溶けて一つになりそうな甘い吸血を
吸血しやすいように上着を脱いだ俺の首筋にサクラが顔を埋める。
ブチ、と吸血の牙が首筋の肌を貫く。
「っ」
相も変わらず必要なこととはいえ、やはりこの瞬間は何度経験しても痛みが小さくならない。
注射と同じく血管に歯を突き刺すのだから無理もないだろう。
それでもサクラに心配を掛けたくない一心で呻き声を堪える。
彼女の背に腕を伸ばし、軽く叩いて問題ないと合図を送った。
「ん、んくっ……」
意図を察した彼女が喉を鳴らす度に首筋から体温が抜けていき、同時に手足の指先が冷たくなる。
吸われて減った血を補おうと心臓が鼓動を早めていく。
いつもの吸血される感覚……そしてやはりというべきか、首筋から裂けるような焼けるような、とにかく凄まじい痛みが走る。
冒険者として働いていた時に負ったどの怪我よりも痛い。
むしろその経験が無かったらもっと悲鳴を上げていた。
ただ生き長らえるための吸血だったらとっくに音を上げている。
そうじゃない理由なんて、相手がサクラだからに過ぎない。
吸血行為そのものが愛情表現であるからこそ、どんなに痛もうが受け入れられる。
自分の血が恋人のためになるなら耐えて見せる。
そんな気概を改めて懐いた時だった。
ドクン、と心臓が一際大きく鳴ったかと思うと、冷えていく一方だったはずの体が熱を帯び始める。
とても身に覚えのある感覚に戸惑っている内に、呼吸をするだけでも思考が覚束なくなる程の快楽が押し寄せて来た。
間違いない──お嬢に吸血された時と同じだ。
明らかに変わった俺の反応に、サクラは吸血を止めて顔を離した。
心なしか嬉しそうな表情を浮かべていて、それがますます混乱を強める。
「伊鞘君。私……上手に出来ましたか?」
「っ、あ、あぁ。急に痛みが無くなったから、ビックリした……」
「ふふっそれは良かったです」
おずおずと吸血の感想を伝えたら、サクラは妖美に微笑んだ。
未だに煽られた性欲が落ち着かない最中で見せられた笑みは、ただでさえ削られた理性がさらに磨り減らした。
そんな心情に構わず、サクラは人差し指で唇を撫でながら続ける。
「エリナに訊いたんです。どうにかして伊鞘君に苦痛を齎さずに吸血出来ないかと。そうしたらあの子、なんて言ったと思います?」
「ゆ、ゆっくり吸うとか?」
「違います。吸血中に吸血衝動に抗おうとするから、そちらに意識を割いてしまって上手く吸えてないのではと予想したんです。だから逆に吸血衝動に身を任せてしまってはどうだろうかと提案されたんですよ」
「はぁっ!?」
あっけらかんと告げられた言葉に驚きを隠せなかった。
半吸血鬼の吸血衝動は純種の吸血鬼より強く、対象の血を吸い尽くして殺してしまう程だ。
なのにお嬢がサクラにそんなアドバイスをしたのが疑問でならない。
その疑念を表情から察した彼女は、苦笑しながら話を再開する。
「もちろんあの子が無策に提案なんてしません。半吸血鬼が相手を吸血で殺してしまうのは、いずれも理性が無い暴走状態であること。伊鞘君のおかげで安定して吸血し続けた結果、吸血量が把握出来ている点から、大事には至らないと判断した上での助言です」
「なるほどなぁ……」
吸血鬼であるお嬢の言うことなら、そこまで深刻に心配しなくて良いと思える。
というより結果としてはさっき実感したばかりだ。
サクラは苦手だった吸血を、ようやく克服出来た。
だから嬉しさを露わにしているんだろう。
あれ、でもサクラが普通に吸血出来るようになったってことは……。
「では、続きをしても構いませんか?」
「あ、あぁ」
喜びをそのままに中断していた吸血の続きを要望される。
けれども俺はなんとも曖昧な相槌を返してしまう。
何せつ彼女からの吸血でさえ、お嬢に吸われている時のように痛みとは異なる我慢を強いられるようになったからだ。
流石にそのことを口にするのは躊躇った。
吸血中の痛みを緩和出来た達成感に水を差す真似はしたくなかったからだ。
そんな胸の内など知らないサクラは、再び首筋に牙を突き刺して吸血を再開する。
痛みはほんの一瞬だけで、程なくして全身に快楽を伴った熱が走って行く。
コツを掴んだのか随分と慣れるのが早い。
今までの悪戦苦闘が嘘みたいだ。
「っぁ、さ、くら……っ!」
「んんっ!」
身を焦がす程の情欲のまま、サクラを強く抱き締める。
更に密着する姿勢になったからか、急に抱き締めたせいか彼女が牙を刺したまま呻き声を上げた。
服越しに伝わる柔らかな感触、鼻を擽る入浴後の甘い香り、敏感になった肌を痺れさせる程よい体温。
全てが脳を刺激して、心内に燻る性欲をこれでもかと掻き立てる。
こんな状態だ、痛みなんて微塵も感じない。
それどころか血を吸われる度に抗い難い快感が襲って来るくらいだ。
どうして急に上達したんだとか、恋人になったからなのかとか疑問と推測が高速で入れ替わっていく。
ダメだ、とてもじゃないが他のことなんて考えられない。
残った理性を手放さないようにするのが精一杯だ。
「はぁ……」
逆上せてボーッとする思考の中、サクラが首筋からゆっくりと顔を離した。
もっと長くなると思っていた吸血は終わったらしい。
腹を満たした彼女は上気した頬と蕩けた眼差しで俺を見つめていて、普段とのギャップも相まって非常に艶やかだった。
「ごちそうさまでした、伊鞘君……」
「あぁ……」
吸血直後の熱に浮かされたような表情に、どうしようもなく胸が沸き立つ。
サクラを見つめる時間に比例して愛おしさが込み上げて堪らない。
これでもかと昂ぶって火照った思考はブレーキの役目を放棄したように機能しないまま……。
──その無防備な唇とキスを交わした。
「っ! ん……」
サクラは目を丸くして驚いたが、すぐに口付けの感触に浸るべく目を瞑った。
現実でのファーストキスは夢の時と同じようで違う。
相手がサクラだというのもあるが、何より大きいのは恋人と交わした点だろうか。
「ぁ……っ!」
息継ぎのために唇を離すとサクラが惜しむ吐息を零した。
いじらしい反応に堪らず、もう一度キスをする。
また離して、またキスをした。
夢の中で三桁も経験したはずなのに、キスをする度に止め処なく幸福感が溢れて来る。
「はっ、サクラ。もっとしていいか?」
「っ……(コクッ)」
やがてただ触れるだけで足りなくなって、一度彼女に許可を求める。
サクラは息を呑んでから、無言のまま赤い顔で首肯した。
そうして軽くキスをして、彼女の口の中へ舌を潜り込ませる。
腕の中のサクラが体を揺らすが、構わずに互いの舌を絡ませた。
吸血直後だから血の味がするものの、それがむしろアクセントとなって心を滾らせていく
部屋に淫靡な水音を響かせ、貪るようにキスを重ね続ける。
「ふ、ぁ、んんっ……伊鞘君、伊鞘君!!」
「サクラ……っ」
キスの合い目にお互いの名を呼び合う。
たったそれだけなのに、彼女への愛おしい想いが止まらない。
口付けの回数を数えるのも億劫になり、けれども止めどころを失ったまま続く。
何度キスをしても全く飽きる気配が無い。
我ながら呆れつつも、サクラへの好意は高まる一方だった。
蕩け合って一つになろうと、尚もキスをする。
ただサクラと触れ合いたい。
その一心でキスを続けていく内に……。
──やがて本当の意味で俺達は一つに繋がった。
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