おめでとうは一回だけじゃ足りない



 ──八月十三日の昼。


 今日はお嬢と約束したデートの日だ。

 機嫌を直してもらったサクラとリリスの意見を参考にして、プランは問題なく完成出来た。

 同性目線による提案はとても助かったと感謝の念が尽きない。


 とはいえ内容はバッチリでも、本番で俺がちゃんとエスコート出来なければ水泡に帰すことになるんだが。

 ミスを犯した時を思うと不安と緊張が胸で渦巻くが、お嬢と約束したのだからこんなことで怖じ気づく暇なんてない。


 それに今日はデート前にどうしてやりたいことがある。

 今はそっちに集中しよう。

 というワケで。


「ハッピーバースデー、お嬢!」

「おめでとうございまぁ~す!」

「おめでとうございます」


 俺の音頭に合わせて、サクラとリリスがクラッカーを鳴らす。


「……え?」


 軽快に木霊する破裂音を前にして、俺達が待ち構えていた部屋に入って来たお嬢はポカンと呆けていた。

 何せ昼前にここへ来てくれって以外、何も伝えていなかったのだから無理もない。


 料理やケーキはジャジムさんが用意したモノで、私用で参加できないことを惜しみながら作ってくれた。

 ゼノグリス様とシルディニア様も仕事で居ない。

 けれども俺達の提案には笑顔で了承してくれた。


 ドアを開けた姿勢で固まるお嬢の手をサクラが引きながら招き入れる。


「どうぞ、エリナお嬢様」

「ね、ねぇサクラ? これは一体どういうことなの?」

「見ての通りぃ、リリ達でエリナ様のお誕生日を祝ってます~」

「それは分かってるわよ! でもあたしの誕生日は二週間前よ? どうして今になって……」


 お嬢は戸惑いを露わに疑問を吐露する。

 確かに今日はお嬢の誕生日じゃないし、遅れて祝われても混乱するだけだろう。


 でも、だからこそだ。


「当日は不躾な婚約破棄のせいで後味が悪かっただろ? だから今日のはリベンジというか口直しみたいなモノだよ」

「リベンジって……そもそも皆からはパーティー前に祝って貰ったのに……」

「おめでとうは何回言っても良いんですよぉ~」

「そうそう。誕生日を過ぎたら祝っちゃいけないなんてルールは無いんだから、今さらだろうが祝わせてくれよ」

「……」


 俺とリリスの言い分にお嬢は口を噤む。

 事態について行けていないみたいだ。


 何か呼び掛けようとするより早く、サクラがお嬢の手を取る。

 不意な彼女の行動にお嬢は深紅の目を丸くして見つめた。


「エリナお嬢様。この誕生日会は私から開いて貰えるよう二人にお願いしました」

「サクラが?」

「はい。『誕生日は来年も迎えた時に笑えるように、良い思いのまま過ごして欲しい』……昔、あなたに言って貰ったことです」

「あ……」


 姉妹として過ごした中でそんなやり取りがあったみたいだ。

 自らの言葉を返されたお嬢は目を大きく見開いてか細い息を漏らす。


 サクラの言った通り、誕生日会は彼女が発案したモノだ。

 婚約破棄で半ば台無しにされた妹の誕生日をやり直したい。

 そんな願いを俺とリリスが断る理由なんてなかった。


「私は大事な家族には笑って欲しいんです。ですから……ご無礼をお許し下さい」


 サクラはそう前置きしてから告げた。


「──十四歳のお誕生日おめでとう、エリナ」

「っ! あ、ありが、とう……お姉ちゃん!」


 姉から齎された言葉に感極まったお嬢は、目に涙を浮かべながら抱き着いた。

 抱き留めたサクラの瞳にも涙が滲んでいる。

 こうして見ると血の繋がってる姉妹にしか見えない。


 お嬢とサクラは周囲の色んなしがらみが絡まった結果、主人と従者の立場で接することが基本になっている。

 それでもお互いを大事な家族として想い合ってるのは明らかだ。

 一方で根っこの部分では姉妹らしく振る舞いたい気持ちがあったんだろう。


 それが一時だけだとしても、こういった絆を感じ取れる時間が合っても良いと思える。


 程なくして抱擁を解いた二人を交えて、お嬢の誕生日会を始めた。

 ジャジムさんの作ってくれた料理やケーキに舌鼓を打ったり、余興で俺の冒険者エピソードを語ることになったりと大盛り上がりだ。


 こうして一日を過ごしたいところだが、今日はお嬢とのデートがあるので時間が来たら切り上げなければならない。


「あ、もう五時ですねぇ~。エリナ様、そろそろ支度しましょうかぁ~」


 午後五時を過ぎたのを頃合いにリリスが切り出した。

 それに続いてサクラが片付けをする。


「支度って……まさかデートのことを言ってるの!?」


 しかし呼び掛けられたお嬢は、デートの件が二人に知られていることに驚きを露わにした。

 バッと勢いよく睨まれた俺は同じ速度で顔を逸らす。

 その反応で二人に事情が伝わっていることを察したのか、額に手を当てながら大きなため息をついた。


「ごめんなさいリリス。あなたの気持ちを知っているのに無神経だったわ」

「いえいえ~。エリナ様だってお年頃なんですからぁ~デートくらいしたくなっても良いですよぉ~。それに無神経なのはいっくんの方ですぅ~」

「うぐっ、流れ弾が痛い……!」


 リリスの笑顔と共に放たれた言葉の銃弾が深々と撃ち込まれた。

 事実なので何も言い返せないのが更に痛みを加速させる。


「それにリリはちゃぁんと埋め合わせして貰いますからぁ~、エリナ様は存分に楽しんでいらっしゃいませぇ~」

「リリス……そうね。譲って貰ったあなたのためにも羽を伸ばして来るわ」

「えへへ~。それじゃ~とびっきり可愛く仕上げましょ~!」


 憂いを断ったお嬢の言葉にリリスがにへら~っと緩い笑みを浮かべる。

 そのまま二人は支度のために出て行った。


 思えばこっちの二人も仲が良いよなぁ。

 主従より歳の離れた友達って感じがする。


 微笑ましい気持ちを抱えつつ、片付けをするサクラを手伝う。


「伊鞘君」

「ん?」


 不意に声を掛けられる。

 顔を上げて目を合わせれば、サクラは不安げな眼差しを浮かべていた。


 どうしたのか問うより先に彼女が口を開く。


「伊鞘君は、その……エリナお嬢様に対して、好意があるのですか?」

「え。い、いやいや! そんなことないって! 尊敬とか好感はあるけど恋愛的にどうこうっていうのは無い!」


 思わぬ質問に少し動揺しながらもそんな意図は無いと返す。

 お嬢に好意とか畏れ多くて遠慮が勝る。

 奴隷と公爵令嬢じゃ身分が違いすぎるだろう。


「心配しなくても、お嬢を泣かせたりしないから」

「……そうして下さい」

「?」


 何やら含みがある言い方だったが、サクラは話を切り上げて片付けに戻った。

 疑問は残るがこれからお嬢とのデートに集中しないといけない。

 そう割り切って思考を切り替える。


 片付けが一通り済んだところで、後は一人でするから俺も準備をして良いとサクラに背を押された。

 後日、リリスと同じく埋め合わせを約束して部屋を出る。


 ========


 ──異世界納涼花火大会。


 要は異世界で催される夏祭りだ。

 サクラ達と話し合った結果、せっかくのデートならこういった時期イベントに乗っかった方が良いということらしい。


 お嬢と打ち解ける切っ掛けになった城下町と近くの湖が会場となっていて、地球の夏祭りと同じく様々な屋台が並んでいる。

 目玉としては午後八時から予定されている打ち上げ花火だろう。

 魔法みたいに綺麗な花火に多くの異世界人が楽しみにしているんだとか。


 そんな中、俺は待ち合わせ場所である城門前で約束の三十分前からお嬢を待っていた。

 白のタンクトップの上に半袖のデニムジャケットを羽織り、カーキのハーフパンツというラフながら清潔感のある服を選んだ。

 俺自身は服は着れれば良いので気にしていなかったが、お嬢とのデートに粗末な格好はみっともないとリリスが用意してくれた。

 ……なんでトランクスも含めてサイズがぴったりなのかは気にしないでおこう。


 そろそろ時間だな~っと思っていたら、一台の馬車が停まった。

 御者は見たことない人なので、恐らくは公用馬車を使ったんだろう。

 ぼんやりと眺めていると馬車から一人の女の子が出てきて……周りの喧騒が気にならないくらいに目を奪われた。


 馬車から出てきたのはお嬢だ。

 けれどもその姿は普段とはあまりに違っていた。


 ストレートだった金髪はカール状に巻かれていて、花のかんざしを差して纏められている。 夏祭りに合わせて藍色に白い花が刺繍された浴衣を着ていた。


 異世界人が浴衣を着ること自体は珍しくないが、年下ながらも大人がたじろぐ程の美貌を持つお嬢だと文字通り別次元の出来映えだ。


「お待たせ、イサヤ」

「ぁ、いや、大丈夫だ。俺も来たところだし……」

「そう……ふふっ。本当にこのやり取りが出来るなんて、なんだか夢みたいだわ」

「俺も言う日が来るなんて思わなかった」


 妙な気恥ずかしさを感じながらもお嬢と言葉を交わす。

 早速祭りへ行きたいところだが、先に言わなければならないことがある。


 俺はお嬢と目を合わせて言った。


「──お嬢。浴衣、似合ってるよ」

「……ありがと。いい女に見えるかしら?」

「文句を言うヤツがいたらぶっ飛ばすくらいには」

「そ。それじゃエスコートしてくれる?」

「仰せのままに」


 たおやかに微笑む彼女の手を取って、夏祭りデートが始まった。

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