サクラと地球デート②



 一分くらい無言のまま進んだところで大事なことを思い出した。

 今日のデートプランはサクラが考えており、俺はまだ詳細を聞かされていなかったのだ。


 グダグダな状態を反省しながら、足を止めて彼女の方へと向き直す。


「えと、サクラ。勝手に歩いてたけど大丈夫だったか?」

「は、はい。伊鞘君が歩幅を合わせてくれたので平気です」

「なら、良かったよ」


 少し時間を置いたからか、まだ気恥ずかしさを感じつつも淀みなく話せた。

 サクラも同じみたいで、内心で胸を撫で下ろしながら本題を切り出す。


「それで最初はどこから回るんだ?」

「あ、そうでした……まずはマッサージ店に向かおうと思っています」

「マッサージ店?」

「はい! 新しく出来たとのことですので、目星を付けていたんです!」

「へ、へぇ~……」


 デートなのに個室に入るような場所で良いのかと首を傾げてしまう。

 そんな俺の反応が予想と違ったのか、サクラはキョトンと目を丸くする。


「えっと、伊鞘君のお体を労ろうと思ったのですが……イヤでしたが?」

「あ~そういう」


 彼女なりに俺を思って考えてくれたらしい。

 その理由を聞かされた以上、断るのは野暮だろう。


 頷いて了承すると、サクラは笑みを明るくして手を引きながら先導してくれた。

 しかし……。


「え。開店は明日? そんな……」


 なんと件のマッサージ店はまだオープンしておらず、シャッターで閉じられていた。

 張り紙に記されていた内容に、サクラは計画が狂ったと考えたのか愕然とする。


 そのまま罪悪感を露わにして俺に顔を向けた。


「も、申し訳ありません伊鞘君。私としたことが日付を間違えてしまいました……」

「労ろうとしてくれたんだろ? その気持ちだけでも嬉しかったから気にしてないって」


 シュンと肩を落としながらサクラが謝罪する。

 謝る程のことじゃないと返すが、彼女の顔は暗いままだ。

 予定を組んだのが自分だからこそ殊更ショックが大きいんだろう。


 あまりこの空気を引き摺るのは良くない。

 切り替えるために俺はサクラへ呼び掛けた。


「それにまだ一つ目でマシだったって考え方もある。予定より早くなるけど、次の場所に行って気を取り直そう。サクラのことだからちゃんと考えてあるんだろ?」

「! はい!」


 その言葉を受けて、サクラは表情を明るくする。

 よし、これでなんとか気まずい空気は払拭出来ただろう。

 心の中で胸を撫で下ろしつつ、サクラの先導に従ってモール内を歩いて行く。


 次に着いた場所はCDショップだった。

 話題のアイドルやアーティストを宣伝するPOPがいくつも展示されている。


 正直に言うとかなり意外だった。

 サクラはあまりこういったエンタメ系に興味が無いと思っていたからだ


「その、期待外れでしたか?」

「あぁいや、なんかサクラと結び付かなくてビックリしただけ」

「ふふっ、なるほど」


 俺の返答に納得がいったのか、サクラは笑みを零しながら続ける。


「単に話す機会が無かっただけで、音楽を聴くのが趣味なんです。伊鞘君にはヒーリングミュージックをオススメしようとお連れしたかったんです」

「そうなのか」

「……ついでに自分の買いたい新作を買うためでもありますが」

「ハハッ、それくらい普通だから後ろめたく思う必要ないだろ」


 バツが悪そうに顔を伏せるサクラに笑いかける。

 別に言わなくたって良かったのに律儀だなぁ。

 そんなところがサクラらしいとも言えるけど。


「そうだ。どうせならサクラが普段聴く曲も教えてくれないか?」

「私のよく聴く曲を? ですが伊鞘君の好みに合うかは……」

「サクラの好みだから知りたいんだよ。それにカラオケに行った時に歌える曲があった方が一緒に楽しめるじゃん」

「っ……」


 思わぬ問いに目を丸くした彼女に自分にもメリットはあるのだと説く。

 それを受けたサクラはカァッと頬を赤くする。


 ん?

 なんか思ってた反応と違う?

 そう思ったのも束の間、サクラは目を逸らしながら長い息を吐いた。


「もう、伊鞘君はズルいですね。二百曲以上もあるのに全部聴く気ですか?」

「多っ!? さ、流石に厳選するよな? 総当たりだったら時間足りないって……」

「さぁ、どうでしょう?」

「お手柔らかにお願いします……」

「はい」


 両手を掲げて手加減を願う俺を、サクラは口元を手で覆いながらたおやかに微笑む。

 冗談か本気か分からないまま店内に入り、先にサクラが買いたい物を見ることにした。


 新作だって言ってたし、早めに買っておくのが良いと思ったからだ。

 それには彼女も異論は無いようで、期待を露わに目的の新曲を手に取る。


「あとは会計をするだけですね。これで一安心です」 


 そう安堵する彼女を微笑ましく見守りつつ、どんなアーティストの曲なのか目を向ける。


 ……ん?


「アクアリウム……」

「はい! 異世界出身者で初めて武道館ライブを開催した、話題沸騰中の二人組アイドルです!」


 無意識に呟いた言葉を聞いて、サクラがあからさまに目を輝かせる。

 新曲を買うだけあって熱烈に推しているようだ。


 初めて見る表情に少しだけ戸惑いを隠せなかった。


「悪い。あとは二人揃って海族マーメイドってことしか知らなくて、曲はほとんど聴いてないんだ」

「でしたら先の約束もありますし、帰ったらアクアリウムアクアリの曲をお貸ししますよ」

「あ、ありがと……」


 圧が凄い。

 同好の士に育て上げる気満々だよコレ……。


「その、随分と推してるんだな?」

「えぇ。歌唱力に秀でた海族が歌っているからでしょうか、三年前に見掛けて以来どの曲も聞き入ってしまうくらい好きなんです。人気になって嬉しい気持ちはあるんですが、ライブのチケットが当たらないのは悩ましいですね」

「あ~やっぱそういうのは付きものなんだなぁ」

「はい。それだけ人気ですので、曲を聴いて頂ければ伊鞘君もファンになると思います」

「当人じゃないのに凄い自信……」


 まぁオススメの曲を教えてくれって聴いたのは俺だし、サクラの感性なら心配は要らないだろ。

 それにしても……遠い存在になったもんだ。


 こうして身近な人にファンが出来るくらい、たくさんの努力をし続けた成果が出てるみたいで良かった。

 こっちも元気そうで何よりだと内心で安堵する。


 そうしてジッとアクアリウムの二人が写るCDジャケットを見つめ過ぎたせいだろうか。

 さっきまで熱弁していたサクラの視線が突き刺さっていることに気付く。

 ジトーっと細められた双眸がやけに痛い。


「……どうした?」

「その……アクアリウムの二人が綺麗なのは承知していますが、くれぐれもガチ恋はしないで下さいね?」

「自分が勧めたアイドルに嫉妬しなくても……そんな身の程知らずなことしないって」


 もう三年も経っているんだし、向こうも俺の存在なんて忘れてるだろ。

 それにちょっと顔を合わせにくい理由もあるから、会わないに越したことはない。


 そもそも芸能人に居てもおかしくないレベルの美貌を持つサクラが居るのに、わざわざアイドルに目を向けるワケないだろう。

 苦笑しながら複雑そうに拗ねる彼女の手を取って、ヒーリングミュージックのコーナーを探す。


 改めて本題に向き合ったサクラの確かな厳選もあり、幾つか購入するに至った。

 今夜が楽しみだ……。

 でも今はまだデートを続ける方が大事だろう。


 そうして目的を果たした俺達はCDショップを後にするのだった。


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