ラノベみたいなお祭りデートを 後編


「イサヤ、そろそろたこ焼きを食べましょ」

「分かった。どの屋台で買う?」

「あなたの判断に任せるわ」


 なんとも頼られ甲斐のある言葉だ。


「出来る限り美味い方を選ばないとな」

「海の家と一緒で、祭りの中で食べるならよほど酷い味じゃなければ大丈夫でしょ」

「それ、遠回しにどれも大差無いって言ってない?」


 何も間違ってないけど、一生懸命売ってる人達のためにもう少し優しく言ってあげて。

 すれすれの暴言に内心でヒヤリとしつつ、何かめぼしいたこ焼きの屋台がないか探す。

 

 程無くして見つけたたこ焼き屋は、祭りの屋台にしては珍しい行列が出来ていた。

 

「並んでるなぁ。これ、少し待たないといけないかも」

「でもそれだけ美味しいってことでしょ? むしろ期待大じゃない。ここにしましょ」


 ミーハーみたいなことを言うお嬢に続いて列に並ぶ。

 あ~たこ焼きのソースのいい匂いがする。

 鳴りそうなお腹を擦りながら列を進んでいき、待ちに待った俺達の番が回って来た。


「よくぞ来た。注文するとよい」

「すみません。たこ焼き八個入りで」

「あたしはネギマヨ六個でお願い」

「うむ、承知した──む?」

「「ん?」」


 店主に注文していく内にお嬢と揃って妙な引っ掛かりを覚える。

 それは向こうも同様だったようで、互いに顔を合わせてから目を見開いた。


 店主は白いタオルを頭に巻いた還暦の男性で、その顔には見覚えしかない。


「ジャジムさん!?」

「なんでここにいるの!?」

「クハハハッ、これはまた奇遇なことよ! よもや祭りの場で二人と会うとは思わなんだ!」


 驚く俺達を余所に人化状態のジャジムさんは高らかに笑う。

 用事があるって言ってたけど、祭りの屋台を出すためだったのか。


 そりゃ行列が出来るワケだ。

 三ツ星料理人レベルのジャジムさんが作るたこ焼きとか絶対美味いもん。

 祭りなのに慣れ親しんだ味を選んでしまうのはなんとも言えないなぁ。


 考え過ぎかと割り切っていると、ジャジムさんは



「姫様。随分と良いお顔をされるようになりましたな」

「そうかしら?」

「さながら迷いを振り切る決意されたようでございます」

「こら、ジャジム。あたし達の後ろにも並んでる人がいるんだから、早く注文したモノを作りなさい」

「おっとこれは失礼した。では早急に始めるとしよう」


 何か察したらしいジャジムさんだが、感慨に耽るより先にお嬢からたこ焼きを作れと促された。

 おどけた調子ながらも彼はテキパキと慣れた手付きでたこ焼きを作り上げていく。

 はっや、腕が四本あるみたいな動きしてない?


 内心でツッコミを入れてる間に、あっという間に注文したたこ焼きを渡された。


「お待たせした。代金は合わせて銅貨六枚である」

「ありがとうございます」


 たこ焼きを受け取って列から離れようとした時だった。


「おっちゃ~ん。マヨネーズ大盛りたこ焼き八個で!」

「腹ペコで死にそ~(笑)」

「きゃっ!?」

「お嬢!」


 俺達の前にいきなり二人の男が横から割って入ったのだ。

 二人とも人族だが髪色がそれぞれ赤と青なことから異世界人だと悟る。


 強引な割り込みだったせいでぶつかったお嬢がバランスを崩す。

 慌てて支えたので怪我は無いが、彼らは後ろにいなかったので順番を無視したのは明らかだ。


 自分勝手な態度を見かねて、お嬢を背に庇いながら赤髪の男の肩に手を置く。


「おい待て。たこ焼きが食べたいならちゃんと並べよ」

「はぁ? こっちは腹が減ってるんだっつの」

「そんなのお前らだけじゃないだろ。それに人にぶつかったんだから謝るくらいしたらどうだ?」

「ウゼェ。誰がテメーの女なんかに──ってうぉ! めっちゃ可愛いじゃん!」

「え、マジじゃん。そんな冴えないヤツより俺らと祭り回ろーぜ」

「っ」


 男達の劣情を隠そうともしない反応を前に、後ろにいるお嬢が小さく震えた。

 なまじ賢いから、視線の意図に気付いて身震いしたのだろう。


 別に慣れてるから俺はいくらでも見下して構わないが、お嬢に下劣な眼差しを向けるというのなら話は変わる。

 骨の一本は痛い目を見てもらおうかと、肩に置いている手に力を込めようとした矢先だった。


「貴様らのようなルールを守らず、剰え他のお客様に迷惑を掛ける輩など不要! その罪、身を以て贖うがいいわ! ヌゥァァッ!!」

「「ギャァァァァァァァァッ!!?」」

「目からビームが出たぁ!?」


 突如ジャジムさんが吠えながら双眸そうぼうを見開いた瞬間、カッと双眸から眩い光と共に紫色のビームが放たれた。

 微塵も予想なんて出来ない攻撃に、横入りした男達は反応すら出来ずに直撃する。

 

 なにその魔法、初めて見たぞ!?


「ちょちょちょちょ、ジャジムさん!? いくらお嬢を怖がらせたからって、殺すのはマズイですって!!」

「案ずるな、殺してなどおらん。よく見るがよい」

「へ?」


 慌てる俺に構わず冷静なまま男達をよく見ろ顎で指された。

 困惑しながらも言われた方へ見やる。


「ぐぁぁぁっ! き、急に腹が痛くなった!?」

「や、やべぇ! トイレに、行きたいのに、痛みで動けねぇ……!」


 男達は顔面蒼白で腹を抱えながら屋台から離れていた。

 しかしその速度は亀よりマシなくらいしかない。

 命に別状は無いみたいだけど、一体何をしたんだ?


 そんな俺の疑問を察したのか、ジャジムさんは腕を組みながら何故かドヤ顔をする。


「彼奴らには腹を下す呪いを掛けたのだ。あと数分もしない内に諸々ぶちまけるであろう」

「いっそ殺された方がマシな社会的抹殺!!」


 祭りに来てる大勢の人の前でなんつー仕打ちだ。

 当人達じゃなくて目撃する人の方が可哀想まであるぞ。

 不幸中の幸いがスマホが使えない異世界だから、SNSで拡散されないことだろうか。

 いや、誰もそんな動画みたくないだろうけども。


 お嬢を怖がらせた罪に対する重すぎる罰に、俺だけでなく後ろで並んでいた人達も唖然としてしまう。

 横入りした男達がビームを浴びせられたら、青い顔をして去っていったのだから当たり前だ。

 自分でも何言ってるんだと思うけど現実の話である。


「さて、要らぬ邪魔が入ってしまった詫びとして、今から先着百名様限定でたこ焼きを無料でサービスしようではないか。」

「「「──っ!?」」」


 ジャジムの気前の良い宣言に、行列の人達が騒然とする。

 何もしてないのにたこ焼きが無料になったのだから当然か。

 

「お嬢、大丈夫か?」

「えぇ。イサヤが支えてくれたから無事よ」


 殺到する人達に景気よくたこ焼きを振る舞うジャジムさんを尻目にお嬢へ呼び掛ける。

 彼女は笑みを浮かべているが、俺を安心させようとしているのは明らかだった。


 花火が打ち上がるまで一時間くらいあるけれど、休憩もかねて早めに予定した観覧スペースに行った方が良いか。

 そう判断して俺はお嬢に呼び掛ける。


「お嬢、少し早いけど花火の観覧スペースに行こう」

「もう? まだ屋台を見て回りたいのけれど……」

「でも疲れてるだろ? たこ焼きを食べるにしても歩きながらじゃ浴衣を汚すし、かといって時間が経つと冷めるから今の方が良い」

「ちょっとだけだから平気よ」

「そういう小さい無理を重ねるとダメなんだって。適度に休憩するのも楽しむコツだぞ」

「きゃっ!?」


 頑として問題ないと言い張るお嬢を説き伏せるのは困難だ。

 なのでこういう時は強行あるのみ。

 渋るお嬢の前でしゃがみこみ、腰と足を抱え上げた。

 傍から見ればお姫様抱っこの姿勢だ。


「え? ちょ、い、イサヤ?」


 自分がどんな状態なのか察したお嬢が、顔を真っ赤にして俺をマジマジと見つめる。

 どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか? 


「屋台は後で回れるけど、花火は打ち上がったらそれまでだろ? ギリギリになって慌てるより、ゆっくり眺める方がずっと良いに決まってる。ちなみに特等席だから二人きりだぞ」

「っ……わ、分かったわよ。仕方ないから聞いてあげる」


 フンッと拗ねたように振る舞いながら、お嬢は俺の胸元に顔を預けた。

 何はともあれ落ち着いてくれたなら移動するのみだ。


「それじゃ観覧スペースまで跳ぶからしっかり掴まってろよ」

「え。と、跳ぶってまさか──」

「よっ!」


 俺の意図を悟ったお嬢の返事を待たず、全身に身体強化を発動させて一気に跳躍した。

 ざっと五十メートルくらい跳んだが、腕の中にいるお嬢の負担にならないように加減してる。


「イヤァァァァァァァァッッ!?」


 瞬く間に屋根より高い位置に切り替わった景色を前に、お嬢の悲鳴が響き渡った。

 落ちないように俺にしがみついていて、今にも泣きそうなくらい震えている。


「いきなり跳ばないでよ!! あたし、高いところダメなんだから!!」

「あ~初めて乗ったジェットコースターがトラウマになったせいだよな? 大丈夫だって、落としたりしないから心配しなくていいよ」

「安全バーも命綱も無いのに安心できるワケないでしょ!?」

「だからしっかり掴まっててくれ。暴れられるとそれこそ落ちるぞ?」

「うぅ、あとで覚えてなさいよーー!」


 さっきと打って変わって余裕を無くしたお嬢の悲鳴が木霊しつつ、俺達は花火の観覧スペースまで向かうのだった。

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