オーダーコンプリート


 

 さて飛び出したは良いものの、身体強化以外の魔法が使えない俺には巨大スライムに対する有効打が実はあまりない。

 地球から銃火器を持ち込めないため、異世界において遠距離攻撃の主体は魔法か弓矢だ。

 後者が適任なのだが海水浴場には、武器を装備したり持って来る人はいないので難しいだろう。


 かといって無効化されるのであれば魔法も意味を為さない。

 スライムは本体の核以外は物理攻撃が通用しにくいため、魔法にまで耐性をつけられたらほぼ無敵になる。

 水上戦に出ようにも船じゃ格好の的……そうだ!


「白馬! ユニコーンの姿になれば水の上くらい余裕で走れるよな?」

「可能だ。しかし……」

「なんだよ?」


 俺の問いに頷いた白馬だが、何故だか渋るように顔を顰める。

 お嬢のピンチなのに何を勿体ぶっているんだと焦りが禁じ得ない。


「早く人化を解いて俺を乗せてくれ!」

「……乗せられないんだ」

「は?」


 震える声で返された言葉に、焦燥が霧散して茫然としてしまう。


「な、なんでだよ!? 体育祭の時は乗せてくれただろ?」

「僕にも分からないんだ。伊鞘は今でも童貞のままだというのに、ユニコーンとしての本能がお前を乗せるなと警鐘を鳴らしてるんだ」

「いつの間にアウト側になっちゃったの!?」


 俺、何かしたっけ!?

 白馬本人も戸惑いを隠せないみたいだが、俺自身にも心当たりがない。

 喧嘩した訳でも無いのになんでだ。


 ユニコーンの背中に乗るためにはでないといけなくて──。


「あ」


 あったわ。

 思い切り心当たりがあった。

 原因が判明した途端、ブワリと背中に冷や汗が流れ出る。


「伊鞘? 何があったのか?」

「なななな、なんでもねぇよ!? そっかー乗れないなら仕方ないなぁ! 切り替えて行こうぜ!!」

「?」


 早口で捲し立てる俺を白馬が訝しげに見るが、構わずに話題を終わらせた。


 俺が思い当たった原因……それは十中八九、夢の中でリリスと交わしたキスだ。

 リリスは夢の中ならノーカンと言っていたが、今日までに三桁以上も重ねていたら意識するに決まってる。

 完全にキスをしたと認識した結果、白馬のユニコーンセンサーに引っ掛かってしまったんだ。


 俺の心はキスだけで童貞じゃなくなりつつあるのか……一段だけ昇った大人の階段で得た代償がこんな時に牙を向くとか笑えない。


 逸る心臓を落ち着かせつつ、他の手段がないか逡巡する。

 あっ、そういえばここにはアイツがいるじゃねぇか。


 咄嗟の閃きに従って、俺は大きな声で呼び掛けた。


「ユート! 俺に負ける直前に出した魔法剣でなら、浜辺からでも男の方を斬れるよな!?」

「地味にトラウマを抉らないでくれ! そうしたいのは山々だけど、今の僕は魔法が使えないんだ!」

「はぁっ!?」


 名案だと思いきやまさかの断られた理由に荒んだ声を出してしまう。

 追い詰められて咄嗟に発動したとでもいうんだろうか?


 そう勘繰っている内にユートが右手を掲げながら答えを示す。


「父上から受けた折檻の一つに、異世界でも魔封じの腕輪を着けるように言い付けられているんだ」

「肝心な時に役に立たねぇ元勇者様だな!?」


 改心したからって一瞬でも期待した俺がバカだった。

 確かにユートの暴走だった戦闘力の高さを抑えるために、魔封じを腕輪を着けさせて反省を促そうとしたのは分かる。

 子爵様の考えは理解できるが、それでもこの状況下においては文字通り枷になっていた。


 結局俺一人でどうにかしないといけないのか。

 水上戦を避けて、かつお嬢達を助けられる方法……。


 逡巡しながら周囲を見渡していく内に、一つの作戦が思い付いた。


 身体強化を最大出力にしてガラ空きになったレンタルショップに向かい、長い紐付きのフロートと組み立て前のパラソル棒を取り出す。

 代金は後で支払うので今だけ許して下さい。


「白馬! 俺が乗れないだけで人化は解けるんだよな!?」

「そうだが……なるほど、そういうことか」


 流石親友、俺のやろうとしていることを察してくれた。

 狙いを悟った白馬はまばゆい光と共に、本来の姿である一本角を携えた白い馬の姿に戻る。

 フロートの上に乗ると、白馬は紐を口に咥えながら駆け出した。

 水上なんて気にもならない速度で進んでいく中、俺はスイカ割りの棒をスライムの巨体へと放り投げる。

 出力全開で投げた棒は、凄まじい回転を見せながらスライムへと直撃した。

 しかし何の変哲も無い棒では粘体の一部を削ぐことしか出来ず、ダメージとしてはまるで効果が出ていない。


「ぬおっ!? いつの間に……だがそんな攻撃じゃスライムちゃんは倒せないぞ!」


 男が勝ちを疑っていないが、俺としては邪魔な体を削れるだけで良かった。

 なんせ本命へ繋げるための布石だからだ。


 削がれた部分が修復されるより早くパラソル棒を構えて全力で投げ飛ばす。

 さながら投げ槍の槍だ。

 空を切って一直線に飛んでいき、パラソル棒は防御が薄くなった本体の核へと突き刺さる。


 貫通された核は呆気なく砕け散り、絶命したスライムは体を維持できずドロリと溶けていった。


「なんだとぉぉぉぉ──ごぶるっし!?」


 バランスを崩した男の顔面に跳躍してドロップキックを決めた。

 全力でやったら首がぶっ飛ぶのでちゃんと加減している。


 蹴りの反動でお嬢の元へ跳び、抱き抱えながら海へと落水した。

 お嬢に怪我がないか確かめてから、さっき蹴った男の方へ視線を移す。

 ヤツは仰向けになって浮かんだまま気絶していた。

 後はユート達がなんとかしてくれるだろう。


 捕まっていた女性達はというと、白馬に引いて貰ったフロートに掴まっていた。

 成人女性ばかりとはいえ、意地でも背中に乗せるつもりはないらしい。

 まぁ放置して溺れられるよりマシか。


 そう思いながらもう一度お嬢へ目を向ける。


「ふぅ、お嬢。大丈夫か?」

「え、えぇ……」


 安否を尋ねると、お嬢はどこか呆けたような面持ちで俺を見つめていた。

 目まぐるしい状況の変化に理解が追い付いていないんだろう。


 けれども俺はどうしても言ってやりたいことがあった。


「お嬢。いくら魔法の腕に自信が合っても、自分からモンスターに挑もうなんて無茶が過ぎるぞ」

「……無茶じゃないわよ。あたしは公爵令嬢としての責務を果たそうとしただけで──」

「その責務のために危ない目に遭っちゃダメだって言ってるんだよ。今回は無事に助けられたけど、次もそうだとは限らないからな? サクラだって凄く心配してたんだから、ちゃんと謝っておけよ」

「うっ……」 


 いくらノブレスオブリージュを心掛けていようと、自分から危険に飛び込まれたら堪ったモノじゃない。


 敬愛する姉の名前を出せば、お嬢は簡単に反論を口にしなくなった。

 彼女自身、出てこなければ危険は無かったと自覚している証拠だ。

 それで俺達に心配を掛けたという事実が一番効いたのかもしれない。


 キチンと反省しているとみた俺は、険を解いて微笑んでみせる。


「説教はこれで終わり。お嬢が無事で良かったよ」

「あ……」


 海水で濡れたせいで頬に付いていた髪を払いつつ、安堵の言葉を伝えた。

 お嬢は目を丸くしてこちらをじっと見つめる。


 程なくして彼女は俺の胸元に顔を埋めた。


「お嬢?」

「あーあ。自分が助けられる側になるなんて思ってもみなかったわ。でもこれでピンチのところを助けられるってシチュの再現が出来たわね」

「まだ拘ってたのかそれ……」

「お姫様抱っこも考えてたのに、あたしが貰っちゃったら意味が無いじゃない」

「その割には嬉しそうだけど?」

「当然よ。だって憧れてたんだから」

「っ」


 そう言いながら浮かんだお嬢の微笑みは、年下とは思えない程に魅力的に見えて心臓が高鳴る。

 ただ惹かれただけじゃない。心の片隅で形容出来ない既視感があった。

 どこかでこんなやり取りをしたような……。


 アレは一体いつのことだったっけ?


「ね、イサヤ。早くサクラ達のところに連れて行ってよ」

「え? あ、あぁ」


 記憶を探るより先にお嬢から命令を受ける。

 言い終えた途端に彼女は俺へ身を預けた。

 どうやらこのまま泳いで戻ることをご所望らしい。


 手が使えないから泳ぎづらいけど、身体強化した足漕ぎならなんとかなるだろう。

 出来るだけお嬢の顔が海に浸からないように留意しつつ、先行していた白馬と女性達に付いていく。


 腕を通して伝わる微かな震えに気付かないフリをしたまま。


 

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