お嬢とお家デート②
一時間半後には【幸薄メイドの私は吸血鬼様のデザート】を読み終えた。
この物語は貧乏暮らしの主人公が幼い弟妹達を養うために、イケメン吸血鬼の住む屋敷にメイドとして奉公へ出るところから始まる。
そこで出会った主人となる吸血鬼は、他者から血を吸っても吐き戻してしまう謎の症状に悩まされていた。
しかし何故か主人公の血だけは拒絶反応が出ないため、気に入られた彼女はデザートという名目で夜な夜な吸血されるようになる。
やがて症状の謎も明かされた末に、二人は互いを想い合うようになったところで一巻が終わった。
率直な感想を述べるなら面白かったの一言に尽きる。
随所で語られる貧乏エピソードに共感しかなかったし、主人公と吸血鬼の甘酸っぱいやり取りに頬が何度も緩んだものだ。
個性豊かな登場人物による展開は飽きないどころか、予想外の伏線回収もあったりとページをめくる手が止まらなかった。
「はぁ~面白かった……」
「フフッ凄く集中してたわね。次の巻も読んでみる?」
「早速って言いたいところだけど、少し休憩してからにするよ」
どんな過程を経て二人が結ばれるのかとか気になるものの、普段より集中したせいか視界が少しだけぼやけている。
瞼を擦る俺を見ていたお嬢が頭を撫でて来た。
「まぁ慣れてないと目が疲れるから仕方ないわよ。しばらく休んでなさい」
「とか言いつつ人をクッションにするのはやめないのな」
「だって落ち着くんだもの」
呆れを隠せない俺にお嬢は悪びれもなく言い切った。
読んでる間、微塵も動かなかったもんな。
お嬢の体重が軽いおかげで足が痺れたりしてないからいいけど。
それにしても……。
「吸血鬼の主人に吸血される従者って関係だけなら俺達と同じだよなぁ」
「言われてみればそうね……でもイサヤはデザートじゃなくてエサだけど」
「やっぱ俺の方が下なのか」
「主食なだけマシでしょ?」
「デザートの方が喜ばれるだろ」
「まぁそうだけど」
結局否定し切れてないし。
そんなことだろうとは思ってたけど。
「そういえばイサヤはいつも吸われる側だけど、吸う側に興味とかないのかしら?」
「吸う側?」
ガクリと項垂れている俺を見かねてか、話題を変えようとお嬢がそんなことを尋ねる。
吸う側って……つまりアレだよな?
脳裏に過った答えを悟ったのか、お嬢は俺の左首筋に指を這わせる。
ちょっとくすぐったさを感じる。
「そう。あたし次第でイサヤをお姉ちゃんと同じ
「まぁ、お嬢なら出来てもおかしくないよな」
何せ彼女と母親のシルディニア様は魔王の血族だ。
魔王みたく一方的に変異させないだけで同じ力を有している。
言い換えれば当人がその気になれば、俺はとっくに半吸血鬼になっていただろう。
お嬢が魔王の血族だと聞かされた時に、その可能性には察してはいた。
同意に対して彼女は神妙な面持ちを浮かべながら俺の胸に頭を預ける。
「人間の寿命は吸血鬼と比べると短いわ。半吸血鬼になれば吸血衝動で悩むことがあるけれど、逆に定期的な吸血さえ出来れば人間より遙かに長生き出来るし、老化だってお父様達みたいに遅くなる。……言いたいことは分かるわよね?」
「……俺も半吸血鬼になった方が、長く居られるってことだよな?」
「えぇ」
求められた答えを口にすると、お嬢は首筋に這わせていた指を二本に増やした。
そのまま人差し指と中指を吸血時の犬歯のように突き立てる。
トン、トン、と小さく叩きながら、どこか仄暗い眼差しで俺を見つめていた。
「イサヤに先立たれた後の人生を思うと苦しくて仕方がないわ。それだけ愛してる証拠だけれど、苦痛から逃れたい一心で愛さなければ良かったなんて後悔するのはもっとイヤだもの。だから百年でも二百年でも添い遂げられるように、半吸血鬼にしてしまうのが最も手っ取り早い」
「お嬢……」
吐露された心情はなんとも返答に困る重さを伴っていた。
首筋から吸血する意味を知った今では強い愛情を向けられている自覚はあったが、俺の認識は甘かったと思わざるを得ない。
人間の俺にとって、人生を百年生きれば上等な方だ。
けれど吸血鬼であるお嬢からすれば、刹那でなくとも短く捉えられる歳月でしかない。
それは半吸血鬼のサクラも、サキュバスのリリスにとっても同様だ。
何もしなければ彼女達を遺して先立つ結果になってしまう。
その寿命差を回避する方法としては俺が知る限りでも二つ。
一つはヴェルゼルド王みたいに、精霊と契約すること。
でもこれはほぼ不可能に近い。
何故なら精霊を知覚するには個人の資質が求められ、俺にはその才覚がないのだ。
加えて精霊を認識したとしても、当の精霊に気に入られなければ契約すら出来ない。
リスク以前に現実的じゃないので選択肢としては無いだろう。
もう一つがお嬢の提案する
メリットは人間の寿命から大幅に伸びる点だろう。
ただしデメリットはサクラのように強い吸血衝動に見舞われる点と、迫害される存在故に蔑視される可能性が高いこと。
さらに付け加えるなら、半吸血鬼同士で吸血は出来ない。
つまり俺の寿命のために半吸血鬼になったとしても、今度はサクラの寿命が危うくなってしまう。
お嬢が半吸血鬼化を実行しない最大の理由がコレだ。
「お姉ちゃんのことだから、きっとイサヤ以外から吸血しようとしないでしょうね。かといって一人だけ献血パックなのも見ていられない。だから半吸血鬼化はあくまで最終手段よ」
「それは同感」
今は他の手段が見つからなかった時の保険として、頭の片隅に留めておくのが最善だろう。
そもそもの話……。
「俺まだ二十歳にもなってないし、寿命を延ばす方法を探せる時間くらいあるだろ」
「そうね。公爵家のコネクションをフルに使って見つけ出して見せるわ」
「ハハ、そりゃ頼もしいな」
思い切り権力を行使する気満々のお嬢の決意に、堪らず噴き出してしまう。
そうだ、模索にかまけて彼女達を疎かにするワケにいかない。
焦って本来の目的を見失ったらそれこそ意味が無いのだから。
ひとまずこの件は置いておこう。
そうして話が一段落したところで、お嬢から呼び掛けられる。
「ねぇイサヤ。あたしの方はもう少し掛かるから、この姿勢のまま読み続けても良いかしら?」
「俺に断れるわけないだろ。仰せのままに」
「ふふ、我ながら良い特等席を手に入れたものね」
俺の了解を聞いたお嬢が自慢気に微笑みながら体重を預けてくる。
離れるつもりは毛頭ないらしい。
お嬢とのお家デートはまだまだ続きそうだ。
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