アンタはあたしのモノよ、イサヤ


 衝撃的な告白によって流石に屋台を見て回る気分になれず、俺達は馬車に乗って本邸に帰ることにした。


 現在、馬車の中で向かい合う形で座っているのだが、お嬢との間に会話が無いまま沈黙している。

 いやたまに目は合うんだけど、ビックリされて顔を真っ赤にしてプイッと逸らしてしまうのだ。

 その反応を目の当たりにした俺も気恥ずかしさからドギマギしてしまう。


 そりゃ気まずいに決まってる。

 まさか元婚約者の前で告白されると思わなかったし、なんならお嬢が俺に好意を懐いている方に驚いているくらいだ。

 

 諦めさせるために見せつけた……にしては頬にキスはやり過ぎだろう。

 公爵令嬢が異性へ安易にキスするワケがないくらい理解している。

 だからこそ疑いようのない好意に戸惑いを隠せなくて何も言えない。


 どう反応をすれば良いのか分からないままぼんやりと窓の外を眺めていると……。


「──本当は、もっと違うタイミングで言うつもりだったのよ」

「え?」


 不意にお嬢がそう呟いたのだ。

 顔を向ければ、彼女は憂い気な眼差しで外を見つめていた。

 

 いきなりどうしたのかと思いながらも続きに耳を傾ける。


「けどアイツにイサヤを好きなのが間違ってるみたいに言われて、ムカついた勢いでつい言っちゃったの」

「ついって……」

「それでも一度口に出した以上、嘘にも冗談にもしたくない。だからイサヤを好きだっていうのは本当よ」

「……いつから、なんだ?」


 野暮な質問だとは重々承知だが、聴かずにいられなかった。

 俺の問いに対してお嬢は特に気負った素振りを見せないまま横目で見つめる。


「さぁ? 二年前から好きになったことしか分からないわ。最初はダメだって我慢したわよ? あたしは公爵令嬢だからってね。でももう限界。一緒に過ごす内にどんどん気持ちが大きくなって、トドメにあたしの幸せが自分の幸せなんて言われたら、もう我慢する方が馬鹿馬鹿しいでしょ」

「……」


 視線こそ合わせないものの、改めて好意を伝えられると顔が熱くなってしまう。

 そんな俺の反応を横目で見たお嬢がクスリと笑みを零す。


「だから改めて言わせて──好きよ、イサヤ」

「っ」


 誤魔化しはさせないという風に、毅然とした面持ちのお嬢から想いを告げられた。

 リリスに続いて二人目の告白を前にして、全身が発火したような熱が迸る。

 

 高鳴る胸に息を詰まらせている内にお嬢は続けて言う。 


「この気持ちに身分なんて関係ない。お父様達の言う心の底から好いた人はアンタしか考えられないわ」

「俺は……」

「分かってる。ただでさえリリスの告白に対する返事で悩んでるのに、あたしの分まで考えなきゃいけないなんて申し訳ないと思う。でもだからってずっと隠していられるほど我慢強くないのよ」

「……」


 まっすぐに想いを貫く告白に返す言葉がなかった。

 むしろ返せたらリリスへの返事も保留なんてしてない。


 どうして俺なんだ、もっと他にいい男がいるんじゃないか。

 そんな言い訳が浮かんでは消えていくものの、口に出す愚かな真似はしなかった。

 そう卑下するのは簡単だが、言ってしまえばお嬢の気持ちを傷付けるだけだ。

 

 だからといって告白に頷くだけの決め手が俺にはない。

 リリスの時と同じく、好感こそあるが恋愛感情としての確証がないからだ。


 肯定も否定も出来ないまま黙り込んでいると、お嬢から不意に呼び掛けられる。


「ねぇイサヤ。そっちに座って良いかしら?」

「え、お、おぅ」

「それじゃ失礼するわ」


 唐突な提案にドキリと心臓の高鳴りを覚えながら頷く。

 了承されたお嬢は笑みを浮かべて立ち上がる。

 

 そしてそうするのが当然かのように俺の足の間に腰を下ろした。


「ちょ、お嬢!?」


 不意な接近と甘い香りに驚いてしまう。

 慌てる俺にお嬢は、顔だけ振り返ってニヤリとイジワルな笑みを浮かべる。


「今さら驚くことじゃないでしょ? 護衛依頼の時もこうやって体験談を聴かせてくれたじゃない」

「い、いやあの時は妹と接するみたいな感じだったけど、今は違うというかなんというか……」

「ふ~ん。自分を好きな女子だから意識してるの?」

「っ、そりゃ、そうだろ……」


 意識しない、といえば嘘になる。

 容姿はもちろん性格は良いし、恩人である彼女に好意を向けられているというのは嬉しい。

 ましてや二年間も想いを懐き続けていた一途さだ。

 今までお嬢が気遣ってくれたのも、全て好意の上だったと思えば揺らぎもする。

 

 その意を含んだ返答が嬉しいのか、お嬢は満足げに俺の胸元へ頭を預けて来た。

 

「そ。だったら尚更このままが良いわ。そうすればイサヤがあたしのことを考えてくれるんだもの。現に耳を澄ますまでもなく鼓動が早くなってるのが良い証拠ね」

「っ……もう好きにしてくれ」

「あら、とっくの前から好きだって言ったはずよ? それとも受け取ってくれたと判断していいのかしら?」

「揚げ足取らないでくれる?」

「ふふっ、冗談よ」


 なんとも返事に困る言葉に左手で顔を覆いながらギブアップしたのに、悪ノリしたお嬢にからかわれてしまう。

 こんなの意識するなっていう方が無茶だろ。

 年下の女の子相手に手玉に取られてるものの、悪い気しないのが厄介だ。

 

 ドキドキとやかましい心臓を落ち着かせたくても、お嬢が密着しているせいで微塵も気を逸らせない。

 どうにか冷静になろうと苦心していると、不意にお嬢の手が俺の頬へと添えられる。


 反射的に目を向ければ、彼女は慮るような優しい眼差しでこちらをジッと見つめていた。


「話を戻すけれど、告白の返事はゆっくりで良いわよ。アンタにもすぐ了承できない事情があるのは分かってるもの。その上で一つだけ言わせて貰うわ」


 何を、と聞き返すより先にお嬢がニコリと笑みを湛えながら二の句を告げる。


「──イサヤがどう返事しようが、あたしと恋人になる以外の選択肢はないから」

「──……ん?」


 ……あれ?

 なんか今、俺の意思をガン無視するようなこと言われなかったか?


 イエスでもノーでも、お嬢と付き合う一択しかないって? 

 いや反芻してみたら『達』って言ってるし。

 え、リリスとも付き合う感じ?

 二股公認ってこと?

 

 咄嗟に呑み込めず唖然とする俺を余所に、お嬢はなおも笑みを浮かべたまま続ける。


「だってイサヤはあたしのモノでしょ? ご主人様が付き合いなさいって命令すれば、奴隷のアンタが断れるワケないじゃない」

「い、言われたらそうだけど……今さらな話、奴隷と交際って問題にならないのか?」

「買った奴隷を伴侶にするなんて珍しくないわよ。まぁ実行するのはよほど異性と縁が無い人がほとんどだけど。貴族社会じゃ後継を産むために宛がわれることも少なくないわね」

「悲しいやら闇深いやら複雑な事情が……」


 それでも創作物でよく見掛ける奴隷制度よりマシなのがなぁ。

 困惑から完全に立ち直れたワケじゃないけど、身分関係の問題は特に無いみたいだ。


「その、お嬢の言い方だとリリスとも付き合うように聞こえるけど、二股とか良いのかよ?」

「相手同士の了解があり、どちらかに異世界人が含まれているのなら一夫多妻も一妻多夫も認められてるわ。あたし達の仲なら些末なことね」

「わぁ障害が次々に消えてってる~」


 俺の返事次第じゃん。

 それもほぼ承諾するしかないようなので本当に些事なのだろう。

 けれど素直に喜べないのは、やはり答えが定まってないせいかもしれない。


 戸惑いを露わにする俺に対し、お嬢は人差し指で鼻を軽く突いて来た。


「まぁ流石にイサヤの気持ちが固まってないのに、交際を強制するような横暴はしないわよ。付き合うならちゃんと両想いの方が良いもの。ただ逃がすつもりはないってことだけは覚えてちょうだい」

「お、おぅ……」

「良かったわね? あたしの奴隷になって」

「……着けられてる首輪が重くなった気分だよ」 


 なんなら手錠や足枷も着けられてそうだ。

 二年前から好意を懐き続けたお嬢に買われた時点で、ある種の必然だったのではとすら思えてきた。


「イサヤ。ついでにもう一つだけ我が儘を言って良いかしら?」

「もうお腹一杯なんだけど……何がお望みでしょうか?」


 観念するように詳細を尋ねると、お嬢の手が俺の左胸に当てられた。

 手で触れた胸元を軽く擦りながら、彼女は上目遣いで頬を赤くしつつジッと見つめる。

 深紅の瞳は普段よりも妖艶さを帯びていて、形容し難い蠱惑から不思議と目が逸らせない。

 茫然と魅了されている内にお嬢が口を開く。


「さっきから牙が疼いて仕方が無いの。今もイサヤの血が欲しくて欲しくて堪らないわ」


 だから、と年下にも関わらず大人びた色気を魅せながらお嬢は告げた。


「──イサヤの血、ちょーだい」


 

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