真実の愛を見つけたという婚約者に捨てられた公爵令嬢ですが、S級冒険者の奴隷が幸せにしてくれるのでそちらもお幸せに



「エリナ!? 祭りに来ていたのかい!?」


 打ち上げ花火を見終えてから会場に戻った矢先、馴れ馴れしくお嬢を呼ぶ声が響く。

 誰だよと思って見やれば、そこには見覚えるのある同年代の少年──元公爵家のヒューリット様がいた。


 しかし最後に記憶した時と違い、綺麗に整えられていた青髪はボサついていて、眼鏡のレンズもくすんでいるように見える。

 服装も伯爵家へ婿入りしたにしてはどこか庶民的な安っぽさを感じさせられた。

 よく見れば顔も少しやつれてる気がするし……二週間で何があったんだ?


「ん? あぁ、誰かと思えばデミトリアス伯爵子息ですか。どうもこんばんわ」


 困惑する俺と対照的にお嬢は至って平静だった。

 婚約破棄の件から気分を害さないか心配していたが、どうやら気にしないようだ。

 というか興味が無いことを隠してすらいない。


 マジでどうも思ってなかったんだなぁ。

 再会を喜んでるっぽい元婚約者とはえらい温度差だ。


「ルルフリーシュ伯爵家に婿入りしてから息災なようで何よりです」


 いや嘘付け、嫌味かよ。

 しれっと思ってもない言葉を愛想笑いで口にするお嬢に内心でツッコミを入れる。

 明らかに貴族子息らしくない状態なのに敢えて触れないか。


 まぁやらかされたことを思うと無理もないけど。


 そのヒューリット様はというと、お嬢の言葉を受けて沈んだ面持ちを浮かべだした。

 むしろ憎々しげですらある。


「まさか。伯爵家に来てからの毎日は地獄だったよ。デミトリアス家が降格したからって理由で非難を浴びさせられただけでなく、使用人みたいな扱いを受けているんだ」

「伯爵令嬢は何か言わなかったんですか?」

「諸々の主導者がマリアベラなんだよ! しかもあの女、公爵子息じゃないなら結婚しないなんて言い出した。もちろん抗議したよ? でもルルフリーシュ伯爵は娘に甘いから僕の意見なんて耳を貸さない。クソ、自分が祭りを楽しみたいからって僕に屋台の食べ物を買うように命令するなんて……あんなヤツ、こっちだってゴメンだね!」


 真実の愛、脆!

 お嬢の誕生日パーティで散々見せびらかしてたのに、箸で掴もうとした豆腐みたいにボロボロになってんじゃん。


 どうやら二人の愛では乗り越えられなかったみたいだ。

 自らを浮かしていた熱を吐き捨てる様子に、頬の引き攣りを堪えられない。


 こんなオチが待っていたとは……お嬢は大丈夫か?

 そう思って隣の彼女へ視線を向ける。


「そ、そう、ですか。それは……災難、でした、ね……っ!」


 いやお嬢、めちゃくちゃ笑い堪えてプルプルしてるし。

 既にざまぁした上で遭っているテンプレな仕打ちが彼女のツボへ刺さったらしい。

 人の不幸を笑うとか、背景を知らない人が見ればお嬢の方が性格悪そうに見えるぞ。


 笑い声を出さないのはせめてもの情けじゃなくて、公爵令嬢としてのプライドだな。


 あれ、でも俺の前だと普通に笑ってなかったか?

 ……まぁ信頼されてるってことでいいよな。

 ひとまずそう自分を納得させた。


 笑いを堪えているお嬢の様子に気付いていないのか、ヒューリット様は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「すまなかったエリナ」


 沈んだ声音で謝罪を口にし、お嬢へ手を差し伸べながら続ける。


「こんな状況になって僕は目が覚めた。本当に僕のことを想ってくれるのはキミだけだったんだって。もう一度やり直さないか?」

「「はぁ?」」


 あまりに斜め上なことを口走られて、お嬢と揃って疑問の声を漏らしてしまう。


 いやマジで何を言ってんだコイツ?

 全然懲りてない上にやり直そうって何様だ?


 お嬢の気持ちを何一つ考えていない無神経な提案に、一瞬で頭に血が上る。


 俺はお嬢に近付けないようにヒューリットの前に立ち塞がりながら伸ばした手を払う。


「──ふざげんな。そんな勝手、認められるかよ」

「イサヤ?」

「なんだ? 従者風情が僕と彼女の再会に水を差さないでくれないかい?」


 案の定というか、俺を認知したヒューリットから煩わしそうな眼差しを向けられる。

 なんで邪魔されると思わなかったのか甚だ疑問だが、今はそんなことを尋ねるつもりはない。


「アンタの自分勝手な振る舞いでお嬢がどれだけ傷付いたと思ってるんだ? なのにやり直そうとか虫の良いこと言ってんじゃねぇよ」

「無礼だぞ」


 無礼なのは百も承知だが、こんなヤツ相手に敬語を使う気になれない。

 とりつく島がなかろうがお嬢と話をさせたらダメだ。

 やっと前向きになれたところで、コイツの相手をさせたくない。


 その一心で回り込もうと横に動くヒューリットの動線を遮る。


「傷付けたことに関しては謝罪している」

「謝って済む問題じゃないし、そもそもお嬢は許してもいないだろ」

「鬱陶しい。そもそもキミはエリナとどういう関係だ?」

「俺はお嬢の奴隷だよ」

「奴隷? それならなおのことキミには関係の無いじゃないか」

「ある。仕える主人の幸せを願って何が悪い」


 ヒューリットは俺の身分を知った途端、嘲りで以て貶す。

 だがまるで効かない。

 お嬢の奴隷という身分は、買われてから今に至るまでに俺の誇りになっているからだ。


 こんなヤツに嗤われたところで痛くも痒くもない。

 お嬢が傷付けられるくらいなら罵倒なんて受けて立つ。


 そう思っていると、背に隠していたお嬢が横から出てきた。


「お嬢?」

「ありがと、イサヤ。あとはあたしがケリを着けるから」

「……分かった」


 真摯な眼差しを浮かべる彼女を見て、無理に庇うのやめた。

 その代わりひっそりと差し伸ばされたお嬢の右手を握る。


 お嬢は少し驚いて俺を見やるが、程なくたおやかな笑みになってヒューリットへ向かい合う。

 対面したヤツは嬉しそうな面持ちを見せた。


「エリナ、僕の提案を受けてくれるかい?」

「気安く私の名前を呼ばないで頂けますか? デミトリアス伯爵子息。無礼ですよ?」

「え、エリナ? どうして──」

「訂正を」

「っ、も、申し訳、ございません……!」


 対するお嬢は威圧たっぷりに令嬢モードでヒューリットの失礼を指摘する。

 まだ公爵だった頃の感覚だったヤツは、有無を言わさない様子に肩を小さくしながら謝罪した。


 しかしヒューリットが俺に非難の眼差しを向ける。


「ぼ、僕もそうですが、そちらの奴隷に関しても躾が必要かと思います。身分を弁えず恋仲のように手を繋ぐのはどうかと……」

「あら? 彼は私の奴隷ですよ? ならどう接しようと私の自由で、こちらが許可している以上、あなたに指摘される謂われはありません」

「っ、しかし、それでは公爵家として示しが──」

「デミトリアス伯爵子息。先程から少々口が過ぎるのではありませんか? 悪事ならともかく、どうして一奴隷の扱いに口出しをされなければならないのでしょう?」

「ぇ、あ、そ、その……」


 反論を封殺されていき、ヒューリットは言葉を失くす。


 左手を握り返す力が強い。

 十中八九、お嬢は怒っている。

 それも相当なレベルでだ。


 自分のためにここまで怒ってくれている事実が堪らなく嬉しいと感じる。


「そもそも前提からして誤解されているようので訂正しましょう」

「え?」

「へ?」


 お嬢がそう言ったと同時に、グイッと思い切り手を引かれる。

 唐突な引力に反応出来ず前屈みになった瞬間、左頬に柔らかな感触が伝わった。


「っ!?」


 遅れてようやく、お嬢にキスされていることに気付いた。

 まさかの行動に俺もヒューリットも目を丸くしてしまう。


 え、え!?

 なんでキス!!?

 柔らか、いや違う違う!!


 突然の行動に混乱を極める中、お嬢はほんのりと赤くなった顔を離す。

 潤いを帯びた深紅の瞳から茫然と目が離せない。


 ドク、ドク、と逸る鼓動の音しか耳に入らない……と思っていたら。


「あ、あっ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 まるで脳を破壊されたかのような怒号を飛ばすヒューリットが飛びかかって来た。


「僕のエリナから離れ──「邪魔」──んぺるんしっ!?!?」


 かと思った時には、すっ転んで華麗に地面と口付けしていた。

 割って入ったお嬢の声から察するに、彼女が重力魔法を使ってヒューリットを転倒させたのだろう。

 現にヤツは起き上がろうとするが、強烈な重力場によって顔を上げるのがやっとの状態だ。


 俺はお嬢を守ろうと身構えたけど必要なかったらしい。


「分かって頂けたようで何よりです」


 どう見ても諦めが悪いのだが、お嬢は見せつけるようにギュッと俺の腕に抱き着きながら満面の笑みで言った。


「私は彼を。ですからあなたの謝罪も提案も全て却下します。色々と苦難されるでしょうが、せめてどうかお幸せになって下さいませ」

「あ゛あ゛っう゛ぅ……」


 お嬢の宣言を真実だと悟ったのか、魔法が解除されてもヒューリットは突っ伏したままだった。

 そのまま進む彼女に連れられる形でその場を後にする。


 無言で歩いている途中、俺は先の別れ言葉を反芻していた。


 特別な異性として慕ってる?

 お嬢が……俺を?


 …………え?


 思考がフリーズしたのは言うもでもない。


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