迷惑上等



「サクラとリリスが人攫いに狙われた!?」


 エリナお嬢様へ報告をしてから、遅れて戻って来た伊鞘君にさっきの出来事を話した。

 自分ではなく私達に被害が起きたことに驚きを隠せないようだ。


 少し逡巡した彼は動揺を抑えて、私とリリスへ目を向ける。


「二人とも、怪我は無いか?」

「はい。ジャジムさんの転移魔法具のおかげです」

「でも怖かったぁ~」

「悪い。俺の両親を誘き出すために別行動したせいで、二人を危険な目に──」

「伊鞘君が謝ることなんて何もありませんよ。悪いのはあの人攫いです」

「……ごめん」


 謝罪する彼に非はないと返すが、表情は晴れない。

 自分が傍に居れば怖がらせずに済んだと考えていそうだ。


 彼は両親と決別するために動いていたのだから仕方が無い。

 もし作戦通りに引っ掛かれば、ジャジムさんが三人纏めて屋敷へと転移させる手筈だったのだ。

 けれどもあの二人は伊鞘君の前に姿を現さなかったらしい。


 昨日の別れ際に投げ渡されたお金だけでは利子分を払うことも出来ないはず。

 だからすぐに接触してくると踏んだのだが、なんとも煩わしい結果だ。


 好転しない状況に歯噛みしている時だった。


「だからイサヤが謝る必要なんか無いでしょ。そもそも人攫いだってアンタの両親の差し金だし」

「「「ええっ!?」」」


 然も当然かのように事の犯人を明かしたエリナお嬢様に、私達は声を揃えて驚愕した。

 驚く私達とは違い、当のエリナお嬢様は呆れたように目を細める。


「そんなに驚くことじゃないでしょ? その人攫いの杜撰な尾行から手慣れていないのは明らか。加えてサクラが聞いた『情報通り』って言葉から、第三者からサクラ達のことを聞かされたんじゃない? 第一イサヤが傍に居ないタイミングで人攫いが狙ってくるなんて、偶然にしては出来過ぎ。人為的じゃないと逆に不自然よ」

「他の、対抗貴族とかじゃないのか?」

「だったらあたしと婚約破棄するために、こっちを悪者に仕立て上げるような方法を取ってたでしょうね。元公爵家だったデミトリアス家ですら選ばなかったんだから、スカーレット家に楯突こうなんて貴族はいないわよ」

「……」


 最悪の可能性を信じたくない様子の伊鞘君に、エリナお嬢様が反論の余地を潰していく。

 言葉を失くした彼は口を噤んで顔を伏せてしまう。


 自分の両親が同僚の誘拐を企てたと聞かされて、ショックを受けるのは当然だ。

 そっと彼の傍に寄って、少しでも気を持ち直せるように背を擦る。


「確かに直近でいっくんの周辺を調べてたらぁ~、リリとサクちゃんが人攫いにとって大金になると思うけどぉ~、失敗したから自分達の首を絞めるだけになるんじゃないんですかぁ~?」

「そう、ですね。使用人といえど公爵家の人間に手を出せば、甚大な報復が来ると少しでも考えればすぐに分かることのはずです」

「それは異世界での常識。地球では貴族はお金持ちの偉い人くらいの認識がほとんどだもの。だから公爵家に楯突こうなんて輩は、必然的に地球人の方が多いってワケ」

「あ……」


 その言葉で否応にも納得させられてしまう。


 地球における異世界の貴族の権威というのはそこまで大きくない。

 事業や流通に関与してはいるが、政治介入については未だに議論の真っ只中なのだ。

 世界各国の政府に属する人達にとって、いきなり違う世界の貴族が政治に関わって来るのは煩わしい以外の何物でもない。


 それは一般の地球人でも言える話であり、異世界人に対して無理解から攻撃的かつ排他的な価値観を持つ人は決して少なくないのである。

 つまり彼ら彼女らから見れば貴族達は等しく異世界人であり、その中における上下関係には関心が無い。


 地球の規模で例えるなら、自国の議員と他国の議員を同列に見れるかという話になるだろうか。

 自分達の国のトップを敬称で呼んでも、他国のトップは別の世界の人だからと呼び捨てにしてしまうような感覚が近いかもしれない。


 だからこそ、伊鞘君の両親は公爵家の使用人だろうと高値で売れる物にしか見えないのだろう。


「……どっちみち、二人が狙われたのは俺のせいってことだろ? だったら──」

「出て行くって? 冗談じゃないわ。アンタに着けた首輪はこんなことで切れるほど脆くないんだから」

「っ!」


 機先を制して言葉を被せた上で、エリナお嬢様は伊鞘君の考えを否定した。

 それを受けた彼はピクリと体を小さく揺らしてから、激情を露わにした面持ちを上げる。


「こんなことって、お嬢の家族が狙われたんだぞ!? その原因の俺が離れれば皆に迷惑が掛からなくて良いだろ!?」

「はぁ……」


 自らが犠牲になれば済む話だと頑なな伊鞘君に、エリナお嬢様は呆れながらため息をついた。

 そのまま彼の前まで近付き、デコピンで彼の額を弾く。


「っ、た?」

「バァーカ。どっかの誰かみたいに家族を守るために家族を犠牲にするなんて方法、はいそうしましょうって選ぶワケないでしょ。いつからアンタはそんなに偉くなったの?」

「え、偉くなんて、別に……」

「自分一人が傷付けばいいって考えが傲慢じゃなかったらなんなの。あのクズ達の思うツボになってるんじゃないわよ」

「思うツボ?」


 言っている意味が分からないと、伊鞘君は額を押さえながら首を傾げる。

 一体どういうことなのだろうか?

 あの人達にそんな知恵が働くようには見えなかったが、エリナお嬢様の考えは違うらしい。


 エリナお嬢様は小さく息を吐いてから、人差し指を立てて口を開く。 


「サクラとリリスを狙った誘拐なんだけど、これは成功しようが失敗しようが、アンタの両親にとってはどっちでも良かったのよ」

「は?」


 私達を危険に曝しておきながら、成否はどうでもいいと断じられたことに伊鞘君が息を漏らす。


「成功したら二人を売った大金が手に入る。失敗したとしても飼い主が厄介扱いしてイサヤを捨てる。むしろ自分達の仕業だって息子に知らせて、プレッシャーを与えるのが一番の目的ね。いずれにしてもアンタは罪悪感で公爵家から離れるだろうし、あたし達の身の安全を盾に借金返済に協力させられる。イサヤの性格を熟知した上での悪質極まりない作戦だったってワケ」

「そんな……」

「うぇ~ホントにいっくんのパパとママなのぉ? キモいんだけどぉ」

「…………」


 少ない情報での推測ながら、エリナお嬢様の言葉には説得力しか感じられなかった。

 その悪辣の限りを尽くした狙いにリリスが吐き気を露わにする。

 二人と面識のない彼女ですら嫌悪感を見せているのだから、面識のある私の胸中にも筆舌し難い悍ましさが渦巻いていた。

 息子である伊鞘君が絶句してしまうのは当然だ。


 そんな私達の反応を眺めていたエリナお嬢様は、両手で伊鞘君の顔を持ち上げながら真摯な表情を浮かべる。


「あたし達にとってアンタは好きな人である以前に、スカーレット家の家族なの。その大事な家族がこれ以上傷付くのを黙って見るワケにはいかないのよ」

「そぉそぉ~。シルディニア様も言ってたでしょぉ~? エリナ様の奴隷になったってことはぁ、自分の家族になったのも同然だってぇ~」

「人攫いに狙わせる程度で、伊鞘君を突き放すと思われるなんて心外極まりありません」

「みんな……」


 私達の本心からの言葉が届いたのか、伊鞘君は目を少しだけ潤わせる。


 元より彼の両親のことは見下げ果てていた。

 今さら悪辣な面を知らされたところでとうの昔に底値だ。

 そこに伊鞘君の親だからという情けは無い。


「迷惑掛けたくないって気持ちは痛い程分かるわよ。婚約破棄の時のあたしもそうだったんだから。その上で言わせて貰うなら、イサヤに掛けられる迷惑くらい上等よ。家族なんだからいくらでも掛けなさい」

「いっくんがリリ達を守ってくれるのと同じくらい、リリ達もいっくんを守りたいんだからねぇ!」


 エリナお嬢様とリリスが各々の気持ちを口にする。

 そして私も続く。


 両親と再会した時、彼は酷く怯えていた。

 あの時はただ見ていることしか出来なかったけれど……今度は違う。


「私、伊鞘君を傷付けるあの人達に物凄く頭にきています。一人で立ち向かえそうに無いなら、私達が背中を支えます。だから……一緒に戦いましょう、伊鞘君」

「……」


 伝えたいことは言い切った。

 どう答えるかは伊鞘君次第だ。


 私達の決意を聞き届けた彼は、逡巡を見せながら唇を強く引き締める。

 程なくしてフッと体の強張りを解いた。


「──ありがとう、みんな」


 そう感謝の言葉を口にした伊鞘君の表情は、心の奥底にあった迷いを払ったように晴れやかだった。

 


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