ラノベみたいなお祭りデートを 前編



 祭り囃子が鳴り、多くの人の話し声で賑わい、屋台で客を呼ぶ宣伝が差し込まれる。

 そんな喧騒の中で俺はお嬢の手を引いて会場を歩いていた。


「打ち上げ花火の始まる八時までは自由に過ごすって感じかしら?」

「当たり。まぁ分かりやすいよな……期待してたのと違ってた?」

「そんなこと無いわよ。こういうお祭りでしか味わえない雰囲気の中でデートなんて素敵じゃない」

「そう言ってくれて嬉しいよ」


 お嬢の機嫌がいいみたいで良かった。

 意見をくれたサクラとリリスには感謝しかない。


 しかし当然というかこの人混みの中でお嬢は非常に注目されている。

 十四歳ながらも突出した容姿はもちろん、公爵令嬢らしい気品に溢れた佇まいは浴衣を着ていることで更に増しているのだ。

 例え一人だったとしても、海の時ように敬遠されて誰も声を掛けて来なさそうに思う。


 傍にいる俺への嫉妬の眼差しも少なからずあるが、せっかくの祭りにそんな視線を気にしてる暇はない。

 早速何か遊ぼうかと遊戯系の屋台を見て回っていると、お嬢が目に留めたのはくじ引きだった。


 お菓子にオモチャにさっきの射的屋とは違うアクセサリーと多種の景品がある。 

 好きな紐を引いて、結ばれた景品が貰えるという。


 お嬢は直感が冴えてるから案外良いのが当たるかも知れない。

 だが景品を見つめる彼女の目は何故だが不満げだ。


「あれ? こういうのってゲーム機も並ぶんじゃないの?」

「異世界だからあっても意味ないだろ。それにいくらつぎ込んでもゲーム機は当たらないようになってるんだよ。あくまで広告塔代わりだから」

「思い切り詐欺じゃない」

「まぁこの屋台は見ての通りゲーム機なんてないし、気軽にやろう」

「地球の夏祭りで見掛けた時は店ごと買い取ってやるんだから」

「それは他の人に迷惑だからやめようよ」


 お金持ち故に出る発想が中々酷い。

 そもそもお嬢はSwi○ch持ってるだろ。


 ラノベを愛読してるからか、変なところで世間知らずが出て来るんだよなぁ。


 苦笑している内にお嬢の番となった。


「へいらっしゃい! 一回銅貨七枚だよ!」

「どうぞ」

「毎度! それじゃ好きな紐を選んで引いてくれ!」

「ん~……これね」


 お嬢が手に持った紐を引くと、大きめの袋が動いた。


「おめでとう! お菓子の詰め合わせだ!」

「あら、結構良いんじゃないかしら? お姉ちゃん達のお土産にピッタリね」

「量あるなぁ。俺が持つよ」

「えぇ、ありがと」


 お嬢に渡されたお菓子の袋を受け取って右手で持つ。

 夏祭りを楽しむためにも出来るだけ両手は空けておく方が良い。


 再び手を繋いで会場を進んでいくと、次にお嬢が目に留めたのは射的屋だった。


「射的したいのか?」

「えぇ。ラノベだと主人公がヒロインに良いところを見せようとチャレンジするのだけれど……」

「やれってことね、りょーかい」

「理解が早くて助かるわ」


 苦笑しながら意を汲んだ俺にお嬢はニコリと良い笑みを浮かべる。

 列に並んで進み、俺達の番がやって来た。


「おぅ、にぃちゃん! えらくぺっぴんな彼女さんを連れてんじゃねぇか! 男見せようって腹積もりなら受けて立つぜ。一回五発入りで銅貨五枚だ」

「あはは、ありがとうございます。それじゃこれでお願いします」


 大柄なおじさんに銅貨五枚を渡して、射的用の長銃を受け取る。

 彼の勘違いを特に訂正するつもりはない。

 下手に否定して勘繰られると面倒だし、ここはそういう体で流すのが楽だ。


「お嬢、どれがいい?」

「そうねぇ……大きいのは荷物になるから、あっちのブレスレットでお願い」

「りょーかい」


 お嬢が選んだのは淡いピンクの宝石と水色の宝石が付いたペアブレスレットだ。


 確かにアレはお嬢に似合いそうだと思いながら長銃を構える。

 射的をするのは久しぶりだ。

 小学生の頃は射的で欲しい物を取る代わりに、屋台のご飯を奢って貰うという取り引きをしていたことがある。

 昔みたいに出来たら良いんだけど……まぁ五発の間に勘を取り戻せたらいいか。


 気持ちを切り替え、指定されたブレスレットが掛けられている棒に狙いを定める。

 集中して……引き金を引く。

 ポンッと軽い音を立てながら放たれたゴム弾は途中で曲がることなく、目標であるブレスレットを掛けられた棒に当たった。


「お」


 いけた……と思ったが、棒はグラグラと揺れたものの倒れず耐えられてしまった。

 だからすかさず二発目と三発目を撃つ。

 続けて被弾した棒はあっさりと倒れ、一回の挑戦で目当ての商品を取ることが出来た。


「景品ゲットおめでとう! まさか一回でクリアされるなんてな」

「一発で倒れなかった時はちょっと焦りましたけどね」

「結果として倒したならいいじゃねぇか。ほれ、景品だ」


 おじさんからブレスレットの入った小袋を渡される。

 女子向けの雑貨店でよく見る柄のヤツだった。

 娘さんでもいるのか? 


「はい、お嬢」

「ありがと、イサヤ」


 店から離れて人波の脇に移動してから、手に入れた小袋をお嬢へと手渡す。

 お嬢は嬉しそうに受け取り、袋から水色の宝石が付いた方のブレスレットを出して俺の左手を取った。


「えっと、お嬢?」

「せっかくのペアブレスレットなんだから着けてあげるわよ」

「いや俺は別に──」

「あたしのお願いなら聞いてくれるんでしょ? だったら黙って着けられなさい」

「へい……」


 有無を言わさない圧に屈して素直に左手首にブレスレットを着けられた。

 淡い水色の宝石が提灯を反射して光っているように見える。


 着け終えたお嬢は、今度はもう片方のブレスレットを俺に差し出す。

 この流れは間違いなく、こっちが着けさせる番だろう。

 意図を汲んだのが伝わったのか、ブレスレットを手に取った俺にお嬢がニコリと微笑む。


「それじゃ着けるぞ」

「えぇ」


 合図をするとお嬢が右手首を向けてくれた。

 こういったアクセサリーを着けた経験は無いから、着けるのに若干苦戦してしまう。


 しかしお嬢の腕細いなぁ。

 俺が言えたことじゃないけど普段から食べてるんだろうか?

 それとも十四歳くらいの女子ってこんなものなの?


 答えの出ない疑問を浮かべつつ、なんとかブレスレットを着けられた。

 自分の右手首を眺めたお嬢は満足げに頷く。


「うん。いい感じね」

「浴衣のアクセントになってて似合ってるよ、お嬢」

「ふふ、当ててくれたイサヤのおかげよ」

「どういたしまして」


 俺の称賛に対してお嬢はニコニコと明るく返す。


 さてそろそろ進もうとするより先に、お嬢がクイッと俺の手を引く。


「? お嬢?」

「ねぇイサヤ。異性にプレゼントする物ってそれぞれ意味があるのは知ってるかしら?」

「へ? いや初耳だけど」


 そもそも渡すような相手がいなかったし。

 首を傾げながら意味を尋ねようとした瞬間、お嬢は俺の耳に顔を寄せる。

 唐突な接近に心臓の高鳴りを覚えている隙に彼女は言った。


「知りたい?」

「っ、教えてくれるなら」


 詰まりかけながらも首肯すると、お嬢は『ふ~ん』と息を漏らす。 

 焦らされる気持ちにモヤモヤしながら答えを待つが、彼女は俺の鼻をピンと弾きながら顔を離した。

 鼻先を叩かれて堪らず目を瞑ってしまう。


 片目だけ開けてお嬢を見やると、リリスを彷彿とさせる意地の悪い笑みを浮かべていた。


「少しは自分で考えなさい。言われるがままホイホイ頷いていたら、気付いた時は逃げられなくなってるわよ」

「えぇ~……」


 そこまで言って勿体ぶられた……。

 釈然としない気持ちがモロに顔に出てしまい、浴衣の袖で口元を隠したお嬢にクスクスと笑われる。


 普通なら腹が立つところだろうが相手はお嬢なので怒るに怒れないし、こんなことで笑ってくれるならと気にならない。

 ……少しだけ見惚れそうになったのは秘密だ。 

 恥ずかしさから顔を逸らしたからバレてるかもしれないが。


 手で顔を覆いたい気持ちに駆られながら歩みを進める。

 その時、笑いを抑えて付いて来るお嬢が繋いだ手を少しだけ強く握った気がした。


「尤も……逃がさないし手放すつもりもないから、もう手遅れでしょうけれどね」


 彼女が何か言ったのかは、祭りの喧騒に紛れてうまく聞き取れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る