ある依頼から始まった出会い



 その指名依頼が出されたのは二年前の夏休みだった。


【一ヶ月の間、仕事で留守にするので娘を護衛して貰いたい】


 改めて目を通した依頼書にはそう書かれていた。

 冗談か悪戯かと思いたいが、これがS級昇格の合否を決める依頼なのである。

 まぁ依頼なら子守りでもやりきるつもりだけど。 


 依頼主は敏腕の若手商会の会長で、今後の進退に関わる重要な商談のために遠方へ出張することになった。

 しかし今年で十二歳になる一人娘を部下だけに任せるのは不安なので、冒険者ギルドへ依頼を出すことにしたという。

 確かな実力と信頼できる人柄や年齢も考慮した結果、S級昇格も兼ねて俺に白羽の矢が立ったのだとか。


 主な内容は娘の護衛で、期間中の衣食住は依頼主が手配してくれるらしい。

 つまり住み込み……あぁなんて甘美な響き。

 久しぶりに満腹になるまで飯を食べられたり、ベッドで寝れるかも知れないと思うと胸が弾む。


 そんな期待を抱きつつ、俺は依頼主の住まいまで向かっていた。


 やや緊張しながらも着いた家を見て絶句してしまう。


「これ、本当に新鋭商会が住んでる家なのか?」


 家と言ったがぶっちゃけ貴族の屋敷そのものだ。

 えぇなにこれ、下手なスーパーより大きいんだけど。


 圧倒されて茫然としていると……。


「──おや。客人ですかな?」

「あ、どうも……」


 庭の芝生の手入れをしていた老執事らしき人物に声を掛けられた。

 とりあえず挨拶をしてから依頼書を手渡す。


 これで俺が依頼を受けた冒険者だって伝わるはずだ。


「なるほど。あなたが例の依頼の……まさか若い冒険者とは少々驚いてしまいました。それも地球人とは珍しい」

「あはは、ありがとうございます。それで依頼主と会いたいんですけど大丈夫ですか?」

「問題ございません。ご案内させて頂きます」

「お、お邪魔します」


 老執事の案内に続き屋敷の中へと入る。

 中の内装はめちゃくちゃ豪華で広かった。

 ボキャブラリー不足で申し訳ないが、本当にそうとしか表現出来ない。


 ともかくうっかりツボを割ったりしないように注意しながら付いていく内に、執事さんがある部屋の前で立ち止まった。

 どうやらこの先に依頼主がいるみたいだ。


「旦那様。例の依頼を受けた冒険者の方が来られました」

『あぁ、どうぞ』


 執事さんがドアをノックしてから呼び掛けると、中から爽やかな声による返事が聞こえた。

 許可を得て開かれたドアの先にある部屋は、如何にも書類仕事をこなすための執務室と言った様相だ。

 その奥にある仕事机で待ち構えていた人物が依頼主だと一目で分かった。


 長い黒髪を束ねて左肩に流していて、瞳の色は真っ赤ながらも柔和な印象を抱かせる。

 爽やかなイケメンでありつつ、どこか気品のようなオーラを感じさせる清潔さがあった。


 なんか十二歳の娘がいるにしては若くない?

 いや赤目ってことは吸血鬼だから、見た目が若々しいくらい当然だ。

 とにかくまずは挨拶をしないと。


「初めまして。依頼を受けた辻園伊鞘です」

「ご丁寧にどうも、イサヤ君。僕はゼノグリスだ。S級候補という将来有望なキミが依頼を受けてくれて嬉しいよ」


 姿勢を正してお辞儀をしながら名乗る。

 でも予想に反して依頼主──ゼノグリスさんは気さくに返してくれた。

 威張ったりする偉そうな人じゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。


「さて。依頼書に記載してある通り、僕は明日から出張に出掛けることになっている。その間、イサヤ君には娘の護衛を住み込みでお願いしたいんだ。部屋や食事はこちらで用意しているから安心して欲しい」

「はい、任せて下さい。それで肝心の娘さんはどんな子なんでしょうか?」

「意欲的で助かるよ。今ジャジムが呼びに行っているから少し待って欲しい」

「ジャジム?」

「さっきキミを案内してくれた執事の名前だよ」

「あぁ、なるほど」


 そんな会話をしていると、ドアをノックする音が木霊した。


『旦那様、姫様を連れてまいりました』

「ありがとう、ジャジム」

『失礼致します、お父様』


 ゼノグリスさんが入室を促すと、ドアを開けて一人の女の子が入って来て華麗なカーテシーを披露した。


 その瞬間、俺は目を奪われたとしか表現する他ない衝撃を受ける。


 目にした護衛対象の娘は幼いながらも突出した容姿をしていた。

 煌びやかな金髪をツーサイドアップにまとめていて、深紅の瞳はキリッとした意志の強さを感じさせられる。

 一目見てただ者じゃないと思わされる気品と佇まい……これでまだ十二歳だというのだから驚きを隠せない。


 俺が十二歳の頃なんて、唐突に始まった冒険者の仕事で阿鼻叫喚だったぞ。

 いやこれを一般例みたいに語るのはやめよう。

 明らかに異常だわ。


 ともかく顔を合わせた少女は俺の存在に気付くや、ただでさえ強い眼差しでキッと睨まれる。

 おっとぉ、初対面なのに良く思われてない感じしかしないぞ?


 彼女の面持ちを見て脳裏に嫌な予感が過ってしまう。


「……」

「えっと、初めまして。明日からキミの護衛をする辻園伊鞘だ」

「……フンッ」

「えぇ……」


 無言のまま顔を逸らされたんだけど。

 なんでこんな嫌われてるんだ?

 もしかして貧乏臭いオーラ出てる?

 だとしたらひたすら申し訳ないとしか言えない。


 最悪なファーストコンタクトに打ち拉がれていると、様子を見守っていたゼノグリスさんが苦笑を零しながら娘の隣に立った。


「すまないイサヤ君。娘のエリナはある事情から人間不信気味でね……家族以外には心を閉ざしてしまっているんだ」

「あ、あはは。それなら仕方ないですね……」


 めちゃくちゃワケありの背景を感じつつ、苦笑いで気まずい空気から逃避した。


 十二歳で人間不信気味って何があったんだよ。

 気になるものの、初対面じゃ聞いたところで教えられないだろう。


 これから一ヶ月もこの子の護衛をしなきゃいけないんだろ?

 依頼じゃなかったら耐えられそうにないわぁ……。


 先行きの不安を感じていると、ゼノグリスさんがエリナちゃんの背中に手を添えながら呼び掛ける。


「ほら、エリナ。これから一ヶ月間、住み込みでキミを守ってくれる頼もしい彼に挨拶をしなさい」

「…………エリナよ。でも気安く呼ばないで」


 流石に父親に諫められては敵わないようで、エリナちゃんは凄い渋々な面持ちで名乗った。

 教えて貰ったのに名前で呼ぶなって無茶な。

 いくら年下の生意気な女の子相手でもお前とか言うのは憚られる。

 仮に非常時が起きたとしても呼べないのは困るぞ。


 どうしたモノかと逡巡する。

 ふとジャジムさんがエリナちゃんを姫様って呼んでいたと思い出した。

 被らないようにかつ怒られずに済みそうな呼び方ってなると……。


「それなら、お嬢って呼んでも良いかな?」

「……別に良いわ。好きにしなさい」


 依然として無愛想だが怒った様子はない。


 あぁ良かった。

 無事にお嬢呼びが通ったことに安堵する。


 お嬢、お嬢……なんか年下の女子に仕えてる感じだ。

 不思議としっくり来るのは俺の貧乏生活のせいか、お嬢の溢れ出る気品のせいだろうか。 

 ひとまず自己紹介が済んだところで、ゼノグリスさんが手を叩いて俺達の注意を向けさせた。


「さて。それじゃ明日から頼むよイサヤ君。エリナ、良い子にしているんだよ」

「が、頑張ります」

「はい、お父様」


 明日から上手くやっていけるだろうかという不安を抱えながら返事をする。

 一方でお嬢は粛然な調子で会釈した。

 当たり前だけど態度の差が激しい。 


 今はまだゼノグリスさんがいるからマシだけど、出張に行った途端にシンデレラみたいにいびられたらどうしよう。

 さ、流石に大丈夫だよな?


「ジャジム、イサヤ君を用意した部屋まで案内してくれるかい?」

「仰せのままに」


 主人の命令にジャジムさんが恭しく応える。


 そうして案内された部屋のベッドで横になるものの、俺の胸中は明日からお嬢とどう付き合っていけばいいのか不安で一杯だ。

 行きの時にあった楽観的な思考が微塵も残ってない。

 あぁ憂鬱だ。


 でもこの依頼を達成すれば、先輩と同じS級冒険者になれる。

 そしたらもっと高い報酬の依頼を受けられるようになるんだ。


 大体まだ初日が始まってすらいない。

 こんなところで折れてる暇はないと自らを鼓舞しつつ、明日に備えて早めに休むのだった。


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