人間不信が築いた厚く高い壁


 護衛開始から一週間が経った。

 ゼノグリスさんは俺が来た翌朝に出張へ行ってしまい、屋敷に残っているのは俺とお嬢、ジャジムさんの三人だけだ。


 三人で住むには広すぎる屋敷だが、掃除などは全てジャジムさんが引き受けてくれている。

 ベテラン執事って凄いなぁ、なんて感心してしまう。


 肝心のお嬢との関係だが、出会った時と変わらず素っ気ないままだ。

 家庭教師から勉強を教わったり、時折本を読んでいたりするのを部屋の隅で見守るだけ。

 護衛依頼は何度か受けたことがあったけど、ここまで心身ともに距離があるのは初めてだ。

 沈黙に耐えられずに話し掛けてみたものの……。


「そう」

「ふ~ん」

「暇に見えるの?」


 といった感じでとりつく島もない。

 人間不信気味だって聞いたけど、一体何があったのやら。


 必ず仲良くなれってワケじゃないから、別に放っておいても恐らくは問題ないだろう。

 けれど個人的な心情からそうすべきかと言われると頷けない。

 なんとなく見過ごせないと、我ながらお節介だろうがなんとかしたいと思ってしまう。


 ということを考えている現在、俺はお嬢の買い物に荷物持ちとして同行していた。

 外出先は城下町の商店街区域だ。

 異世界に存在する数多くの街の中でも特に商業が盛んな場所である。


 道行く人、商品の宣伝をする人、作業をする人、いろんな喧騒が賑やかに響いていた。


 お嬢から最初は来るなって言われたけれど、それだとなんのために護衛を雇ったのか意味が分からない。

 ジャジムさんの手解きで魔法を習得していると話していたが、実戦経験皆無じゃ宝の持ち腐れだと押し切った。 

 流石に現役冒険者の意見だったのが利いたのか、渋々ながらも同行を許可してくれたのが今朝の出来事である。


 買い物中でも俺とお嬢の間には相変わらず会話はない。

 購入した服の入った袋を無言で渡されては受け取る、そんなやり取りとすら呼ぶのも烏滸がましい状態だ。


 一応女の子と出掛けているというのに、なんとも花の無い光景でちょっと夢が壊れそうだよ。

 心の中で軽く項垂れながら、先を歩くお嬢に続いて歩いていると……。


「おぉっ、イサヤじゃねぇか!」

「トントさん、こんにちわ」

「おうよ。腹減ってるなら一本どうだ? 焼き過ぎちまったからサービスするぜ!」


 屋台で串肉料理を売っている豚獣族のおじさんに呼び止められた。

 差し出された一本の串肉棒から漂う香ばしい香りふぁ良い具合に食欲をそそる。

 俺の家庭事情を知っているので、こうしていつも恵んでくれているのだ。


 いつも通り厚意に甘えたいところだが……。


「ごめん。今は護衛依頼の途中だから買い食いは止めておくよ。見ての通り、両手も塞がってるし」

「おっと悪い、仕事中だったんだな。ってことはそっちのえらく可愛い嬢ちゃんが依頼主か! てっきりデートでもしてたのかと思っちまった!」

「そんな金があったら冒険者はやってないって」

「ガッハハハ! そいつは言えてらぁ!」

「それじゃまた串肉を買いに来るよ」

「あぁ、またな!」


 軽い雑談を済ませてトントさんと別れて、お嬢の元へと駆け足で戻る。

 しかしそこでふと遅れて違和感に気付いた。

 呼び止められたのは俺だけなのに、お嬢は話が終わるまで待っててくれていたと。

 嫌われっぷりから思うに、置いて行かれても仕方なかったはずなんだけど……。 


 どうやら思っていたよりも薄情じゃないらしい。

 律儀なところがあるのだと、少しだけ嬉しくなる。


「お待たせ、お嬢」

「別に待ってないわよ。護衛と離れるなんて面倒なだけだから」


 冷ややかな声音でそう告げるお嬢の後ろを付いていく。

 あくまで俺と付かず離れずを保つ絶妙な歩幅……意外と周りを見ているのだと感心してしまう。

 思えば俺を警戒こそすれど、高飛車なお嬢様みたく露骨に見下すようなことは言っていない。


 人間不信っていう割りにはどこか誠実さを感じさせられる。

 チグハグなお嬢の言動に疑問を懐いている間にも買い物は続く。


「あら、イサヤ。こんなところで会うなんて珍しいわね。せっかくだし一杯奢ってあげるよ?」

「俺まだ未成年だよ、ジェーンさん?」

「冗談に決まってるじゃない。美味しいフルーツジュースを用意してるわ」


 アクセサリー店で会ったのは人族の女性だった。

 彼女は冒険者ギルドに併設されている酒場の看板娘だ。

 四歳上のお姉さんで、空腹のまま依頼を受けようとした時に止めてくれたことが切っ掛けで知り合った。

 以来、姉と弟のような気安い関係となっている。


 美人で明るく気立ての良い性格なので、狙っている冒険者や常連客は多い。


「それにしても女の子とデートなんてやるじゃない」

「トントさんと同じことを……護衛依頼中なのでデートじゃありませんよ~」

「あら、仕事中だったのね。なぁんだ。イサヤは暇してる時間があれば仕事をする変人だから、案外男の子らしいところあるのねって感心してたのに」

「ジェーンさん、俺のことそんな風に思ってたの?」


 少なからずショックを受けてしまうが、何も間違っていないのがなおのこと悲しい。

 困惑を隠せないでいると、彼女はケラケラと笑いながら俺の頭を撫でる。


「ごめんごめん。ほら、護衛ならしっかりあの子の傍に付いてないと」

「そっちが呼び止めたのに……まぁいいや。それじゃまた」

「えぇ。またね」


 会話も程々に切り上げて、ジェーンさんと別れた俺はいつの間にか会計を済ませていたお嬢のところへ戻る。

 そのまま次の店に行くのかと思いきや、お嬢はジッと俺を見つめていた。

 視線で何かを探られているようで少々落ち着かない。


「えっと、お嬢?」

「……今の女性、恋人なの?」

「ジェーンさんのこと? 俺なんか弟みたいな扱いだって。それにあの人は好きな人がいるって聴いてるし」


 前にこっそり教えて貰った話によると、物心着いた頃から想いを寄せている猫獣族の幼馴染みがいるんだとか。


「……そう」


 その返事を聞いたお嬢は特に顔色を変えること無く、買ったアクセサリーの入った袋を俺に預けてそそくさと店を出た。

 問い掛けの意図が分からないまま俺も後に続く。


 お嬢が質問するなんてどうしたんだ?

 よほど気になることがあったんだろうか。

 少し引っ掛かるが、尋ねても教えてくれそうな雰囲気は無い。


 そうしてお嬢と行った先で、次々と知り合いに遭遇するというのが続いた。


 服飾店の店長でパッと見では女性にしか見えないが、実は男性のレイリースさん。

 工芸品店では無口ながら確かな仕事をする鍛冶職人のガルキンスさん。

 孤児院で子供達の世話をしている、神父とは思えないムキムキの肉体を持つハニットさん。

 通り掛かった路上で引き語りをしていた、ロックミュージシャン志望のメリーシアさん。

 腕は良いのにうさんくさいせいで中々売れない占い師のヒルデさん。


 他にもたくさんの人と巡り会った。

 揃ってお嬢との仲を勘繰って来るのは苦笑するしか無い。

 日頃の自分がどう見られているのかよぉく突き付けられた気分だ。


 そのつもりはないのに買い物の邪魔をしているみたいでお嬢に申し訳なく思う。

 けれども不思議なことに、呼び止めた人のことを尋ねては説明するだけで済んでいる。


 二十人を越えた辺りで申し訳なさが限界に達した俺は、またも待たせていたお嬢に頭を下げた。


「ゴメンお嬢! さっきから買い物の邪魔にしかなってないよな?」

「別にアンタが謝ることじゃないでしょ。どういう経緯で知り合ったのか聞くのは、案外面白くて退屈しなかったわ」

「そ、そっか……」


 ビクビクしながら謝罪すると、お嬢は素っ気ないながらも怒ってはいないと返してくれた。

 そのことに内心で安堵していると『ねぇ』とお嬢から呼び掛けられる。


「な、なに?」

「そんなにビクビクしなくても良いわよ。ちょっと聞きたいことがあるだけ」

「聞きたいこと?」

「どうして……そんな簡単に他人を信じられるの?」

「え?」


 聞き返すとお嬢から神妙な声音で尋ねられた。

 なんでそんなことを聞くのか戸惑いを隠せずにいると、彼女は両手の指を数えるように折り曲げていく。


「エルフ、ドワーフ、人間、マーメイド、獣族……他にも色んな種族がいたわ。みんな笑顔でアンタと話していたけど、腹の底で何か企んでるとは思わないワケ?」

「……そんなこと考える人達じゃないよ」

「ッハ、どうだか」


 猜疑心に満ちた言葉を否定するが、そんな無根拠では話にならないと鼻を鳴らして一蹴される。


「魔法でも人の心を覗くことは出来ない。気の良い言葉を吐いておきながら、内心じゃ真逆のことを考えているものよ。なのにアンタはヘラヘラとバカみたいに心を許している……そんなんじゃ遠くない内に痛い目に遭うわよ」

「……自分がそうだったから?」

「っ」


 反射的に口から出た問いに、お嬢が肩を小さく揺らした。

 深紅の瞳は不安からなのか揺らぎっぱなしで、脳裏に何か良くない記憶が過っていると察せられる。


「──えぇそうよ」


 しかし彼女は自嘲するように認めた。

 その眼差しには形容出来ない怒りや不満が宿っている。


 お嬢が人間不信気味と評された所以に触れたと悟った。

 固唾を呑む俺を余所に彼女は続ける。


「肩書きや容姿でしか人を見ない視野狭窄。過去に受けた傷や恐怖を免罪符にして、災厄と同じ姿だからって何もしていない人を平然と攻撃する狭量。心にも無い称賛を発した口で、聞くに堪えない陰口を話す醜い嫉妬。そんな人の愚かさをあたしはイヤってくらい見てきたんだから」


 触れるモノ全てを刺しかねない針山のような敵愾心が露わになった。

 まだ十二歳のお嬢にここまで言わせるだなんて、一体何があったのか皆目見当も付かない。


「どうせアンタだってそうよ。お父様が用意した報酬かS級昇格のために、仕事だからって嫌々あたしに付き合ってるに決まってる」

「お嬢……」


 ──違う、そんなつもりはない。


 言うだけなら簡単なその言葉が喉から出てこなかった。

 図星……というより言ったところで意味が無いと分かってしまったからだ。


 長年の交流があるならともかく、俺は顔を合わせて一週間しか経っていない新参。

 お嬢のことをほとんど知らないし、向こうも信頼に値するほど俺のことを知らない。

 そんなヤツの言葉をお嬢が信じる道理は無いのは当然だろう。

 むしろ言っただけ逆鱗に触れるくらいだ。


 返事に窮して黙り込んでいると、お嬢は呆れと失望を交えた眼差しを逸らす。


「ほら、何も言えないじゃない。そんなにお金が欲しいなら報酬の倍出すから今すぐ消えて」

「……ダメだ。俺の依頼主はゼノグリスさんだ。お嬢の一存で勝手に依頼を反故にするワケにはいかないよ」

「本気な訳ないでしょ、職務に忠実アピールご苦労様。一ヶ月経ったら二度と会わないんだから、無理して繕わなくたって良いわよ」


 当然と言うべきかお嬢は俺の言葉なんて微塵も信用しない。

 言いたいことを言い終えた彼女は踵を返して歩き出した。


「あ、お嬢──」

「花を摘んで来るだけよ。それとも衛兵に捕まりたいの?」

「っ……何かあったら呼んでくれよ」

「ふんっ」


 いくら護衛でもトイレに付いていくのはまずい。

 せめてもの忠言もありえないと失笑で流される。


 ボロクソに言われたというのにさほど傷付いた気がしないな。

 お嬢の受けた過去の傷を垣間見たせいだろうか。


 一人残された俺はただ無力感に打ち拉がれながら立ち尽くすしか無かった。


 

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