リリスと異世界デート③


 タトリとバーディスさんに見送られながら、俺とリリスは冒険者ギルドを出た。


 用事は済んだので、次はリリスにとって本命であるデートに臨める。

 待ち望んだ時間の訪れに、隣を歩く彼女は嬉しそうに微笑みながら俺の右腕を抱き寄せた。

 

 そしてまた腕に伝わる柔らかい感触……いつまでも慣れる気がしない。

 サキュバスの色香というかフェロモンというか、そもそも俺が耐性無いのも相まってめちゃくちゃ効いてるんだよ。

 当人としてはただくっつきたいだけなんだろうが。


「んっふふ~♪ リリ、異世界にあまり来たことないから楽しみだなぁ~」

「そうなのか?」

「うん~。エリナ様の付き添いで来るぐらいだから、街を歩いたりとかしてなかったんだぁ~」

「なら目一杯楽しめるようにしないとな」


 デートを計画した上での外出じゃないので、どこに行けば良いのかを思案する。

 時間は正午前……歩き回るより先に腹を満たす方がいいかもしれない。


「まずは食事にしようか?」

「そうだねぇ~。どこで食べよっかぁ~?」

「う~ん……」


 提案は受け入れられたものの、次は何を食べるのかって話になる。

 俺が異世界で行ったことのある飲食店って、冒険者ギルドに併設されてる酒場とか串肉の屋台とか味付けが濃いところばかりだ。

 つまり女子が好みそうな店を全く知らない。


 やっぱ事前のリサーチくらいしておけば良かったなぁ……。

 そんな後悔が脳裏を過りつつも、大通りを見渡して何かめぼしい店が無いか探す内にある店を選んだ。

 緑の楕円だえんに赤い英字で書かれた看板のある店……というかサ○ゼリアである。

 そこで俺はハンバーグステーキを、リリスはカルボナーラを注文した。


 異世界産の食材を使った料理もあったが、結局は慣れ親しんだ味を選択したのだ。


「……入ってから言うのもなんだけど、異世界に地球の飲食チェーン店があるのって違和感凄いよなぁ」

「エリナ様から聞いた話だとぉ~、異世界の人達にとって地球の料理やお菓子は人気なんだってぇ~」

「祭りの時に焼きそばとかたこ焼きがあったのは見掛けたけど、遂に店まで来るようになったんだなぁ」


 今まではクレープ屋台といった軽食しか見なかったから、こうしてデカデカと店が佇む姿を見ると時代が進んだ感じがする。

 いずれ異世界でもスマホが使えたり、テレビ番組が観れるようにもなるんだろうか。


 こうやって異世界側にも地球の影響が随所に出て来ると、世界交流も盛んになっていくんだろうと予感する。

 

 らしくもない感傷に浸るのも程々にして、空腹を満たして店を出た。


 しばらく歩いた先にあった広場のベンチに腰を下ろす。

 満腹になったせいか、軽く微睡む頭をスッキリさせようと体をグッと伸ばした。

 

「あ~……ったく、ギルマスになっても大人げなさは変わんないなぁ、あの人」

「でもいっくん、楽しそうだったねぇ~。なんだかんだで慕ってるのが分かるよぉ~」

「まぁな。あんなのでも冒険者として一番世話になった人だから」


 大人げなくて肩書きになる程の酒飲みで致命的にモテないけれど、それでも戦い方のコツや野営の仕方など冒険者に必要な知識を教えてくれたのだ。

 あそこまでまともに面倒を見てくれた大人はあの人が初めてだった。


 そんな尊敬の念を口にするのは恥ずかしいので本人には言ったことないけど。


「俺の家庭環境を知った時なんて、両親を呼ばせてぶっ殺してやるって騒いだくらいだし」

「いっくんの両親かぁ~……」

「リリス?」


 笑い話として語ったつもりだったが、リリスは俺の両親のことを聞いた瞬間に眉を顰めた。

 思っていたのとは違う反応に思わず呼び掛ける。

 すると彼女は俺の腕を抱き締める力を少しだけ強め、真剣な面持ちを浮かべながら口を開く。

  

「いっくんはぁ、自分の親のことをどう思ってるのぉ?」

「どうって……」

「リリはねぇパパとママのこと大好きだよぉ。だからこそぉ、いっくんの両親が酷い人達だって思うのぉ」

「……まぁ、人に自慢出来るような親じゃないのは確かだよなぁ」


 リリスの評価を否定すること無く首肯する。

 

 今も仲睦まじいらしい両親に愛されている彼女からすれば、俺の両親みたいな紛れもないクズは信じられない存在だろう。

 息子を冒険者にして働かせた挙げ句、金のために奴隷にして失踪するとか改めて思い返してもロクでもない。

 どこで何をしているのか知らないけど、誰かに迷惑を掛けてないか不安だ。


「バーディスさんもタトリもお嬢だって、俺を両親から引き離してやりたいって言ってたよ」

「だったらぁ」 

「そう言って貰えたことは素直に嬉しかったし、頷いた方が楽になれるっていうのも分かってた。それでも俺は……家族を諦めたくなかったんだ」

「いっくん……」


 どれだけクズだって理解していても、あの人達は俺にとって唯一の家族だ。

 自分のために家族を見捨てるような人にはどうしてもなりたくなかった。

 

 そう芯を懐いて頑張った結果が奴隷落ちなワケだけど……この際、奴隷になったことそのものは恨んでもいない。

 何せ……。


「そもそも冒険者をやってなかったら皆とは出会えなかった。サクラとリリスともクラスメイトのままだった。こうしてる今があるって思うと、全部が悪いことだらけってワケでもないだろ?」

「あ……」


 その言葉にリリスは紫の瞳を丸くする。

 皮肉な話だが、避けようのない事実であるため彼女は愕然とするのも無理も無い。


 きっと冒険者になった直後の自分に言っても信じてくれないだろう。

 ドッペルゲンガーだと疑われたって不思議じゃない。

 そう確信出来る程に今の状況は恵まれている。


 空いている左手で呆けるリリスの頬をソッと撫でながら話を続けた。


「あの二人が今どこで何をしてるのか気にはなるけど、だからって捜してどうこうするつもりはないよ。そんなことに時間を割くより、色々と考えなきゃいけないことの方が多いからさ」

「──そっかぁ~」


 本心からの言葉だと察したのか、リリスはヘニャリと表情を緩ませながら微笑んだ。

 そのまま彼女は俺の肩に頭を預けて、上目遣いで目を合わせる。


「考えなきゃいけないことってぇ~、リリ達への返事とかぁ?」

「っ、ま、まぁそうだな……」

「あはぁ~」


 ぶっちゃけ九割以上は寄せられてる好意に対する応え方なのは違いない。

 容易く見破られた悔しさと恥ずかしさから、そこまで深刻に捉えていないという強がってしまう。

 尤も、リリスの反応から同じくバレてるみたいだが。


 それを指し示すかのように、不意に彼女が耳元へ顔を寄せて来た。

 鼻を擽る甘ったるい香りに心臓が高鳴ると同時にリリスはソッと囁く。


「いっくんがリリを好きなのは分かってるけどぉ~、ちゃんと言葉にするのを待ってるからねぇ~♡」

「ぐ……」


 ゾクゾクと背筋に走る甘美な刺激に堪らず呻き声を漏らしてしまう。


 そこまで分かっていてなお、リリスは返事を待ってくれていた。

 きっと彼女のことだ、どうして言葉に出来ないのかも察しているんだろう。

 ホント、この優しさに甘え続けることが申し訳ないな。 


 告白の返事こそ保留になっているが、実質的に断れないのはお嬢と変わらない。

 仮に振ったとしてもエサの役割を放棄するつもりはないが、リリスとしては諦める気などサラサラないみたいだ。

 

 特定の異性を愛したサキュバスの体に浮かび上がる淫紋……その効能によってリリスは俺以外の男から吸精出来なくなった。

 その代わり、俺の精気から得られる活力は相当なモノになるらしい。

 つまり俺がいないとリリスは生きていけないのである。

 けれどもリリスは一度たりとも命を盾に交際を迫ったことはない。


 奴隷の飼い主として命令出来るお嬢と同様、責任感からじゃなくて俺自身の意思での返事を望んでいるのだ。

 いつまでも甘えては居られない。

 でも今はまだ言えないままだ。


「──ありがとうな。リリス」


 だから俺はこう返すしかなかった。

 自分なりに踏ん切りが着けられた時、リリスに感じている愛おしさを言葉にしたい。

 

 そんな秘めたる決意を知ってか知らずか、彼女はニパっと明るい笑みを浮かべる。


「ど~いたしましてぇ~」


 やっぱりリリスには笑顔が一番似合う。

 改めてそう感じながら、異世界の風を浴びつつ寄り添い合うのだった。

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