埋め合わせ求む!
お嬢の願いである『普通の女の子みたいなデートをしたい』を聞き届けた。
ただその場でいきなり出掛けるというのは無策が過ぎる。
なので色々と用意を済ませてから後日、改めて実行することを約束した。
すぐに叶えられない申し訳なさから謝罪すると、お嬢から無計画すぎだと窘められる。
けれどもクスクスと笑いながら許してくれた。
そうして部屋を出た俺はサクラとリリスの待つ部屋に向かって二人と合流する。
「お待たせ、二人とも」
「お帰り~いっくん」
「伊鞘君、エリナお嬢様はどうでしたか?」
予めお嬢と一対一で話すと伝えていたが、心配だったのか不安げな面持ちで尋ねて来た。
これだけ心配掛けておきながら大丈夫なんて、やっぱ無理があったよなぁ。
とりあえず二人を安心させよう。
「ひとまずの説得は出来たよ。今すぐどうこうって言うのは避けられた」
「あぁ、良かったです……」
「お~さすがいっくん~!」
二人は俺の報告を聞くと目に見えて安堵した。
その様子を見て俺も頬が緩んだ。
「これもいっくんがエリナ様と過去に会ってたおかげだねぇ~」
「夜分にいきなり打ち明けられた時は夢でも見たのかと思いました」
「あはは……その件はゴメン」
昨日の夜に取った行動は確かに非常識だったなと苦笑しながら謝る。
過去にお嬢と会っていたことは俺自身も驚いたものの、程なくして気にならなくなった。
救ってくれたお嬢を助けたい気持ちに何も変わりはないのだから。
ただ一人で出来ることには限度があるため、協力を得るためにサクラとリリスには記憶の件を打ち明けた。
その時に彼女達から大層驚かれたが、俺を信じてお嬢の説得を任せてくれたのである。
幸い説得の段階は越えられたので、本当に二人の力が必要なのはここからだ。
「それでだな。二人に手伝って欲しいことがあるんだ」
「はい、任せて下さい」
「リリも頑張るよぉ~」
「サンキュ」
頼もしい言葉に礼を伝えてから、改めて協力の内容を口にする。
「お嬢とデートすることになったんだけど、その内容を一緒に考えて──」
「「は?」」
「ヒェッ!?」
瞬間、サクラとリリスから気圧される程のプレッシャーが放たれた。
堪らずその場で正座してしまうレベルで強烈だ。
さっきまで笑顔だったのが急に不機嫌になってる!?
あまりの豹変に戦いていると、二人は揃ってため息をつきだした。
「はぁ~……ねぇいっくん」
「は、はい」
「リリの気持ちを知ってるクセにぃ、他の女の子とのデートプランを考えて欲しいなんて酷くないかなぁ~?」
「あ……」
言われた途端、全身から血の気が引く感覚がした。
やっっっっべぇぇぇぇ!
やらかしたぁぁぁぁっ!!
リリスの告白に対して返事を保留しておきながら、雇い主とはいえ他の異性と出掛けるなんて良くないに決まってるわ!
お嬢を救いたい一心で完全に抜け落ちてた!
「酷いです、伊鞘君」
「え、えぇっと……」
やらかしに気付いて全身が震える中、サクラから呼び掛けられる。
柔らかくなっていたはずの声音がブリザード級に冷たかった。
徐に顔を見やれば、紅の瞳が刺すように鋭く細められている。
あ~……これ間違いなくキレてますわ。
奴隷の分際でお嬢とデートするなんて烏滸がましいって言ったところか?
とにかく俺がすることはたった一つだけだ。
「ごめんなさい……」
五体投地、すなわち土下座である。
謝るしかないだろこんなの。
少しは溜飲を下げてくれないかと願うが、後頭部に何か乗せられてしまう。
かた──くない?
え、なにこれ……?
戸惑いを隠せないでいる間にも、何かをグリグリと押し込まれる。
痛い痛い!
「ごめんなさいだけじゃ許せないかなぁ~。リリとしてはぁ~もっと誠意が必要かなって思うのぉ~」
「せ、誠意?」
「うん~。リリ達に許して欲しいならぁ~当然だよねぇ~?」
唐突な痛みに悶絶していると、上からリリスの声が聞こえて来た。
視線だけ動かして原因を探ると、リリスの足が片方しか映ってないことに気付く。
よく見たら靴が片方だけ脱いでるし……おい待て、まさかこれ乗ってるんじゃなくて踏まれてるのか!?
嘘だろ、そんな追い討ちする?
それだけ彼女の不興を買ってしまったとでもいうのだろうか?
靴を脱いでるだけまだ温情があると思っておこう。
しかし誠意って何を以て示せっていうんだ。
押し込まれる額が絨毯で擦られる痛みの中で逡巡する。
お嬢とデートに行くのが不満なのなら……これしかないか?
「そ、その、埋め合わせというか、改めて誘うので協力して下さい……」
「約束だからねぇ? 今回は相手がエリナ様だからこのくらいで許してあげるよぉ~」
「寛大なお心、感謝致します……」
なんとか正解を当てられたようで、リリスは俺の頭から足を離した。
相手がお嬢じゃなかったらどうなってたんだとか疑問は残るが、言ったところでロクなことにならないだろうから黙っておく。
リリスの方は一旦収まったとして、サクラはどうすれば良いんだ?
とりあえず話をするために顔を上げて目を合わせる。
うわ、目が冷たいままだ。
「その、サクラ? 何も俺から誘ったワケじゃなくて、お嬢のお願いを聞くことになって、それがデートだっただけだから……」
「……私は何も言ってませんよ。
けれど、とムスッとした面持ちのままサクラは続ける。
「あまり余所見をされるのは……イヤです」
「よ、余所見?」
「っ、とにかく! エリナお嬢様とのデートプランを考えるなら、土下座は止めて下さい!」
「お、おぅ?」
何故か慌てた様子のサクラに促されるまま立ち上がる。
理由は分からないけど、協力してくれたお礼に彼女にも何かしら返さないとなぁ。
そうして俺達は三人でお嬢とのデートにおけるプランを練っていくのだった……。
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