リリスと異世界デート②



 ──先輩、詳しく話を聞かせてくれるっすよね?


 圧を込めて詰め寄って来るタトリを断り切れず、俺は冷や汗を流しながら頷くしか無かった。

 説明をしようとしたが、その時になってギルドマスターを呼びに行っていた受付嬢から呼ばれてしまう。


 どうしようかと思ったものの、まぁあの人なら許してくれるだろうとタトリも加えた三人で応接室に向かうことにした。

 受付嬢に案内に従って進んでいる最中も、俺の両腕を取ってリリスとタトリはバチバチに睨み合っている。

 剣呑な空気に喉の渇きを覚えている内に目的の部屋まで着き、受付嬢がドアをノックする。


「ギルドマスター。辻園伊鞘様を連れ参りました」

『おう、入って貰ってくれ』

「どうぞ、辻園様」

「はい」


 許可を貰ったのでドアを開けて中へ入る。

 冒険者ギルドの応接室は公爵家と比べるといくらか質素だ。

 それでも一般人からすれば十分に立派な部屋だろう。


 そんな部屋の中央にあるソファにその人は待ち構えていた。


 焦げ茶の髪をオールバックにした、強面な風貌の大柄な男性だ。

 顔に刻まれている幾つもの傷は、過去に経験した様々な戦いで付いた勲章だと聞いたことがある。

 入室した俺を見た男性はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「ついにくたばったかと思いきや存外元気そうじゃねぇか、伊鞘」

「心配掛けたみたいですみませんでした、ギルマス」

「ッハ! 悪運の強い弟子の心配なんざ、忙しくて忘れてたっつーの」


 謝罪する俺の言葉は素っ気なく返された。

 この人はバーディス・ブロンゼフ。

 冒険者業における俺の師匠であり先輩であり、元S級冒険者『酒豪』として活躍していた経歴を持っている。

 確かな実力と判断力の持ち主である一方で、酔い覚ましエリクサー事件を初めとした残念エピソードも豊富な、冒険者なら知らない人は居ない傑物だ。


 俺がお嬢の護衛依頼を達成してS級冒険者に昇格した際、勇退と同時にギルドマスターへ就任している。

 おかげで何度も厄介な依頼を回されたことが……その分、報酬はたっぷりと積んで貰ったが。


 久しぶりの再会もそこそこに、俺はバーディスさんと反対のソファに座る。

 続いて右側にリリスが、左側にタトリが座った。

 そんな流れるような彼女達の所作に反応が遅れたのか、バーディスさんはリリス達を二度見してから目を見開いて俺を見やる。


 まるで『なんで美少女に挟まれてんだオマエ!』と言いたげだ。


「……そっちのお嬢さんは?」

「はぁ~い。咲葉リリスっていいまぁす。いっくんとは末永いお付き合いをさせて貰うつもりでぇ~す♡」

「……」


 リリスはこれみよがしに俺の腕を抱き込みながら自己紹介をする。

 その瞬間の先輩が見せた反応は、顎が外れるかと思う程にあんぐりとした。

 ゆっくりと飲み込んだ結果、ギンッと俺を射殺すように睨み付けて来る。


「伊鞘よぉ……百歩譲って相手がタトリちゃんならまだ分かるぜ? けど見知らぬ美少女を紹介された気持ちをどうしてくれるよ? 未だに結婚したくても出来ないオレへの当てつけか? あぁん?」

「これから説明するんで睨まないで下さい」

「テメェまさか……半年もギルドに来なかったのは、彼女が出来たからなのか?! ふざけんじゃねぇぞ!!」

「そー思いますよね、ギルマス!? これは捜索依頼まで出したタトリに対する裏切りっす!!」

「言い掛かりは止めてくれません?!」


 リリスの存在がよっぽど気になるのか、あらぬ疑いが向けられてしまう。

 憤慨する二人の反応が面白いのか、リリスは訂正することなくプルプルと笑いを堪えるだけだ。

 どうやら誤解を解く気は無いらしい。

 まぁ俺と恋人って勘違いしてるのは好都合だろうよ。


 っていうか俺の捜索依頼出してたの、タトリだったのかよ。

 呆れ半分とそうさせる程に心配させた罪悪感を覚えつつ、荒ぶる二人を落ち着かせるために改めて半年間の出来事を話した。

 そう……両親に売られて奴隷になったことも、スカーレット公爵家の奴隷になったこともだ。


 サクラが半吸血鬼であることは伏せている。

 タトリとバーディスさんなら迫害なんてしないだろうけど、俺が勝手に話して良いことじゃない。

 もちろん今抱えてる恋愛関係もだ。

 リリス以外にも好意を向けてくれる女子が二人もいるとか、確実にややこしいことになりかねない。


 そうして一通り話を聞いた二人はと言うと……。


「カーッ! とどのつまりなんだ? あのスカーレット公爵家のご令嬢に買われて良い思いしてましたってことじゃねぇか!! テメェ、やっぱ結婚出来ないオレに喧嘩売ってんだろ!?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 先輩が! タトリ以外の女子にまるで縁が無かった先輩が!! とんだハーレムクソ野郎になってたなんてあんまりっすーー!!」

「言いたい放題だなぁ……」


 奴隷になったことを憐れむどころか、各々の不平不満を叫ぶ始末だった。

 おっかしいなぁ~……恋愛関係は隠して話したはずなのに、フッツーにハーレム認定されてるんだけど。

 私怨でしかないバーディスさんはともかく、捜索依頼を出すくらい心配していたであろうタトリに泣かれるのは心が痛い。

 奴隷になったにしては恵まれてるのもそうだし、ハーレムなのも事実だから否定出来ないんだよ。


 悪事なんて働いてないはずなのに罪悪感に駆られそうだ。


「そういうワケなのでぇ~、いっくんはリリ達がこれでもかと溺愛させて頂まぁ~す」

「煽るな煽るな」


 悪魔かよ。

 いや淫魔だから悪魔属性だろうけど、もう少し優しく宥めてやってくれよ。


 しかしそれが効いたのか定かでは無いが、タトリは涙を拭ってリリスを睨み付ける。


「そんなの認められないっすよ! いくら!? いくら出せば先輩の所有権を買い取れるっすか!?」

「白金貨百枚だよぉ~」

「はっ、ひゃっ!!?」


 ユルい笑顔と共に三十億の値を告げられたタトリは、愕然としてから顔を俯かせる。


「ぱ、パパにお願いしたら……でも何に使うのか聞かれるだろうし……うぅぅ~~!!」

「奴隷を買うための金を親にせびるのは止めろ。無理しなくても俺は大丈夫だから」


 それにいくら積もうがお嬢が俺を手放すことはない気がする。

 なんて言ったら確実に泣くので黙っておこう。


「先輩が大丈夫でもタトリが大丈夫じゃないっす!」

「って言われてもなぁ……」


 どうやって宥めようか思案していると、リリスが徐に手を挙げた。


「ねぇねぇタトリちゃん~。ちょっとあっちで話をしない~?」

「いや! 敵と話すことなんて何もないっす!」

「敵て」


 どんだけショックなんだよ。

 なんか勘違いしそうになるだろ。


 しかしリリスは折れるどころか、いつもの緩やかな笑みを浮かべたまま続ける。


「そう言わずにぃ~。タトリちゃんにとっても悪い話じゃないよぉ~? なんとなぁくリリは予想してたしぃ~」

「…………聞くだけっすよ?」

「うん~。それでいいよぉ~」


 渋々といった調子で受け入れたタトリを伴って、リリスは部屋を出て行ってしまう。

 残された俺とバーディスさんは少しだけ訝しみながらも話を続けることにした。


「それで? かのご令嬢の奴隷になった以上、冒険者はもう辞めるのか?」

「いや、続けるつもりですよ。ご主人様からも許可は貰ってます。でも学校を卒業するまでは滅多に来れなくなるとは思います」

「つまり行方不明だった頃と変わらねぇってことか。あ~ヤダヤダ。『掃除屋スイーパー』様が居なくなったせいで、依頼が溜まる一方なんだぞ~?」

「今まで俺が取りまくってた分、他の人に回せて良いじゃないですか」


 ソファにもたれて文句を言うバーディスさんへ苦笑しながら返す。

 生きるために必要だったとはいえ、片っ端から依頼を受けるのは独占したみたいで申し訳なかったし。


 けれど我らがギルマスはそう思わないようで……。


「誰しもがテメェみたいに良い仕事が出来るワケじゃねぇんだよ。中には伊鞘が相手じゃないってだけで渋い顔する依頼人もいるくらいだ」

「あはは……まぁよっぽど困った依頼があれば、公爵家を通して手紙でも送って貰えたら時間くらい作ります」

「助かる。……それにしても落ち着いたもんだなぁ。前は稼がなきゃ死ぬってくらい焦ってたのに」

「そうですね」


 頬杖をついて何やら感慨深そうに語るバーディスさんに、小さく微笑みながら同意する。

 お嬢の奴隷になってからその日の食費を稼ぐ必要が無くなり、生活全般が改善されたおかげで顔色も肉付きも良くなった。


 バーディスさんには冒険者になりたての頃から世話になっている。

 俺の家庭環境を聞いて怒ってくれたのはもちろん、依頼後によくご飯を奢ってくれたり稽古をつけてくれたり……今の俺があるのもこの人のおかげだ。

 だからこそこうして無事な姿を報告出来て良かったと思う。


 そうして話をしていく内に、リリスとタトリが部屋に戻って来た。


 普段どおりにニコニコとしているリリスはともかく、さっきまで暗い顔をしていたタトリが何やら決意を秘めたような面持ちになっている。

 一体何を話したんだろうか。

 それとなく聞いてみたが……。


「いっくんにはナイショ~♪」

「せ、先輩! また次に会った時、タトリはもう躊躇わないっす!」

「うんうん。その意気だよぉ~タトちゃん~」

「はいっす! リリちゃんもその時はよろしくお願いします!」

「お、おぉ?」


 はぐらかされたものの、なんだか二人は仲良くなっていた。

 まぁタトリが泣かなくなったならそれでいいか。


 とりあえず胸を撫で下ろしてから、最後に別れの挨拶を済ませようとバーディスさんに顔を向ける。


「それじゃ俺達はそろそろ行きますね」

「あぁ。時間を取らせて済まなかったな」


 握手を交えて互いに笑い合った瞬間だった。


「わぁ~い! それじゃやっとデートに行けるね、いっくん!」


 待ちかねていたであろうリリスがそう呟いた途端、握られていた手がギュッと握りしめられた。


「いたたたた!? ば、バーディスさん?」


 痛みの原因を起こした彼に呼び掛けるが、何故だか返事をしてくれない。

 それどころかバーディスさんが憎々しげな面持ちを浮かべていた。


 あ、これイヤな予感がするわ。


「──伊鞘。せっかくの再会だ。腕が鈍ってないかオレが直々に確かめてやるよ……」

「……これからデートなので無理ッす」


 明らかに妨害を働こうとする大人げない大人の提案を断るが、今度は肩に腕を回されてガッチリとホールドされてしまう。


「おいおい、可愛い彼女に俺TUEEEEってところ見せてやれよぉ? 異世界じゃ人攫いなんて珍しくねぇんだし、テメェがしっかり恋人を守れるのか試してやろうって言ってんだよ汲めよクソガキが。なんで弟子が師匠よりモテるんだよコラ……」

「もう最後、本音漏れちゃってるじゃないですか……」


 ダメだ、こうなるとバーディスさんは止められない。

 最早俺に選択肢なんてなかった。


「……そうやって子供相手に嫉妬するところがダメなんすよ、ギルマス」

「えぇ~リリ、早くデートに行きたい~!」

「やかましい! とにかく今から訓練場に行くぞオラァ!!」


 タトリの正論とリリスの文句に耳を貸すことなく、心なしか涙声を震わせる先輩に連行されるのだった……。


 なお戦いの結果は俺の辛勝となった。


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