腕を胸元に抱き寄せた。
包まれるという言葉が似合う勝るとも劣らない柔らかさに、心臓が一際大きく脈打つ。
恐る恐るサクラの顔を見やれば、彼女は真っ赤な顔色で頬を膨らませていた。
どこか不満げな眼差しで見つめたままサクラは言う。
「……サクラ?」
「い、伊鞘君がお望みなら、リリスだけでなく私もお相手します!」
「っ」
動揺するなという方が無茶な言葉だろう。
淑女らしからぬ大胆な発言に堪らず息を詰まらせてしまう。
同時に、脳裏には昨晩にあった彼女との逢瀬が鮮明に映し出される。
生唾を飲み込んだのも仕方が無いと思って欲しい。
どう返したモノか答えあぐねていると、膝に座るお嬢が愉しそうに俺の顎を指で撫で始めた。
「あら、随分と熱烈な誘いじゃない。せっかくだから乗ってあげなさいよ、イサヤ」
「お嬢……からかってないで止めてくれよ」
「なんならあたしも混ぜてくれたっていいのよ?」
「一年待つって約束は!?」
サラッと口に出された誘い文句に困惑を隠せなかった。
ただでさえ理性がゴリゴリに削られてるのに、どうしてそう揃って追い討ちを掛けて来るんだよ。
驚愕する俺の反応が面白いのか、お嬢は淑やかに……けれども艶やかな笑みを浮かべながら続ける。
「あたしからは手を出したりしないわよ。でも恋人のイサヤからお願いされたら……断れないかもね?」
「~~っ」
首を傾げながら放たれた蠱惑的な言葉に、全身の血が沸騰したように錯覚してしまう。
やられた。
確かにお嬢は待つと言っていたが、俺から誘われた場合には何も言及していない。
つまり誘惑しないとは一言も言っていないのだ。
まんまと口車に乗せられたとあって、反論する気力は瞬く間に削がれていく。
「エリナも加わるんですか? あ、あまり身内にあられもない姿を見られたくないのですが……」
「あら? だったらお姉ちゃんはやめとく?」
「っ! い、いえ! 私だって伊鞘君の恋人です。恥ずかしいですけど……逃げません」
「あはぁ~それじゃみんなで仲良くシちゃう~? 吸精とダブル吸血パーティーとか楽しそうだねぇ~」
「わぁお。常人だったら死ぬんじゃない? まぁイサヤなら大丈夫よね」
「俺の拒否権は?」
和気藹々と盛り上がる恋人達を前に、若干体を震わせながらも尋ねる。
だが三人は俺の問いに揃ってキョトンと目を丸くした。
え、なんか変なこと言ったか?
戸惑う俺に対し、彼女達は各々の返答を口にする。
「奴隷のアンタにあると思ってるの?」
「いっくんはリリ達の彼氏だもんねぇ~?」
「伊鞘君の負担にならないように加減はしますよ」
「──……お手柔らかにお願いします」
何を今更と目を細めて淑やかに冷笑するお嬢。
ゆるふわな笑みながら圧を掛けて来るリリス。
苦笑しつつも見逃してくれそうにないサクラ。
そんな恋人達の言葉に反論する余地は微塵も見当たらず、俺は頬を引き攣らせてそう返すのが精一杯だった。
三人の彼女が出来たものの、依然として敵いそうにないのは変わりなさそうだ。
そもそも俺はお嬢の奴隷であり、サクラとリリスにとってはエサだった。
彼女達の尻に敷かれるのがお似合いなのかもしれない。
そう悟りながら、両手でも足りない愛に囲まれるのだった……。
~第一部、完~
=========
ヤバエサ四章&第一部、完結しましたー!!
吸血鬼とサキュバスのメイドさんのエサにされるという、我ながら奇抜な物語をここまで書き続けられたのも皆さんの応援のおかげです!
続きとなる第二部の構想はあるにはあるのですが、他の作品も出したいという個人的な事情からここで一区切りとさせて頂きます。
再開の目処が立ち次第、近況ノートかTwitterの方でご報告させて頂きます。
また伊鞘達の物語を書ける時を待ち望みつつ、新作の方にもお付き合い頂けたら幸いです。
それではまた。
ではでは~。
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