ご主人様に尻を蹴られた




 ──放課後。


「こんっっの、大馬鹿ァァァァッ!!」

「ごんっふぉっ!?」


 お嬢に呼び出しに応えて彼女の執務室に入るや、腹にめがめてドロップキックを喰らわされた。

 完全に油断していた俺は受け身を取る余裕もないまま廊下の壁まで吹っ飛んだ。

 とても好意を向けている相手にする暴力じゃない。 


「ゲホ……ッ。お嬢、いきなり何を?」

「いつまでもウジウジしてる奴隷への折檻よ。不意打ちとはいえ、まさかイサヤに攻撃が当たるとは思わなかったけれど」


 むせながら意図を尋ねると、お嬢は両手を腰に当てて見下すような眼差しで返した。


「そ、そりゃ公爵令嬢がプロレス技を仕掛けてくるとか予想出来ねぇよ。というかウジウジって……」

「してるでしょ? 首筋からの吸血がどんな意味か教えてからずっと」

「うぐ……」


 他に何もないだろうと確信を以て告げられた言葉に、俺は何も言い返せなかった。

 どう考えても意識的にサクラを避けてることしかない。


「アンタが変に避けるせいでお姉ちゃんが傷付いてるの分かってるんでしょ? 何らしくないことやってんのよ」

「……傷付けてるのは百も承知だよ。でも俺だって普通に接したいとは思ってるし」

「それが出来てないのが今の醜態じゃない。告白したあたしとリリスより、気持ちを知っただけのお姉ちゃんをやたら意識するとかムカつくわ」

「べ、別にサクラだけ意識してるワケじゃないって……」


 そうじゃなかったら返事を保留したりしないし。


 しかし意識してるから避けるって、改めて人に言われると思春期の男子中学生みたいに聞こえるなぁ。

 もう高校二年生なのになんて情けない状況だ。


 それにムカつくって……まぁお嬢からすれば不満なのかもしれないけどさ。


「責任転嫁するワケじゃないけど、お嬢が意味を教えたのも原因の一つじゃないか?」

「気付けるだけのヒントに気付かなかったクセに、よく言えたわね」

「うっ」


 反論も敢えなく撃沈されてしまう。

 後から言われて色々と腑に落ちただけに、言葉のトゲがより深く突き刺さった。

 もう身も心もフルボッコだわ。


 口を噤んだ俺に対し、お嬢はハァと息を吐いてから口を開く。


「お姉ちゃんのことだから、あたしがイサヤへの好意を明かしたら引き下がると思ったの」

「え? なんでだよ。リリスが行動したら思い切り対抗してただろ」

「相手がリリスとあたしじゃ大違いでしょ。だって自分が半吸血鬼だからって、姉妹じゃなくて従者として生きることを選んだのよ? あたしが同じ人に好意を向けてるって知ったら、自分には過ぎた気持ちだーって塞ぎ込んじゃうわね」

「あぁ……」


 お嬢の言い分は尤もだと納得してしまう。

 サクラは特にお嬢を大事に思っているから、その妹の障害になってはいけないと気持ちを抑えるのは想像しやすい。


「元々アプローチも大人しい方だったし、引き下がっちゃったらもう告白なんて無理よ。それで『恋人になれなくても傍にいるだけで十分幸せだから』とか勝手に思い込むに決まってるわ」

「姉相手にズバズバ言うなぁ……」

「今なら『やっぱり半吸血鬼の私が伊鞘君を好きになるなんて不相応だったんです』とか思い詰めててもおかしくないわよ」

「ぐあああ!? 胸が痛い!!」


 罪悪感で息が詰まりそうになる!

 エミュレート上手すぎて目に浮かぶから止めて!


 思わずそう懇願してしまうレベルで的確だった。


 俺の今の気持ちを打ち明ければいいんだろうけど、逆にサクラを辱めることになりそうでイヤなんだよ!

 かといってこのまま避けててもお嬢の言うとおりになりかねない。

 なんだこれ詰んでないか?


 というかサクラのアプローチが大人しい?

 吸血する時はいっつも抱き着いて来るし、リリスに煽られたら対抗意識燃やしたり、同じ空間にいたら迷わず隣に来ようとするのが?

 みんな曰く鈍感らしい俺でも、薄々ながら可能性に挙がるくらいには分かりやすい。


 彼女の真意を考慮しつつ過去の行動を思い返すと、どれも距離が近くていじらしいしで無性にドキドキして来る。 

 だからこそ今の精神状態で近付かれたら、意識し過ぎて気まずくなってしまうワケだが。


 お嬢とリリスから好意を伝えられ、夢の中で三桁にも及ぶキスを重ねようが、自分から恋愛的にどうこうするのは躊躇ってしまう。

 こんな態度だからヘタレとか童貞とか罵られるんだろうか。

 仕方ないだろ、こちとら貧乏暮らし&バイト漬けでロクに青春してないんだし!


 心の中でこの場にいない両親に恨み節を吐きつつ、お嬢の話に耳を傾ける。


「まぁお姉ちゃんから進展させる意思が無くなるって思ったから、イサヤの方に発破掛けたワケだけど……ここまでヘタレるなんて想像以下だったわ」

「想像以下て。そんな言わなくても良くない?」

「これでもかなり優しい言い方よ。お望みなら包み隠さず言ってあげるけど」

「怖いから遠慮します」


 ユートや元婚約者相手に吐いていた罵倒が向けられるのはイヤだわ。

 両手を挙げて拒否する俺の返答に、お嬢は膝を曲げて屈みながら頬杖をついて見つめて来る。 


「っま、そういう間抜けなとこもイサヤの魅力でしょ? 可愛げがあって好きよ」

「っ……いい女だからって、男をダメにするのは良くないと思います」

「うっふふ、顔真っ赤」


 隙あらばと伝えられた好意の言葉に堪らず顔を逸らす。

 しかしお嬢にはバッチリ見られているため、ケラケラとからかわれてしまった。


 あ~クソ、完全に遊ばれてら。


「と、とにかく! サクラとちゃんと接しろって言うのはよく分かったよ! ……どうしたらいいのか全く分からんけど」

「締まらないわねぇ。そんな調子で任せてたら埒が明かなそうだし、一肌脱いだげるわ」

「それって信頼されてる? それともされてないの?」

「自分で考えて反省しなさい。話は終わりよ」


 ありがたい申し出ながら、その理由が俺の不甲斐なさというのは複雑だった。

 ともあれお嬢が手を貸してくれるなら頼るほか無い。


 ……せめてまともな方法であって欲しいなぁ。


 今まで立てたお嬢の計画に対する得も言えぬ不安を感じながら、俺は言われるがまま退室するのだった。

 


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