あたしが絶対、幸せにしてあげるから


 イサヤが護衛依頼を受けて早くも三週間が経った。

 最初は気まずかった空気も、あたしが警戒を解いてからは柔らかくなったと思う。


 それどころか……。


「イサヤ! 今日はどんな冒険の話を聴かせてくれるの?」


 あたしは自室に来て貰ったイサヤに経験したエピソードを求める。

 元々ラノベを好んで読んでいたけれど、現役の冒険者から聴く本物の冒険譚にすっかり虜になっていた。

 

 買った新作が思っていたよりもつまらなくて、気晴らしにせがんでみたら予想以上に面白くて聞き入ってしまったのが切っ掛け。

 個人的に一番笑っちゃったのは、イサヤの先輩がせっかく手に入れたエリクサーを酔い覚ましに使ってしまった話だ。

 あれはふと思い出し笑いしてしまうくらい好きだった。


 意欲的なあたしとは対照的に、語り手であるイサヤは椅子に腰掛けたまま困惑を隠せないでいる。


「いっつも思うけど、俺の体験談ってそんなに面白いのか? お嬢の好きなラノベみたいにドラマとかあるワケじゃないのに」

「何言ってるのよ。竜族の里で起きた事件を解決したら長の娘と結婚させられそうになったり、海族で結成されたアイドルグループのマネージャーをさせられたり、エルフとダークエルフの抗争を終結させたり、ラノベと同じくらいの出来事が面白くないワケないでしょ」


 今日までに聴いた話の一部を挙げて面白さを保証する。

 むしろここまで濃い経験をしておきながら、ドラマがないなんてよく言えたものよね。

 

「列挙されると否定出来ないな……」

「今回の依頼が終わればS級昇格は確実なんだし、これからもっと凄い話を期待してるわ」

「叶うなら普通の依頼を受けさせて欲しい」

「あたしが聴いた範囲での予想だけど多分無理よ」

「えぇ……」


 断言されたことが釈然としないのか、イサヤは不服そうに項垂れる。

 

 でも誤魔化すつもりは毛頭無い。


 コイツに助けられた身だからよぉ~く実感してるけど、何せイサヤは超弩級の人誑ひとたらしだ。

 貧乏生活かつ冒険者として働いていた影響か、他人に対するリスペクトが凄まじい。

 一見すると頼りないように見えてその実誰よりも頼もしさがある。

 抜けてると思ったら意外に人を見てる視野の広さも侮れない。


 難点と言えば恋愛関係における鈍感振りだろうか。

 だって竜族の長の娘も海族のアイドルも、なんだったらたまに出て来るハーフエルフの後輩でさえ、聴いた限りの話からどう考えてもイサヤに好意がある。

 にも関わらず肝心の本人が気付いていないんだから筋金入りだ。

 

 多分リスペクトの高さが一種のフィルターになっていて、相手から向けられる好意を厚意で受け取っちゃってるせいね。

 他にはバイト漬けの日々だったから、女子と関わった経験が多くないのも要因かしら?


 まぁ幸いにも恋人が欲しいとか男子的な欲求はあって良かったわ。

 ちなみに話の弾みで知ったイサヤの好みは、気配りが出来るいい女だとか。

 当人は憤死しそうだったけれど、個人的には良い参考例が知れたので満足だ。


 鈍感云々は追々でどうにかするとしておこう。


 思考を切り替えて足を揺らしながら呟く。


「あ~ぁ。イサヤがウチと専属契約してくれたらなぁ~。そうすれば一ヶ月と言わずにもっと体験談を聞けるのに」

「あはは。俺なんかじゃ畏れ多いって」

「そんなことないわ。ねぇイサヤ。本当にあたしかお父様に雇われるつもりはないの? 今みたいな衣食住が惜しくない?」

「……何度も言ってるけど、俺は今のままで十分だよ」


 助けられてから毎日出している提案を、イサヤは複雑そうな面持ちで断る。


 専属契約とは結んだ貴族や商会が、依頼を介さず個人的に冒険者を雇える制度だ。

 報酬や業務内容は契約主の裁量で決められ、相手が合意すれば雇用成立となる。

 誰でも就ける冒険者にとってS級と同じくらい誉れとされているのだ。


 A級以上の冒険者が対象なんだけど、S級を確実視されているイサヤなら問題なく契約出来るはず。

 というかS級になった彼を他の貴族や商会が放っておくとは思えない。

 だから手の届く内に声を掛けているのに、イサヤは一向に頷かないのだ。


「専属になっても今まで通り好きな依頼を受けて良いって言ってるじゃない」

「めちゃくちゃ魅力的な提案なのは理解してる。でも俺には荷が重いよ」

 

 報酬や雇用内容も決して悪くないのに何が受け入れられないのかしら?

 でもイサヤが頑なに承諾しないのと同じく、こちらも諦めるつもりは微塵も無い。

 

 彼と接していく内に出来た目標を果たすには専属契約をするのが一番だもの。


「ホントにダメ? 両親や借金のことを気にしてるなら、あたしがお父様に言って解決して貰うように働き掛けるわよ?」

「流石にそこまで甘えられないって。どうせウチの両親のことだから百パーで付け上がるし、何よりお嬢達を巻き込みたくないんだ」

「あたしはイサヤを幸せにしてあげたいの。むしろ今までの苦労を思えば報われないとおかしいわ」


 イサヤを幸せにする。

 それが価値観を変えてくれた彼に対するあたしなりの恩返しだ。


 イサヤの優しさや労力は決してクズ両親に費やされて良いモノじゃない。

 これ以上搾取されないために一刻も早く切り離す必要がある。

 そして街にいた知り合いの人達みたいに、もっと色んな人へ向けるべきだ。

 

 本当は許可が貰えなくても実行したいしなんなら働かなくても良いとすら言いたい。

 でもそれでは彼の努力を無駄にしかねない上に、傷付けることすらあり得るので妥協した結果が専属契約だ。

 

「両親と離れた後は我が家に養子になったら良いわ。お父様も絶対に歓迎してくれるはずよ」

「いくらなんでも飛躍し過ぎだろ! そこまで言われると畏れを通り越して詐欺を疑うわ!!」

「まぁまぁ、騙されたと思って契約しましょ?」

「質の悪い客引きみたいなこと言わないでくれる? 余計にイヤだって」

「むぅ、強情ね」

「その台詞、そっくりそのまま返すよ」


 コントみたいなやり取りの末、結局今日も平行線のまま振られてしまう。

 

 でも絶対に諦めてやらないわ。

 依頼が終わった後でも手紙なり別の依頼を出すなりして、イサヤの首を縦に振らせてやるんだから。


 そう心の中で奮起しつつ、仕方ないなって呆れながらも話してくれた体験談に耳を傾ける。

 けれどあたしはイサヤのためを思う余り大事なことを見落としていた。


 奇しくも誘拐の主犯格の女に指摘された『自分の賢さに驕って相手を測った気になる』悪癖が働いてしまったのだ。

 もし早く気付いていれば、あんなに後悔しなかったかもしれない。


 ──やっと目を向けた時には、イサヤはあたしと過ごした一ヶ月の記憶を封じてしまったのだから。


 

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