信じられるバカなお人好し


 犯人達四人をしっかりと縛り上げたイサヤは、特に疲れた様子を見せないままあたしの元に戻って来る。

 顔を合わせた途端、彼は勢いよく腰を曲げて頭を下げた。


「ゴメン、お嬢。護衛なのにすぐに助けられなくて」

「……」


 その謝罪に対して何も言えなかった。

 護衛を置いて勝手に離れたあたしが謝るべきなのに、先にイサヤから謝られてしまったからだ。

 下げられた頭を見ていると、どうしようもなく胸の奥がムカムカと沸き立って来て……。 


「──なんでアンタが謝るのよ!!」


 助けを求める時には出なかった大声で怒鳴ってしまう。


「悪いのは離れたあたしでしょ!? アンタやアンタの知り合いを疑って分かったように言ったのに、そんな酷いヤツをどうして助けに来るのよ!!」


 違う、こんなことが言いたかったワケじゃない。

 気にしてないとか、ありがとうとか、もっと相応しい言葉があるのに正反対のことしか言えないなんて最低だ。


 そもそもあたしはイサヤを騙しているのに。

 本当は商会の娘じゃなくて公爵令嬢なのに身分を隠して接している時点で嘘を付いている。

 何も知らせないクセに何も知らないからって八つ当たりするなんて、嫌っている人達と同じ穴の狢だった。


 自己嫌悪と困惑から溢れ出した激情は留まってくれそうになかった。


「なによ、賞金のために犯人を殺さないって。やっぱりお金目当てじゃない! だったらあたしを助けたのも、少しでも恩を売ってお父様の心象を良くして取り入るつもりなんでしょ!? どうなのよ!」

「……」


 自分でも引くくらい酷い罵倒を聞いたイサヤは何も言わない。

 なんでもいいからなんとか言いなさいよ。

 図星だから返事もしないワケ?


 肩を揺らしながら大きく呼吸をしている、とイサヤはこの期に及んでも苦笑を浮かべながら告げた。


「──俺の両親はさ、いつも借金を作るんだ」

「……は?」


 それは唐突な切り出しだった。

 親が借金を作るってなにそれ?


 目を丸くして呆けるあたしを余所にイサヤは続ける。


「才能無いのに色んな事業に手を出しては破産して、家計は火の車どころか炭すら残らないくらいだ。借金を返すために借金するなんて日常茶飯事。その日の食費すらままらない時だって何度もあったよ」

「な、に、それ……」


 唐突に語られたイサヤの家庭事情は、裕福な家に生まれたあたしにとって想像も出来ないモノだった。

 あまりに凄惨を極めていて、いきなり聞かされて信じられるはずがない。


「嘘、よね?」

「嘘だったら俺は冒険者をやってないよ。普通の家庭なら、十二歳の誕生日プレゼントに冒険者証を渡したりしないだろ」

「っ」


 見せられた彼の冒険者証に記載されている登録日には、三年前の日付が記されていた。

 つまりイサヤは十二歳になったその日に、両親から死の危険がある職業に就かされたことになる。

 しかも口振りから察するに両親の借金は今もなお続いていて、依頼報酬や賞金首の捕縛で稼いだはずのお金はほとんど返済に充てられているんだろう。


 先に語られた事情が嘘偽りで無いと理解した途端、血の気が引くほどの罪悪感と後悔が押し寄せる。

 胸の奥で燃え盛っていた激情が霞のように消えるくらい、体の芯から震えてしまった。


「ごめんなさい。何も知らないのに、守銭奴みたいに責め立てて……」

「お嬢が謝るようなことじゃないって。悪いのはウチの親だし、金のために高額報酬の依頼を受けるのも事実だし」


 如何に無知だったかを謝るけど、イサヤは諦観を滲ませながらもケロッと許してしまう。


 当たり前か。

 あたしが謝ったところで彼の両親が抱える借金が無くなるワケじゃない。


 むしろイサヤは過酷な環境の中でとても頑張っている。

 悪人を殺さずに捕まえるなんて、言葉以上に難しいはずなのに簡単にやってのけた実力。

 きっと生半可な努力じゃ身に付かない。


 そんな身の上なのに、知り合い達から純粋に好かれるくらい優しさを持ち続けている。

 だからこそ、イサヤに苦労を強いた彼の両親に止め処ない怒りが沸き立つ。


「……アンタの両親、擁護の要らないクズよ」

「否定はしない」

「止めたいって思わないの?」

「飢え死にしないために死ぬ危険のある冒険者をやるなんて矛盾してるけど、今じゃ勧んでやってるとこあるから特に考えてないよ」

「どうして……」


 一番怒るべき彼が怒りを見せないことに不満を禁じ得ない。

 無理やり始められた仕事をイヤになっていないって意味が分からなかった。

 そうしてイサヤが口にした答えは……。


「買い物の時に話したみんなは、依頼を通して仲良くなったんだ」


 穏やかな表情を浮かべながら齎された。

 イサヤと知り合いの人達は、お互いの人となりを把握したような会話をしていたと思い返す。


「よく売れ残った料理とか服を譲ってくれるし、一品だけサービスしてくれたり食事に誘ってくれることもあった。で、俺はモンスターを倒したり悪者を捕まえたり、依頼って形で悩み事を解決することであの人達の生活を守ってる。人助けのついでにお金も稼げるって、すごく性に合ってるからイヤじゃないよ」


 押し付けられた始まりであっても、あたしには想像も付かない出来事を経て本意に変わった。

 屈託の無い笑顔と言葉は紛れもない真実なんだと伝わってくる。


 どうして人を信じられるのか……その答えは簡単だった。

 あの人達もイサヤに助けられたからこそ、少しでも幸せになって欲しいと思って自分に出来る方法で助けているんだ。

 胸の奥が仄かに熱くなる感銘を受けていると、イサヤはあたしの目線に合わせるように屈んでから続けた。


「お嬢の言う通り世の中には人を踏み台にして来る奴がいるのは事実だ。俺の両親なんかは筆頭って言ってもいいくらいだし」


 でも、とイサヤは続ける。


「ずっと疑い続けるのも疲れるだろ? そりゃお嬢は俺なんかより賢いから色々と考えることはあるんだろうけどさ、自分から信じて歩み寄ってみないと、それこそ本心なんて一生分からないままだ」

「でも……」


 イサヤの様子を見て少しは警戒を緩めて良いのかもしれないと思う半面、お姉ちゃんや今までのことを思うとどうしても頷けない。

 言い淀むあたしの手を取ったイサヤは真剣な眼差しで言った。


「すぐに難しいなら俺で良ければ付き合うよ。まだまだ護衛の期間はあるし、お嬢ならきっと出来るって信じてる」

「──っ!」


 一切の疑念を見せない真摯な目にどうしようもなく心が揺さぶられた。


 なんで会ってまだ一週間しか経ってないあたしにそう言い切れるのよ。

 でも不思議と手を払う気になれなかった。

 クズだって認めてる両親を見捨てない時点で、イサヤの人の良さを目の当たりにしたからなのかもしれない。


 ホント、お人好しでバカなやつ。


 ──もう信じて良いと思わされたアンタ相手じゃ、練習する意味が無いじゃない。


「ふふっ。なにそれ? カッコつけてる自覚あるの?」


 でも悔しいから言ってやらないけど。

 噴き出しながら指摘すると、イサヤは分かりやすく顔を赤くして照れだした。


「ほ、本心だよ」

「本音で言ってるんじゃ余計に質が悪いわね。次から気を付けなさい──イサヤ」

「いやなんで……ん? お嬢、今、俺の名前──」

「ほら、買った物を取りに行かないといけないでしょ? 早く来ないとまた護衛対象が一人になるわよ」

「え、あ、待ってくれって!」


 イサヤは名前で呼ばれたことに困惑しながらも追い掛けて来る。


 買い物の時からそうだったけど、護衛されてるんだから大人しくしろとか言わないのよねぇ。

 自分が見ておくから自由にして貰うってスタンスかしら。

 まぁおかげで楽なんだけど、もう少し女心を理解して貰わないと心臓が持たなさそうだわ。


 先に歩いていて良かった。

 だって緩んでる表情を直す時間が取れたんだもの。



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