驕りと戸惑いの救出劇

 遅くなりました


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 ──油断した。


 あたしの脳裏にあるのはそんな後悔だ。

 用を済ませてアイツのところへ戻ろうとした矢先、不意に背後から肩を抱かれた。

 目だけで見やれば、襲撃者は化粧の濃い女だと分かる。


「こんにちわ~お嬢ちゃん♪」

「っこの──」

「ダ~メ。魔法を使おうとしたらナイフで喉を切っちゃうわよ? どれだけ早く詠唱しても切る方が早いわ。いくら吸血鬼でも急所は人間と同じ……意味、分かるわよね?」

「……」


 首元に当てられたナイフでわざと光を反射させる。

 持ち手が震えていないことから脅しでは無く本気なのだと分かった。


 仕方なく魔法を発動させようとした右手を降ろす。


「良い子ね。それじゃ行きましょうか」


 抵抗を止めたあたしをわざとらしく褒め出す。

 作り笑いがウザったい……。


 一旦は女の言うとおりにして、気を緩めた瞬間に焼き殺そう。

 頭の中で方針を固めつつ、あたしは女に連れられるまま路地裏を歩かされる。


 そして着いた広場は女の仲間であろう悪そうな奴らが集まっていた。

 ニタニタと卑しい笑みを浮かべていて、出来れば目に入れたくないわね。

 周囲は建物に覆われていて人目に付きにくいし、大声を出してもきっと人の耳にまでは届かない。


(何かあったら呼べって言ってたけど、この分だと無理でしょうね)


 今も暢気に待っているであろう人物を浮かべながら、改めて女の方へ顔を向ける。


「それで? 一体何が目的なのかしら?」

「随分と肝が据わってる……心意気に免じて教えてあげるわ。見ての通り人攫いさ。特にアタイは子供専門でね、お嬢ちゃんみたいな綺麗な吸血鬼は高く売れるのよ~」

「ゲスが……」


 予想通りロクでもない連中だったことを聞かされ、堪らず悪態をつく。

 けれども調子が良いのか女は特に気に障った素振りを見せないままあたしの顎を撫でる。


 今すぐにでも噛み付きたいけど、慌てたらチャンスが無くなってしまう。

 慎重に機を窺い続けていけば……。


「アタイ達が油断したところを魔法で蹴散らすつもりね?」

「ぇ」

「アッハハ! やっと子供らしい顔になったわね」


 考えていたことを一言一句言い当てられて、心臓が鷲掴みにされたように冷たくなった。 

 愕然とするあたしの表情がツボに入ったのか、女は空いている手でお腹を抱えながら笑う。

 一見すると隙だらけに見えるのに、動けば喉を切り裂かれそうな殺気は微塵も揺らいでいない。


 そもそもなんであたしの考えが分かったの?

 生じた疑問に戸惑っていると、女がニマニマといやらしい笑みを浮かべながら言った。


「お嬢ちゃんは物わかりが良すぎたのよ。あなたくらいの子供って普通はこうやって脅されたら泣くわけ。なのに冷静のままじゃ隙を見て反撃するつもりなんて分かりやすいさ。自分の方が賢いと驕った子供の浅知恵……アタイらを舐めんなよ」

「っ!」


 マズいと思った瞬間に駆け出そうとするけれど、肩を抱かれている状態じゃ逃げれるはずもなかった。

 ナイフの切っ先を向けられて、動き掛けた足を止められてしまう。


 完全に失敗した。

 このままじゃ、あたしは……!


 どうするべきか頭の中で逡巡する。

 助けを求めたところで路地裏では人目はおろか、騒ぎを聞き付ける人もいない。

 魔法で抵抗しようにも、宛がわれているナイフで切り裂かれる方が早いのは明らかだ。


 何も手段が浮かばない中、脳裏に過ったのはアイツの顔だった。


 ──馬鹿馬鹿しい。


 どうせ自分の心象を良くしようと言っただけで、助けを呼んだところで本当に来るわけが無い。

 信じられる訳がないし、一瞬でも頼ろうとした自分の甘さに嫌気が差す。


 でもこんな時に意地を張っている暇が無いのも事実だった。

 仕方ないのだと言い訳を浮かべながら、あたしはゆっくりと口を開いて……。


「……たすけて」

「ん~? 今、何か言った? 小さい声だったから良く聞こえなかったな~?」


 発した声音は絞り出したようにか細かった。

 肝心なところであたしはアイツを信じ切れなくて、大声を出したら殺されるかも知れない恐怖に体が竦んだ結果、三十センチも離れていない女にも聞こえないレベルの声量しか出せなかったのだ。


 ただでさえ声が届きにくい場所なのに、あんな小さい声じゃ何の意味も無い。


「姉御! 早くズラかろうぜ」

「分かってるよ」


 抵抗の意志を削いだと見たのか、女とその仲間達があたしを連れて行こうとする。

 どうしようもなくて目をギュっと閉じることしか出来ない。


「さぁ、お嬢ちゃんは一体いくらで売れ「はい失礼しますよーっと」っぱらんっ!?」

「「「姉御ーーっ!?」」」

「え?」


 瞬間、聞き覚えのある声が割って入ったかと思うと、女が品性の無い悲鳴を上げた。

 肩に回されていた腕が離れたけど、また違う人の腕に抱えられる。

 反射的に目を開けて視認した先には……来ると思わなかったイサヤがいた。


 慌てて周囲を見渡すと、女は地面に倒れ伏していた。

 取り巻き達は乱入者に戸惑いを隠せない様子だ。


 そしてイサヤはあたしの方へ優しい顔を向ける。


「お嬢、無事か?」

「あ、アンタ……なんで?」


 ここに来たの?

 その疑問を察したは、あっけらかんとした面持ちのまま言った。


「助けてって呼んでくれただろ? 声が聞こえたから跳んできたんだよ」

「は……?」


 さも当然だろうという風に言い切られて、堪らず呆けてしまう。

 聞こえたって嘘でしょ?

 あんなに小さい声で、他の誰も聞き取れなかったはずなのに……。


 なのに彼の表情は嘘を言っている様子はない。


「て、テメェ! よくも姉御を殺りやがったな!? そのガキはオレらの大事な商品だ! 痛い目見たくなかったらさっさと返しやがれ!」


 遅れてようやく思考を働かせたのか、取り巻きの一人が怒りながら脅迫してきた。

 イサヤは唖然とするあたしを守るように抱き寄せながら、警戒している取り巻き達へ視線を向ける。


「お嬢を狙ったのに身代金目的じゃない……なるほど、お前らは『ハーメルンの羊』だな。指名手配書の通りなら、こっちで寝てる女がリーダーか」

「そうだ! 分かったら大人しく──」

「おい待て、よく見たら姉御は死んでねぇ!」

「よ、良かったけど……もう終わりだ」

「は? 何ビビってんだお前ら!?」


 彼の姿を見た取り巻きの内の二人は何故か戦意を消失させていた。

 最初に怒った男だけは訳が分からない様子で困惑している。


 確かに倒れている女は息をしているから死んではいない。

 一体彼らはイサヤの何に怖がっているの?

 そんな疑問は間もなく解かれた。


「聞いたことないのかよ!? 異様に軽装な防具を身に付けた、黒髪黒目の地球人の子供……間違いねぇ、コイツ『不殺屋ころさずや』だ!」

「こ、不殺屋ぁ!? それってどんな悪人でも殺さないで捕まえて、情報を根刮ぎ吐き出させる裏社会の天敵じゃねぇか!?」

「だからヤバいんだよ! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「逃がすか俺の賞金!! 安心しろ、絶対に殺さないから! 何せ五体満足で衛兵に突き出したら追加報酬が貰えるからなぁ!!」

「「「イヤァァァァァァァァァッッ!!?」」」


 凄まじい気迫で以てイサヤは逃げる取り巻き達を瞬く間に拘束した。

 殺されないって分かってるはずなのに、殺されそうなくらい怖がってるんだけど。

 微塵も安心してないじゃない。


 思わず心の中でツッコミを入れてしまうのだった。


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