花火が舞う夜空を見つめながら吸血鬼のお姫様と手を繋ぐ



 一分と掛からず目的地である丘の上に着いた。

 花火が打ち上げられる湖を見渡せる他、会場に並ぶ屋台の灯りが一望出来る絶好のポイントだ。


 目印として魔除けの魔法具が設置されているので、低級のモンスターなら寄ってこない。

 万が一来たとしてもこの辺りの生息モンスターなら素手でも対処出来る。

 とは言ってもお嬢の希望を叶えるために来ている以上、そんなことが起きないように対策済みだが。


「さっき言ってた特等席ってここなの? 確かに花火は見やすいけれど、特に穴場って感じもしないのに他の誰もいないのは不自然じゃないかしら?」


 さも平然を装っているが、その実お嬢はさっきの空中移動によって腰を抜かしているままだ。

 今は俺の腕に掴まり立ちすることで何とか歩けている。


 俺のせいなのでツッコミを入れる気は無い。

 ひとまずお嬢の質問に答えよう。


「そりゃそうだろ。この辺り一帯は貸し切ってるんだから俺達以外は誰も来れないぞ」

「はぁっ!?」


 特に隠すことじゃないから答えを口にしたら、お嬢は目を見開いて驚愕を露わにした。

 なんとか飲み込んでから、俺に訝しげな眼差しを向ける。 


「こう言うのは申し訳ないけれど、イサヤに貸し切りが出来る財力は無いはずよね?」

「事実だから否定しないけど俺じゃなかったら怒られるからな? ブレイブラン子爵様に借りを返して貰う形で貸し切りを頼んだんだよ」

「あぁそういえばエセ勇者の件で借りがあったわね。そういう使い方は嫌いじゃないわ」


 返答に納得がいったようで、お嬢はニコリと笑みを浮かべる。


 夏祭りをデート先として選んだ際に、ジャジムさんにお願いして子爵様に連絡して貰ったのだ。

 ユートの件で借りがある俺の要望に子爵様は快諾した結果、こうして絶好の花火観覧スポットを用意してくれたのである。

 ちなみに場所選びから設営を行ったのはユートだそうだ。

 お嬢といい子爵様といい、いくら反省を促すとはいえ扱いが完全にパシリなんだよなぁ。


「なるほど、そういうことなら存分に使わせてもらいましょ」

「そうしてくれ。じゃ、早速ジャジムさん特製のたこ焼きを食べるか」


 敷かれてあったレジャーシートに揃って腰を下ろす。

 これもユートが用意したのかと思うと少し切ない気持ちになってしまう。


 なんて誰に言うでもないことを考えていると、お嬢が満面の笑みを浮かべながらホカホカのたこ焼きを俺に差し出して来た。


「はい、イサヤ。あ~ん♡」


 妙にぶりっこな声音と共にたこ焼きを食べさせようとして来る。

 しかしお嬢は笑顔なはずなのに目が笑ってないのは気のせいだろうか?


「お、お嬢? なんでいきなり食べさせようとして来るんだ?」


 口元に運ばれようとするたこ焼きから逃れようと体を仰け反らせながら、ニコニコと良い笑みを浮かべるお嬢に尋ねた。

 戸惑いを露わにした俺の問いに対し、彼女は表情はそのままに首を傾げる。


「だってお腹空いてるんでしょ? せっかくのデートなんだからあたしが食べさせてあげるわ」

「いや腹減ってるのはお嬢も同じ──」

「いいから食べなさい。さっき『あとで覚えてなさい』って言ったじゃない」

「あっ」


 察した。

 有言実行する気満々なんだこの人。


 それがアツアツのたこ焼きをあーんで食べさせるって、お笑い芸人じゃないんだから。


 しかしそんなやぶ蛇を突くようなことを言う間もなく、ポカンと開けてしまった口にたこ焼きを突っ込まれてしまう。


「あっっっっふ!? んんっぐ! ごふっ、あふっ、ぐぅぅ!」


 刺すような熱さで味わう余裕がない。

 それでも口に入れた食べ物を粗末にしたくない一心で吐き出さなかった。


「アッハハハハハハハハ!!」


 悶絶する俺を見たお嬢が腹を抱えながら大笑いする。

 公爵令嬢がしていいリアクションじゃないだろ。


 素で笑ってる分、心の底から楽しんでるのがよく分かってしまう。

 でもこれで笑うのもどうなんだ。


 涙が滲む視界で見やったお嬢は美味しそうにたこ焼きを食べていた。


「ん~おいし。さすがジャジムね」

「けほっ……まぁ、それは同感」


 なんとか冷ましてから咀嚼したたこ焼きは、ソースの香ばしさと具が詰まった中身が合わさって美味しかった。

 でも二個目からはちゃんと程よく冷まして食べたい。


 そうしてたこ焼きを味わった後、お嬢は両手で口を覆いながらクスクスと笑い出した。


「ふっくく……さっきのイサヤの慌てっぷり、ホントに面白かったわ」

「転んでもただでは起きないお嬢らしいよ」


 出来れば体を張る以外の方法で笑わせたいところだ。


 花火が打ち上がるまであと五分もない。

 ぼんやりと互いに満天の星空を見上げた。


 異世界で見る星は地球の天体とは異なっている。

 著名な天文学者達が望遠鏡でしらみ潰しに眺めても、見知った星座や星が何一つ見つからなかったのがその証拠だ。

 否応でも俺達が今一緒に過ごしている場所が、別の次元に存在する世界なのだと突き付けられる。


 それでも心と言葉を持っていれば、人として交流することが出来た。

 もう三十年、まだ三十年、どちらにせよ平和が続くように祈るばかりだ。


 なんてらしくもないことを考えていると……。


「あ」


 夜空に色鮮やかな大輪が咲いた。

 遅れて心臓を揺らす大きな音が響く。


 異世界納涼花火大会のメインイベントが始まった合図だ。

 最初の一発を皮切りに次々と花火が打ち上げられていく。

 煌びやかに光る夜空の花に言葉を失くすほど目を奪われる。


 もし会場にいれば他の人達の歓声が聞こえただろう。

 けれども今ここにいるのは俺とお嬢だけだ。


 二人揃って花火に集中するために沈黙している。

 不思議と気まずさを感じない。

 むしろ隣にいるお嬢の存在がいっそう強くなった気がした。


 ふと気になって彼女を横目に見やる。


「「!」」


 本当になんの気なしだったが、パチリとお嬢と目が合った。

 互いに目を見開いたまま茫然とする。


 花火の光で照らされるお嬢はとても綺麗で、普段と違う浴衣姿だからか目を離すのが勿体ないと感じてしまう。

 やがてお嬢の小さな唇が動いた。


「……花火、見なさいよ」

「いや、いつ見てもお嬢は綺麗な顔してるなって思ったから」

「っ、当たり前よ。お母様の娘なんだから」


 率直な感想を口にすると、お嬢は少しだけ目を逸らして拗ねたように言う。

 そこは誇るところなんじゃないのか?


 細やかな疑問を感じつつも話を続ける。


「そっちこそ俺の顔なんかより、花火を見た方がいいだろ」

「そう? あたしは親しみやすくて嫌いじゃないわ」

「……その割には初対面の時は警戒心マックスだったけどな」

「む、昔のことはいいじゃない!」


 皮肉を言われたお嬢が慌てながら俺の手を叩く。

 まるで痛くない。


 しかしお嬢はそのまま自身の手を重ねて来た。

 特に振り払ったりしないまま、どちらからともなく花火へと視線を戻す。


 少しだけ見逃した惜しさが無いのはお嬢との会話が楽しいからだろうか。

 だとしたら俺も彼女も、今が幸せだと感じている証かもしれない。

 感慨深い気持ちを秘めながら花火を眺めている時だった。


「──やっぱりダメね」


 不意にお嬢がそんな独り言を零す。

 急にどうしたのかと彼女へ目を向けると、目線は花火を向けたままどこか哀愁と諦観を感じさせる面持ちを浮かべていた。


 その心にある感情が分からず戸惑っている内にお嬢は続ける。


「あたし、公爵令嬢であることを捨てられそうにないわ。花火を見ていると綺麗だなって思う半面、一発がいくらなのかどんな形なら見る人達を楽しませられるか、そんなこと考えちゃうんだもの。普通の女の子みたいに過ごすのはきっと性に合わないわね」

「そんなこと……」


 ない、と繋げるより先にお嬢が首を横に振って否定する。


「何よりあたしがそうありたいと思ってしまうの。素敵なお父様とお母様の娘として恥じないように、魔王の血を引く身として出来ることをしようって」

「……」


 たくましさを感じさせる言葉に何も言えなかった。

 無理をして言ったならともかく、本心から感じていることなのだと伝わってしまったからだ。


 何も俺はお嬢に公爵令嬢をやめて欲しかったワケじゃない。

 ただ気負って欲しくないだけだ。

 だからこれ以上は何を言っても野暮になってしまう。 


 掛ける言葉が思い付かず顔を俯かせながら黙り込んでいると、ギュッと重ねられていた手に力が込められる。

 反射的に顔を上げると、深紅の瞳がジッと見つめていた。


「その上で、あたしはあたしらしく生きるわ」

「お嬢らしく?」

「そ。だから安心しなさい。もう焦って婚約者を作ったりしないわよ。ちゃんと心から想った人と添い遂げるから」

「! はぁ~良かったぁ……」


 無理をしないと言ってくれたことに安堵の息が出る。

 希望通りにデートして本当に踏み留まってくれるのか分からなかっただけに、いざ成功した途端に安心感から脱力してしまう。


 それと同時に、打ち上げられていた花火がピタリと止んだ。

 もう終わってしまったのか?

 なんて思ったのも束の間、一筋の光がヒュ~っと夜空を駆け上っていって……。



 ──虹を彷彿とさせる特大の華が咲き誇った。



 その眩い花火を見つめたまま、俺達はただ黙っていた。

 言葉の代わりに、繋いだ手でこの景色を目にした感動を分かち合ったのだから。


 

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