二学期の始まり



 ──九月一日。


 夏休みが終わり、今日から新学期が始まる。

 始まる前は待ち遠しかったのに、過ぎればあっという間だった気がしてしまう。

 もっと出来ることがあったんじゃないかとか考えるモノだ。

 こういうのも夏休みの醍醐味だと言える。


 尤も……俺としてはそんな悠長なことを考える余裕なんてなかったが。


「伊鞘。久しぶりだな」

白馬はくま!」


 夏休み明け初日のホームルーム前に自分の席で過ごしていたら、親友でユニコーンである壱角いすみ白馬が声を掛けて来た。

 異世界に行った際に海で会ったきりで、丸一月は顔を見ていなかったことになる。

 まぁ例年の夏休みも、俺がバイト漬けだったから似たようなモノだったけど。


 ともあれ親友の元気な様子に安堵した。


「海で会って以来、平穏だっただろうか?」

「微塵も。お嬢の周りでゴタゴタがあったから休まった気にしなかったよ」

「フフッ、トラブル体質は相変わらずのようだな。なんせよ学校に来れるくらいの元気があって何よりだ」

「嬉しくねぇ信頼」


 軽口を交えていると、ふと白馬が何やら辺りを見渡し始めた。

 急にどうした?

 疑問を感じながら親友の行動を見ていたら、白馬は顎に手を当てて何やら逡巡するような面持ちを浮かべる。


「伊鞘。つかぬことを聞くがいいだろうか?」

「おぅ。なんだ?」

「緋月と淫魔はどうした? いつも通りなら三人で揃っていたはずだが?」

「あ~……」


 親友の鋭い指摘に間延びした声を出しつつ目を逸らしてしまう。

 脳裏にサクラのことが過って否応なしに鼓動が早まっていく。

 あからさまに顔色を変えた俺の反応を見て、白馬が訝しげな面持ちを浮かべる。


 その時、教室のドアが開かれる音が木霊した。

 先に来ていたクラスメイト達が見やれば、サクラとリリスが登校した瞬間だった。


「おはー! ツッキー、サリー! 久しぶりだねぇ!」

「おはようございます、ドラグノアさん」

「おはよ~フーちゃん」


 登校してきた二人をクラス委員長であるフレア・ドラグノアが迎える。

 しかしフレアは彼女達を見やった後、俺の方にも視線を向けた。


 あ、これはもしかして……。

 そう感じた瞬間には手遅れだった。 


「二人とも、夏休み明けなのにツージーと一緒じゃないんだね?」

「「っっ」」


 遠慮のない指摘に、驚きから心臓が鷲掴みにされたように錯覚してしまう。

 白馬もそうだったけど、俺達って普段からセット扱いされるくらい一緒だった?


 まぁ確かに五月から三人でいることが増えたから、そう思われても仕方ないか。


 熟考している間、サクラはフレアの問いに答えず顔を俯かせるだけだった。


「? ツッキー?」

「あはは~今日はリリ達に用事があったからぁ~、いっくんには先に行って貰ってただけだよぉ~」

「へぇーそうなんだ」


 そんな彼女の様子に首を傾げるフレアに対し、事情を把握しているリリスがフォローしてくれた。

 フレアはその言葉を疑いもせず聞き入れ、二人と夏休みの間にあった出来事を話し始める。

 ここ最近はリリスに助けられっぱなしだなぁ。


 自らの不甲斐なさを呪いたくなる一方で、この状態を早く解消したいもどかしさにも駆られる。

 やるせなさからため息をついていると、一部始終を眺めていた白馬から声を掛けられた。


「喧嘩ならあまり長引かせない方がいい」

「いや喧嘩してるわけじゃなくて、なんというかだな……」

「ワケありなようだから詳細は聞かないが、距離が出来ている状態が広まったらまた緋月へ告白する輩が出て来るぞ」

「……」


 白馬の懸念は尤もだ。

 体育祭を経て俺がサクラ達と接することに文句を言うヤツは出なくなったけど、いつまでもギクシャクしていたら隙と見られて動きかねない。


 それに……サクラが告白されている瞬間を想像すると、形容出来ない怒りと不満が湧いてくる。

 モヤモヤとして気持ち悪い。

 付き合ってもいないのに独占欲がある自分に対しても。


 夏休み前だったら迷惑を掛けてるくらいだったのに、を知ってから彼女に対する認識が変わったせいだろうか。


 右の首筋に感じた痛みを思えば、サクラが頷かないのは分かっている。

 分かっているからこそ、彼女との距離が出来てしまった要因でもあるのだが。


「伊鞘。不満が顔に出てるぞ」

「……うっせ」


 お見通しだという風に指摘してきた白馬に素っ気なく返す。

 そんな俺の反応が面白いのか、親友は小さく鼻を鳴らして微笑ましいモノを見る眼差しを浮かべる。


「ッハ。海の後で何があったかは知らないが、その変化はいい傾向だな」

「どの目線で語ってんだよ」

「長年の親友目線だ。そんな顔をするくらいなら、答えはとっくに出てるようなモノだがな」


 答えは出てるってなにを見透かしたように……って、んん?


 白馬の物言いに含まれた意味に遅れて気付く。

 おい待て待て。


「お前、まさか知ってんの?」


 要領を得ない問い掛けなのに、白馬は如何にもという風に自分の首筋を指しながら頷いて見せる。


「あぁ。体育の着替えで首筋の傷痕を見た時からな。なんならアイツの態度は実に分かりやすい」

「……俺、先々週まで分からなかったんだけど?」

「それはお前が鈍感なだけだ」

「ぐっ……!」


 ご尤もな言葉に何も言い返せなかった。

 現に気付いてなかったし。 


 いやぁでも俺だって薄々もしかしたらとは思ってたんだよ?


 ──サクラが俺に好意を懐いているんじゃないかって。


 でも彼女は人間不信だし、ましてや俺に恋をするとかあり得ないって結論付けていた。

 ところが夏休み中盤の折り、とうとうそうも言ってられない事態が起きてしまう。

 お嬢から首筋の吸血が持つ意味を教えられたことで、サクラの好意が本当だと知ってしまったのだ。


 お嬢が嘘を付くメリットがないし、吸血前後のサクラの反応を思い返せば真実だと認めるしかない。

 しかし問題はその後だ。


 サクラの好意が明らかになったものの、俺は彼女を避けるようになってしまった。

 正確に言えばサクラを意識するあまり挙動不審になってしまい、精神的な衛生を保つために距離を取るようになったのである。


 え、リリスとお嬢からは避けてないだろって?


 二人との違いは、ひとえに未だ好意を伝えられていない点だ。

 一方的に好意を知ってしまった罪悪感、まだ告白されてない状況で返事をしていいのかという迷い、それらが綯い交ぜになった結果が『避ける』という行為に繋がっている。

 幸い吸血は続けられているが、目立った会話はなく事務的なモノになっていた。


 まぁ要するにだ……。


「なるほど。伊鞘は鈍感だけでなくヘタレでもあったか」

「もう少しオブラートをくれよ。泣くぞ」

「どうせなら僕が背中を蹴ってやろうか? ご利益があるらしいぞ」

「ユニコーンの脚力で蹴られたら背骨どころか胴に穴が空くわ」

「正直、お前の逃げ腰で傷付いてるであろう緋月が不憫でならないからな」

「確かに俺が全面的に悪いけどさぁ!!」


 俺が避けるせいでサクラを傷付けてる自覚はある。


 でもしょーがないじゃん、めっちゃくちゃ気まずいもん!!

 ある日いきなり『あの子、お前のこと好きだってよ』とか言われてみ?

 ロクに恋愛したことが無い野郎なら即意識するに決まってるだろ!?


 それも相手は人間不信のサクラだぞ?

 まさか友情どころか恋愛的に好かれるとかどんな奇跡だよ!!


 もちろん俺だってずっとこんな状態が続いていいとは思っていない。

 なんとかしたいと思っても、どうしてもサクラと顔を合わせた瞬間に気恥ずかしくなってしまう。

 我ながら単純な話だが彼女から向けられる好意を知って以来、目に見えて意識するようになっている。


 その理由に少なからず心当たりを感じつつも踏み出せない。

 面と向かって話したら、うっかりボロを出してしまいそうで引け腰になる。

 今まで通りに接していける自信が無い。 


 モヤモヤと頭を悩ませながらも、チラリと横目でサクラを見やる。

 遠目で見た彼女は、リリスとフレアと楽しげに談笑していた。


 ついこの前まであんな風に話せていたのになぁ……。

 自分から敢えて避けておいて酷い話だが、サクラと接したい気持ちがあるのは事実だ。


「ど~したらいいんだろうなぁ……」


 ポツリと漏れ出た疑問に、誰も答えることなく新学期のホームルームが始まるのだった……。

 


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