サクラと地球デート③


 CDショップを出てから昼食を済ませた後、俺とサクラはモール内にあるゲームセンターエリアにやって来た。

 どうやらとことん俺を楽しませようとしてくれるらしい。

 

「ゲーセンなんて久しぶりに来たなぁ」

「そうなんですか?」

「あぁ。白馬と行ったのが最後で……あれ? あの時ってまだ中学生じゃなかった気がする……ってことだと行ったのは一人で、え? 待て待て、どれくらい前だったっけ……?」

「は、早く行きましょう! なんだかそれ以上記憶を掘り返すのは良くないと思います!!」


 具体的な時期を思い出そうとするより早く、俺の手を引いたサクラによって制止される。 危ねぇ、デート中なのに仄暗い気分になるところだった。


 気を持ち直しつつ、改めてサクラとめぼしいゲームが無いか探し始める。

 クレーンゲーム、レースゲーム、メダルゲーム……色々あるけれど、どれも決め手に欠ける感じがしていた。

 そうだ、サクラが普段触れてるゲームをしてみようか。


「サクラはゲームセンターに来た時はいつも何をしてるんだ?」

「えぇっと実は、リリスやエリナお嬢様が遊ばれるのを後ろから見ていただけで、私自身はあまり触れたことがありません……」

「あ~……」


 まさかの返答に曖昧な相槌で返すのがやっとだった。

 どうするんだコレ、どっちもゲーセン初心者とか気まずいぞ。


 サクラが俺を楽しませたいと考えてくれたからこそ、別の場所に行こうとも言い辛い。

 かといって今から調べようにも、気を遣わせたと余計に彼女を追い詰めてしまいそうだ。

 

 どうしたモノかと頭を悩ませていると、何やらサクラが意を決したように俺の手を引く。

 急にどうしたんだと問い掛けるよりも先に、彼女はズカズカとある場所へ連れて来た。


 ──それは密室空間で写真を撮る機械……プリクラの中だった。


 存在だけは聴いたことがあったけど、こうして実際に足を踏み入れるのは初めてだ。

 なんでサクラはここに連れてきたんだろう?

 困惑する俺の表情を見てか、彼女はあわあわと両手を振りながら口を開いた。


「あ、あの! 以前にリリスとエリナお嬢様とプリクラを撮ったことがありまして! ですからその……い、伊鞘君がイヤでなければ一緒に撮って、思い出になればいいな、と!」

「わ、分かったから落ち着けって」


 慌てて捲し立てるサクラを落ち着かせる。

 思い出になれば良いと感じて選んでくれたのなら拒否するつもりなんてない。

 写真としていつでも見返せるなら良いことだ。


 ただ……狭い筐体きょうたいの中に二人も入ると狭い。

 すると必然的に肩が触れるくらい距離が近くなるワケである。

 隣から香る良い匂いで心臓が痛いくらい脈打つ。

 いつまで経っても慣れる気がしない。


 何より意識せざるを得ない理由がサクラの顔色も真っ赤だからだ。

 その表情が意味することは、彼女も俺と同じく相手を意識しているせいだろう。


 お互いに顔をチラチラと見ては何も言えないでいる間、風の無い水面のような静寂に包まれる。

 気まずいとかじゃなくて、形容出来ないある種の居心地の良さを感じていた。

 ドキドキして落ち着かないのに離れたくない……そんな気持ちだ。


 このまま時が止まれば、なんてらしくも無い考えが過った瞬間──。


『──撮影を始めたい時は五百円を入れてね!』

「「っ!!」」


 プリクラのガイド音声によって漂っていた甘い空気が霧散させられた。

 俺達は揃って肩を揺らすくらい驚き、半歩だけ距離を開ける。

 

 バクバクと逸る鼓動を胸を押さえながら落ち着かせた。

 もう驚いたせいなのかさっきまでの空気感のせいなのか定まらない。

 分かるのは心地の良かった沈黙を邪魔された不満があるくらいだ。

 機械に言っても意味が無いだろうけど、空気を読むくらいはして欲しかった。


「と、撮ろうか」

「は、はい……」


 少しでも気を紛らわそうとサクラに提案したら、赤い顔を伏せながら同意してくれた。

 財布から取り出した五百円玉を入れると、タッチパネルが待機画面から操作画面へと切り替わる。


 画面のガイドによると自由なポーズで撮れるフリーモードと、指定されたポーズで撮るお任せモードの二種類があった。 


「どっちで撮る?」

「いきなり自由なポーズでと言われても、ピースサインをするぐらいしか思い付きません」

「だよなぁ」


 サクラの感想に同感する。

 俺も彼女も集合写真以外ではあまり撮られたことはない。

 そんな少ない経験から出来そうなポーズなんてピースぐらいだ。

 リリスみたいにSNS映りの良いポーズは出来ない。


 まぁサクラみたいに綺麗ならピースするだけでも十分お釣りが来ると思うけど。


 内心でそう考えながらお任せモードを選択する。

 タッチパネルを操作してすぐに撮影が開始された。


『それじゃ画面と一緒のポーズをして撮影しよう!』


 そう前置きしてから画面にポーズが表示される。


 映し出されたモデルのポーズは、繋いだ手に顔を寄せていた。

 その繋がれた手は指を絡める恋人繋ぎと呼ばれる形だ。


 無情にもガイドがシャッターまでのカウントダウンを刻んでいく。


「……」

「……」

 

 予想外の指示に俺とサクラは絶句してしまう。

 

 プリクラってこんなんなの?

 それともこれが平然と出来る女子同士の距離感がおかしいのか?


 困惑を隠せないでいると、不意に手が柔らかい感触に包まれる。

 ギョッとしながら隣へ目を向ければ、それはサクラの手だった。

 彼女の顔は赤く染まっていて、恥ずかしいのか意識的に俺を見ないように目を逸らしている。

 

 ……イヤじゃない、ってことで良いんだよな?

 表情からそう読み取った俺は、指を動かして指示どおりに繋ぎ直した。


「!」


 その動きでこっちの反応を悟ったのか、サクラは一瞬だけ目を見開いてから嬉しそうに細めた。

 とりあえずカメラに映るように手を軽く掲げるが、流石に顔を寄せるのは恥ずかしかったのでカウントがゼロになるまでこのままだ。


 パシャリとシャッターを切る音が鳴ると同時に、どちらからともなく手を離してから長い息を吐いた。

 たった一枚の写真を撮るだけで、こんなに体力を消耗するなんて思わなかったわぁ。

 普段からプリクラを撮ってる女子のバイタリティが凄まじすぎる。


 そう一息ついた瞬間だった。


『次のポーズはこれだよ!』

「は?」


 無機質な音声から齎された非情な指示に思わず声が出てしまう。

 何せ画面に映し出されたポーズは、後ろから相手を抱き締めるバックハグだったからだ。

 

 リリスに勧められた恋愛ドラマで見たことがある。

 このガイドはそれを俺とサクラにもしろとほざいているのだ。

 スキップボタンを探すがどこにも見当たらない。

 あとでクレーム入れようかな。

  

『愛の言葉を囁きながら抱き締めると雰囲気が出るよ!』


 うるせぇよ、そんなことしたらむしろ変な空気になるわ。

 なんで機械相手にこんな辱めを受けなくちゃいけないの?

 

 別に密着すること自体は、吸血中でもよくなってるからこの際いい。

 肝心なのはサクラが不快に思わないかだ。


 いくら俺に好意があるからといって、プリクラの指示で抱き締められるのは心中穏やかじゃないだろう。

 心配からチラリと横目で彼女の様子を見やる。


「は、ハグ……」


 当のサクラは紅の瞳を見開いて動揺を露わにしていた。

 よほど恥ずかしいのか両手で口元を覆っている。

 でも気のせいかどこか嬉しそうにも見えた。


 ……なぁんか杞憂だったかもしれない。

 俺はまだサクラの懐く好意の大きさを理解出来てなかったようだ。

 

 本当に俺でいいのかとか迷ってるのが馬鹿馬鹿しくなって来る。

 

 もっとシンプルに考えるべきか逡巡していたところで、サクラが服の裾を引っ張っているのに気付いた。

 彼女はスススっ、とカメラに顔を向けたまま俺の隣へ体を寄せる。

 目を合わせないながらも体の前で両手を摺り合わせている様は、今にも抱き締められるのを待っているみたいだった。

 

 可愛すぎてあれこれ考えるのが億劫になるんだけど。

 カウントダウンも僅かだしもう腹を括るしかない。


 決断してからサクラの背後に立ち、怖がらせないようにゆっくりとお腹辺りに腕を回す。

 

「っ!」


 抱き締めた瞬間、サクラがビクリと体を揺らす。

 しかし一切抵抗する素振りは無い。

 

 それどころかカメラを通して見える彼女の表情は、頬を赤くして照れつつも幸せそうに微笑んでいた。

 俺がこうして見ているということは、恐らくサクラの方も俺の赤くなっている顔がカメラ腰で見えているんだろう。


 そうでなくとも互いの心音が伝わるくらいに密着しているからか……。

 どちらだろうと最早気にならないほど、俺達は意識し合っている。


『はい、チーズ!』


 長いようで短いカウントダウンのあと、ガイドの合図と共にシャッターが切られた。

 その後は撮った写真をデコレーションする画面へと変わったので、撮影はここまでみたいだ。

 

 半ば惜しむ気持ちを抱えながらも俺はサクラを放す。

 腕を離した瞬間、彼女が寂しそうな面持ちを浮かべたのが少し心苦しかった。

 吸血の時でもそうなので、サクラは抱き着いたり抱き着かれるのが好きらしい。

 

 写真に関してはサクラの同意もあって、あえて何も弄らなかった。

 ただでさえ気力が尽きるくらい緊張したし、編集して茶化すのも違うと思ったからだ。

 

 そうして現像された写真は、二人揃って恥ずかしがっている顔がこれ見よがしに映し出されていた。

 

「ふふっ、伊鞘君の顔……真っ赤ですね」

「サクラもな」


 照れ臭さもあるが、やはりサクラとのツーショットは嬉しかった。

 この写真を撮った経緯を思い返す時、笑い話に出来たらいいなと思う。

 語らう頃には今より幸せになれていたら良い。


 そんな胸の内を秘めながらも写真を分け合うのだった。

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