リア充への復讐者



 悲鳴を聞き付けて慌てて海水浴場に戻ってみれば、さっきまで賑やかだった海辺は騒然としていた。

 というのも沖合付近にクラゲみたいに半透明な、それでいてクラーケンみたいに触手を何本も生やした大きなモンスターが現れていたからだ。


 伸ばした触手で何人かの女性を捕まえたり、男性を殴り飛ばしたりと大暴れしている。

 敵意を持っているのは明らかだ。


 けど……。


「なんだあれ? スライムにしてはデカすぎるぞ」

「冒険者をしていた伊鞘君でも知らないんですか?」

「少なくとも俺は知らない。初めて見たな」

「うぇぇ~ウネウネしてて気持ち悪い~!」


 よほど嫌悪感があるのか、リリスがあからさまに嫌そうな顔をして俺にひっついて来る。

 吸精後じゃなかったら動揺していたが、事態と相まってそんな反応をする余裕はない。


 ふと波打ち際で客の避難誘導をしているユートの姿を見つけた。

 事の詳細はアイツ聞くのが一番だろう。


 そう判断してすぐ、サクラ達と共にユートの元へと駆け寄る。


「ユート! なんでモンスターが海水浴場に入って来てるんだよ! 安全対策してたんだろ!?」

「辻園くん? あのスライム、いきなり海中から出てきたんだ。海妖系のモンスターが入って来ないように特殊合金の網を柵代わりにしていたのに……」

「基本的にスライムの体は粘性です。もしかすると網目を潜り抜けて来たかもしれません」

「いやそれは無いだろ。あの巨体の中で浮いてる核の大きさを見るに、細かい網目を通れないはずだ」

「えぇ~? だったらどうして入って来ちゃったのぉ~?」


 侵入してきた経緯は不明のままだ。

 四人で話したところで事態は何も進まない。


 ともかく早くお嬢と白馬と合流しないと……そう思った時。


「キョーキョキョキョキョキョキョキョッ!! 憎きリア充共に裁きを下す日がついに来たぁっ! さぁ暴れろ、僕様のスライムちゃん! 海に来たことを後悔させてやれぇぇっ!!」


 スライムの頭頂部辺りで佇んでいたヒョロガリ眼鏡な男が、私怨百パーで高らかに叫んでいた。

 指示を出していることから、テイマーと思われるアイツが騒ぎの原因なのは明白だ。


「百回も振られた僕様を差し置いて、見せつけるようにイチャイチャしやがって! 調子に乗っているお前らに僕様と同じ目に遭わせてやるぅぅぅぅっ!」


 僻みに満ちてやがる。

 自分磨きが足りないというか、僕様とか絶妙に偉そうな一人称してるから振られるんじゃないのか?

 声に出してツッコんだら目を付けられそうだから黙っとくけど。


「特にそこのお前! 美少女を二人も侍らせて自慢してんのかぁっ!? いつでも幸せ絶好調ですって人生舐めてるんだろ!!」

「うわぁっ普通に視認された!?」


 どんだけ目立つんだよ俺ら。


「あの痴れ者……伊鞘君がどれだけ苦労してきたか知りもしないクセに」

「あははぁ~幸せで何が悪いのかわかんないなぁ~?」

「待て待て。気持ちはありがたいけど、あんなヤツの言葉なんか怒るまでもないだろ。俺は気にしてないから」


 呆れる俺とは対照的に、サクラとリリスが震えそうな程の怒りを露わにしていた。

 馬鹿にされたことを怒ってくれるのは嬉しいが、それで二人が被害に遭うのは避けたい。

 その一心で窘めると二人はハッとしてから、怒りを抑えて落ち着いてくれた。


「すみません伊鞘君。少々、冷静を欠いてしまいました」

「リリも凄くイラってしちゃったぁ。ゴメンねぇ」

「だから気にしてないって。むしろ俺の方こそ、もっとしっかりしてたらバカにされなかったと思う」


 自嘲気味にそう締めようとするが、二人はギュッと俺の手を握り出す。

 反射的に顔を見やると、紅と紫の瞳に真摯な眼差しで見つめられていた。


「そんなことはありません。伊鞘君は今のままで十分に素敵な人です」

「リリ達を助けてくれたいっくんだからこそぉ、一緒に居たいって思ってるんだよぉ~」

「サクラ、リリス……」


 優しい彼女達の言葉にジンと胸の奥が温かくなって──。


「キィエ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァッ!! 僕様を放ってイチャイチャするなぁぁぁぁ!!」

「「「あ」」」


 突如として割って入った猿叫に、漂っていた温かい雰囲気が霧散した。


 やっべぇ、アイツのことうっかり忘れてたわ。


「決めたぞ、まずはお前から裁きを与えてやる! やれ、スライムちゃん!!」

「やらかしたチクショウ!!」


 意図せず逆鱗に触れてしまったことで、俺が標的にされてしまった。

 狙われたと察した瞬間にサクラとリリスを抱え、魔法で身体強化を発動させて跳躍する。


 ほんのさっきまで立っていた場所に勢いよく触手が叩き付けられた。

 ボンッと破裂したように広がる砂埃から距離を取り、敵の攻撃が届かない位置にまで一旦避難する。


「サクラ、リリス。大丈夫か?」

「は、はい」

「いっくんのおかげだよぉ」


 二人の安否を確かめた後、横目で男を見やれば攻撃を避けられたことに憤慨していた。

 出来るなら今すぐにでもぶっ飛ばしたいところだが、ヤツがいるのは海の上で佇むスライムの頭だ。

 武器なんて持って来てないし人間の俺じゃ水上では船でもないと戦えないし、身体強化魔法しか使えないから遠距離攻撃も厳しい。


「どうやって倒すか……」

「いっくん、身体強化のフル発動で海の上を走れないかなぁ?」

「俺のことなんだと思ってるんだ!? そんな芸当出来ねぇよ!」


 昔に挑んで失敗した黒歴史を掘り返すなよ。

 リリスの案を却下しつつどうしようかと頭を悩ませていると……。


「──心配は要らないぞ、伊鞘」

「白馬!?」


 いつの間にかこっちに来ていた親友がいた。


「お前、どこに行ってたんだよ」

「少女達の避難誘導だ」

「少女以外の人の避難も手伝えよ!!」


 避難誘導の対象を選り好みしてる場合か!


 こんな時なのに余裕たっぷりな親友に呆れを隠せない。

 サクラとリリスも見下げ果てたような眼差しを浮かべている。


「それよりもあの不埒者の対処なら、スカーレット公爵令嬢が買って出たぞ」

「お嬢が?!」

「ほら、あそこだ」


 とんでもないことを口走った割には普段通りに振る舞う白馬が指した先には、両腕を組んで仁王立ちしているお嬢の姿があった。

 モンスターの前だというのに、その風格は微塵も揺らいでいない。


「アンタが騒ぎの元凶ね?」

「ん? なんだお前。邪魔だぞ」


 男はお嬢をただの生意気な子供と認識したのか、公爵令嬢相手に邪魔と言い放った。

 見下されたにも関わらず、お嬢は至って平静なまま右手を掲げる。


 すると燃え盛る大きな火球が五つも顕現した。

 詠唱も無しに上級魔法を発動って、流石ジャジムさんが教えただけはある。


「──フレア・ボム」


 冷淡な眼差しで男を見据えながらスッと右手を降ろす。


 その動きに従って五つの火球が巨大スライムへと放たれた。

 着弾すると共に目を覆ってしまうほどの強烈な爆発が起きていく。


 掴まってる女性達を巻き込むようなミスはしておらず、むしろ的確に解放されるように狙いつけていた程だ。

 かなりの高熱だったのか、大量の水蒸気が立ちこめていた。


 実にあっさりと片付けたお嬢は、サイドテールの金髪を手で払いながら踵を返す。


 お嬢が対処に出たと聞いた時は焦ったけど、もう簡単に済ませるなんて思わなかった。

 内心で胸を撫で下ろした時だ。


 ──ヒュンッ。


「え?」


 水蒸気の煙からいきなり伸びてきた半透明の何かがお嬢を拘束したのだ。

 お嬢が目を丸くしたのと同時に引っ張られていき、程なくして晴れた水蒸気から巨大スライムが無傷の姿を露わにした。


 その事実は俺達はもちろん、魔法を撃ち込んだお嬢も驚きを隠せない。


「なんで生きてるの!? スライムは魔法に弱いはずじゃ……」

「キョーキョキョキョキョッ!」


 困惑を露わにするお嬢に、同じく無傷だった男が声高々に笑い出した。

 姿を現した男に対してお嬢が右手をかざすが、さっき簡単に発動していた魔法が何故かうんともすんとも言わない。


 魔力切れ?

 いやお嬢はピンピンしてたからそれはありえない。


 目を見開いて自分の手を見つめるお嬢に、ヤツはしたり顔を浮かべて答えを口にした。


「僕様のスライムちゃんを舐めるなよ! この子は魔封じの腕輪を研究して改良を重ねたんだ! 魔法による攻撃は一切効かない上に、触手で捕らえた相手の魔法を使えなくする特殊個体なのさ!!」

「この……!」

「無駄だよ無駄! それにしてもキミのその金髪と深紅の目……まさか吸血鬼かい? なるほど、まだ子供だけど成長したらとんでもない美人になるだろうね。ぐふふっ!」

「っ!」


 男のゲスな笑みを見たお嬢が、強気な姿勢を削がれて顔を青ざめさせる。


「エリナお嬢様!」

「待ってサクちゃん! 魔法が効かないんじゃ、リリ達が行っても人質になっちゃうだけだよぉ!」

「でも、エリナが! あの子の身に何かあったら私は……!」


 お嬢が掴まった光景を目の当たりにしたサクラが飛び出そうとするのを、寸での所でリリスが羽交い締めにして止める。

 リリスの尤もな言い分を理解はしつつも、このまま見ているだけでは納得がいかない様子だ。

 無力な自分を呪うかのように最悪の想像を浮かべて涙を流す。


 彼女が焦るのは当然だろう。

 今でこそ主従の枠に収まっているが、サクラにとってお嬢は大事な妹なんだ。

 その危機に何も出来ない歯痒さは何よりも悔しいに決まっている。


 元よりそのつもりだったけど、もう一切の手加減は必要ないと断じた俺はスライムの方へと駆け出す。


「──俺がお嬢を助けに行く。二人は待っててくれ!

「いっくん!?」

「い、伊鞘君……お願いします」


 確かな信頼を背に感じながら、スイカ割りで使った棒を武器代わりにして走る。


 覚悟しとけよ、クソ野郎が。

 


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