恋人が出来てからの登校と友情崩壊危機
お嬢との語らいを終えてから、俺はサクラとリリスの二人と学校へ向かっていた。
両親の再会した後の登下校は憂鬱だったが、それが解決した今となっては晴れやかな気分だ。
何よりサクラ達の告白を受け、三人の恋人が出来たのが大きい。
奴隷になる前は恋愛は他人事に捉えていたから分からなかったけど、いざ彼女が出来ると世界が明るく見えるなんて思わなかった。
尤も……。
「リリス! 朝から伊鞘君の腕に抱き着くだなんて破廉恥です!」
「えぇ~? サクちゃんだっていっくんと手を繋いでるじゃぁん。くっついてるのは一緒でしょ~?」
「こ、恋人なんですからこれくらい当然です!」
「リリもいっくんの恋人なんだからぁ~、こうするのは当たり前だもぉん」
右手を繋いでるサクラと左腕に抱き着いてるリリスが口論中でなければ、もっと良かったのかもしれない。
なんで付き合ってからも密着度合いで喧嘩するんだよ。
もっとこう、世界に三人しかいないような甘いオーラとか出るもんじゃないの?
いやこれが二人以上の異性と付き合う人間の宿命なのか?
お嬢から借りたラノベでも主人公が複数のヒロインにモテてたけど、実際に経験してみると羨ましいなんて思えなくなるな。
ともかく彼女同士が喧嘩するのはあまり見ていたいモノじゃない。
ヒートアップする二人を宥めようと口を開く。
「サクラ、リリス。もうすぐ学校だから喧嘩はその辺にしような?」
「伊鞘君。ですが……」
「リリスがこうやってくっつきたがるのは前々からだろ? せっかくみんなで付き合うんだから、これくらいで目くじらを立ててると大変だぞ」
「そぉ~そぉ~。いっくんの言うとおりぃ~」
「むぅ……」
俺に諭されたサクラは不服そうに眉を顰める。
しかし一理あると分かっているためか、反論することなく引き下がってくれた。
頭を撫でたいけど、生憎と両手が塞がっている。
なのでサクラと繋いでいる手に少しだけ力を込めることで、暗に称賛を伝えてみた。
「! ふふ……」
意図を察した彼女が小さく微笑み。
良かった、なんとか機嫌を持ち直してくれた。
「むむぅ~。いっくん、リリのこと忘れちゃダメだよぉ~」
「忘れてないって。大事な彼女なんだから」
「っ。もぉ~不意打ちはダメだってばぁ~!」
だが今度はリリスが不満を露わにする。
苦笑しながらフォローすると、一瞬だけ息を詰まらせてから堪らないという風の笑みを浮かべた。
自分で言っておいてなんだけど、浮気してるクソ野郎みたいでちょっと心が痛い。
二人と一緒でこれなのだから、お嬢も加わるとどうなるのか少々不安がある。
まぁでもなんとかやっていくしかない。
そもそも俺一人で抱える問題じゃなく、みんなで一歩一歩詰めていけば良いだけの話だ。
そう割り切りつつ、俺達は学校への歩みを進めた。
=========
校門が近くなった辺りから周囲の視線が段々と増えていき、教室に着いた頃には最早騒然と言っていいほどに注目を集めていた。
それも当然だろう。
何せサクラとリリスは、この泉凛高校において二大美少女と崇められているのだ。
そんな二人が元より距離が近かったとはいえ、俺と仲睦まじく登校していればイヤでも視線を集めるに決まってる。
「ツージー、ツッキー、サリー。おはー!」
教室に着いた俺達を見てざわつくクラスメイト達を尻目に、クラス委員長であるフレアが真っ先に挨拶してくれた。
「おはよう、フレア」
「おはようございます、ドラグノアさん」
「おっはよぉ~フーちゃん~」
各々で挨拶を返すと、フレアは顎に手を当ててフムフムと分かりやすいポーズを取る。
ジロジロと俺達を眺める彼女に何か尋ねようとした矢先、パンっと両手を重ね合わせて晴れやかな笑みを浮かべた。
「三人ともおめー! やっと付き合ったんだ! 見守ってたウチもなんか嬉しくなって来た感じ!」
「あ~、ありがとう」
明確に距離感が違うからか、交際という答えに行き着いたみたいだ。
特に隠すことでもないので礼を返しつつ肯定した。
「朝から二人の彼女との登校を見せつけるとか、ツージーも中々えげつないことすんね~?」
「付き合ってるんだからいいだろ。それで彼女達が声を掛けられなくなるなら安いもんだよ」
「おぉ~男前!」
祝福されて嬉しいやら恥ずかしいやら曖昧な苦笑いをする俺に、フレアはニマニマとイジワルな笑みのまま肘で胸を突いてくる。
我ながら醜い嫉妬だと思うが、自分の彼女が言い寄られる光景は誰だっていい顔はしないだろう。
でもそろそろやめてほしいなぁ。
両隣にいる彼女達が不機嫌そうにフレアを見つめ始めてるから。
当人もそれを察したのか、ニヤけ面を浮かべながらも俺と距離を取った。
その顔ウザってぇ……。
そうしたフレアとの会話がトドメになったのか、突如クラスの男子達が次々と崩れ落ち始めた。
「ぐああああああああっ!」「嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」「いつかこんな日が来るだろうとは思ってたけど、ここまで早いなんてあんまりだぁぁぁぁ!!」「ウソダドンドコドーン!」「ついに高嶺の花が摘み取られちまったよぉぉぉぉ!」「俺の初恋……終わっちゃった」「うらやまじぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
すげぇ阿鼻叫喚……。
それだけ二人が男子達の憧れの的だったというワケか。
呆れ半分に大いに嘆く男子達を眺めていると、フレアがくるりと彼らの方へ振り返った。
「言っとくけどぉ──もし三人の邪魔になるようなことしたら、女子は全員ツージー達の味方になるから。よろ~?」
「「「ひゃい……」」」
……なんか圧を掛けられて沈静化した。
誰も反論の声をあげない辺り、体育祭の時に説教されたのが未だに効いているらしい。
何はともあれフレアのおかげで予想よりも大騒ぎにならずに済みそうだ。
ここは彼女に礼を言うべきだろう。
「サンキュ、フレア」
「んーん。ウチとツージーの仲じゃん。ツッキーとサリーのためにもふきょーを買うのは良くないしね~」
ケラケラとなんでも無いように笑いながら、フレアは自分の席へと戻って友人と話を始めた。
彼女が同じクラスで良かったとつくづく実感してしまう。
そう感心したのも束の間だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?」
「え、は、白馬?!」
いきなり後ろから聞こえた悲鳴の方へ慌てて振り向けば、そこには腰を抜かして廊下に座り込んだ白馬の姿があった。
その形相はまるで化け物に遭遇したかのように絶望的なモノだ。
常に冷静で仏頂面な親友のこんな表情は初めて見た。
一体何にそこまで愕然としているのか。
その疑問を覚えると同時に、わなわなと震える白馬が俺を指差す。
「い、伊鞘の童貞が…………無くなっているだと!?」
「「「え」」」
──バッ。
2ーC組の教室にいた全員の視線が俺に集まった。
当の俺は不意打ちで喰らった暴露に言葉を失くす。
やぁっっべぇー……コイツ、ユニコーンだから俺が童貞かどうか匂いで分かるんだった。
息を詰まらせて背中に冷や汗を流す最中、動揺を露わにする白馬は嘆き続ける。
「金曜日には確かにまだあったはず……この土日の間に無くしたというのか!? 伊鞘!」
「具体的な時期を探るのはやめてくれない!? 同性でもセクハラは成立するんだからな!?」
堪らず声を荒げて制止するが、教室内がざわめき立つには遅かった。
「……嘘だろ?」「でも
次々と飛び交う怨嗟と憶測の声にもう無言で天を仰ぐしかなかった。
なんで交際報告より、俺が童貞じゃなくなった話の方が盛り上がってるんだよ。
解せねぇ。
恥ずかしいとかそういうの全部置き去りにされて茫然としてしまう。
サクラはというと自分が関係しているため顔を真っ赤にして逸らしている。
リリスは一見笑ってるようだが、この騒ぎになった元凶の白馬に対してかなり頭に来てるみたいだ。
元から嫌ってたけど、軋轢が決定的になった気がしないでもない。
というかこれどうやって収拾つけるんだよ。
皆目見当も付かず頭を抱えたくなった時だった。
──ドォォォォンッ!!
「「!?」」
爆発かと思える程の破裂音が聞こえ、全員が音の方へ注目する。
そこには無惨にも真っ二つに叩き割られた机があり、それを為したにも関わらず無傷の拳を構えるフレアが佇んでいた。
──あ、怒ってる。
そう察するには十分過ぎるインパクトだった。
フレアは一切の感情を見せない真顔を浮かべており、一言でも口答えしようモノなら言ったヤツが机みたいに割られるかもしれない圧がある。
「もうすぐホームルームだから、静かにしよ。ね?」
「「「「…………」」」」
その注意に逆らうヤツはいなかった。
さっきの喧騒が嘘のように各々が席に戻っていく。
こっっわ。
まだ心臓バクバク言ってる。
サクラもリリスも珍しく顔を青ざめて震えてるし。
ウチのクラス委員長強すぎじゃない?
とりあえず俺達も自分の席に着くために動こうとした矢先──。
「い、壱角。ちなみになんだがどっちが相手か分かる?」
「分かるが貴様に答える義理はない」
「奥田。あとで生徒指導室に来るように先生に言うから」
「ヒェッ」
一人のクラスメイトが自滅した。
さらば、奥田。
というか良かったぁ。
もし白馬がサクラのこと話したら絶交も辞さなかった。
親友がフレアに見逃されたのも断ったからだろう。
「はぁ……騒いで済まなかった、伊鞘。お前の童貞喪失を嘆くより、先に恋人が出来たことを祝うべきだったな」
「ホントにな」
色々と順序がおかしいんだよ。
勝手に人の貞操に高値を付けないで欲しい。
「緋月だけなら素直に祝福したが、あの淫魔とも付き合ってるんだろう?」
「まぁな。いくら白馬に言われても別れる気はないよ」
「戯け。伊鞘が選んだ以上、業腹だが認めるしかないさ」
「ハハッ本当に素直じゃないな。……サンキュ、白馬」
渋々だが白馬はリリスとの交際を認めてくれた。
俺という人柄を理解してくれているからこそだろう。
そんな唯一無二の親友に手を差し伸べて──。
──パァンっ!
「え?」
「あ」
何故か思い切りはたかれて拒絶された。
目を丸くする俺と異なり、自分のしたことに気付いた白馬はハッとしてから顔を青ざめさせる。
どうやら反射的に弾いてしまったらしい。
ユニコーンからすれば、童貞じゃなくなった俺はさぞ穢らわしく映るんだろう。
その種族の本能は想像以上に根が深いようだ。
「えーっと白馬? 俺は気にしてないからあまり気負うなよ?」
親友に慰めの言葉を投げ掛けるが、彼は自らの手に怯えた眼差しを向けて震えていた。
そして俺の呼び掛けに対し、首を横に振りながら後退りをする。
「ち、違う、伊鞘は何も悪くない。僕が、僕の体に流れるユニコーンの血が咄嗟に……。も、問題ない。少し時間を貰えれば必ず慣らして見せる。そうすればまた前のように気軽に遊びにいけるさ。悪いのは伊鞘じゃない、僕なんだ……!」
「DV彼氏を擁護する彼女みたいなこと言うなよ」
童貞じゃなくなった俺が悪いみたいに聞こえるから。
ガクガクと震える親友に今は何を言っても届きそうにないので、ハァと項垂れながら席に着く。
三人の彼女が出来た幸せから一転、親友との友情崩壊危機に少しだけ気分を害されるのだった……。
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次の更新で四章&第一部完結です。
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