サクラと地球デート①
──日曜日。
お嬢とリリスとのデートを経て、ついにサクラとデートする日を迎えた。
我ながらヒドイ字面だけど、決してやましい気持ちで臨んだつもりはない。
そう遠くない内に三人と交際をするのなら、こういったことは起こり得るのだ。
お嬢も言った通り、今回は予行のようなモノだと割り切るだけである。
尤も、指定された待ち合わせ場所で俺はとてつもない緊張感に見舞われているのだが。
今俺が立っているのは二駅先のショッピングモールの入り口だ。
日曜日だからか人通りは多く、すれ違う人達の喧騒でとても賑やかだった。
同じ屋敷に住んでるんだから、一緒に出ればいいと思わなくもないが、サクラから待ち合わせをしたいと言われた以上は応えるしかない。
指定された時間より一時間も早く出たのはせめてものプライドだ。
そうした方が、俺を待っている間にサクラがナンパに遭う可能性を減らせるはず。
……なんか想像したらイヤな気分になってきた。
これからデートなのだから余計なことは考えないでおこう。
デート、かぁ。
好意を告げているお嬢とリリスとは違い、サクラの口から明確な告白はされていない。
けれど……。
──私自身の口から伝える機会をくれませんか?
このデートを経て、俺はサクラから告白されることになっている。
何やら順序がおかしい気がしないでもないが、とにかくそういうことだ。
想いを告げると決意した彼女に対しても、答えを出さなければならない。
緊張している一番の理由がそれだ。
デートをしたいと言われてから考えたが、やっぱり嬉しいという気持ちが強い。
何せサクラは超が付いても足りないくらいの美少女で、普段の粛然とした様子はもちろんふとした拍子に見せる笑顔は綺麗だ。
何度見惚れたか数え切れない。
他人に対して厳しいところがあるけど懐に入れた人には優しくて、冷たいようで意外に感情的なところも可愛いと思う。
そんな女の子が好きになってくれるなんて、嬉しくならないはずがない。
それだけは確かな事実として受け入れられる。
だったら何が問題なのかと聞かれれば、俺自身がどうにも足踏みしてしまっているせいだ。
その理由も……いい加減に自覚している。
両親に捨てられたから……俺が向けた愛情が否定されたせいだ。
サクラ達の気持ちに応えて付き合ったとしても、いつか両親みたいに飽きられるんじゃないかって。
もちろん彼女達がそんなことをするとは思っていない。
けれども失踪すると同時に捨てられた傷はずっと癒えないままで、どうしても頭を過って躊躇ってしまう。
こんな不甲斐ない俺に、お嬢とリリスは告白の返事を催促しなかった。
それがどれだけ深い慈悲から来ているのかは十分に痛感している。
だから……俺もこのデートを通して踏み出さないといけない。
自分のために、何より想ってくれている三人のためにも。
そこまで考えていたところで、ふと人の近付く気配がして顔を上げる。
「──お待たせしました、伊鞘君」
「っ!」
視線の先には待ち合わせ相手のサクラがいた。
白と黒のボーダー柄のシャツの裾を内に入れ、ベージュのマキシスカートは足首が透けているため白い網目のサンダルが見えている。
夏休みの時にも見た麦わら帽子に加えて、銀髪は一房の三つ編みに束ねられていた。
総じてサクラの持つ清楚さを全面に押し出した、まさに女の子らしい装いだ。
……めちゃくちゃ気合いを入れているのが分かるだけに、彼女の姿を目にした途端にあっさりと目を奪われてしまった。
それは俺に限った話では無く、すれ違う人達の視線が一様にサクラへと集められている。
そこに魔王の使徒を恐れるような感情は無い。
あるのはただ絶世の美貌を持つ少女に対する純粋な好奇心だった。
「伊鞘君?」
「えっ、あ、いや、そんなに待ってないから平気……」
反応が無い俺を心配したサクラに呼び掛けられて、ハッと茫然としていた思考が戻る。
どもりながらも返事をした。
しかしサクラは目を少しだけ見開いてから、堪らずといった風に手を口元に当てながらクスクスと微笑む。
「ふふっ。約束より一時間も早く出たのに?」
「え」
「同じ屋敷に住んでいるんですから、それくらい分かりますよ?」
「あ~……」
見栄から出た行動が筒抜けだったと告げられ、全身が発火するように熱くなる。
当然の理由に今の今まで気付かなかったのが恥ずかしい。
頭を掻きながら顔を逸らすのが精一杯の抵抗だった。
目を閉じて気持ちを落ち着かせてから、改めてサクラと目を合わせる。
「その……服、似合ってるよ」
「あ……ありがとう、ございます……」
一言服装を褒めるとサクラは一瞬だけ目を丸くしてから、麦わら帽子のつばを摘まみながら顔を伏せる。
チラッと見えた赤い顔から察するに、褒められたもののどう返せばいいのか分からなかったんだろう。
なんともいじらしい反応に俺も妙に落ち着かなくなる。
こんな可愛い子とこれからデートをすると思うと尚更だ。
早まる鼓動を感じつつ、何やら甘ったるい空気を払拭しようと口を開く。
「悪い、なんか気持ち悪かったよな?」
「い、いえ。伊鞘君にそう言って貰いたくて、選びましたから……っイヤじゃない、です……」
「へ!? ぁそ、なのっ、かぁ~」
「はい……」
思いがけない返事に今度こそ言葉を失くしてしまう。
払拭するどころか余計に色濃くなった気がする。
なんというか、お嬢やリリスと違う攻め方だから調子が狂う。
二人には引っ張られることが多いが、サクラ相手だとこっちがしっかりしないといけない感じがする。
庇護欲……って言えば良いんだろうか。
何はともあれせっかくのデートなのに、このままモールの入り口で突っ立っているワケにもいかない。
俺は意を決して俯くサクラの手を取る。
「っ、伊鞘君?」
不意に触れられたサクラが驚嘆の声を上げた。
出来るだけ赤くなってる顔を見られたくない俺は、顔を逸らしながらも口を開く。
「そ、ろそろ、行こうか」
「ぁ……はい」
スマートさの欠片も無い言い方になってしまったが、サクラは気にした様子もなく従ってくれた。
前を向いているから、今の彼女がどういう表情をしているのかは分からない。
せめて転ばないように、ゆっくりと歩くのが関の山だ。
……手、細いのに柔らかいな。
手入れされてるからか滑らかで肌触りが良い。
こうして付いて来てくれてるけど、手汗とか大丈夫だろうか?
普段ならあまり気にしないのに、この時だけは妙に気掛かりになってしまう。
それでも絶対に手放したくないと考えている自分がいた。
とんだ矛盾だ。
けれど……この瞬間が堪らなく嬉しく思う気持ちは、どうしてたって誤魔化せそうになかった。
そんな内心を抱えたまま、サクラとのデートが幕を開ける。
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