取り返しのつかない選択の代償


 土曜日。

 サクラ達の支えを自覚してから数日が経った。

 その間、人攫いに狙われた彼女達は自衛のためにジャジムさんの転移魔法具で登下校をして貰っていた。

 そもそも姿を捉えられなければ、誘拐どころか尾行すら出来ないので使わない理由が無い。


 いくら失敗しても構わない誘拐狙いとはいえ、全く捕まらないのであれば続ける意味が無くなる。

 となると必然的に両親は、公爵家と繋がりのある俺に直談判するしかない。

 

 そんな二人が俺に再び近付いて来たのはついさっきだ。

 公爵家に招いて話をすると告げたら、疑いもせずに了承された。

 釣り餌とも知らずにものの見事に引っ掛かっている。

 自分達の利益を優先して経営ミスを犯す悪癖が、こっちの利に働くとはなんとも皮肉な話だ。


「いやぁ~伊鞘のおかげで、父さん達の借金もどうにかなりそうだ!」

「伊鞘はやっぱり家族思いの良い子ね~!」


 後ろで調子の良い言葉を口にする両親を尻目に、公爵家の別邸に続く道を進んでいく。

 こんなに暢気な二人が、サクラとリリスの誘拐を教唆したようには見えない。

 けれどもここまで素知らぬ顔をされていると腹が立つ。


 俺にだけ迷惑を掛けるならまだ良かった。

 だけどサクラ達を巻き込むだけに留まらず、誘拐まで企てた以上はもう割り切るしか無い。


 腹の底で煮え滾る激情を秘めたまま別邸へと辿り着いた。

 玄関に入って廊下を進み、お嬢達が待つ部屋へと進む。


「おぉ~……こんな豪邸、初めて見たぞ」

「素敵ねぇ~。壁に掛かってるあの絵、いくらぐらいなのかしら?」


 人の家の物を勝手に値踏みするなよ。

 そんな呆れた感想を脳裏に浮かべつつ、目的の部屋の前まで来た。


 ドアを三回ノックして中に居るお嬢へ呼び掛ける。


「お嬢。連絡した通り連れて来たよ」

『えぇ、入りなさい』

「失礼します」


 許可を得てドアを開ける。

 

 そうして入った応接室の大きなソファに、白のブラウスと黒のロングスカートという客人向けの装いをしたお嬢が悠然と腰を下ろしていた。

 その彼女の両脇にはサクラとリリスが、粛々と目を伏せながら佇んでいる。

 ちなみにリリスのメイド服は普段のミニスカタイプじゃなくて、サクラと同じクラシカルタイプだ。

 自分が来客対応に加わる時はこうしているらしい。


 俺と両親の姿を捉えたお嬢が、ニコリとこちらへ笑みを向ける。


「ご足労感謝致します。私はエリナレーゼ・ルナ・スカーレット。イサヤの飼い主です」

「あ、あぁ。この度は私達を招いて頂いてありがとうございます」

「どうぞ、そちらへお掛けになって下さい」


 まさか飼い主が中学生ぐらいの少女とは思わなかったのだろう。

 粛然とした令嬢モードで挨拶をするお嬢に、父さんは驚きを交えながらも返した。

 お嬢の言葉に従って、二人は対面のソファへと座る。


 一方で俺はお嬢の隣に座った。

 両親が自分達と同じソファに座らなかったことに目を丸くする。

 俺もサクラ達みたいに立つのが正解なのだが、お嬢からこっちへ座るように前以て伝えられていた。

 俺が自らの所有物だと暗に示すためなんだとか。


 そうして一同が揃ったところで、お嬢が話を切り出す。


「さて、イサヤから両親が話を通して欲しいと頼まれたのですが、その具体的な内容はどのようなモノなのでしょうか?」

「はい。実は私達は恥ずかしながら借金を負ってしまいまして、返済したくてもその当てが無く困り果てていたのです。そこで息子を買って下さった心優しい公爵令嬢様にご助力を頂きたく、この場をお借りした次第でございます」

「そういうことですか。イサヤのご両親とあれば支援を検討する余地はありますね」

「ほ、本当ですか!?」


 表面上は穏やかに接するお嬢の態度に、両親が段々と期待を募らせていくのが分かる。

 都合良く話が進んだことに胸を躍らせていた。


「えぇ。借金の額はいくらなのですか?」

「細かい額は覚えていませんけれど、はあります」

「なるほど……」


 顎に手を当てて思案するお嬢を見る両親の眼差しには、見下すような感情が宿ったように見える。

 こんな子供ならきっと楽に要求を通せるだろう、世間知らずな子供相手なら簡単に済みそうだ……そんなところだろうか。

 再会した直後に聞いた時より倍の金額を口にしたのが、お嬢を舐めている証拠だ。


 もっと考えることがあるだろうに。

 どうして公爵様本人じゃなくて年端のいかない娘が対応しているだとか、検討すると言っただけで確約されたワケじゃないことだとか。


 自分達の都合の良いように解釈する上に、お嬢を馬鹿にするのが途轍もなく腹立たしい。


 堪らず膝の上に置いている手を握る力が強くなるものの、ここで激昂したら作戦の邪魔になると冷静に努める。

 胸の内を落ち着かせている間に、逡巡を終えたお嬢が顔を上げてから告げた。


「──申し訳ございませんが、助力の話はとても頷けそうにありません」

「「は?」」


 わざとらしいとすら思える丁重な断りの言葉に、両親は揃って呆けた。

 散々期待を持たされた挙げ句の拒否を受けて、やがて理解が追い付いた二人は目に見えて困惑を露わにする。


「ど、どうしてですか!? さっきは検討してくれるって……」

「検討した結果、お断りするというだけです。何も約束したワケではありません……嘘は言っていませんよ?」

「でも期待させておいてそれはあんまりです! 伊鞘が良い人だって言っていたから信じたのに……酷いわ!」

「私はイサヤの要望を聞いて話を聞くと決めましたが、それがあなた方の要望を聞くこととは同義ではありません。勘違いも程々に」


 非難して来る両親の言葉を、お嬢は冷然と流す。

 相手が子供だからって舐めて調子に乗った自分達が悪いのに、まるでお嬢が騙したみたいな言い分は聞いてて耳が腐りそうだ。


 まぁでもお嬢が騙したのは間違いない。

 検討するのも何も、初めから二人を助けるつもりなんてないのだから。

 そういう意味では考える素振りをして見せたのは、確かに嘘を付いているとも言える。

 

 そんな内心を欠片も知らない母さんは、憤りを露わにしたまま俺に視線を向けた。


「こんな慈悲の欠片も無い人なんて思わなかったわ! 伊鞘、早くお母さん達と一緒に出て行くわよ!」


 当然のように手を差し伸ばされるが、それを取ろうという気は一切起きなかった。

 心にあるのはどうしてこんな人の言葉に惑わされていたんだろうという、呆れとも虚しさとも取れる細やかな疑問だけだ。

 

 俺を奴隷にして売ったことに対して、知識も自覚もあまりにも足りなさすぎる。

 滑稽とも言える母さんの言動に、お嬢がクスクスと笑みを零す。


「あら、何を世迷い言を仰っているのでしょうか? イサヤは私の奴隷ですよ? 彼の所有権が私にある以上、引き取りたいなら彼を買った金額を払って頂く必要があります」

「は、払う……?」

「はい。私が伊鞘を購入するために払った白金貨百枚──円にしておよそ三十億。一括払いで支払って頂くことになりますよ?」

「は、はぁっ!?」


 告げられた膨大な金額に、母さんも父さんも両目を大きく見開いた。

 買われた当人ですら言葉を失くすような金額なのだから、二人が驚愕するのも当然の反応と言える。


「お金がない私達にそんな要求をするの!? そんな大金、払えるワケないでしょ!」

「では引き取るのは諦めて下さい。こちらとしては無償でお渡しする義理はありませんので」

「人でなし!! 私達は伊鞘の親なのよ? 家族なら一緒にいるのが当たり前じゃない! 冗談も大概にして頂戴!」

「大概にして欲しいのはこちらの方です。今のイサヤは奴隷です。この意味がどうして分からないのですか?」

「何を言って──」


 少しも理解しようとしない母さんに、お嬢は深紅の瞳で冷ややかに睨みながら口を開いた。


「奴隷になった瞬間、戸籍上においてイサヤはあなた達夫婦とは他人になった、ということです」

「……は?」


 お嬢の厳かな言葉に母さんが間の抜けた声を漏らす。

 茫然と口が開いたままの彼女に、お嬢はさらに内に秘めていた凄まじい怒気を滲ませながら続ける。


「そして今日この場であなた達を招いたのは、私の所有する奴隷の精神を著しく脅かした件、並びに当家の使用人を狙った誘拐教唆の件、これらに対する処罰を言い渡すためです。──分かったらさっさと謝罪の一つでも言ってみなさいよ。謝られたところで微塵も許す気はないけれどね」

 

 令嬢モードを解いて両親を睨み付けるお嬢は、まさに魔王の血族に相応しいプレッシャーを放っていた。

 今日まで悪運強く生きてきた二人も、ここで終わるのだと明確に確信させられる程の威圧感だ。

 

 

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