リリスと異世界デート①




 ──土曜日。


 翌日に迫ったサクラとのデート前の今日、俺は所用で異世界へと赴いていた。


 ……リリスと二人で。


 当初は一人で行くつもりだったのだが、土曜日は自分とデートする番だと主張する彼女の意を汲んだ結果、こうして二人きりで異世界に足を運んだのである。

 世界を繋ぐゲートと検問所に抜けてから、城下町まで行ける公共馬車を待つことにした。


「う~ん! 良い天気だねぇ~。絶好のデート日和でワクワクしちゃう~」

「そうだな」


 異世界の陽を浴びながら伸びをする彼女は淡い緑のノースリーブタイプのカットソーの上に、レースのあしらわれた半袖の薄手カーディガンを羽織り、デニムのショートパンツとブーツという残暑の季節に合わせた爽やかな装いだ。

 尤もサキュバスであるが故の突出したスタイルを全面に押し出しているため、すれ違う人の視線──特に男性──を集めまくっていた。 

 リリスに腕を組まれている俺に対し、視線で人が殺せたらと恨めしそうな眼差しを向けられている。


 隣の俺はシャツにジーンズというラフな格好のため、リリスが一際注目される要因になっていた。

 貧乏暮らしだったのもあって服は着れたらそれでいいと思っていたけど、これからリリス達と歩むつもりなら改善する必要があるかもしれない。

 一人で模索するよりはファッションに明るいであろうリリスに頼るのが賢明だ。


「んっふふ~♪ リリ達、すぅっごく見られてるよぉ~」

「俺とリリスとで向けられてる視線が全然違うけどな」

「どうせならもっと見せつけちゃおっかぁ~?」

「俺への殺意が高まるから少しは遠慮して欲しい」

「でも異世界なら魔封じの腕輪は無いしぃ~、S級冒険者のいっくんなら余裕で返り討ちに出来るでしょ~」

「出来るのとやるのとは大きな隔たりがあるんで」


 物騒な物言いをする彼女をやんわりと諫めた。


 モンスターが相手ならともかく、暴漢や盗賊だった場合は殺さずに無力化しないといけない。

 そうでなくとも戦いとは無縁の女子の前で、血みどろな光景は見せたくないのが本音だ。

 デートも兼ねて来た異世界で見せるのが絶景じゃなくて、一方的かつ凄惨な殺戮現場とか絶対に嫌われる。

 徒歩じゃなくて馬車に乗るのはそういった配慮があるからだ。


 とはいえ世界を越えた交流が始まった当時よりは、治安はかなり良くなっている方ではあるが。


 他愛の無い会話を交えている内に、待っていた公共馬車がやって来た。

 乗り込んでからリリスと並ぶ形で腰を下ろし、程なくして馬車が走り出す。

 ガタガタと揺れながら進むが、以前に乗った公爵家専用の馬車と比較すると乗り心地の質は劣っている。

 まぁ貴族が乗る馬車と比べるのは酷かと片隅に流した。


 そんなどうでもいいことに思考を割いていると、機嫌が良いのかリリスが小さく鼻歌を歌っていることに気付く。


「楽しそうだな」


 そう呼び掛けると、リリスはニパッとひまわりみたいに明るい笑みを浮かべて頷いた。


「うん~。みんなでお出掛けするのも良いけどぉ~、こうやっていっくんとデートするのも好きだからぁ~」

「っ、臆面も無く言い切ったな……」

「だってリリがいっくんを好きな気持ちはホントだもぉん♪」


 お嬢とは異なるベクトルで好意を隠さない彼女は笑顔でそう言う。

 今さら気持ちを疑うつもりは一切無いが、こうも全面に押し出されると戸惑ってしまう。

 顔に集まった熱から赤面しているのは明らかで、それを見ているリリスの表情はニマニマと微笑ましげだ。


 いちいち反応するから弄られると分かってはいるが、俺にはいつまで経っても慣れる気がしない。

 まぁでもリリスが楽しんでくれるなら、悪いことばかりでもないかと思い直す。


 そうして彼女にからかい続けられること数十分が経って、目的地である城下町へと辿り着いた。

 馬車の利用料金を支払い、用がある場所までリリスに腕を組まれながら進む。

 当然ながら彼女の豊満な双丘の片方がダイレクトに押し当てられていて、すれ違う男達に次々と睨まれる始末だ。


 まぁ半年も嫉妬の眼差しに曝されてたら流石に慣れる。

 リリス達との触れ合いはいつも動揺させられてるのにな。


 内心で自虐をしながら歩き続けていく内に目的の場所に着いた。


 役場のように大きな建物を前に、リリスは目を丸くして見つめる。


「ここってぇ~……冒険者ギルドぉ?」


 彼女の言う通り、この建物は冒険者ギルドである。

 奴隷になる前は毎日のように足を運んでいたが、久しぶりに来ると感慨深い思いが沸き立つ。


「どうして今になって来たのぉ~?」

「実は冒険者証の更新期限が今日までだったんだよ。それでお嬢に頼んで休みにして貰った」

「うわぁ危なかったねぇ~。いっくんからS級冒険者の資格を取っちゃったらぁ~、奴隷として格落ちも良いところだったよぉ~」

「う~んS級冒険者以外にロクな肩書きがないみたいな言い方は傷付くなぁー」


 ホント隙あらば弄り倒してくるよな。

 とはいえリリスの軽口は意外と人が不快に思わないように加減している。

 尤も本気で嫌いな相手はその限りじゃないけど。


 何はともあれ俺達は早速冒険者ギルドの中へと入る。

 フロア内では冒険者達がいくつもある受付の前に列を作っていた。

 掲示板に貼られている依頼書から自分に見合った依頼を選び、受付嬢に持っていて受領して貰えたら依頼が始まる仕組みだ。


 他にも受付では冒険者登録や指名依頼の斡旋も行っていて、冒険者業で分からないことがあったら頼れる存在である。

 今回のライセンス更新も受付で手続きをして貰えるので、リリスを伴ったまま俺も列へ並ぶ。


「ふわぁ~。人が多いねぇ~」

「久しぶりに来たけど、これでもまだマシな方だぞ?」

「お隣には酒場があるからぁ~、そっちに居るのかなぁ~?」

「多分な。更新が済んだらそっちに行って先輩とかに挨拶するつもり」

「いっくんの冒険者の知り合いさんかぁ~。なんだか楽しみぃ~」


 期待に胸を弾ませるリリスに、俺も微笑ましくなる。


 楽しみなのは俺も同じだ。

 顔見知りの人達との再会なのだから。

 奴隷になってギルドに来なくなっていたから、無事だと安心させたい。


 雑談をしながら列は進み、俺の番が回って来た。


「お待たせ致しました、ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「冒険者証の更新に来ました」

「承知致しました。ご確認のため、お手持ちの冒険者証の提出をお願いします」

「どうぞ」


 受付嬢の案内に従って冒険者証を提出する。

 受け取った彼女が目を向けた瞬間、ギョッと目を大きく見開いた。


「え、あ、あの……つ、辻園伊鞘でお間違いないのでしょうか……?」

「本人ですけど……何か問題でもありましたか?」

「い、いえ。半年前から行方知れずでしたので、捜索依頼が出されていたのです。あまりの音沙汰の無さから死亡説も浮上していた程でして……」

「捜索依頼に死亡説て」


 勝手に殺されるところだったのかよ。

 なんか顔を出さなかっただけで大袈裟な事態になってない?


 どうやら予想以上に知り合い達に心配を掛けていたみたいだ。

 これで公爵家の奴隷になりましたなんて言ったらどうなるんだろう。

 怖いような見たいような、そんな複雑な感情が胸を過る。


「とりあえず更新をお願いしていいですか?」

「は、はい……併せてギルドマスターへ辻園さんの生存報告もさせて頂きます。つきましては応接室の方でお待ちください」

「ですよねー」


 失踪していたS級冒険者が来たとあっては、トップが見過ごすはずないもんなぁ。

 姿を見せなかった間に何があったのか、めちゃくちゃ問い質す光景が浮かんで項垂れてしまう。


「いっくんって思ってたより有名なんだねぇ~」

「全然そんな実感ないんだけどな? 誰だよ、捜索依頼なんて出したの……」


 しかもS級冒険者を捜してますって謎過ぎる。

 けどこうやって無事を確認された以上、もう件の依頼は取り下げられるだろう。

 そう思うと知らぬ間に恥を掻かずに済んだと言える。


 ともかく受付嬢に言われた応接室まで、リリスと二人で向かうことにした。

 列から抜けて廊下へ進もうとした瞬間……。




「──あーーっっ!! ホントに先輩がいたっす!!」

「どうぇっへ!?」

「いっくん!?」


 叫び声と共に突如横から何かが突っ込んで来た。

 不意打ちを食らった俺は情けない悲鳴を出して、思い切り倒れ込んでしまう。


 顔を上げて突撃してきた人物を見やれば、ソイツはとても見覚えのある少女だった。

 カチューシャ編みにした黄緑色のセミロングヘア、大きく円らな橙の瞳、すれ違えば誰もが振り返る程の目鼻立ちの整った美貌は、この上ない喜びを表すように満面だ。

 特に目立つのは正面からでも見せる長い耳……それは少女がエルフの血を引いていることを示している。

 まぁ実際は半分なのだが。


 白を基調としたゆったりめのローブは彼女が後衛職を生業としているのが分かる。

 現に何度も彼女の回復魔法には世話になった。

 基本的にソロだった俺が一番パーティーを組んだ相手と言い切れる。


 そうして馬乗りになった少女は人の顔を両手で挟み、ぐにぐにと好き放題にいじくり回して来た。


「わぁぁぁぁ先輩だぁ! なんか前より顔色も体つきも良くなってるけど、先輩そのものっす!!」

「げほっ、ず、随分なご挨拶だな、タトリ……」

「はい、先輩が愛して止まない激カワハーフエルフのタトリちゃんっす!」

「微塵も変わってねぇな、その太々ふてぶてしさ」


 むしろ変わって無くて安心したが。

 呆れる俺と対照的にタトリは無い胸を張って自慢気な面持ちを浮かべる。


 元気そうで何よりだと思った矢先、ゾワッと悪寒が走る程のプレッシャーがのし掛かった。

 恐る恐る気配の方へ視線を向ければ、ジト目のまましゃがみ込むリリスと目が合う。


「──ねぇいっくん。その子はだぁれ?」

「ヒィッ?!」


 め、めちゃくちゃ怒ってる!?


 何が原因なのかは逡巡するまでも無い。

 自分が知らない女子と親しげに話すのを見たら怒って当然だからだ。


 後で紹介するつもりだったけど、まさか向こうから来ると思わなかったし……。

 胸の内でそんな言い訳を述べていると、俺より先にタトリが口を開いた。


「タトリは先輩にとって唯一無二の超絶美少女後輩っす。そっちのアンタこそ誰っすか?」

「リリは咲葉リリスだよぉ~」


 自己紹介を済ませた二人だが、両者の間にはバチバチと火花が走っていた。

 勘弁してくれよ、再会早々に喧嘩とかシャレにならん……。


 タトリは訝しげな眼差しをリリスに向ける。

 まるで親の敵を見るかのように鋭い。


「なんでサキュバスが先輩と一緒なんすか?」

「それはねぇ~……」

「むごっ!?」

「あぁっ!!」


 タトリの問いに対してリリスは答えを告げるより早く、俺の顔を自身の胸元へと抱き寄せた。

 そうすると当然ながら、彼女の豊満な胸に顔を埋める姿勢になってしまう。

 顔中を包むふんわりとした柔らかさと甘い香りに思わず硬直する。


 それどころかタトリが悲鳴も聞こえた。

 そんな俺達に構わずリリスは言う。


「リリにとっていっくんが未来の彼氏さんだからだよぉ~♡」

「──……は?」


 ピシッと、張り詰めていた何かがヒビ割れる音が聞こえた気がした。

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