お嬢とお家デート①



 仕事をしながら相談した結果、サクラとのデートは日曜に行くことにした。

 今日は金曜なのであと二日……たったそれだけの日数なのに待ち遠しく思ってしまう。

 何も初めてデートに行くわけじゃないのに変な感じだ。

 気の持ち方が変わったからだろうか?


 まぁいずれにせよ、当日までしっかりとエスコートの準備をしないとな。

 そう思っていたんだが……。


「──お嬢。一つ聞いていいか?」

「どうしたの、イサヤ?」

「なんで俺の足の間に座ってラノベを読んでるんだ?」


 夕食後にお嬢から書斎へ来るように命令され、足を運んだらこうなっていた。

 いつも彼女が寝そべったりするソファに座れと言われて、なんのつもりだと訝しみながら従ったらコレだ。

 俺の胸に背を預ける姿勢になっているため、お嬢の柔らかいとこが伝わって無性にドキドキしてしまう。


 ともあれ状況の説明を求めたところ、お嬢はというと顔色一つ変えずに口を開いて言った。


「ここが一番読みやすいからよ」

「そのためにわざわざ呼び出されたのかよ……」


 命令に逆らえないからってやりたい放題か。

 告白してから俺に対して遠慮しなくなったよなぁ。


 まぁ自分の気持ちに素直になるって言ってたし、これも俺に対するアプローチなんだろう。

 でも待って欲しい。


「俺、明後日にサクラと、で、デートに行く準備したいんだけど」

「どこに行くのかは誘ったあの子の方から考えるでしょ。それに呼び出したのもそれ関連だし」

「どういうこと?」


 この状況とサクラとのデートにどういう関連性があるんだ?

 疑問符を浮かべる俺に対し、お嬢は読んでいたラノベに栞を挟んでから顔をこちらへ向ける。


 その表情は呆れを露わにしていた。

 え、何か変なこと言ったっけ?


 表情から読み取ったのかお嬢はため息をついてから口を開く。


「サクラとデートするなら、あたしとリリスにも同じことをするべきじゃないかしら?」 

「えっ。あ~……なるほど」


 ようやく理解した。

 仲間外れは良くないってことね。


 サクラ以外にもお嬢とリリスも俺に好意を懐いてくれている。

 それなのに一人だけを優遇するのは不公平だろう。

 まるで思い当たらなかった自らの至らなさを恥じるばかりだ。


「っま、そんなに難しく考えずアタシ達と付き合ってからの予行だと思っておきなさい」

「付き合うのは確定なのか」

「逃がすつもりはないって言ったでしょ」

「っ、別に逃げたりしないって……」

「どうかしら? サクラの気持ちを知ったら小学六年生みたいに避けてたクセに」

「ぐっ……」


 お嬢の指摘に思わず口を噤んでしまう。

 もう避けてたことはずっとネタにされ続けるかもしれない。


 しかし小学六年生は低く見積もりすぎじゃないだろうか。

 せめて中学二年生くらいは欲しい。


 そんな小さい見栄はともかく、お嬢の言っていることには納得する。

 いずれ三人と交際するのなら平等に気を配り続けないといけない。

 俺なんかにヴェルゼルド王みたいな関係が築けるかは分からないけど、サクラ達に愛想を尽かされないようにしないとな。


 内心でそんな決心をしている内に、お嬢は再びラノベに目を向けていた。


「今何を読んでるんだ?」

「ん~? 【聖女の生まれ変わりと称される妹に婚約者を奪われましたが、辺境の天才魔術師に溺愛されています】っていう異世界恋愛モノよ」

「また凄いタイトル……お嬢ってそういう、婚約破棄とか追放とか好きだよな」


 ラノベならジャンル問わず読み込んでいるけど、特に気に入っているのがそういった系統だ。

 俺も貸して貰ったのを読んでいるが、感想を求める際の反応が段違いなので分かりやすい。


 前から気になっていた問いに対し、お嬢は本の角を顎に当てながら思案する。 


「そうねぇ……自分が公爵令嬢だからか主人公に感情移入しやすいのよ。この身分を捨てたいワケじゃないけど、自由になって愛する人と巡り会うっていうのは憧れていたわ」

「へぇ」

「あたしにとってはイサヤがそうなんだけど」

「っ」


 したり顔で告げられて、堪らず顔を逸らしてしまう。

 隙あらば好意を示してくるなぁ……。


「……俺とラノベのスパダリ達を比べたら月とすっぽんだろ」

「えぇそうね。彼らみたいに地位とか貯金がなくたって、あたし自身を見てくれるイサヤの方がずっと素敵よ」

「そういう意味で言ったんじゃねぇ……」

「アッハハ」


 悪びれも見せずに言い切ったお嬢に反論するが、彼女にはクスクスと笑って流されてしまう。

 その言い方だと架空の人物にマウント取ってる痛いヤツじゃん。

 何より厄介なのがイヤな気がしなかったことだ。


 褒め上手のいい女かよ。


「ねぇイサヤも何か読んでみたら? ずっとクッション役をやってると暇でしょ」

「クッション役て。まぁお言葉に甘えさせて頂くけど」

「読み終わったら感想会ね」

「へいへい」


 俺の読書スピードだと一冊が限度だと思うが、それでもお嬢にとっては同じモノを共有出来るのが嬉しいのだろう。

 こういうところはまだ年相応だなんて感想を浮かべつつ、適当に選んだシリーズの一巻を手に取る。


 タイトルは【幸薄メイドの私は吸血鬼様のデザート】という、女性向けながら親近感を抱けそうな恋愛モノだ。

 エサよりデザートの方が地位高そうだけど、まぁ細かいことは気にしないでおこう。


 選んだ本を読むためにソファに座ると、お嬢が膝の上に腰掛けて来た。


 体の柔らかいところか良い匂いとか、色々意識してしまいそうになるので本に集中する。

 そうして読み始めた俺をお嬢は微笑まし気な眼差しで見つめるのだった。


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