お嬢とお家デート③
「次、めくって」
「ほい」
「ジュース頂戴」
「どうぞ」
「クッキー一枚食べさせて」
「了解」
先の会話から一時間が経ったが、お嬢は俺の足の間に座って本を読み進めていた。
というか途中から俺がページをめくったり、都度の要求に従うという行為が繰り返されている。
初めこそドキドキしていたが今は比較的冷静になれていた。
ジュースの入ったコップを口元に近付けたりクッキーを食べさせたり、なんというか小動物に餌付けしているみたいで楽しい。
読書中に飲食するなんて、仮にサクラが居たら公爵令嬢としてはしたないとか叱りそうだ。
まぁお嬢もここまで気を抜いているのは俺と二人きりだからだろう。
自分で言ってて恥ずかしくもあるが、事実なので否定のしようがない。
そんな思考に耽っていると、お嬢の読んでいたラノベが終わった。
あとがきまで読み込んだ彼女は、グッと腕を上に伸ばして体を解す。
「はぁ~面白かったぁ」
「お疲れさん」
満足げな彼女の頭を軽く撫でる。
金髪は驚くほどに滑らかで、指に引っ掛かることなくスルスルと通り抜けていく。
日頃から細かな手入れをしている証だろう。
特にお嬢は公爵令嬢だからその辺りの美意識は高そうだ。
「んん~……イサヤの撫で方、上手ね」
「イヤとかじゃなくて良かったよ」
「そりゃ興味の無いヤツに気安く触れられるのはイヤよ? でもイサヤなら好きなだけ触られたって怒ったりしない……あ、やっぱセットしてるのを崩されたら怒るわね」
「そういう時はちゃんと加減するって」
許容しかけて訂正した彼女の言葉に苦笑いしてしまう。
今こうしているのは問題ないらしい。
「そういえばお嬢。縁談は受けないって宣言したけど、他の貴族から何か言われたりしてないか?」
「あら、心配してるの?」
「当たり前だろ」
夏休み中に起きたお嬢の婚約破棄騒動において、次の婚約者として様々な貴族が名乗り上げていたのは記憶に新しい。
紆余曲折を経て俺に対する好意を露わにしたことで、それらの縁談は余さず断られる結果となった。
あれから二週間以上が経過したが、何かしらの不平不満がないか気にはなっていたのだ。
サクラとの仲直りが出来た今、改めて尋ねることにしたのである。
「別にイサヤが気にすることじゃないのに……」
「そうもいかないだろ。ある意味、俺の存在が公爵家と縁を作りたい家の障害になってるんだし」
「当人からでも障害なんて言い方は聞きたくないわ。せめて抑止力って言いなさい」
「えっと、ごめん……」
食い気味に訂正を求められて、思わず謝ってしまった。
確かにお嬢からすれば承知の上で宣言したのに、その要因である俺が否定的な態度を見せたら失礼だ。
貧乏生活の頃から尾を引いている卑下するクセも、追々直していかないと。
自信過剰とまではいかなくとも、前向きにならないと好きになってくれた彼女達に申し訳が立たない。
謝罪した俺の言葉にため息をつきながらも、お嬢は片目だけを閉じて続ける。
「お父様達から聞いた話だと、ある程度の不満はあったそうよ? 一度は婚約破棄されたとはいえ、公爵家の令嬢が貴族以外の人間と婚姻なんて非常識だーってね。っま、ヴェルゼルド王からのお許しも出てるからって黙らせたみたいだけど」
「俺との交際、王様公認なのかよ……」
えらくデカい話になったなぁ。
いや名家の中の名家とされるスカーレット公爵家の令嬢に好かれてる時点で今さらか。
「あの婚約は王からの勅命だったのは知ってるでしょ? それであんなことになったから、不問にする代わりに貸しにしてあったの」
「つまりお嬢の恋路に介入しないようにする形で返して貰ったと」
「そゆこと。いずれ公言する時期が来るでしょうけど、その時だって文句は言わせないから安心しなさい」
「お嬢が言うなら信じるよ」
「フフッ、ありがと」
疑う余地の無い信頼を見せる俺の言葉に、お嬢が嬉しそうにはにかむ。
公爵令嬢と奴隷の交際に関しては色んな意見が飛び交うだろうが、お嬢なら本当になんとかしてしまいそうだ。
……。
…………あれ?
ここまで考えてふと、自分がお嬢達との交際を受け入れる前提の思考をしていたことに気付いた。
断る選択肢が無いとはいえ、前向きに捉えている今に驚きを隠せない。
でも一方で動揺していない自分もいた。
現在を形作ったそもそもの発端は、奴隷になった俺をお嬢が買って貰えたからだ。
サクラとリリス、お嬢とそれぞれ突出した容姿を持つ美少女達が好きになってくれた。
過去の縁があったにせよ、奴隷らしくない奴隷生活はあまりにも充実している。
これで幸せじゃないと言えるヤツがいたら、速攻でぶん殴れる自信があるくらいだ。
好意を寄せてくれている彼女達と想いを通わせられるなら、それはどれだけ幸福なことなのだろうかと想像も付かない。
返事一つで手が届く幸せがある以上、選ばない理由なんてないだろう。
そう理解しているはずなのに俺は──。
「──イサヤ、焦らなくたって良いわよ」
「お嬢?」
思考に耽っていると、心を読んだようにお嬢から制止される。
反射的に聞き返しながら顔を合わせると、彼女は慈愛に満ちた微笑みを讃えていた。
スルリと、白く小さな手が頬へと添えられる。
「あたしを誰だと思ってるの? アンタの内心くらい、顔をみればすぐに分かるんだから。だから焦らずにゆっくりで良いわ」
「でも俺は……」
「確かに恋人になれたら良いとは思ってる。けれどそれはあくまでイサヤと一緒に居ても不審がられない口実なの。要はアンタが隣にいてくれるなら、奴隷と主人のままでだって構わないのよ」
「……」
深い愛情を宿した深紅の眼差しで見つめながら告げた言葉に、脳裏で渦巻いていた後ろ向きの思考が霧散する。
俺がどうして答えを口に出来ないか悟った上で、なおも一途な想いを口にした。
奴隷になってからずっと彼女に助けられっぱなしだ。
つくづくいい女だと痛感させられる。
もうあれこれと悩んでる方が馬鹿馬鹿しくて失笑していると、お嬢はくるりと向かい合う姿勢になった。
対面した深紅の瞳は妖しい光を纏っていて、目を奪われるくらい艶やかな雰囲気を醸し出している。
堪らず生唾を飲む俺の左首筋に細い指がなぞられていく。
あぁ、なんとなくだけど彼女の意図を察してしまった。
「吸血、したいのか?」
「……うん」
おずおずと問い掛けてみれば、お嬢は顔を赤くしながらも小さく首肯した。
その不意打ち同然のしおらしい態度に心臓が高鳴る。
いきなり目に見えて甘えてくるのは反則だろ……。
サクラの吸血が生命維持の側面が強いのに対して、お嬢からの吸血は愛情表現の意味合いが強い。
それをこうして求められると否応なしにドキドキしてしまう。
ましてや相手から好意を向けられているので尚更だ。
「お、お嬢がしたいなら命令してくれたらいくらでも聞くって」
「そう言うと思ったわ。でも勘違いしないで欲しいんだけど……」
「ん?」
了承したもののお嬢は何か言いたげに首を横に振る。
どういうことなのか聞き返すより早く、彼女は膝を伸ばして俺の耳元に顔を寄せて……。
「このお願いは奴隷としてじゃなくて、あたしの好きな人として応えて貰いたかったの」
「っ!」
瞬間、驚愕から目を見開いて顔に熱が集まる。
鏡を見なくとも赤面した自分の顔色が容易に浮かんで、見られたくない羞恥心から手で覆い隠す。
けれども間近で俺の表情を眺めていたお嬢のクスクスと微笑む声が聞こえる。
……元から断るつもりなんて無かったけど、こんなの断れるはずないだろ。
きっとどれだけ時間を経ても、彼女には敵わないんだろうなと観念するしかなかった……。
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